中川菜々から優木せつ菜 〜ポケモンの世界であなたと紡ぐ奇跡〜 作:あいライス
代わりに4年D組の教壇に立ったのは、40代半ばほどの、仕立ての良いグレーのスーツを不自然なほど隙なく着こなした、いかにも神経質そうな新しい担任の教師でした。
しかも、世の中やっぱり、そう甘くはありません。
その内面や人間性は、浜野先生と対して変わらない……いいえ、むしろ情緒の欠片もないという意味では、さらにタチの悪い人物でした。
「昨日付で、懲戒解雇となった浜野“元”担任は、我がスクールの厳格な規律を守れなかった“敗北者”だ! 諸君らは、あのような無能な姿を反面教師とし、より一層、強さの追求に励むように!」
壇上に立った新担任は、前任者の無残な失脚などまるで他人事、スクールのシステムに適合できなかった不良品が排除されたのは当然であると言わんばかりに、平然と、そして冷淡な声でそう言い放ちました。
わざわざ「元」という言葉を、これ見よがしに強調して前任者を貶めるあたり、この人もこの人ですね。
結局、このスクールに籍を置く教師たちは、倉田校長の顔色を窺い、その思想にひれ伏すことしかできない哀れな歯車に過ぎないのです。
もしくは、本心から校長を教祖か何かだと思い、信仰してるだけか…。
クラスメイトたちは、新担任の冷酷な言葉に、教室のあちこちで小さく肩を身震いさせていました。
昨日、目の前で繰り広げられたバンギラスの暴走という、生き物の枠を超えた圧倒的な恐怖の記憶。
そして、どれだけ従順にスクールの言いなりになって尽くしていても、たった一度のシステムコントロールの失敗で路頭に迷うという、あまりにも残酷な現実。
彼らは、自分が次の敗北者になって、ゴミのように切り捨てられないよう、恐怖という名の目に見えない鞭に突き動かされるようにして、これまで以上に必死な目でノートにペンを走らせているように思えます。
変わりません……。このスクールは、何一つ変わろうとしていません!
教師の首がすげ替えられようとも、この場所に蔓延してる『力こそ正義』という歪んだ思想の根源――倉田校長を排除しない限り、この最悪な悲劇は何度でも繰り返されるでしょう。
しずくさんのように傷つき、夢を奪われる生徒や、その相棒のポケモンが、これからもただ消費され、増え続けるだけです。
放課後、私は、ずっと心配だったしずくさんの家を訪ねました。
「いらっしゃい、せつ菜ちゃん」
「お邪魔します、しずくさん」
玄関で出迎えてくれたしずくさんの顔は、まだどこか完全に疲れが拭いきれていないような表情でしたが、それでも、私を自分の部屋へと迎え入れてくれたその声は、相変わらず女の子らしいやわらかさに満ちていて、トゲだらけのスクールで擦り切れそうになっていた私の心を、不思議とじんわりと解きほぐしてくれます。
しずくさんの部屋に通されると、彼女のパートナーであるヨーテリーが私の足元へ、タタタッと嬉しそうに駆け寄ってきました。
「キャン!」
その愛らしく、元気な鳴き声を聞いて、私は思わず目を見張りました。
あの通電フィールドの惨劇を受けたとは到底思えないほど、その小さな身体からは、元気が溢れているように見えたからです。
「ヨーテリー! 回復したんですね!」
「うん。 今朝、ジョーイさんから連絡があって、もう退院して大丈夫だって。 まだ少し疲れが残っているみたいだから、明日まで大事を取ってお休みするけど、本当によかったよ」
「そうですか。 本当によかったですね…!」
しずくさんの言葉を聞いた瞬間、私の胸を一昨日からずっと占めていた重苦しい物が、ほんの少しだけ軽くなったような気がしました。
しずくさんは、ちょこんと座ったヨーテリーの背中を、まるで世界で一番壊れやすい宝物を扱うかのように愛おしそうに撫でています。
ヨーテリーもまた、大好きな飼い主の温かい手のひらに気持ち良さそうに目を細め、喉を鳴らしていました。
この光景です。
これこそが、あるべき本当のトレーナーとポケモンの姿です。
互いの境界線を越えて響き合う、確かな愛の形。
昨日の、あの恐怖と電流で相棒を縛り付けた浜野先生のバトルが、どれほど異常で間違っていたか、この部屋の温かさがすべてを証明してくれています。
しかし、ヨーテリーを撫でるしずくさんの横顔には、まだ完全に晴れきらない、夜の帳のような暗い影がうっすらと落ちたままでした。
「……ねぇ、せつ菜ちゃん」
「はい、何ですか? しずくさん」
しずくさんは視線をヨーテリーに向けたまま、そのやわらかい声を、少しだけ震わせました。
「昨日の特別授業試合のこと、お母さんから聞いたよ…。せつ菜ちゃんと浜野先生がバトルしようとしたら、バンギラスに先生が、怪しい首輪をつけたら暴走して、それで、浜野先生はスクールをクビになったって…」
「……はい。その通りです。すべて事実です」
私は昨日起きた凄惨な事実を話しました。
「私、ヨーテリーが戻ってきてくれて本当に嬉しいはずなのに、あのスクールのことを考えると、どうしても身体の震えが止まらなくなっちゃうの……」
無理もありません。
彼女の心に刻まれた恐怖という名の傷痕は、私たちが外側から想像するよりも遥かに深いです。
倉田校長の支配は、肉体だけでなく、こうして生徒たちの魂までをも縛り付けているのです。
私はそんな彼女の傍らにそっと歩み寄り、その手を握りしめました。
「しずくさん。怖がらなくて大丈夫です。 私が必ず、あの歪んだスクールの歪んでる正義を止めます。 しずくさんとヨーテリーが、もう二度と怯えなくていいような、本当の、お互いが笑顔でいられる素晴らしい世界を、私の正義の炎で取り戻してみせますから!」
しずくさんは驚いたように丸い目を見開き、それから、どこか救われたような、ですが少しだけ切ない微笑みを浮かべました。
「ありがとう、せつ菜ちゃん……。せつ菜ちゃんは、本当に強いね……」
しずくさんの部屋の窓の外では、街の灯りが一つ、また一つと点り始めていました。
しかし、このニジガサキシティの中心にそびえ立つトレーナーズスクールだけは、不気味な黒い巨塔のように、夜の闇に深く溶け込んでいました。