中川菜々から優木せつ菜 〜ポケモンの世界であなたと紡ぐ奇跡〜 作:あいライス
◆沢泉side
火曜日の朝。
昨日の夕方に起きた「ニジガサキ大学総合病院のポケモン大量緊急搬送」のニュースは、登校直後のスクール全体に冷たい波紋と激しい動揺を広げていた。
廊下を歩けば、あちこちで青ざめた顔の生徒たちが肩を寄せ合い、怯えた声でヒソヒソと囁き合っている。
「ねぇ、見た?今朝のニュース……」
「やっぱり、あのデバイスのせいだったんじゃ……」
「うちのクラスの奴も、パートナーが倒れて、救急車で運ばれたらしいよ」
昨日まで、欲望に目を輝かせて申請書を手に並んでいた者たちの姿は、見る影もなく、誰もが「次は自分と、自分のパートナーなのではないか」という恐怖に怯えていた。
視界に入る生徒たちの狼狽えを、私はただ冷ややかに見つめる。
己の欲望のままに手軽な力へ飛びつき、パートナーポケモンの悲鳴に耳を貸さなかった、浅はかな愚か者たち。
その自業自得な結末に、何の同情も湧いてこないわ。
こんなものは、ほんの序章に過ぎないのだから。
そんな重苦しい空気の中、私は何事もなかったかのように背筋を伸ばし、洗練された足取りで生徒会室へ入った。
ドアを開けると、部屋の中にはすでに先客がいた。
執務机に腰掛け、書類を弄っていた伊集院が、私が入ってきたことに気づくと、口元を醜く歪めて嘲笑を浮かべた。
「沢泉~? 就任早々、派手にやっちゃったね~?」
伊集院は歪んだ笑みを浮かべ、腕を組んで私を見下ろしてきた。
その目の奥には、下級生の失敗を嘲笑い、優越感に浸っているのが、手に取るように分かる。
「なにをですか?」
私は平然とした声で問い返した。
「なにをって、お前の掲げた公約のせいで、こうなってるんだろ~? 今朝のニュース見ただろ。生徒たち全員大騒ぎだぜ?」
ここぞとばかりに私に悪態をついて、今までのストレスをすべて晴らすかのように、彼はニヤニヤと嫌な笑みを浮かべながら語りかけてくる。
「あぁ~それですか。 大丈夫じゃないですか? 先生たち皆さん、いつものように、もみ消してくれますよ。今までもそうしてきたように」
私のあまりにも他人事のような返答に、伊集院は一瞬だけ呆気にとられたように目を丸くしたが、すぐに勝ち誇ったような笑みを深めた。
「お前のこと助けてくれる先生なんているかな~? 校長だって許してくれないと思うぜ。 せっかく生徒会長にしてやったのに、こんな大不祥事を起こすなんてさ。 お前のその『全校生徒へシステム開放』なんて公約のせいで、スクールは大ピンチだよ? 下手すればお前、退学処分も考えられるぞ?」
ぺらぺらと心地よさそうに喋り続ける彼の姿を、私はただ淡々と、ゴミを見るような冷徹な視線で見つめ返した。
本当に、救いようのないくらい、浅ましい考えをお持ちの方なのね。
己の利益と保身のために、周囲の人間を無自覚に踏み台にしてきた男。
自分が仕掛けられている罠の構造にすら気づかず、目の前の獲物が傷ついたと思い込んで踊っている。
ひとしきり言い終えて満足そうに鼻を鳴らす彼に向かって、私は小さく息を吐き出すと、静かに口を開いた。
「勘違いしてるところ、申し訳ありません」
「勘違い……?」
眉をひそめる伊集院先輩の瞳をまっすぐに見つめ、私は一歩、彼へと足を進めた。
「初日から、承認の判子を押してるのは、あなたですよね? 伊集院先輩」
「……は?」
一瞬、何を言われたのか理解できないといった様子で、伊集院の思考が停止した。
彼の顔から勝ち誇った笑みがすっと消え去っていく。
「だから、申請書の記載内容を一つ一つ確認して、判子を押して、生徒たちにデバイスを手渡す最終許可を出したのは、あなたではありませんか?」
「なっ……! お前、何を言って……! 僕はただ、お前に頼まれたから、手伝っただけだし……!」
急に狼狽し始めた彼を見つめながら、私は冷たく微笑んだ。
何を言ってるのかしら、この男は。
「頼まれたから手伝った?
