中川菜々から優木せつ菜 〜ポケモンの世界であなたと紡ぐ奇跡〜 作:あいライス
もう一人、登場!
◆沢泉side
◇ニジガサキシティポケモントレーナーズ 廊下
静まり返った放課後の校舎。夕暮れが廊下を照らして赤く染めている。
私は腕の中のペギタンを抱いて、その静まり返った廊下を一人静かに歩いていた。
「……ポチャ?」
「ペギタン、昨日はありがとうね。あなたのおかげで、最悪の結末だけは回避できたわ」
「ポチャ!」
ペギタンの小さく温かい体温が、制服越しに私の腕へと伝わってくる。そのぬくもりだけが、今の私にとって唯一の現実であり、私の心を繋ぎ止めてくれる。
それにしても、優木せつ菜さん。
なるほど、実に面白い子だったわ。とても1歳下には見えないわね。
あの浜野先生に向かって、大人の傲慢と保身を鎧としてまとっていた元担任に向かって、「ポケモントレーナーを名乗るんじゃないっ!」なんて。
あそこまで純粋な情熱を剥き出しにして、言葉を叩きつけられる人間が、今のこのスクールに、一体何人残っているかしら?
ほとんどの生徒は、倉田校長がこのニジガサキシティに持ち込んだ『力こそ正義、勝者がすべてを支配する』という冷徹なシステムと、敗北者に突きつけられる容赦のないペナルティに怯え、己の感情を殺して、ただ従う道を選んでいる。もしくは洗脳されてその道を信じて信仰してるかのどちらか。
浜野先生だってそう。結局は自分の地位やプライドを守るためにシステムに踊らされて、弱者を叩くことでしか己の存在価値を証明できなかった、哀れな大人だった。
けれど、優木せつ菜さんは違う。
このスクールを覆う息苦しい雰囲気を、その胸の中に宿したあまりにも眩しく、直視できないほどの正義の炎で、丸ごと焼き尽くそうとしている。
「ポケモントレーナーを名乗るな……か」
ポツリと漏らした私の独り言は、誰もいない長い廊下の壁に反響し、虚しく消えていった。
廊下には、スクールの過去の栄光を示す数々の賞状や、金色のトロフィーが、ショーケースに飾られていた。
熱意。信念。正義。
どれも美しく、眩しく、そして――今の私にとっては、あまりにも遠く、残酷な言葉。
胸の奥が、冷たい刃でゆっくりと削り取られるような痛みを覚える。
ふと脳裏に過ったのは、今年度の頭、あの校長室で交わされたやり取りだった。
上質な革張りのソファに深く腰掛け、カップを緩やかに傾けながら私を見下ろしていた倉田校長の、あのねっとりとした目つき。
『どうだろう? 沢泉さん。 来年度から生徒会長になってみる気はないかい? キミの成績と我が校へのこれまでの貢献度なら十分勤まると思うよ。 ……キミの、あの病弱な弟さんのためにも、将来を考えて、今から相応の実績と名誉があったほうがいいのではないかね?』
親身な教育者を装った言葉の端々に漂う、逃れようのない絶対的な脅迫。
「……とうじ」
その名を呟くだけで、胸の奥がぎゅっと、引きちぎられるように締め付けられて痛む。
私のたった一人の弟――とうじ。
彼は生まれつき体が弱く、幼い頃から病院での生活を余儀なくされていた。
今、彼が入院しているのは、ニジガサキシティでも有数の最新設備が整った総合病院。そしてその病院でドクターを務めているのが、私の親友の母親。
先天的に身体が弱く、幾度も危機を乗り越えてきた弟。その高額な先進医療の治療費、そして特殊な医療ケアチームのバックアップという命の綱を盾に、倉田校長は静かに私を縛り付けたのだ。
『我がスクールの理事会は、あの病院の理事長とも深い繋がりがあってね。病院への助成金や医療機器の優先配備……私の一言で、どうとでも動くのだよ。とうじ君が今後も最先端の治療を快適に受け続けられるかどうかはそう、キミが我がスクールで、優秀であり続けてくれるかにかかっているね』
あの男が差し出してきたのは、優しさなどではない。
最初の頃はそう、倉田校長がこのスクールに着任し、叔父を通じて、あの病院を紹介してくれた時は、私たち家族は本当に、救われたような思いで感謝していた。
『ちゆ、本当に良かったわね。とうじを診てくださる素晴らしいお医者様が見つかったのよ』と、母が泣いて喜んでいた日のことを、今でも鮮明に覚えている。
そして、その病院へ通う中で、担当医である先生の娘さんと出会い、彼女と心を通わせ、かけがえのない親友になれた。
それについても、私は運命の導きだと信じて疑わなかった。
彼女との時間は、日常の中で、私が唯一「沢泉ちゆ」という普通の女の子に戻れる、宝物のような居場所だったのだから。
だけど――。
あの男は、最初からすべてを仕組んでいたのだ。
私の家庭環境、弟の病状、そして親友との繋がり……そのすべてを綿密に調べ上げた上で、自分に逆らえない完璧な駒を作るために、親切な顔をして近づいてきたのだ。
親友の存在も、弟の命も、私が大切に思えば思うほど、それはそのまま倉田校長の手の中で輝く鋭利なナイフへと変わる。
私がスクールの指示に従い、特待生として成果を出し続ける限り、とうじの命は保障され、病院での手厚い看護も約束される。
だけど、もし私が優木せつ菜さんのように正義を振りかざし、スクールに反抗すればどうなるか?
