中川菜々から優木せつ菜へ 〜ポケモンの世界であなたと紡ぐ奇跡〜   作:あいライス

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19章「5歳児から契約される父」

その日の夜。

優木家の晩ご飯の食卓には、七海さんが腕によりをかけた「モーモーミルクをたっぷり使ったホワイトシチュー」。サイコソーダの微炭酸を活かして、果物の鮮度を際立たせた「フルーツサラダ」と、香ばしく焼き上げられたバゲットが並んでいました。

 

シチューから立ち上る湯気は白く濃密で、ミルクの優しい甘みが鼻腔をくすぐります。

 

足元では、イワンコとフシギソウが専用のポケモンフーズを小気味よい音を立てて食べています。

 

私はシチューを一口運び、その温かさが胃に落ちるのを待ってから、正面に座る「ジムリーダー」へと視線を向けました。

 

 

「あの、誠一さん」

 

「ん~? 何だ、せつ菜」

 

 

誠一さんはバゲットをシチューに浸しながら、実にご機嫌な様子で応じました。

 

 

「一つ、お願いがあるのですが。よろしいでしょうか?」

 

「ダメだw」

 

 

満面の笑みで、即答ですか…。

 

 

「あなた! せっかくせつ菜が話しかけてくれたのに、なんて言い草なの!」

 

 

七海さんがすかさず抗議の声を上げてくれましたが、誠一さんは肩をすくめて苦笑いを浮かべました。

 

 

「いや、だって七海。あのせつ菜がわざわざ前置きまでして切り出すんだぞ。ジムリーダーの直感でわかる。 きっととんでもないお願い事が飛んでくるぞ」

 

「私を一体なんだと思っているのですか?」

 

 

私はジト目で誠一さんを見つめました。

 

前世でも生徒会予算の交渉などで大人と渡り合ってきましたが、この人は、時として私の計算を上回る直感を見せるので油断がなりません。

 

 

「せつ菜、大丈夫よ。気にせず言ってごらんなさい。このお父さんがいっぱい、何でも聞いてくれるわよ」

 

 

七海さんが優しく微笑みながら私の背中を押してくれます。

 

 

「何でもは困るんだけどな……。まぁ、聞くだけなら聞いてやろう」

 

「…実は今日、公園でしずくさんと遊んでいたところ、野生のピチューが近づいてきました。 感情表現が豊かで、少々放電癖はありますが、非常に聡明な子です。 ですがどうもその子は、一匹で行動しているようで、寂しげな様子も見せていました。 なので、そのピチューを我が家の一員として迎え入れたいのです」

 

私の提案に、誠一さんはシチューを飲み込み、一瞬だけ真面目な顔をしました。

 

「ほぉ~、ピチューをねぇ~。可愛らしいし、せつ菜には似合っているかもしれないな。……だが、ダメだ」

 

 

今度の「ダメ」は、先ほどの冗談めかしたものとは違いました。

 

静かで、決定的な拒絶。

 

隣の七海さんも、悲しそうに視線を落としました。

 

 

「はい? なぜです? 理由を論理的に説明してください」

 

「論理的って……。  せつ菜、お前はまだ5歳だ。図鑑を愛読しているお前なら知っているはずだが、正式にポケモンをゲットして、トレーナーになれるのは、原則として10歳からと決まってる。 しずくちゃんのヨーテリーも、たけしくんのビードルだって、あの子たちが連れ歩けているのは、それぞれの親がゲットして、パートナーとして預けているからだろう。 お前にとってのイワンコと同じ扱いだ」

 

誠一さんの言葉は正論でした。

 

この世界の法律、というか慣習として、10歳以下の子供がポケモンの所有することは認められていません。

 

イワンコも正確に言えば、管理者は誠一さんなのです。

 

 

「なるほど……。 ならば、『キープ』というのはいかがでしょう?」

 

「えっ? キープだと?」

 

 

私はバゲットを一口齧り、交渉の最終案を提示した。

 

 

「そのピチューは、誠一さんが私の代わりにゲットしてください。 そして、私が10歳になる誕生日の際、正式に譲渡していただきたいです。 いわば5年越しの『契約』です。 それまでの間、私が責任を持って、その子の教育とお世話を担当します。 誠一さんのポケモンとして登録されるなら、法的な問題もクリアできるはずですが?」

 

「け、契約って……。お前、自分がいくつだか分かって言ってるのか?」

 

 

誠一さんは呆れを通り越して、戦慄すら覚えているような顔で私を見つめました。

 

 

「……5歳ですが? それが何か?」

 

「中身が50歳の間違いなんじゃないのか……?」

 

 

失礼ですね、私はこれでも花の女子高生ですよ。

 

誠一さんの独り言を無視し、私はシチューの最後の一口を飲み干しました。

 

私にとって、ピチューをゲットすることは単なる「ペットが欲しい」という子供の我儘ではありません。

 

あの電撃の洗礼を受けた時から、私はあの小さな命に対して、ある種の責任と、未知なる力への探究心を感じていたのです。

 

 

「それで、どうでしょうか、誠一さん。 明日、そのピチューが約束の場所に来ていたなら、この契約、成立させていただけますか?」

 

 

誠一さんは腕を組み、唸り声を上げました。

 

ジムリーダーとしての厳しい目と、娘の早熟すぎる知性に戸惑う父親の目が交錯します。

 

沈黙を破ったのは、七海さんの柔らかな声でした。

 

 

「いいじゃない、あなた。 せつ菜が自分から何かに興味を持って、そこまで深く考えているのよ。これも立派な英才教育の一つだわ」

 

「……はぁ。分かったよ。明日、もしそのピチューがお前の前に現れて、自ら望んでこちらに来るというのなら、俺が代わりにゲットしてやろう」

 

「ありがとうございます!」

 

私は椅子から降り、深々と一礼しました。

 

心臓が少しだけ、高鳴っているのを感じました。

 

これが前世では味わえなかった、ポケモンと共にある人生。

 

 

ピチュー。明日、あなたが来てくれるのを、信じていますよ。

 

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