中川菜々から優木せつ菜 〜ポケモンの世界であなたと紡ぐ奇跡〜   作:あいライス

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28章「歩夢さん、私に力を」

このポケモントレーナーズスクールが掲げる“正義”という言葉が、いつの間にか、この教室の中では「強さこそが正義」という恐ろしく歪んだ解釈へとすり替わっていました。

 

一度でもその空気が教室を支配してしまうと、子供たちの行動は残酷なほど加速していきます。

バトルの授業で負け続けるしずくさんへ向けられるクラスメイトたちの視線は、日に日に冷ややかなものへと変わっていきました。

 

最初は、授業中にしずくさんのヨーテリーが技を外してしまった時の、クスクスという小さな嘲笑に過ぎませんでした。

それがやがて、移動教室の時に誰も彼女を班に誘おうとしないグループ外しや、廊下ですれ違いざまにわざと聞こえるような大きな声で囁かれる陰口へと、明確な悪意を伴ってエスカレートしていったのです。

 

私はもちろん、そのすべてから彼女を守ろうとしました。嫌がらせをする者たちの前へ毅然とした態度で立ちはだかって跳ね除け、いつだってしずくさんの手をぎゅっと取り続けました。

 

ですが、周囲の反応はそんな私の怒りさえも、どこか他人事のような、気味の悪い余裕に満ちて受け流すのです。

 

 

「優木さんって本当に桜坂さんのことが好きだよね〜」

 

「ホント過保護だね? 仲良しさんでいいよね~」

 

 

休み時間にクスクスと笑いながらこちらを見て話す彼女たちの言葉には、誰かをいじめているという自覚すらありません。

 

ただ、クラスで「弱くて価値の低いしずくさん」と、「筆記も実技も常に成績優秀な私」が一緒にいるという構図そのものが、彼女たちにとっては奇妙で、滑稽なものに映っているようでした。

 

そして、何より恐ろしかったのは、私たちを導くべき立場である教師たちの変化でした。

 

かつては微笑ましく私たちの成長を見守ってくれていた1年生の頃の担任の先生と、今の2年生の担任の先生は、その教育方針がまるっきり違います。

 

このスクールは、前世の小学校のように「去年3年生を担当していた先生が、今年はそのまま4年生の担任になる」というような仕組みもなければ、「去年2年生を担任していた先生が、今年は5年生の担任をする」というのもありませんでした。

 

ここにあるのは、「何年生の担任はこの先生たち」と明確に役割と配置が振られていました。

 

ですが、それ以上に最も不気味で恐ろしかったのは、担任の教師ではなく、全学年のクラスを横断して教える「ポケモン知識」を専門的に教える先生たちの存在でした。

本当に同じ人物なのかと自分の目を疑いたくなるほど、彼らは相手をする生徒の学年や成績によって、その態度を極端に変えている人たちだったのです。

 

バトルの成績が良い生徒が教壇へ行けば、「君のヒコザルは実に見事だ、この調子で伸ばしなさい」と丁寧に笑顔で教える。

一方で、しずくさんのように結果が出せない生徒が、必死の思いで「どうすればヨーテリーが怖がらずに技を出せるようになりますか」と助けを求めても、講師は目すら合わせようとせず、冷淡に言い放つのです。

 

「自分でもっと工夫しなさい。気合が足りないから、君の緊張が伝わってポケモンが動かないんだ」

 

すべてを精神論と自己責任で片付けてしまう、血の通わない冷たい言葉。

 

極めつけは、ある日の実技終わりの担任教師の言葉でした。

 

「桜坂さん、これでは評価の付けようがありませんね」

 

手元のバインダーだけを見つめて放たれたその一言は、しずくさんの心を深く抉るのに十分な鋭さを持っていました。

 

そして次の授業中。1時間後に控えた、また別のバトルの授業でするチーム分けの発表があったときのことです。

黒板にしずくさんの名前が書かれたのを見た瞬間、対戦相手のグループになった男の子たちが、声を弾ませてハイタッチを交わしました。

 

「ラッキー! 次のバトル、桜坂のグループだ! こりゃ勝ち星確定!」

 

その露骨な歓声に引きずられるように、今度はしずくさんと同じグループになってしまったクラスメイトたちが、あからさまに「最悪だ」「足を引っ張られる」と不満の声を漏らし始めました。

 

しずくさんは机の上で小さく身を縮め、今にも泣き出しそうな顔で唇を噛み締めています。

 

その姿を見た瞬間、私の脳内で何かが激しく弾け飛びました。

 

私は自分の椅子を大きな音を立てて後ろへ蹴り出すようにして立ち上がると、その子たちの席へと真っ直ぐに歩み寄りました。

 

「今、何と言いましたか!」

 

私の突然の怒声に、騒がしかった教室が一瞬で静まり返ります。

 

「しずくさんは毎日、放課後も、家でも、一生懸命にヨーテリーと一緒に勉強をしています! 勝ち星だなんて、そんな風にクラスメイトを侮辱する言葉は、許しませんよ!」

 

