中川菜々から優木せつ菜 〜ポケモンの世界であなたと紡ぐ奇跡〜 作:あいライス
その日の昼休み。
スクールの講堂で急遽、メディア向けの記者会見の場が設置されました。
パイプ椅子が整然と並べられた会場には、テレビ局の大型カメラやレポーター、新聞記者など大勢の報道陣が押し寄せており、絶え間なく光るカメラのフラッシュで、視界が白く眩むほどでした。
会場内には異様な重苦しさと、スキャンダルを暴こうとする殺伐とした熱気で満ちています。
私としずくさんも、講堂の後方の扉の影から、その様子を見ていました。
足元でイワンコとピチュー、そしてヨーテリーが、会場の張り詰めた空気に警戒するように身を低くしています。
「来たぞ!」
壇上に姿を現した倉田校長。
いつもの仕立ての良いスーツを身に纏い、ゆっくりとした足取りで、マイクの前へ出ました。
「えぇ~…、この度は、世間の皆様並びに、保護者の皆様に、多大なるご心配をおかけして、誠に申し訳ありません。また、運ばれたポケモンたちにもお見舞い申し上げます」
彼はそう言うと、深く、形式的な一礼をしてみせました。
ですが、そこに反省の色や狼狽えてる様子などは、一切見受けられません。
なぜなら頭を下げた後、ゆっくりと顔を上げた彼の表情には、どこか余裕すら感じさせる薄笑いを浮かべているんですから。
私は最初、倉田校長も、伊集院先輩にすべての罪を擦り付け、自分だけいつものように逃げるのではないかと思っていました。
普段の彼なら、「今回の件は、現生徒会長である伊集院君が独断で行ったことであり、学校組織として彼の管理責任を問う」などと言って切り捨てるはずです。
今朝、沢泉さんの罠のせいで、伊集院先輩の手で申請書が処理された動かぬ証拠もあるのですから。
ですが、倉田校長は、伊集院先輩の名前すら口に出しませんでした。
それどころか、生徒会側の過失にも一切触れず、ただ、今回の出来事は、「予期せぬ不運な事故」であり、スクール側に一切の過失はないという姿勢を貫き通したのです。
「皆様もご承知の通り、当スクールは、『最先端のテクノロジーと、トレーナー教育の融合』を目指し、常に、正義を理念として掲げております。 今回搬送されたポケモンたちに関しましては、生徒たちの自主的な鍛錬の過程において、偶発的に過剰負荷がかかってしまったことによる体調不良が原因であると、報告を受けております」
記者の一人が勢いよく立ち上がり、鋭い声を張り上げました。
「校長!それだけですか? 昨日、ニジガサキ大学総合病院に、十数匹ものポケモンたちが、救急搬送されている件については、どう説明されるのですか!?」
「スクール内で、危険な違法デバイスが配られていたという噂があるのですが、事実ですか!?」
詰め寄る記者たちの怒号に対し、倉田校長はゆっくりと首を振ってみせました。
「おやおや…。 メディアの皆さんは少々、根拠のない過剰な噂に惑わされているようですな。 違法デバイスなどという事実は存在いたしません。 当スクールで試用されている支援デバイスは、あくまでパートナーポケモンの潜在能力を引き出すための、高度な教育用機器であり、厳重なガイドラインに基づいて運用されております。 今回の件は、一部の生徒がガイドラインの規定を超えて、無理なトレーニングを行ったという、個人の運用上の不手際に過ぎません」
口を開けば、平然といつものような身勝手な屁理屈と、持論ばかりを並べ立てる。
自分が生み出した危険な機械によって、どれほどのポケモンが苦しみ、どれほどの生徒たちが罪の意識に苛まれているかなど、彼にとっては小さな出来事なのでしょう。
「そして、病院側ともすでに連携を取っておりますが、何ら異常な数値は、検出されていないと報告を正式に受けております」
「生徒たちの保護者の方のインタビューでは、異常な数値の検査結果が出たと聞いてます!!」
最前列にいた男性記者が、怒りに顔を真っ赤にしながらノートを叩きつけるように叫びました。
