中川菜々から優木せつ菜 〜ポケモンの世界であなたと紡ぐ奇跡〜 作:あいライス
季節は目まぐるしく巡り、私たちはポケモントレーナーズスクールの2年生へと進級しました。
教室の位置が変わり、新しく配られた教科書の厚みが増していく高揚感があると同時に、1年生の頃に私たちが親しんでいた、あの和気あいあいとしたバトルの授業は、この頃からじわじわと、そして確実に、その色合いが変わり始めました。
まだ10歳に満たない私たちは、ポケモン世界の法律上、自分自身のポケモンを公式に持つことも、ましてや野生のポケモンを新たにゲットすることは一切許されていません。
そのため、2年生の実技の授業では、家から一緒に通学している大切なパートナー――私にとってはイワンコ、しずくさんにとってはヨーテリー――をフィールドへ連れてきて、技の精度や基礎体力を測る実技訓練を行う、いわば「試し撃ち」のような形式が取られました。
しかし、1年生の頃と決定的に違ったのは、その訓練の内容に、クラス内の順位を含めた明確な「成績」が付けられるようになったことです。
まるで前世の世界にあったような、定期テストの結果を配るかのように、月に1回、全員の前で、バトル実技の通知表らしき評価シートが配られました。
そこに記載されているのは、勝率、技の命中率、そしてトレーナーとしての素質を数値化した残酷なグラフでした。
さらに私たちの前に立ちはだかったのは、新しく2年A組の担任となった中年の男性教師の存在でした。
彼は眼鏡を光らせ、教壇で毎日のようにこう言い放ちました。
「勝負の世界において、結果を出せない者に“正義”を語る資格はない。 強い者こそが正しく、負ける者はその怠惰によって正義を汚しているのだ。 勝ちなさい。 勝つことだけが、このスクールで君たちが生き残る唯一の証明だ」
去年まで無邪気な笑顔で、ポケモンを囲んでいた子供たちの間に、周囲を蹴落とそうとする冷徹な空気が流れました。
席順や班のリーダーシップさえも、バトルの成績順で決められるようになり、そしてその冷たい物差しは、私の隣で必死に歩もうとしていたしずくさんを、容赦なく、そしてあまりにも無慈悲に突き放していったのです。
しずくさんは、本質的に争いごとを好まない、誰よりも優しい心を持った女の子です。
しかし、その優しさこそが、バトルの世界においては、致命的な弱点となってしまいました。
――指示の遅れ。
対戦相手のポケモンが苦しそうな顔を見せると、しずくさんは相手を傷つけることを恐れるあまり、咄嗟の攻撃指示が出せなくなってしまうのです。
「そこを『たいあたり』で追撃しろ!」という教師の怒号が響く中で、彼女の小さな唇は小刻みに震え、言葉を失ってしまいます。
――パートナーの怯え。
私が愛読しているポケモン図鑑の記述の中に、このような一節が書き記されていました。
『ポケモンはトレーナーの緊張を感じ取ってしまい、それ以上に緊張することがある。』
まさにその記述通り、しずくさんの胸の内の不安や恐怖、張り詰めた緊張を敏感に察知したヨーテリーもまた、相手のポケモンが放つ激しい技の威圧感を前にして、闘争心を失い、フィールドの真ん中で小さく身をすくめて、動けなくなってしまうのでした。
――重なる敗北。
結果として、バトルの授業におけるしずくさんの戦績は連戦連敗でした。
「また負けたのか、桜坂」
教師の冷ややかな声が、フィールドに、そして教室の隅々にまで残酷に響き渡ります。
「君のヨーテリーは素質が悪くない。問題はトレーナーである君の甘さだ。このスクールにおいて、弱いということは、努力不足と同義であり、すなわち価値が低いということにされる。そんな調子では、倉田校長の掲げる高潔な正義の足元にも及ばないぞ」
放課後の教室の片隅。
「……っ、う、うう……」
自分の机に突っ伏して、しずくさんは小さな肩を激しく震わせながら、声を殺して涙を流していました。
机の上では、傷ついたヨーテリーが申し訳なさそうに耳を垂らし、しずくさんの涙で濡れた顔をペロペロと慰めるように舐めています。
ずいぶんと、理不尽に教育方針が変わってしまいました。
おかしいです。こんなものは、あの日、校長先生が大講堂の教壇で堂々と掲げた、あの輝かしい理想の「正義」などでは絶対にありません!
きっと、この2年生の担任の教師が、校長先生の仰る高潔な正義の本質を、自分の狭い視野と凝り固まった成果主義のせいで完全に履き違えてしまっているに違いないのです。
強さを求めること自体は決して悪くありません。
ですが、勝てない者をこれほど執拗に糾弾し、心優しい生徒をここまで孤独に追い詰めて涙を流させる指導が、教育として正しいはずがありません!
校長先生がこの現状を知れば、きっとこの教師を厳しくお叱りになってくださるはずです……!
「しずくさん……」
私は一歩、深い絶望に沈む彼女の席へと近づき、その小さく震える背中にそっと、祈るような気持ちで手を伸ばしました。
「大丈夫です、しずくさん。私は、あなたの優しさを知っています。私のピチューも、イワンコも、あなたのその温かい心が大好きなんです」
しずくさんは涙に濡れた顔をゆっくりと上げ、潤んだ瞳で私を見つめました。
その瞳には、自分の無力さへの悔しさと、スクールそのものへの深い恐怖がべっとりと張り付いていました。
この歪んだ教室の空気から、私の掲げる本当の、誰もが笑顔になれる正義の力で、何があっても彼女の笑顔を守り抜いてみせる。
前世の記憶を持つ私だからこそ、彼女の盾になれるはずです!
そんな強い決意を胸に抱く私の裏腹で、スクール全体をじわりと覆う巨大な黒い影は、私たちの足元へと確実に、そして容赦なく伸ばしてきていました。