しかし、その子は私のすさまじい剣幕に一瞬だけ怯んだものの、周囲の目を意識したのか、すぐにニヤニヤとした嫌な笑みを浮かべました。

そして、スクールに蔓延るあの冷酷な屁理屈を並べ立てて、私に言い返してきたのです。

 

「何怒ってんだよ優木。事実だろ? 桜坂が今まで一回でもバトルで勝ったところ、お前、見たことあんの? スクールは強いやつが正義だって先生も言ってるじゃん。負け続けるやつと当たってラッキーって思うの、バトルの世界じゃ当然だろ」

 

「そうよ。優木さんが私のグループなら別にいいけど、桜坂さんだとねぇ……」

 

周りの女子たちも、同調するように冷たい視線をしずくさんへ送ります。

 

「ほら見ろ。成績トップの優木様は、弱者の味方ごっこが趣味ですか?」

 

「なっ……! 趣味などではありません! あなたたちのその考え方自体が、スクールの、倉田校長先生の目指すあの輝かしい正義から完全に外れて――」

 

「そこまでだ、二人とも」

 

私がさらに言葉を荒らげようとしたその間に、いつの間にか担任が、冷淡な声で割って入りました。

 

「優木さん、君のバトルの成績が我がクラスにおいて極めて優秀であることは認める。だが、授業中に大声を張り上げてクラスの秩序を乱すことは感心しないな。すぐに自分の席に戻りなさい。……それから、桜坂さん」

 

 

先生の冷え切った視線が、机に伏せるしずくさんへと落とされます。

 

 

「君も、自分が周囲にそう思われているという現実をしっかりと自覚しなさい。不満があるのなら、次こそは口ではなく、結果で実力を示しなさい」

 

 

――私がバトルの成績が良かったのは、なんと皮肉な話でしょう。

 

先生は成績のいい私の声を「秩序を乱す」と制しながらも、その優秀さゆえにそれ以上の罰は与えず、逆に、一番傷ついているはずのしずくさんにだけ「自覚しろ」と追い打ちをかけるのです。

 

私は悔しさに奥歯を噛み締めながら、自分の席へと戻るしかありませんでした。

 

ですが、このままいじめを黙認するつもりなど、私にはサラサラありません。ましてやしずくさんは、私がこの新しい世界で出会った、たった一人の大切な親友なんですから。

 

 

 

その日の帰り道。

 

私としずくさんは、いつものように並んで歩いて帰っていました。

 

言うまでもなく、その後の授業で行われたバトルは、しずくさんとヨーテリーの負けでした。

俯いたまま、トボトボと歩く彼女の横顔には、昼間の教室での傷がまだ深く残っているようでした。

 

 

 

歩夢さん……。 私は、ちゃんと彼女を守れるでしょうか……?

 

 

 

夕日に照らされる道を見つめながら、かつてお台場の空の下で、私の我が儘を誰よりも近くで支え、優しく見守ってくれた、私の大切な幼馴染。

 

私の人生の光として存在してくれた、あなたなら――今の弱気になりそうな私に、一体何と言ってくれるでしょうか。

 

きっと……。

 

 

 

「せつ菜ちゃん、どうしたの? 難しい顔して」

 

 

 

不意に、隣を歩いていたしずくさんが、自分の辛さなど押し隠すようにして、心配そうに私の顔を覗き込んできました。

 

その健気な優しさに胸を激しく締め付けられながら、私は無理に笑顔を作って、「何でもありませんよ、しずくさん」と首を振ることしかできませんでした。

 

けれど、その瞬間に確信したのです。

 

きっと、前世のあの街で私を支えてくれた歩夢さんなら、今の私にこう言って背中を押してくれるはずだと。

 

 

 

『菜々ちゃん。その子は、誰よりも優しい心を持っている、菜々ちゃんの大切な友達なんでしょう? だったら、悩んでちゃダメだよ。菜々ちゃんがその子の手をしっかりと握って、何があっても、絶対に助けてあげて』

 

 

 

――そうですね。悩んでいる暇など、私にはありません。

 

 

お台場で歩夢さんから教わったたくさんの愛、そして私がこの胸に抱く本当の「正義」と「大好き」の力。そのすべてを懸けて、私は何があっても、しずくさんを守り抜いてみせる。

 

スクールを覆う黒い影が、これからどれほど巨大になり、どれほど深く私たちの足元へ伸びてこようとも。私は絶対に、彼女の手を離さない。

 

夕闇に赤く染まる帰り道で、私は隣を歩くしずくさんの小さな手をそっと握り締めながら、強く、強く心に誓うのでした。

 

 

校長先生が目指しているのは、こんな弱者を踏みにじるための冷酷な強さの押し付けなどでは絶対にないはずです。

 

きっと、担任の先生やあの専門講師たちが、校長先生の崇高な理念を勝手に歪めて運用しているに違いないです。

 

私はそう自分に言い聞かせるようにして、夕暮れの街の向こうにそびえるスクールの高い時計塔を見つめていました。

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