答えは火を見るより明らかだった。とうじは病院を追い出され、必要な治療を奪われ、文字通り命を落とすことになる。
「くっ……」
抱きしめる腕に思わず力が入ってしまい、ペギタンが「ポチャ……?」と心配そうに私の顔を見上げた。
「ごめんなさい、ペギタン……強く抱きしめすぎちゃったわね……」
優木せつ菜さん。あなたの言う正義は正しいはず。間違っているのは、どう考えても、このスクールであり、倉田校長であり、
そのシステムに加担している、私自身だ。
だけど私には、あなたのように立ち上がる資格なんてない。
正義を守るために、弟の命を捨てることなんてできるわけがない。
誰かの相棒のポケモンを救うために、自分の血を分けた弟を見殺しにすることなんて、私にはできない…!
だから私は、これからも氷の仮面を被り続けるしかない。
たとえその過程で、どれだけクラスメイトに恨まれようと、自分の心が削り取られて死んでいこうと。
だけど、皮肉ね。
そう意気込んでいたのに、私が成果を上げ、模範生として上に上がれば上がるほど、周りのクラスメイトたちは私を、完璧な優秀生として崇め、クラス代表に推薦するほど、私をもてはやしてくる。
誰も私の本心に気づかない。
表向きの華やかな評価の裏で、私がどんな惨劇の片棒を担がされているかも知らずに。
そして振り向いたその先で、私が見たものは何だった?
あの誇り高く、誰よりも心優しかった親友と、彼女の相棒であるコリンクが、このスクールの歪んだルールの下で虐げられ、見せしめのように痛めつけられた。
あの忌々しい強制限界突破デバイス。
あの過剰な電流を放つ首輪を装着され、苦しみに悶えるコリンクの姿と、それを見て泣き叫ぶ親友の顔が、今も私の脳裏に焼き付いて離れない。
私が上位の特待生として君臨し、スクールに貢献している裏で、私の大切な存在が、まさにそのスクールのシステムによって踏みにじられたのだ。
冗談じゃないわ!!
何が教育よ。何が効率的なトレーナー育成よ。
自分の家族を人質に取り、大切な親友の心と相棒の誇りを踏みにじるようなこのシステムを、私がこのまま黙って受け入れ続けるとでも思っているの?
その時、私は親友と固く誓った。
ただの駒として消費されて終わるつもりはない。
私がこのスクールの絶対的な頂点、生徒会長の座に登り詰めること。
内部からスクールの実権を握り、倉田校長の支配体制を根底から覆して、この腐れ果てたスクールを、私たちの手で完全に作り変えてみせる。
そのための権力。そのための地位。
倉田校長が私を縛るために投げつけてきた生徒会長への打診という甘い毒――。
チャンスがようやく、向こうからやってきたんじゃない!
だったらその権利、使わないと損でしょ!?
