中川菜々から優木せつ菜へ 〜ポケモンの世界であなたと紡ぐ奇跡〜 作:あいライス
◆誠一side
翌日、せつ菜が幼稚園から帰って来るのを待って、俺とせつ菜、そしてイワンコは、ピチューに出会ったという公園へと足を運んだ。
昨夜、この小さな5歳児から叩きつけられた「契約」を果たすためだ。
公園の入り口では、ヨーテリーを抱っこしたもう一人の女の子が待っていた。しずくちゃんだ。
そういえば、せつ菜から去年からの友達と聞いて、あの一件の時も名前は聞いたが、俺としずくちゃんが実際に会うのは、なんだかんだ今日が初めてだった。
彼女は俺の姿を見るなり、緊張で少し肩を揺らしながらも、精一杯の礼儀正しさで頭を下げた。
「は……初めまして……、桜坂しずくです。よろしくお願いいたします」
「あっ、あぁ、せつ菜の父の誠一です。よろしくな、しずくちゃん」
俺は思わず面食らった。
最近の子供っていうのは、こんなにしっかりとした挨拶ができるものなのか?
いや、きっと彼女の親御さんの教育が素晴らしいのだろう。
……だが、待てよ。
そう考えると、ウチのせつ菜はどうなんだ?
別に俺も七海も、作法や言葉遣いに厳しくした覚えはない。
それなのに、せつ菜はいつだって丁寧で、どこか達観していて、親の俺たちに対してすら、妙に他人行儀で、さん付けだ。
あの落ち着きようは、一体どこから来ているのか?
そんな俺の思考を切り裂くように、せつ菜が拳を握りしめて宣言した。
「それではピチュー、ゲット作戦開始です!」
「おぉ〜!」
しずくちゃんがそれに呼応し、イワンコとヨーテリーもやる気満々に鳴き声を上げる。
なんだか、小さな冒険隊の出発を見守っているような気分だ。
公園の奥へ進むと、植え込みのそばに、昨日現れたというピチューがちょこんと座っていた。
まるで、せつ菜たちが来るのをずっと待っていたかのような佇まいだ。
「せつ菜ちゃん、いたよ!」
「よかったです。誠一さん、いましたよ!」
せつ菜が俺を振り返り、期待に満ちた瞳を向けてくる。
「あぁ、いたな。あとはピチューの気持ち次第だぞ」
せつ菜としずくちゃんはゆっくりと歩み寄り、ピチューと同じ目線になるようにそっと腰を落とした。
「ピチュー、迎えに来たよ」
しずくちゃんの優しい声。そして、せつ菜が真っ直ぐにピチューを見つめて、静かに、けれど力強く問いかけた。
「改めてお聞きします。ピチュー、私のポケモンになってくれますか?」
一瞬の静寂。ピチューは大きな耳を揺らし、せつ菜をじっと見つめ返すと、弾けるような笑顔で大きく頷いた。
「ピチュー♪」
「ありがとうございます。……では誠一さん、お願いします」
「あぁ。ピチューもちゃんと、自分自身で選んだみたいだな。よし、いいだろう。それじゃ、ゲットするぞ」
俺が腰のベルトから空のモンスターボールを取り出し、構えたその時だった。
ピチューの瞳が、いたずらっぽくキラリと輝いた。
「ピチュッ!」
次の瞬間、ピチューは俺の投げたモンスターボールから逃れるように、すばしっこい動きで俺たちの間をすり抜けた。
まるで「捕まえられるかな?」と誘っているかのように、楽しげに走り出した。
「はい? えっ? ちょっと、ピチュー!」
「ピチュー! 待って~~!」
せつ菜としずくちゃんが、必死になって小さな黄色い影を追いかけ始める。
ピチューは逃げながらも、テンションが最高潮に達したのだろう。
頬の電気袋がバチバチと音を立てた。
「って、おいおい!!」
俺が叫ぶ間もなかった。
「ピッチューーーーーー!!」
電撃が放射状に広がり、追いかけていた2人の少女を真っ向から飲み込んだ。
「「きゃああああああああ!!」」
「うぅ〜! やっぱり昨日と同じくらい、しびれるぅ~~!!」
「体がしびれます~~!!」
激しい電光の中で、二人は小刻みに震えている。
……おい、本当に大丈夫なのか?これ…。
ジムリーダーの俺からして見れば、今の放電はなかなか気合が入っていたぞ…。
ようやく電撃が止まり、せつ菜としずくちゃんは倒れていた。
「しびれた……」
「しびれました……」
ピチューはといえば、2人が倒れたのを見て「やりすぎちゃった」とでも言うように、しゅんと耳を垂らしてその場に立ち尽くしていた。
何してんだか…。
「おい、大丈夫か?」
俺が駆け寄ると、しずくちゃんが力なく笑った。
「は、はい…。しびれるけど……なんとか……」
「誠一さん……。ピチューが大人しくしている今がチャンスです……! モンスターボールを早く……」
「えっ? あ、あぁ、分かったよ」
俺は、大人しくなったピチューに向かってモンスターボールを軽く投げた。
ボールはピチューの体に触れると同時に開き、彼を赤い光の中へと吸い込む。
地面に落ちたボールが数回左右に揺れ、最後に『カチッ』という小さな音を立てて、静止した。
ゲットできたということだ。
「やりました…!」
「や、やったね! せつ菜ちゃん!」
「ワンワン!」
「キャンキャン!」
イワンコとヨーテリーも、新しい仲間の誕生を祝うように周囲を跳ね回っている。
「よかったな、せつ菜」
俺がボールを拾い上げ、せつ菜に差し出す。
「はい! ですが…、まだ痺れますね。今のは相当に強い電撃だったみたいです……」
「ビリビリした〜……」
だが、2人の顔には達成感に満ちた笑顔があった。
ヨーテリーもしずくちゃんの顔を心配そうに覗き込み、イワンコに至っては尻尾をプロペラのように振って、せつ菜の頬をペロペロと舐めて労わっている。
せつ菜は、ピチューの入ったモンスターボールを大切に受け取った。
「ふふっ。ピチュー、今日からあなたは私たちの家族です!」
「私とも、ずっと友達だよ!」
しずくちゃんが横からボールを覗き込むと、中からピチューの、なんとも弾んだ元気な声が響いてきた。
「ピチュー♪」
新しい家族を迎えた娘の姿を見ながら、俺は少しだけ胸が熱くなった。
……ったく、この笑顔を見せられたんじゃ、ジムリーダーの立場も形無しだな。
これから先、このピチューと、それ以上に強烈な俺の娘がどんな物語を紡ぐのか、楽しみになってきた。