中川菜々から優木せつ菜 〜ポケモンの世界であなたと紡ぐ奇跡〜 作:あいライス
しずくさんと角で別れ、買い出しの入った重い袋を持ち直して、1人家路を急いでいると、背後から聞き覚えのある力強い声が響いてきました。
「お〜い、せつ菜〜!」
振り返ると、誠一さんが歩み寄ってくるところでした。
ちょうどジムリーダーの仕事を終えて、帰ってきたところのようです。
「あ…、おかえりなさい、誠一さん」
「あぁ、ただいま。1人か? 七海は?」
誠一さんは首をかしげながら、私の周りを見渡すように尋ねてきました。
「七海さんは、先に荷物を持って家に帰って待ってますよ。私が途中で、しずくさんと少し話していたので、遅くなってしまって…」
「そうか。あ、その荷物持ってやる。重いだろ?」
説明すると、誠一さんは納得したように頷き、私の手元から買い物袋を受け取り、ひょいと持ち替えてくれました。
「どうも。助かります」
私の言葉に苦笑いを返しながら、誠一さんは、大きな歩幅で歩き出します。
私たちは、夕暮れの住宅街を並んで歩きました。
街灯が一つ、また一つと点灯し始め、橙色の光がアスファルトの上に長く影を伸ばしていきます。
誠一さんはしばらく無言で歩いていましたが、ふと思い出したように、私へ視線を向けました。
「なぁ、せつ菜。生徒会長は結局、沢泉旅館の娘ちゃんになったんだろ?」
「……はい」
胸の奥がチクリと痛み、私は視線を落としました。
体育館で沢泉さんが新生徒会長に任命された瞬間のあの冷ややかな光景と、全校集会を包んでいた異様な熱気が、鮮明に脳裏に蘇ってきます。
「結局、相容れずか…?」
「そうですね…」
私は、沢泉さんが話した「強制限界突破システムを、全校生徒へ開放する」という狂気じみた公約の本当の意味を、誠一さんに説明しました。
全校生徒にデバイスの申請書を出させ、欲望に負けた生徒を炙り出し、管理することで、倉田校長を追い詰めるための動かぬ証拠を掴む。
スクールを潰すため、ポケモンさえも踏み台にするという、彼女の残忍な計画を、すべて話すと、誠一さんは眉間に深いシワを寄せ、険しい表情で唸りました。
「やべぇな…! いくら倉田を倒すためでも、そりゃねぇよな…? いくら何でも極端すぎるし、リスクが高すぎるだろ…?」
「はい…。こんなやり方、絶対に間違っています。 ですが彼女はもう、誰の言葉にも耳を貸そうとしなくて……」
悔しさと不安で拳を握りしめる私に対し、誠一さんは歩幅を緩め、ふっと鋭い目つきで、空を見ました。
「……なぁ、せつ菜。 今の話を聞いて、1つ、気になったことがあるんだが…?」
「何ですか?」
誠一さんは足を止め、手に持った買い物袋を持ち直すと、私を真っ直ぐに見つめ返してきました。
その目は、長年ジムリーダーとして、数多の厳しいバトルを潜り抜け、ポケモンとトレーナーの本質を見抜いてきた者だけが持つ、鋭く本質を穿つ光を帯びていました。
「そんな残酷な作戦……。
ホントに5年生の女の子が、一人で考えた作戦か?」
「――っ!?」
一人で、考えた作戦……?
言われてみれば、確かにそうです。
私としたことが…!
どうして今まで、何の疑問も持たなかったんでしょうか?
今まで私は、沢泉ちゆが持つ、あまりにも優秀で冷徹な頭脳、探偵並みの観察眼、そして弟や親友、従姉を傷つけられたことへの深い復讐心が、彼女をあの極端な決断へ走らせたのだとばかり思い込んでいました…!
彼女の圧倒的なカリスマ性に圧迫され、その作戦の異様さばかりに目がいってました…。
けれど、いくら頭が切れ、怒りに囚われているとはいえ、彼女はまだスクールの5年生。
私やしずくさんと、1歳しか違わない、1人の生徒でしかありません。
全校生徒の欲望を完璧に計算し、倉田校長の手から「強制限界突破システム」の管理権限を狙って、それを勝ち取り、申請書という名の踏み台を使って、裏からデータを集めて、追い詰める極端な思考回路。
そんなあまりにも複雑なシナリオを、本当に一人の小学生だけの発想で、組み上げることができるでしょうか?
もし……!
もしも、彼女の背後に、沢泉さんに、あんな冷酷なシナリオを吹き込み、知恵を貸して、影から糸を引いている黒幕が存在しているのだとしたら?
「誠一さん……! それって……!?」
私の震える問いかけに、誠一さんは厳しい表情のまま、落ち葉が舞う路面を見つめました。
「いや…、俺の思い過ごしかもしれねぇがな…。 だが、もし誰かが裏で仕向けてるとしたら……」
誠一さんは言葉を濁しましたが、その言葉の裏にある恐ろしい意味を理解した私の背中に、サッと冷や汗が吹き出しました。
「誰かが、沢泉さんの復讐心を利用して、沢泉さんに危害を加えようとしている? 沢泉さんを使い捨ての駒にしようとしているんですか!?」
思い至った最悪の可能性に、私の声が高く裏返りました。
「その可能性は否定できねぇよ。倉田っていうわかりやすい悪の裏で、本当にヤバい奴が糸を引いてるかもしれねぇ。 沢泉の娘ちゃん自身も、その誰かに踊らされてるに過ぎねぇんじゃねぇかと思ってな……。 倉田を追い詰めているつもりで、自分自身が一番危険な崖っぷちに立たされているのかもしれん」
言葉を失い、恐怖で体を硬直させる私の肩を、誠一さんは大きな手でポンと優しく叩いてくれました。
「まあ、今すぐ答えが出るようなことじゃねぇ。だがな、せつ菜。相手の術中にはまらないためには、目に見えてる沢泉ちゃんっていう表面の敵だけじゃなく、その奥にある違和感にも目を向けろ」
「はい……!」
私は力強く頷き返し、拳を固く握りしめました。
家に近づくにつれ、窓から漏れる温かな明かりが見えてきました。
けれど私の心には、冬の夜気よりも冷たく重い緊張感が、静かに立ち込めていました。