優木せつ菜さん。あなたの眩しすぎる正義の炎は、いずれスクールの壁を激しく揺るがすでしょう。
その心が本物かどうか、生徒会長の座に就くその日まで、高みの特等席で見極めさせてもらうわ。
そして――倉田校長。
あなたが私を縛り付けたつもりで差し出したその首輪の鎖で、最終的に首を絞められるのが誰なのか、精々楽しみにしておくことね。
廊下の突き当たり、校長室の重厚なドアが見えてきた。
「……行きましょう、ペギタン」
私は腕の中のペギタンをもう一度抱き直して、扉の前で足を止め、深呼吸をひとつ挟んでから短く3回ノックする。
「……沢泉です。お時間よろしいでしょうか?」
『入りたまえ』
「失礼いたします」
部屋の奥、巨大な革張りの高級オフィスチェアをゆっくりと回転させ、倉田校長が冷ややかな笑みを浮かべてこちらを振り返った。
その手には、湯気を立てる高級な陶器のコーヒーカップが握られている。
「昨日はご苦労様でした、沢泉さん。そのポッチャマのうずしお、見事だったよ。 デバイスの熱暴走による過剰出力を、水冷却で抑え込んで、ボールへの回収を可能にするとはね。キミの臨機応変な対応には、いつも感服させられる」
校長の言葉には、あたかも優れた実験器具の手入れを褒めるかのような、薄っぺらで白々しい賛辞が込められていた。
「私はただ、これ以上のスクール設備の損壊と、データの完全破壊を防ぐために、最適と思われる判断を下したまでに過ぎません」
私は淡々としたトーンで、一切の感情を殺して言葉を返した。
正直に言えば、怒られる覚悟もしていた。
校長が与えたデバイスの出力を、私の独断で水を使って強制的に低下させ、実験を途中で中断させたのだから。
けれど、昨日だけは、ペギタンを動かさずにはいられなかった。
あのバンギラスの瞳に宿っていたのは、ただの凶暴さではない。強制的な電気刺激と神経負荷によって脳を直接焼き切られようとしている激痛に対する、痛々しい悲鳴だった。
あれを放置すれば、命が失われるだけではない。
あの暴走で観覧席にいた生徒たちの中で怪我人が出れば、スクール全体の管理体制や外部からの評価が問われ、それは巡り巡って、私の立場やすべての計画すら危うくなる。
……そう、私はただ、合理的な計算に基づいて行動しただけ。
命を救ったのも、人道的な正義感からではない。
「ところでキミが、ここに自ら来るのは珍しいね? 何かあったのかい?」
倉田校長は優雅に一口コーヒーを口に含み、眼鏡の奥の細い目をさらに細めた。
「昨日バンギラスに装着した首輪を、回収したままお渡しできなかったので、返しに来ました」
私は制服の鞄から、ずっしりと重い銀色の金属でできたデバイスを取り出し、デスクの上へと置いた。
冷たい金属が木目調の天板に当たる硬質で鋭い音が、静寂に響く。
「ふむ……。ありがとう。……しかしこれは、失敗だな。今年さらに改良を重ねた新型だったんだが、まだまだ改良の余地があることがわかった」
倉田校長はデバイスを持ち上げ、不機嫌そうに歪んだ顔でそれを眺めた。
そう。
これは去年、私の親友に使ったものとは別のデバイス。
電撃の強さも、神経への直接干渉する強度も、去年スクールに持ち込まれた初期型とは比べものにならないほど跳ね上がっている。
あの浜野先生は、その違いにすら気づいていなかった。
彼はデバイスの内部構造や周波数設定の細部など何一つ理解していなかったからね。
ただ、校長から与えられた強力な兵器として、自分の権威を誇示するためだけに振り回していたのだから無理もない。
初期型と新型の出力の違いも読めず、過剰な負荷がかかっていることすら把握できないまま使用して自滅したのよ。
「出力の急激な上昇に対して回路の放熱処理が追いつかず、暴走を引き起こした。挙句の果てに水による冷却で安全装置が作動してしまうとはね。……これでは命を賭けた極限状態の力を100%引き出しているとは言えない。教育用デバイスとしてはまだまだお粗末だ」
教育用、とこの男は事もなげに言ってみせた。
ポケモンの神経系を直接焼き、精神を暴力的に崩壊させる悪魔の機械を、さも最新の効率的な教材であるかのように語る口ぶりに、胸の奥でどろりと黒い感情が渦巻く。
だが、私は表情ひとつ変えずに、ただ静かに彼の言葉を黙殺した。
「浜野のような無能に使わせたのが間違いだったよ。やはり、このデバイスの本質を理解し、完璧に扱える者が使わねば、真の成果は得られない。あんな男に4年生の教壇を任せていたと思うと、私の人事ミスも甚だしい」
倉田校長は心底呆れたように嘲笑を浮かべると、デスク上のリモコンを操作した。
