中川菜々から優木せつ菜へ 〜ポケモンの世界であなたと紡ぐ奇跡〜 作:あいライス
今日の幼稚園を終えた私としずくさんは、あの公園のベンチに並んで、腰を下ろしていました。
「ふぅ…。さすがに少しばかり疲れました…」
私は小さく溜息をつきながら、愛用のポケモン図鑑を膝の上に置きました。
心地よい疲労感……というよりは、脳を限界まで使い切ったような感覚です。
それもそのはずです。
今日の私は幼稚園において、一介の園児から「ポケモン先生」へと急進的なキャリアアップを遂げてしまったのですから。
「せつ菜ちゃん先生、すごかったよ! みんなの質問に、全部スラスラ答えてて、本物のポケモン博士みたいだった!」
隣でしずくさんが、キラキラとした瞳で私を称賛してくれます。
「ありがとうございます……。ですが、まさかあんなに質問攻めに合うとは思いもしませんでしたよ…」
今日、教室で繰り広げられた光景を思い出しました。
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先生が「せつ菜ちゃんがポケモン先生ね!」と冗談半分に言ったあと、園児たちが群がってきたのです。
『ねぇねぇ! 僕ん家のタツベイは、いつフライゴンになるの? 空を早く飛びたいみたいなんだ!』
元気よく身を乗り出してきた男の子の質問に、私は一瞬、思考をフル回転させました。
タツベイ。あの石頭が自慢の、空を飛びたいと夢見ているポケモン。
……残念ながら、タツベイは逆立ちしてもフライゴンにはなりませんよ。
心の中でそうツッコミを入れつつ、私はなるべく夢を壊さないよう言葉を選びました。
フライゴンへと至る進化系統は、ナックラー、ビブラーバ、そしてフライゴン。
一方、タツベイの歩む道は、コモルーを経てボーマンダへと至る、全くの別です。
『いいですか、よく聞いてください。 タツベイはフライゴンにはなりませんが、進化してボーマンダになれば、立派な翼で空を自由に飛べるようになります。 ですから、安心してください』
そう説明すると、男の子は「そっか! ボーマンダか! かっけー!」と大喜びで駆けていきました。
しかし、質問は止まりません。次にやってきた女の子は、泣きそうな顔でこう言いました。
『私の家にいるナエトルが、最近元気ないの……』
それは、私に相談するよりも先に、親御さんに言ってポケモンセンターへ連れて行くべき案件です。
正直、その子の親御さんに対して、何をしているのかと、危機管理能力の低さにツッコミたかったですが、なんとか「すぐにジョーイさんに言って診てもらってくださいね」と諭すだけで留めました。
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「質問いっぱいされて、大変そうだったね」
「そうですね…。先生は、微笑ましく見守るだけで一秒も手伝ってくれませんでしたから…」
おそらく先生は、周囲と馴染めずに孤立していた私が、ようやくクラスの輪に、それも中心的な立場で溶け込み始めたことを喜んでいたのでしょう。
心配をかけていたことへの申し訳なさはありますが、生まれ変わってからというもの、誠一さんと七海さんという身内と、しずくさん以外とは、まともに会話をしてこなかった私にとって、この全方位からのコミュニケーションは、なかなかにハードなリハビリでした。
「……でも、不思議ですね。これほど疲れたというのに、嫌な気分ではないんです」
「えっ?」
「みんなにポケモンのことを教えている時、なんだか少しだけ、心が熱くなるような感覚がありました。 私…、本当は教えるのが嫌いではないのかもしれません」
前世での生徒会活動も、誰かのために道を示す仕事でした。
この世界でも、知識を共有し、誰かの「好き」や「知りたい」をサポートすることに、私は無意識のうちに喜びを感じていたのです。
しずくさんは、私のその言葉を聞いて、嬉しそうに微笑みました。
「ふふっ。よかった。……それでせつ菜ちゃん、今日は私に何のポケモンを説明してくれるの?」
彼女の瞳には、先ほどの園児たちよりもさらに深い、真摯な熱が宿っていました。
そうでした。私にはまだ、世界で一番勉強熱心な生徒。
もとい一番弟子が残っていましたね。
「そうですね……。しずくさんの学びに対する姿勢は、本当に素晴らしいです。 私も、あなたに教える時間は特別ですよ」
しずくさんのそのひたむきさは、やはりどこか、かつての歩夢さんを彷彿とさせます。
けれど、今目の前にいるのは、桜坂しずくという、新しい世界の、私の大切な友人です!
私は再び、膝の上の図鑑を開きました。
公園内に、私の解説としずくさんの相槌が、心地よく溶け込んでいきます。
幼稚園での「せつ菜先生」も悪くはありませんが、こうして2人きりで未来を語り合いながらページをめくる時間が、今の私にとっては、何よりも大切な、二度目の人生の生きがいとなっていました。
4歳児編、完。
次回から5歳児編スタート。