「それは一部の動揺された保護者様の誤解です。 医学の知識のない通常の方が見れば、確かに異常な数値に見えたのかもしれません。 ですが、専門的な医療観点では、何ら心配いりません。 デバイスとの因果関係は、科学的に一切証明されておりません。 先ほど申し上げたとおり、我がニジガサキシティ ポケモントレーナーズスクールは、常に最新の科学に基づき、ポケモンの潜在能力を引き出す先進的な教育を行っております。 全ては、次世代を担う素晴らしいトレーナーを育てるという、我がスクールの不変の『正義』の名のもとに行われているのです」
悪びれる様子もなく、生徒の自己責任へと巧みに論点をすり替えていくその口ぶりに、講堂のあちこちから不満混じりのザワつきが起こります。
「あんなにたくさんのポケモンが傷ついたのに……!」
隣で見ていたしずくさんが、悔しそうに拳を握り締め、震える声で呟きました。
「ポケモンたちがどれだけ苦しんで、今も病院のベッドで、酸素マスクをつけて倒れている子も、何匹かいるの知ってるはずなのに……! あの人、全部事故と、個人の不手際で片付けようとするなんて……!」
「ええ……。ですが、これが倉田校長のやり方ですよ。絶対に自分の非を認めず、言葉の綾で逃げ切ろうとする……」
私は胸の奥から溢れ出そうになる激しい怒りを抑え込みながら、壇上で不敵に微笑む倉田校長の顔を凝視していました。
「これで本当に終わっちゃうの…? こんな酷いことが起きたのに、全部なかったことにされちゃうの…?」
泣き出しそうな声で私に訴えかけてくるしずくさん。
「いいえ。終わらないでしょうね。 沢泉さんが、こうなることを予想していないわけがありません。 彼女の復讐劇はこれからです」
沢泉さんは、ここで倉田校長が素直に負けを認めて失脚するなんて、最初から微塵も思っていないのでしょう……。
だからこそ、彼女は今朝私たちに、あの冷ややかな笑みを浮かべて言ったのです。
『来月から第2章が始まる』と。
ですが、何かがおかしいです。
いくら隠蔽工作が得意で、権力を持つ倉田校長とはいえ、これだけの取材陣が集まり、カメラがリアルタイムで回っている中で、ただの強引な言い逃れだけで押し切れると思っているのでしょうか…?
私の胸の中で、言いようのない嫌な胸騒ぎと違和感が、急速に大きく膨らんでいきます。
――気づいた時には、すでに遅かったです。
倉田校長は、単にこの窮地を脱するために言い訳をしているのではありませんでした。
彼のメガネの奥にある冷徹な瞳は、まるでこの混乱と怒りに満ちた会見そのものを、最初から計画されていた、絶好の舞台として利用しているかのように、暗く妖しい光を放っていたのです。
記者たちの激しい野次や追及が一段落し、講堂に一瞬の静寂が訪れた、その時でした。
倉田校長はふっと口元を和らげ、これまでとは打って変わって、まるで革新的な新製品の発表会でも始めるかのような、魅惑的で恐ろしいほど穏やかなトーンへと声を変えました。
「さて、今回の不運な騒動におきまして、我々スクール側としても、生徒たちの『自己管理の甘さ』や『出力調整の難しさ』を痛感した次第であります。 従来の首輪型のデバイスでは、限界値を個人の感覚に委ねすぎていたという点が、反省すべき課題でした」
そういえば、沢泉さんが言っていましたね。
自分は生徒会長として表でシステムの管理と開放を引き受け、倉田校長は裏で、新たな研究に専念するつもりだと。
あの言葉は、すべてこの恐ろしい発表に繋がっていたとは、さすがの私も予想していませんでした。
「ですが、当スクールは、今回の教訓を生かし、従来の課題を完全に克服した『次世代のデバイス』を、ついに完成させることができました!」
彼の落ち着いた、しかし朗々と力強い声が、講堂のスピーカーを通して重低音となり響き渡ります。
「報道陣の皆様、そして画面の向こうの全校生徒、保護者の皆様。……どうぞ、こちらのスクリーンにご注目ください」
倉田校長がリモコンのボタンを押すと、講堂の巨大スクリーンに映し出されたのは、従来の首輪型とは一線を画す、白とシルバーを基調としたスタイリッシュなバンドでした。
その形状は、私の前世の記憶にある物で例えるなら、スマートウォッチに酷似しています。
「これこそが、我がスクールが誇る『正義』の到達点! 次世代型ポケモン強化システム!『シンクロバンド』です!」
倉田校長の声が、静まり返った講堂に不気味なほど高らかに響き渡りました。
シンクロバンド……?
