中川菜々から優木せつ菜へ 〜ポケモンの世界であなたと紡ぐ奇跡〜   作:あいライス

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9章「理不尽なバトル」

翌日、土曜日。

 

雲一つない快晴の空の下、私はお昼ご飯を食べたあと、誠一さんと七海さんに「イワンコと一緒にお友達と遊んできます」と告げ、図鑑を持って、家を出ました。

 

「いってらっしゃい、せつ菜! 迷子になるなよ〜!」

 

「車に気をつけるのよ。楽しんできてね!」

 

二人はまるで自分のことのように顔をほころばせ、私の初めてのお出かけを、笑顔で見送ってくれました。

いつまでも手を振る二人を見て、私は少しだけこそばゆい気持ちになりながら、足元を駆けるイワンコと共に約束の公園へと歩を進めました。

 

しかし、公園の入り口が見えてきたその時です。

 

「――ダメ!! やめてよ!!」

 

静かな住宅街に、しずくさんの悲鳴に近い叫び声が響き渡りました。

 

イワンコも異変を察知したのか、「ワン?」と短く吠えて耳を立てました。

 

私は小さな体で全速力を出し、公園の広場へと駆け込みました。

 

広場の中央では、同じ幼稚園の組の子の、たけしくんが仁王立ちしていました。その手前には、あの蜂の幼虫のような姿をした、毒々しい角を持つビードルが控えています。

 

ビードルの口から放たれた紫色の細い光――『どくばり』が放たれた。

それが、しずくさんの足元にいた、ヨーテリーに直撃しました。

 

 

あれがヨーテリーですか…。

 

 

「キャン!」

 

「あはは! いいぞ、ビードル!」

 

「や、やめて! ヨーテリーをいじめないでよ!」

 

しずくさんは必死に叫んでいましたが、むしポケモンへの恐怖からか、足がすくんでヨーテリーに駆け寄ることすらできず、涙目で立ち尽くしています。

 

「いじめてねぇよ! これはポケモンバトルだ! お前のヨーテリーと、俺のビードルでな! 大体、お前のヨーテリー、弱すぎだろ!」

 

たけしくんの勝ち誇ったような声。

ヨーテリーは苦しげに身をよじり、震えていました。

 

……私の胸の内で、静かに、けれど激しい怒りの炎が燃え上がるのを感じました。

 

 

「――おやめなさい!」

 

 

私は、しずくさんとたけしくんの間に割り込みました。

 

 

「えっ? なんだよ、せつ菜かよ」

 

「せ…せつ菜ちゃん…?」

 

しずくさんが縋るような瞳で私を見つめます。私は彼女に一度だけ頷いて見せ、たけしくんに視線を移します。

 

「たけしくん。あなたがしていることは、ポケモンバトルではありません。 ただの暴力、いじめです」

 

私は図鑑で学んだ知識を、4歳児にも理解できる言葉で、容赦なく論理的に叩きつけました。

 

「ポケモンバトルとは、お互いの信頼関係の上で成り立つスポーツ的な競技のはずです。相手が戦う意思を示していないのに、一方的に攻撃を加えるのは、ルール以前の問題。……恥を知りなさい!」

 

「む~! せつ菜! 生意気なんだよ! 俺とやる気か!?」

 

「構いませんよ」

 

「せつ菜ちゃん……?」

 

不安げな声を出すしずくさんの前に、私は一歩踏み出しました。

 

「大丈夫です、しずくさん。 ……私、『優木せつ菜』が、あなたのヨーテリーを守ります!」

 

「ふん! ビードル! あいつのイワンコにもどくばりだ!」

 

 

ビードルが鋭い角をこちらに向け、毒の礫を放とうとした瞬間。

私の脳内には、図鑑で読み込んだイワンコのデータが走馬灯のように駆け巡りました。

 

 

イワンコ:いわタイプ。

ビードル:むし・どくタイプ。

相性:いわタイプは、むしタイプに対して有利。

 

 

「イワンコ! いわおとしです!」

 

私の鋭い指示に、イワンコが「ワン!!」と力強く応えました。

イワンコが地面を叩くと、空中に小さな岩の塊が生成され、凄まじい勢いでビードルへと降り注ぎます。

 

「ッ!?」

 

効果は抜群でした。小さなビードルは衝撃に耐えきれず、地面に叩きつけられます。

 

「あっ! ビードル!」

 

「畳み掛けます! 次、たいあたりです!」

 

間髪入れず、私は次の指示を飛ばしました。

イワンコは弾丸のような速さで突進し、ビードルへ飛び込みます。

 

 

ドォォォン!

 

 

強力な体当たりを食らったビードルは、そのままたけしくんの元へと吹き飛ばされました。

 

 

「ぐえっ!」

 

 

たけしくんのお腹に自分のビードルが直撃し、彼は無様に尻もちをついて倒れ込みました。

 

 

「まだやりますか?」

 

「く、くそ! 覚えてろよ~!」

 

たけしくんは半べそをかきながらビードルを抱きかかえ、脱兎のごとく公園から逃げ出していきました。

 

「しずくさん、大丈夫ですか?」

 

私が駆け寄ると、しずくさんはわっと声を上げて私に抱きついてきました。

 

「あ…ありがとう…せつ菜ちゃん…! うぅ……っ、怖かったよぉ……!」

 

小さな体を震わせる彼女を、私は優しく、宥めるように撫でました。

かつての歩夢さんも、こうしてよく私に抱きついてきたものでした。

その温もりに、私は改めて、自分がこの子を守り抜けたことを実感しました。

 

「クゥン……」

 

イワンコもしずくさんに寄り添い、心配そうに鳴いています。

 

しずくさんは、すぐに私の腕から離れ、倒れていたヨーテリーに駆け寄りました。

 

「ヨーテリー、ごめんね! 大丈夫!?」

 

ヨーテリーは、どくばりの影響か、息を荒くしてぐったりとしています。

 

「どうしよう……! ヨーテリーが…!」

 

パニックになりかけるしずくさん。

 

私は冷静に、手元の図鑑を開きました。そこには、ポケモンの傷を癒すための施設のことが詳細に記されていました。

 

「しずくさん、落ち着いてください。この近くには、ポケモンセンターがあるはずです。そこへ行けば、ヨーテリーはきっとすぐに治りますよ!」

 

「ホント…?」

 

「はい! 行きましょう!」

 

しずくさんは、私の言葉に力強く頷き、ヨーテリーを優しく抱きかかえました。

 

予想外の戦いから始まった休日。

 

ですが、私の心には、かつて自分自身に掲げた正義という信念が、この新しい世界でも確かに息づいているという、確かな手応えがありました。

 

私たちは公園を後にし、ポケモンセンターへ急ぎました。

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