中川菜々から優木せつ菜へ 〜ポケモンの世界であなたと紡ぐ奇跡〜 作:あいライス
あれから1年という月日が流れ、私としずくさんは5歳になりました。
季節が巡るたびに、この公園の景色や、成長に伴い、着る服は変わっていきますが、私たちの過ごし方は変わりませんでした。
幼稚園が終われば、こうして木漏れ日の下で図鑑を広げ、未知の知識に触れる、放課後の特別授業が日課となっていました。
「へぇ~! ヨーテリーが、こんなに立派な姿になるんだね~?」
しずくさんが図鑑のページを指差して、感嘆の声を上げました。
「はい。最終進化形のムーランドになれば、威風堂々とした風格を備えるだけでなく、『ほのおのキバ』や『かみなりのキバ』といった、強力な技も使いこなせるようになるそうです。頼もしいパートナーになりますね」
「キャンキャン!」
足元で、しずくさんのヨーテリーが誇らしげに短く吠えました。
図鑑に描かれた、長い体毛をなびかせたムーランドの姿に、自分を重ね合わせているのでしょうか。
「でも、なんだか少しだけ寂しいね。今の可愛いヨーテリーのままでいてほしいって思う気持ちもあるし…。でも、ムーランドになるのもすごくかっこいいし…。 進化って不思議だね?」
「そうですね。生命の神秘と言えば聞こえはいいですが、姿が変わることに戸惑うのは当然です。 もし、今の姿のままで戦いたいと願うなら、『かわらずのいし』という特殊な道具を持っておくことで、進化の光を抑えることもできるみたいですよ」
私は図鑑の注釈を引用しながら説明を続けました。
知識として知ってはいても、やはり実際に目の前の生き物が姿形を変えるというのは、どこか魔法めいた感覚を覚えます。
「ねぇ、ヨーテリーはどう? 進化したい?」
「キャンキャン!」
しずくさんの問いかけに、ヨーテリーは元気いっぱいに尻尾を振って答えました。
どうやらこの子は、早く大きくなって、大切なしずくさんを守れるようになりたいと願っているようです。
そんな微笑ましいやり取りをしていた、その時でした。
「……? ワンワン!」
私の足元でくつろいでいたイワンコが、不意に立ち上がり、背後の植え込みに向かって鋭く吠え立てました。
「イワンコ? どうしたんですか?」
私としずくさんが同時に振り返ると、生い茂るツツジの葉がガサガサと大きく揺れました。
中から飛び出してきたのは、黄色い小さな体と、大きな耳が特徴的な子でした。
「ピチュー!」
「きゃっ!? びっくりしたぁ!」
突然の乱入者に、しずくさんが小さく身を引きました。
私は慌てて図鑑のページをめくり、以前、彼女に見せたページを探し当てました。
「間違いありません。これはピチューですね!」
「ピチュー? あっ、前、せつ菜ちゃんが図鑑で見せてくれた子だね!? 本物がいるよ!」
図鑑の挿絵、ピチュー、ピカチュウ、ライチュウと続く進化系統図。
その一番左に描かれた幼い姿が、今、目の前で首を傾げて私たちを見つめています。
「すごいです…! イラストではなく、本物のピチューにこうして会えるとは!」
この世界に転生し、初めて図鑑を開いたあの日から、ずっと興味を惹かれていました。
丸っこいシルエットに、頬のピンク色した電気袋。
……認めざるを得ませんね…。
あまりにも、可愛いすぎです!
「ピチュ? ピチュピチュー!」
「わぁぁ~! 近くで見るともっと可愛いよ~! せつ菜ちゃん、私、抱っこしてみたい!」
しずくさんも、その愛くるしさに抗えなくなったのでしょう。
吸い寄せられるように、無防備に両手を広げてピチューへと駆け寄りました。
私は、ページを改めて読みなおすと、ある重要な警告を見つけました。
『ピチューはまだ電気をためるのが苦手で、驚いたり笑ったりすると、すぐに放電してしまい、周囲を巻き込むため要注意』
「っ!? し、しずくさん! 待ってください! ピチューに急に近づいてはいけません!」
「えっ……?」
私の制止の声もしずくさんの足も、一瞬だけ間に合いませんでした。
人間の子供が、突然自分に近づてきたことに、ピチューは本能的な恐怖を感じたのでしょう。小さな体をビクッと震わせ…。
「ピッチューーーーーー!!」
刹那、眩いばかりの黄金の閃光が辺りを包み込みました。
ピチューの全力の『でんきショック』です。
「「きゃああああああああ!!」」
ビリビリビリビリビリビリ⚡️⚡️⚡️
凄まじい衝撃が全身を駆け抜けます!
視界が真っ黄色に染まり、前世でも静電気に驚くことはありましたが、これはそんなレベルではありません!!
「キャイーン!」
ヨーテリーもしずくさんの足元で、共に浴びて、しびれてます。
一方、私のイワンコだけは、何が起きたのか分からないといった様子で「ワン?」と首を傾げて座っていました。
……そうでした、イワンコは『いわタイプ』。
電気を通さないその体には、ピチューの全力の放電も、心地よい程度にしかならないのです。
岩タイプ、羨ましいです。
「し、しびれる~~~! しびれびれ~~!!」
「しびれますぅ~~!!」
なるほど! これが電気タイプの洗礼ですか~~!!
図鑑で読む知識と、実際に体感する威力では、月とスッポンほどの差があります!!
やがて電撃が収まり、しずくさんと私は、そのまま地面へへたり込みました。
「し、しびれたぁ……!」
「な、なかなかの電撃でした……! 体の芯まで、感電させられました……!」
5歳の身体には、あまりにも刺激が強すぎました。
けれど、ふと気づけば、ピチューが申し訳なさそうに耳を垂らし、おずおずと私たちに歩み寄ってきていました。
「ピチュー……ピチュゥ……」
潤んだ瞳。その表情は明らかに「ごめんなさい」と言っていました。
悪気があったわけではなく、ただびっくりしてしまっただけ。
それがわかっているから、怒る気なんて更々起きません。
でも、これだけ痺れても、大きな怪我はないのですね。
人間の体も、この世界の理に適応しているのでしょうか。
やはりポケモンは、どこまでも不思議な生き物です。
私はしびれる手で、乱れた髪を整えながら、しずくさんに声をかけました。
「大丈夫ですか…? しずくさん…」
「うぅ~…しびれびれだよぉ~…! ごめんね…、せつ菜ちゃん。 私が急に触ろうとしたから…ピチュー驚いちゃったんだよね?」
しずくさんは、地面に手をつきながら、ピチューに視線を合わせました。
「ピチュー、そんなに落ち込まないでください。私たちは大丈夫ですから。むしろ、あなたの力を身をもって学ばせていただきました」
「ピチュ? ピチュ!」
私の言葉に、ピチューの顔にぱっと明るさが戻りました。
しずくさんも、痺れが抜けてきたのか、ゆっくりと立ち上がって微笑みます。
「うん。もう大丈夫だよ。……次は、びっくりさせないように近づくから。ね?」
「……ピチュッ!」
しびれるような出会いでしたが、それは同時に、図鑑の文字が生きた経験へと変わった、かけがえのない瞬間でもありました。
ヒカリのポッチャマも、かわらずのいしを持ち始めたから、ゲームだけじゃなくて、あの世界にもかわらずのいしは、ちゃんとある。