「皆さんは、アローラ地方で使われている『Zリング』というのをご存知でしょうか?」
会見場を埋め尽くしていた報道陣の間から、ざわざわとした困惑と興味の入り混じるどよめきが湧き起こりました。
「Zリング?」
「確か、アローラ地方に伝わる、トレーナーとポケモンの絆を高めて、特別な技を繰り出すための装飾品でしたよね?」
倉田校長は記者たちの反応に満足そうに頷くと、自らの手首を誇らしげに掲げ、朗々と語り始めました。
「左様。 アローラ地方の伝統的なZリングは、トレーナーの想いと、ポケモンの生命力をシンクロさせ、爆発的なパワーを生み出す素晴らしいシステムです。 が、しかし、Zリングには、特定のZクリスタルが必要であったり、なおかつZワザは、『一度のバトルで一度しか使えない』といった、実用上の大きな制限が存在していました」
彼はメガネの奥の目をギラリと光らせ、スクリーンを指し示します。
「ですが今回、我がスクールが総力を挙げて開発いたしました、このシンクロバンドは違います。 このシンクロバンドは、アローラ地方のZリングのメカニズムを我がスクールの研究機関が、独自技術で徹底的に解析・応用したものです。 これにより、Zパワーを超えるポケモンの秘めたる潜在能力が、より高次元で、より発揮しやすくなりました。 そして何より――」
倉田校長は一転して真剣な面持ちを作り、講堂全体を見渡しました。
「先ほど申し上げた、従来の首輪型デバイスの出力調整の難しさという、最大の欠点を、このシンクロバンドは、見事にクリアしております。 トレーナーの腕と、ポケモンの腕、もしくは足に装着することで、両者の精神波を同期。 すなわち、シンクロさせるのです」
朗々とした声で説明を続ける倉田校長。
その立ち振る舞いは、不祥事を謝罪する一校長のものではなく、世界を変革する偉大な発明家のそれでした。
「これにより、アローラのZパワーすら凌駕するポケモンの秘めたる真の力が、解放されます! もはや今回のような、過剰負荷による体調不良など、もう起こり得ません。 まさに、夢の『次世代型ポケモン強化システム』なのです!」
嘘です…!
全部、出たらめに決まってます…!
クリアしてるわけがありません!
首輪からスタイリッシュな腕輪へと形を変え、見かけ上の装着部位を腕や足に変えただけで、内部で流れているのは、ポケモンに苦痛を当たえる強制限界突破システムと何一つ変わりません!
いいえ、むしろ、シンクロなどという耳ざわりの良い言葉で誤魔化し、トレーナーの身体にまで負荷を分散させたり、直接刺激させる分、以前よりも悪質で危険な代物に進化しているはずです!
ですが……。
「おぉ~…!」
「Zパワーを超える…?」
「さすがは数々の実績を残してきたニジガサキの倉田校長だ…!」
「ピンチをチャンスに変える手腕は伊達じゃないな」
記者たちの間で、手のひらを返したような賛辞の声が上がり始めました。
さっきまで怒りで顔を真っ赤にし、スクールの責任を追及していた記者たちの目が次第に、「大不祥事のスキャンダル」から「世界を揺るがす革新的テクノロジーの初公開」という特大のスクープに対する興奮へと塗り替えられていくのが分かります。
かつて数々の難関論文を発表し、ポケモントレーナー育成の第一人者として名を馳せてきた倉田校長の実績。
その威光と、目の前に提示されたあまりにも魅惑的なシンクロバンドの映像が、報道陣の理性をあっさりと麻痺させてしまったのです。
「倉田校長! そのシンクロバンドは、いつ頃から生徒へ配備される予定ですか?」
はい、不祥事の会見は、いつの間にか倉田校長による新製品の独占発表会へと、完全にすり替えられていました。
記者の一人が、もはや追及ではなく、功名心に満ちた声でマイクを向けました。
倉田校長はメガネの奥の目を細め、満足気に口元を吊り上げます。
「ふむ。来月4月の新学期より、まずは、新生徒会を中心とした選抜クラスより順次、導入を開始する予定です。 我がスクールは、このシステムをもって、これからも、全国のトレーナー教育の頂点に立つことをお約束いたしましょう」
パチ……パチパチ……!!
