中川菜々から優木せつ菜 〜ポケモンの世界であなたと紡ぐ奇跡〜 作:あいライス
講堂は、新学期特有の静まり返った緊張感と、どこか重苦しい熱気に満ちていました。
全校生徒が学年ごとに寸分の乱れもなく整列する中、ステージの上には巨大なスクリーンが垂れ下がり、その中央にはスクールが掲げる「正義とテクノロジーの融合」というスローガンが白々しく映し出されています。
私としずくさんは、5年生の列に並びながら、壇上の動きをじっと凝視していました。
やがて、会場の照明がわずかに落とされ、倉田校長がゆっくりとステージの壇上へ姿を現しました。
いつもの仕立ての良い高級スーツを身に纏い、メガネの奥で不敵な薄笑いを浮かべるその姿は、春休み前の記者会見で、世間を欺き切った勝利者の余裕そのものでした。
「全校生徒の諸君、お久しぶりです」
スピーカーから響き渡る声。
彼はゆっくりと全体を見渡し、生徒たちの欲望を的確に刺激する魅惑的なトーンで語り始めました。
「我がスクールは、今学期より新たな時代へと突入する。春休み前の記者会見でも発表した通り、従来の首輪型デバイスの限界を完全に克服した、夢の次世代型ポケモン強化システム『シンクロバンド』の正式配備を開始する」
講堂内に、微かなざわめきが広がります。
圧倒的な力を欲して目を輝かせる生徒、春休み前の事故を思い出して不安そうに身を縮める生徒、そして何が起きるのかを固唾を呑んで見守る生徒。
倉田校長は満足そうに頷くと、ステージの袖へと視線を向けました。
「そして、この革新的なシステムを最初に運用し、我がスクールの先陣を切って『正義』を証明してもらうのは、本日より正式に就任した生徒会長の沢泉ちゆさんだ。 沢泉さん、壇上へ」
「はい」
その呼びかけに応じ、ステージの袖からゆっくりと洗練された足取りで歩み出てきた沢泉さん。
彼女が倉田校長の前に立つと、校長はポケットから黒いケースを取り出し、開けて見せました。
そこに収められていたのは、白とシルバーを基調とした、あのスタイリッシュな腕輪――『シンクロバンド』の試作第1号機。
「沢泉さん。キミには新生徒会長として、そして我がスクールのトップ特待生として、このシンクロバンドの真の可能性を、全校生徒に示す先駆者となってもらう。……パートナーのポッチャマとともに、この最高峰の力を身につけたまえ」
「謹んで、お受け致します。倉田校長」
沢泉さんは完璧な一礼をし、シンクロバンドを受け取りました。
ですが、私はその光景を見つめながら、背筋に冷たい氷を押し当てられたような感覚を覚えました。
沢泉さんは「内部のデータをダミーで誤魔化せる」と過信しているのかもしれませんが、やはりあの倉田校長が、そんな甘いまやかしを見抜けないはずがありません。
倉田校長もまた、彼女を純粋に信頼して、この重要デバイスを託しているわけではないはずです。
私の推察が正しければ、倉田校長は既に、沢泉さんが裏切り者であり、生徒会という立場を利用して、自身の失脚や真相究明を狙っていることに勘づいているでしょう。
だからこそ、この危険極まりないシンクロバンドの最初の被験者に新生徒会長を選んだ……。
表向きは絶対的な信頼と期待の証を見せつけながら、その裏でお互いが、致命的な罠を張り合っている――息の詰まるような化かし合いが、全校生徒が見上げる白日の下のステージで繰り広げられていたのです。
倉田校長はメガネの奥の瞳を妖しく光らせると、マイクに向かってさらに言葉を続けました。
「さて、ただこれを渡しただけでは、このシステムの価値を諸君に実感してもらうことはできん。言葉だけのシステムなど、我がスクールの至上主義には不要なのだからね。……そうだな?」
会場を包む静寂の中、倉田校長は冷酷な笑みを深め、一歩前へと踏み出しました。
「このシンクロバンドがもたらす圧倒的な力を、全校生徒のキミたち、ひいては世間に完璧な形で証明せねばならない。そこで沢泉君、キミには夏休み前の特別公開戦にて、このシンクロバンドの実証バトルを務めてもらう」
――特別公開戦。
毎年夏休み前に行われる、このスクールの地域の方々や、メディア関係者をお招きし、主に6年生生徒たちの育成成果を、ポケモンバトルで大々的に披露するイベント。
前世の感覚で言えば、授業参観やオープンキャンパスに近い、外部の目が最も集まる公的な舞台です。
壇上の言葉に、講堂全体の空気が凍りつきました。
次の瞬間、倉田校長は整列する生徒たちの中にいる私へ向かって、鋭い視線をまっすぐに突き刺してきました。
「対戦相手は、前年度において特異な戦闘データを見せ、スクールの指導方針に、今なお疑問を抱いている実力者――5年A組、優木せつ菜さんを指名する!」
「っ……!?」
突然名前を呼ばれ、私の隣でしずくさんが息を呑みました。
全校生徒の視線が一斉に、波が引くように私へと集中します。
ステージの壇上から私を見下ろす倉田校長のメガネには、酷虐な光が反射していました。
「従来の絆や精神論だけで戦う旧時代のバトルと、最新科学が生み出した『シンクロバンド』による新時代のバトル。どちらが我がスクールの誇る『正義』に相応しいやり方か、大勢の観客の前で決定的な決着をつけてもらおうではないか!」
沢泉さんを試作品の実験台にして追い詰めつつ、同時にその刃を私にも向け、公の面前で私ごと叩き潰そうという一石二鳥の罠……。
私と沢泉さん、そして倉田校長の三者の異なった思惑が複雑に絡み合う中、新たな闘争の火蓋が切られようとしていました。
「せつ菜ちゃん……! ダメだよ…、こんなの倉田校長の思うツボじゃ……!」
しずくさんが絞り出すような声で制止しようと、私の制服の袖を強く握りしめてきます。
ですが、ここで引き下がれば、倉田校長は「逃げた落ちこぼれ」として私を処罰し、私たちが掲げる正義そのものを笑いものにするでしょう。
私は、しずくさんの手にそっと自分の手を重ねて包み込み、真っ直ぐ壇上の倉田校長、そして、無表情でこちらを見つめ返す沢泉さんを見据えました。
「…………受けて立ちます!」
講堂の静寂を切り裂くようなハッキリとした声で、私は宣言しました。
今月末には、誠一さんを通じたポケモンジム委員会への告発と捜査要請が待っています。
その公的捜査が、夏休み前の特別公開戦までに実を結び、スクールの腐敗を暴いてくれるのが、最善のシナリオです。
しかし、もし告発がうまくいっても、行政の手が伸びる前に、この特別公開戦を迎えることになる可能性もあります。
ですがそれでも、私は逃げるつもりはありません。
吉と出るか凶と出るか――。
すべては、夏に答えが出るでしょうね…。
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