壁面に埋め込まれた巨大なメインモニターに、ある一瞬の静止画が鮮明に拡大される。
それは――激しい怒りを瞳に宿し、浜野先生に向かって『ポケモントレーナーを名乗るんじゃない!』と叫んでいた、優木せつ菜さんのアップの写真だった。
「だからこそ、私は優木さんに渡したかったんだがね~。彼女なら使いこなしてくれると思ったが、断られてしまったから仕方なく浜野に使わせたが、あいつには宝の持ち腐れだった」
モニターに映し出された優木せつ菜さんの表情は、太陽のように眩しく、そして痛々しいほど純粋ね。
「本当に、実に惜しい人材だ」
倉田校長は心底悔しそうにため息をつきながら、画面の中の彼女の写真を、あたかも愛おしい美術品でも慈しむかのように撫でた。
「あの熱量、あの異常なまでの自我の強さ。それらをすべてこのデバイスの推進力へと変換できれば、彼女は今までにない最高のサンプルになったというのにね。 だがまあ、彼女の言う『正義』は理想に過ぎない。この現実にどれほど通用しないか、彼女自身が理解するのも、そう遠い未来ではないだろう」
校長はゆっくりと首を振ると、視線をモニターから私へと戻した。
その瞳には、すでに優木せつ菜への興味の残熱と、目の前にいる私という完璧な駒に対する冷徹な計算だけが宿っている。
「……ところで、沢泉さん、話は変わりますが…」
倉田校長の低い声が、静まり返った部屋に低く響く。
「来週から生徒会選挙が始まるそうですが、立候補者が現在2人出て来たらしい」
2人…。
予想通りの展開ね。おそらく、倉田校長の息がかかった特待生の誰かと、あるいはスクールの現状に反発する無謀な誰か……。だが、そんなことはどうでもいい。誰が立候補しようと、結果はすでに決まっているのだから。
「だが心配はいらない。キミにもう席を約束してるからね。 我がスクールの生徒の頂点に相応しいのは、ほかでもないキミだけだ」
そうよ。私は、なれる。
校長が私を飼い慣らすために差し出したその甘い餌を、丸ごと飲み込んで見せる。
「……身にあまるお言葉です、校長先生。私のような者が生徒会長の任を預かるなど、恐縮ではございますが……スクールと、何より校長先生のご期待に応えられるよう、全力を尽くさせていただきます」
頭を下げながら、完璧な忠実な優等生の笑みを浮かべる。
「よろしい。生徒会長になれた暁には、スクール内の情報や生徒の配置、そしてデバイスのデータ管理の権限も、キミに一部委託することになる。キミなら私の意図を汲み、完璧な統制を敷いてくれると信じているよ。業務は思ってる以上に大変だと思うが、その代わり……とうじ君の病院の件は、私に任せておきなさい」
命の保証を条件に提示し、支配をより一層強固なものにしようとするこの男の常套手段だけど、デバイスのデータ管理権限…。 それよ。
それこそが、私が喉から手が出るほど欲しかった情報資産。
校長先生がどこから技術を入手し、誰と繋がっているのか、そのすべてを解き明かす鍵がそこにあるはず。
「はい。とうじの件も含め、校長先生には感謝の言葉もございません。期待以上の成果でお返しいたします」
「期待しているよ、沢泉さん。我がスクールの新しい秩序の象徴として、見事な働きを見せてくれたまえ」
「では、失礼いたします」
深く一礼し、私は静かに校長室を出ようとしたとき。
「あぁ~、それと」
ドアノブに手をかけた背中に、校長の粘りつくような声が追いかけてきた。
「選挙活動で忙しくなると思うが、優木さんの監視は、引き続きお願いしますね」
「承知しました」
私は完璧な笑顔で答え、そのまま校長室の重い扉を閉めた。
パタン、と静かな音がして、不快な空気が遮断される。
静まり返った廊下に立ち、私はゆっくりと息を吐き出した。
腕の中のペギタンが、心配そうに私の顔を見上げて「ポチャ……」と小さく鳴いた。
「大丈夫よ、ペギタン」
私はペギタンの頭を優しく撫でながら、昇降口へ向かって歩き出す。
そうよ。使えるものは、なんでも使わないとね。
優木せつ菜も、桜坂しずくも。
優木せつ菜のあの眩しすぎるほどの正義と熱気は、スクール内の異端児として、倉田校長の注意を逸らす最高の囮になる。
彼女が表で派手に反抗して暴れて、倉田校長や教師の視線を引きつけてくれればくれるほど、私その隙に、生徒会長の権限を使って、内部データに深く潜り込み、デバイスの開発ルートや倉田校長の資金源、そしてこれまでの罪の証拠を一つ残らず洗い出すことができるのだから。
そして桜坂しずくが、学年最下位の順位に留まり続けてくれている状況は、私にとって極めて好都合であり、同時に絶対に必要なピースなのよ。
なぜかって?
