中川菜々から優木せつ菜 〜ポケモンの世界であなたと紡ぐ奇跡〜 作:あいライス
◆沢泉side
カコーン……
うちの沢泉旅館の特別応接室。
澄み切った静寂の中に、庭園のししおどしだけが虚しく響き渡っている。
「………………」
……えっと、どういう状況かしら?
確かに天王寺璃奈は、来てくれたんだけど……。
目の前の座布団にちょこんと座っている少女が、天王寺璃奈。
肩の下あたりで切り揃えられた、やわらかい桃色の髪を持つ小柄な少女。
そして、テーブルの上に置かれた、一冊の使い込まれたスケッチブック。
彼女の腕の中で抱かれているのは、小さなラルトスだった。
そして彼女は、この部屋に通されてから、かれこれ10分間、一切口を開くことなく、ジッと微動だにせず、私と六花を見つめ続けてる。
「………………」
………………っ!
……何で一言も喋らないのよ…!
私はお茶を一口飲みながら、こめかみに青筋が浮かびそうになるのを必死で耐えたわ。
隣に座る六花も、冷や汗を頬に流しながら、あまりの気まずさに居心地悪そうに身を縮めている。
部屋の隅では、ラケルとペギタンが異様な空気を察したのか、「リン?」「ポチャ?」と小さく首を傾げて、互いに顔を見合わせていたわ。
「……えっと、天王寺さん?」
痺れを切らした六花が、ぎこちない笑顔で、静寂を破った。
「わざわざ私たちの呼び出しに応じてくださって、本当にありがとうございます」
「………………」
「お茶、冷めちゃうわよ?」
私の少し不機嫌の混じった言葉にも、璃奈はピクリとも反応しない。
「………………」
いい加減、何か話しなさいよ……!
なに? この胃が痛くなるような沈黙は、一体何なの!?
「天王寺さん。あなたが極度の人見知りで、感情を表に出すのが苦手だから、そのスケッチブックを使っているということは、事前に調べさせてもらったわ。 だから遠慮しないで、それを使っていいから、何か一言でも話しなさいよ!」
「………………」
沈黙!
沈黙!
どこまでも沈黙!!
何なのよ、この人は!!
彼女は巨大テクノロジー企業『天王寺カンパニー』の一人娘であり、ニジガサキの先端技術研究施設にも出入りできる天才科学者の一面を持っているはずでしょう!?
昨日のあのハプニングの後、六花はすぐに私に電話を掛け直してきて、メールで沢泉旅館に呼び出した経緯を詳しく教えてもらったけど、彼女からの返信は『わかりました。明日、伺います』という超短文の素っ気もない無機質な一行だけだったそうよ。
それを聞いたから、一体どんな高慢で冷徹なお嬢様が来るのか、あるいは狂気に満ちたマッドサイエンティストが現れるのかと、こっちは相当な覚悟を決めて身構えていたのに、これじゃ拍子抜けもいいところだわ。
「単刀直入に聞くわ。天王寺カンパニーは、倉田校長がスクールで進めてる『シンクロバンド』のプロジェクトに、どこまで関与しているの?」
「………………」
「あぁ~…もう……!」
私が完全に痺れを切らし、さらに鋭いトゲを含んだ強い口調で畳みかけるように問いただそうとしたその時――。
彼女は、腕の中にいたラルトスを、そっと自分の膝の上に下ろした。
そしてスケッチブックを手に取り、素早く表紙を捲って、こちらに顔文字を見せてきた。
『×_×』
『りなちゃんボード「こわい」』
提示されたそのボードを見て、私と六花は思わず、ずっこけそうになった。
自分より年下の2人を怖がるって何なのよ!?
「こ、怖がらせるつもりなんてないわよ! 私たちが知りたいのは、スクールの裏で一体何が行われているのか? ただそれを聞きたいだけなの!」
私が思わず声を荒らげると、天王寺さんは、ビクッと肩を大きく揺らし、膝の上のラルトスをさらにぎゅっと抱きしめて縮こまった。
「ちゆ、ちょっと威圧しすぎよ…。 彼女、本当に極端に緊張して怯えているだけみたいだし、もう少し言い方を柔らかくしたほうが…」
六花が私の袖を引っ張りながら、ひそひそ声で諌めてくる。
「……はぁ。分かったわよ」
私は大きく溜息を吐き、テーブルの上に置いた湯呑みをもう一口飲んで、気持ちを強引に落ち着かせた。
そして、呼吸を整え、できる限り声のトーンを下げて静かに問いかける。
「別にあなたを脅すつもりはないわ。 けれどまずは、私たちにとって、あなたと天王寺カンパニーが、私たちの『敵』の立ち位置にいるのか、『味方』になってくれるかをこの場で知ることは、何よりも重要なの。 だから、隠さずに本当のことを教えてほしいの」
天王寺さんは、スケッチブックに再びペンを、サッサッサッ……と素早く走らせて、描いた顔文字をまたこちらに見せてきた。
『T_T』
『りなちゃんボード「しくしく」』
今度は、泣き顔の顔文字?
……全く彼女の表情と感情の波が掴めないわ…。
彼女は、さらに次のページを捲り、サッサッサッ……! と必死に書き殴っていく。
次に見せられたページには、焦りを含んだような激しいタッチの顔文字が描かれていた。
『>_<』
『りなちゃんボード「SOS」』
SOS?
「…………けて……」
「「えっ?」」
スケッチブックの陰から漏れ聞こえた、細く震える小さな声に、私と六花は思わず耳を疑った。
「………愛さんを…、…………愛さんを、助けて……っ!」