最前列の記者から始まった拍手は、瞬く間に講堂全体へと広がっていきました。
パチパチパチパチパチパチッ――――!!!!
カメラのフラッシュの嵐と、講堂を埋め尽くす盛大な拍手の音。
十数匹のポケモンたちが救急車で担ぎ込まれ、今も病院で苦しんでいる現実など、このまばゆい光と称賛の渦の中に綺麗さっぱり押し流され、消し去られてしまったかのように。
「そんな…嘘でしょう……? 何で拍手なんてしてるの…!?」
隣で見ていたしずくさんが、信じられないものを見る目で目を見開き、膝から崩れ落ちそうになりました。
私は咄嗟に彼女の肩を支えましたが、自分の指先も激しく震えていました。
腕の中のヨーテリーが、悲痛な声で「キャン……」と鳴き声をあげます。
「ポケモンたちがあんなに傷ついたのに……! 何も解決していないのに……、どうして…!?」
「倉田校長は…、この会見そのものを利用したんです…」
世間の批判をかわすだけでなく、不祥事を最大のプロモーションに変えてみせた悪魔のペテン師。
ふと私は、講堂の遠く離れた2階の観覧席を見ると、そこには、腕を組み、拍手で湧き上がる会見を静かに見下ろす沢泉さんの姿がありました。
彼女の唇が、ゆっくりと形を作ります。
『シナリオ通り』
そう言っているかのように……。
倉田校長が過去に築き上げてきた圧倒的な知名度と権力、そして、最新科学によるトレーナー教育の改革という功績を盲信した報道陣は、それ以上の鋭い追及をすることもなく、会見は穏やかな雰囲気のまま幕を閉じました。
* * *
そして、金曜日。
事態の真相がすべて闇の中へと葬り去られたまま、スクールでは予定通り卒業式が厳かに執り行われました。
体育館の式場に整然と並ぶ6年生たちの顔。
その中で、前生徒会長だった伊集院先輩がどのような顔をして、どのような扱いで式を終えたのかは、わざわざ言葉にするまでもありません。
自分だけが手柄を独占できると信じ込み、沢泉さんの仕掛けた罠とも知らずに、沢泉さんの狂気の公約に飛びついた男。
彼は青ざめた顔で、壇上にて、沢泉さんとの正式な生徒会長交代式が形だけ行われ、すべてを奪われた虚無感と悔しさに肩を震わせながら、逃げるようにスクールを去って行きました。
自業自得とはいえ、その背中は哀れでしかありませんでした。
式が終わり、生徒たちが立ち去った校庭で、私としずくさんは静かに空を見上げました。
桜の蕾が少しずつ膨らみ始める校庭には、どこか冷たく刺さるような春一番が吹き抜けていきます。
来月になれば、沢泉さんが最高学年である6年生になり、本格的に生徒会を動かしてきます。
そして私としずくさんは、5年生となり、あのシンクロバンドという、首輪型以上に残酷で恐ろしい狂気を孕んだシステムが、本格配備される新学期を迎えることになります。
トレーナー教育という名目のもとで、権力を振るい続ける、倉田校長という巨大な悪。
その悪を根底から滅ぼすためなら、自ら悪魔の手を取り、スクール全体を壊そうとする沢泉ちゆ。
そして、彼女の背後に静かに潜む、もう一人の共犯者。
私たちの戦いは、何一つ解決していません。
どころか、これから始まる新学期こそが、本当の地獄の始まりということですね。
4年生編、これにて終了です!
5年生編に続く!
と言いたいところですが、今月の残りは、あいライスのYouTube活動の編集・投稿に入るため、誠に勝手ながら、今月は、これにて休載させていただきます……。
5年生編は、10月に再開!
9月中旬くらいに、軽めの設定資料を投稿できればと思います。
さて、5年生編は、エマちゃん、彼方ちゃん!
そして、もしかすると、璃奈ちゃんが出る。かも……?