倉田校長の掲げる『実力主義』と『敗者切り捨て』のシステムにおいて、成績最下位の生徒というのは、常に他の生徒たちに対する絶好の『見せしめ』の標的として、優先的に選ばれるから。
スクール側は、生徒たちに「バトルで敗北し、結果を出せなければどうなるか」を恐怖で叩き込むため、常に一番底にいる生徒に狙いを定め、あの強制限界突破デバイスの新バージョンが投下された際には、そのテスターとして真っ先に立たせるのは、いつだって最下位の生徒だからだ。
つまり、桜坂しずくという存在が、一番底に居続けてくれている限り、倉田校長やポケモン専門科目を指導する教師たちの矛先は、常に彼女へ固定され続ける。
彼らが「落ちこぼれをどう処分するか」「どう痛めつけて恐怖を植え付けるか」に固執し、最下位の彼女を見せしめとして利用することに夢中になっている間、スクールのシステムは、常に彼女たちのような「目立つ弱者」へと向けられたまま、何一つ変わることはないから。
もし桜坂しずくが中途半端に成績を上げたり、もしくはスクールを去ってしまったらどうなるかしら?
校長たちの監視の目と、実験デバイスの矛先は、次に誰へと向けられる?
見せしめのターゲットはすぐさま次の「出来の悪い生徒」へと移り変わり、スクールの監視の目は不確定に揺れ動き、最悪の場合、私の計画が、予期せぬトラブルで失敗する危険性が跳ね上がる。
そう、言い換えれば、校長に頼まれた優木せつ菜を監視をすると同時に、その横にいる桜坂しずくも徹底的に監視し続ければ、情報がいっぺんに手に入るの。
だから私は、桜坂しずくがいてくれないと困る。
彼女が恐怖に震え、最下位の底でスクールの見せしめの標的であり続けてくれるからこそ、私の死角が完成するのだから。
……ごめんなさいね、ふたりとも。
全員が私の盤上の駒よ。
正義を叫ぶ生徒も、恐怖に怯える生徒も、校長の言いなりになってる教師も、そして私を飼い慣らしていると高をくくっているあの校長ですらも。
綺麗事や、純粋な正義だけで救えるものなんて何一つないのよ。
とうじの命も、親友の無念も、奪われたポケモンの尊厳も取り戻せやしない。
「私、冷酷すぎるかしら? ペギタン」
自嘲気味な私の呟きに、ペギタンは首を横に振るように「ポチャ……」と低く答えた。
そうよ。私は汚れ役でいい。
このスクールを終わらせるためなら、私は喜んで悪魔にだって、ミカルゲにだって、魂を売るわよ!
夕刻の冷たい風が、私の頬を優しく撫でて吹き抜けていった。
敷地を抜けて校門へと向かう通路の脇、薄暗い街灯の光が届く場所で、一人の少女がたたずんでいた。
青色のロングヘアーをハーフアップで優雅に結い上げ、後頭部で美しい水色のリボンを留めた凛とした佇まい。
その腕の中には小さなコリンクが大切そうに抱かれ、足元には気品ある毛並みのグレイシアが静かに寄り添っている。
私に気づくと、彼女の青い瞳が、私を見つめ返した。
「お待たせ。
六花」
「待っていたわ、ちゆ。例の計画、始める準備はできているわね?」
腕の中のコリンクを撫でながら、一切の迷いがない瞳で私の前に一歩を踏み出した。
「ええ、すべて予定通りよ。 六花、選挙活動へ移行するわよ」
叩きつぶす。