中川菜々から優木せつ菜 〜ポケモンの世界であなたと紡ぐ奇跡〜   作:あいライス

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1年生編ラスト


26章「可愛い健気な挑戦状」

いつもの公園の芝生を長く、優しく横切るように照らし出していました。

 

放課後のこの時間、大きな木陰は私たちの特等席です。

 

 

「あははっ! だめだよピチュー、そこはくすぐったいってば!」

 

 

芝生の上にぺたんと座り込んだしずくさんが、楽しそうな笑い声を響かせています。

 

彼女の膝の上では、我が家のピチューがしずくさんの肩に乗り、そのすぐ横では、イワンコが尻尾をちぎれんばかりに激しく振りながら、しずくさんのパートナーであるヨーテリーと鼻先を突き合わせ、お互いにじゃれ合うようにして楽しそうに転げ回っています。

 

 

「ワン、ワン!」

 

「キャン、キャン!」

 

 

そんな微笑ましい光景を、少しだけ離れた木製のベンチに腰掛けながら、私は我が子を見守るような温かい気持ちで、静かに目を細めていました。

 

 

「ふふっ、本当にみんな、しずくさんのことが大好きなのですね」

 

 

私は膝の上に、今日の座学の授業で学んだことを書き込んだノートと、ポケモン図鑑を広げました。

 

ページをめくり、今日習った「ノーマルタイプの、幼少期における骨格の発達と食事量の推移」についての記述を、目の前で元気に動き回るヨーテリーの体つきと静かに照らし合わせていきます。

 

スクール生活が始まって数か月。

 

授業の難易度は少しずつ上がってきていましたが、しずくさんも筆記テストの成績は極めて順調そのものでした。

 

私が少しだけ予習のコツを教えると、彼女は驚くほど素直にそれを吸収し、いつも綺麗な満点の答案を嬉しそうに私に見せてくれるのです。

 

その一方で、実技である「ポケモンバトル」の授業に関しては、しずくさんとヨーテリーが勝つことは、まだそれほど多くはありませんでした。

 

バトルの時間が始まると、しずくさんは、どうしても相手のポケモンを傷つけることに一瞬の躊躇いを見せてしまうのです。

 

攻撃の指示がほんの少しだけ遅れたり、相手の強力な技を見て怖がってしまったり。結果として、クラスの元気な男の子たちのポケモンから、容赦のない攻撃に押し切られてしまうのが、いつものパターンでした。

 

でも、負けても先生は優しく頭を撫でてくれますし、クラスメイトたちも「惜しかったね!」と笑顔で声をかけてくれます。

 

しずくさんも悔しがりはするものの、決して塞ぎ込むようなことはなく、「次はもっとヨーテリーと息を合わせられるように頑張るね」と、一歩ずつ、楽しみながら前を向いていました。

 

これなら、何も心配することはありません。

 

ゆっくりでいいのです。

 

こうしてポケモンと心が通じ合うことの楽しさを、体いっぱいに実感していくこと。

 

それこそが、何よりも正しい学びの在り方のはずなのですから。

 

私が図鑑に目を落としていると、不意に、芝生を踏みしめる小さな靴の音がベンチの方へと近づいてきました。

 

 

「――せつ菜ちゃん」

 

 

顔を上げると、しずくさんが両腕で、ピチューを抱きかかえながら、まっすぐな瞳で私を見つめて立っていました。

彼女の足元では、ヨーテリーもまた「頼むよ!」と言いたげに、短い尻尾をぴんと立てて私を見上げています。

 

 

「どうしました、しずくさん?」

 

「あのね、もしよかったら、ピチューとヨーテリーで、バトルの練習を一緒にやってくれないかな?」

 

 

しずくさんの口から飛び出した思いがけない提案に、私は一瞬だけパチパチと目を瞬かせました。

 

 

「バトルの、練習……ですか?」

 

「うん。学校の授業のバトル、私、いつも負けちゃってばかりでしょ。 もちろん、みんなとバトルするのは楽しいんだけど、ヨーテリーにばっかり痛い思いをさせちゃってる気がして、それがちょっと悔しいんだ。 だから、せつ菜ちゃんが相手なら、私、もっと落ち着いてヨーテリーに指示が出せると思うの。 ちゃんと戦うお勉強をして、もっとヨーテリーを上手に守れるようになりたいな、って」

 

「キャンッ!」

 

しずくさんの言葉に応じるように、ヨーテリーが力強く一歩前へ出て、小さな肉球で地面をしっかりと踏みしめました。

 

そのひたむきな眼差しを見た瞬間、私の胸の奥に、言葉にできないほどの愛おしさと熱い感情がぶわっと湧き上がってきました。

 

ただ勝ちたいからではない。

 

パートナーであるヨーテリーを傷つけたくないから、自分がもっと頼れるトレーナーとして強くなりたい。

 

それは、彼女が心の奥底に宿し始めた、紛れもない彼女自身の小さな、けれど気高い「正義」の芽生えに他なりませんでした。

 

 

「……あ、はい。そうですね! 喜んでお相手させていただきます!」

 

 

私は、膝の上のノートと図鑑をベンチに置きました。

 

腕の中にいたピチューが、私の意図を察して、芝生の上へ飛び降ります。

 

「ピチュ、ピチュー!」

 

ピチューはやる気に満ちた顔でヨーテリーと対峙しました。そのすぐ後ろでは、審判役を買って出るかのように、イワンコが「ワン!」と元気よく吠えて芝生の上に腰を下ろします。

 

「ありがとう、せつ菜ちゃん。……いくよ、ヨーテリー! まずは落ち着いて、詰めていこう!」

 

「はい、受けて立ちます! ピチュー、相手の動きをよく見て、まずは『なきごえ』で牽制です!」

 

「ピチュ~~!」

 

「キャン、キャンッ!」

 

夕暮れ時の誰もいない公園の広場で、小さな2匹のポケモンが、それぞれの主人の声に応じて元気いっぱいに駆け出し、交差する。

 

しずくさんの出す指示は、まだ少しだけ緊張で硬さがありましたが、それでも私のピチューの動きを必死に目で追いながら、一生懸命、ヨーテリーへ声を届けようとしています。

 

「ヨーテリー、右に避けて! それから『たいあたり』だよ!」

 

「ピチュー、後ろに跳んで、そのまま『でんきショック』です!」

 

火花が散り、砂が舞う。

けれど、そこにあるのはお互いを傷つけ合うための冷酷な暴力などではなく、お互いの絆をより深く、より強固なものにするための、この上なく純粋で温かいぶつかり合いでした。

 

必死に声を張り上げるしずくさんの顔を見ながら、私は言葉にできない幸福感で胸を満たしていました。

 

――あぁ、なんて素晴らしい時間なのでしょう。

 

倉田校長先生の言う通り、この世界においてポケモンと共に強さを目指すことは、こんなにも美しく、誇らしいことだったのですね。

 

お互いを高め合い、笑顔で手を取り合うためのバトル。

 

これこそが、私たちがスクールで学ぶべき真の正義の姿なのだと、私はこの時、確信していました。




次回、2年生編
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