冗談じゃありません。 私が……
あなたに、『手伝ってください』って、頼んだ覚えありませんよ?」
「なんだと? 嘘言うなよ! 昨日だって、僕に後を任せて、キミは帰っただろ?」
「あぁ~、なるほど。確かに。 “昨日は”、私用があったため、承認作業の残りを引き受けていただけるか確認し、同意を得て、任せました。 ですが、それは昨日だけの話です。
ここ数週間、生徒会業務の引き継ぎ期間にかこつけて、あなたが私の周りをウロウロして、“勝手に”並んでる生徒たちに、“勝手に”申請書を配って、“勝手に”判子を押し始めたじゃないですか!」
「なっ……! それは……! お前が不慣れだから、会長として親切に……!」
言い訳を口にしようとする彼の言葉を、私は遮るように一段と冷たい声で打ち消した。
「親切? ふふっ……冗談は顔だけにしてください。自分の任期最後に、『デバイスの普及に貢献した』という実績を作り、卒業前最後に、倉田校長へ点数稼ぎしたかっただけでしょ? 私の公約を横取りしただけじゃないですか?
私が昨日までしていたのは、あくまで引き継ぎの見習いとして、あなたの補佐に過ぎません」
「……」
「だって、冷静に考えてみてくださいよ。 生徒会規約において、正式な会長交代式が執り行われる卒業式当日までは、私はまだ権限を持たない『次期会長』に過ぎないこと、お忘れじゃないですか?」
「なんだと……!?」
伊集院の顔から急速に血の気が引いていく。額から嫌な冷汗が筋となって垂れ落ち、組んでいた彼の腕がガタガタと震え始めた。
「私が出したのは、あくまで…、来月4月からの『生徒会方針案』であり『公約の提示』ですよ。 その公約を前倒しで適用し、全校生徒にデバイスを配布する決定を下したのは、現生徒会長である、あなたです!」
「お、お前……! 最初から……っ! 僕を嵌めるつもりで……!?」
伊集院先輩の声は恐怖と絶望で裏返り、激しく震えていた。
「嵌める? 滅相もありません。 あなたが己の保身のために、私の公約を横取りして、しゃしゃり出てきただけでしょう? 自業自得というのですよ、こういうのは。 私はただ、ご自身が選んだ選択の責任を、正当に取っていただくだけです。 せいぜい卒業前の素晴らしい思い出にしてくださいね」
私はデスクの上に置いてあった重厚なバインダーを、伊集院の胸元へと冷たく突きつけた。
「〜〜〜〜っっ!!」
言葉にならない狂乱の呻き声を上げ、伊集院先輩は突きつけられたバインダーを引ったくるように奪い取った。
彼の顔は屈辱と恐怖、そして激しい怒りで激しく歪んでいた。
「覚えてろよ沢泉!! こんなことして、ただで済むと思うなよ!!」
怒号を撒き散らしながら、彼は乱暴に足を踏み鳴らして、生徒会室のドアを殴りつけるように開け放った。
バタンッ!!!!
廊下に激しい破壊音が鳴り響き、彼の荒々しい足音と声が遠ざかっていく。
「クソッ!!!! なんだってんだあいつは……! 責任を全部僕になすりつける気か!!」
廊下の向こうから聞こえる彼の醜い叫び声を背に、私は静かに息を吐き出すと、生徒会室の窓辺へと歩み寄って、私は一人、笑みを浮かべた。
怖いくらい、全てが、シナリオ通りに進んでいくわね。
ふふふふっ……!
浜野先生と、伊集院の排除に成功したわ~~!
これで彼らの未来は、終わったも同然よ♪
「まあ、六花のコリンクが味わった恐怖に比べれば、この程度で済んで、むしろ感謝してほしいくらいね」
いよいよ倉田校長、あなたの番よ。
地獄の底へ突き落とすカウントダウンは、もう始まっているわ。
さてと、六花にもそろそろ動いてもらわないとね。