中川菜々から優木せつ菜へ 〜ポケモンの世界であなたと紡ぐ奇跡〜 作:あいライス
翌日、土曜日。
雲一つない快晴の空の下、私はお昼ご飯を食べたあと、誠一さんと七海さんに「イワンコと一緒にお友達と遊んできます」と告げ、図鑑を持って、家を出ました。
「いってらっしゃい、せつ菜! 迷子になるなよ〜!」
「車に気をつけるのよ。楽しんできてね!」
二人はまるで自分のことのように顔をほころばせ、私の初めてのお出かけを、笑顔で見送ってくれました。
いつまでも手を振る二人を見て、私は少しだけこそばゆい気持ちになりながら、足元を駆けるイワンコと共に約束の公園へと歩を進めました。
しかし、公園の入り口が見えてきたその時です。
「――ダメ!! やめてよ!!」
静かな住宅街に、しずくさんの悲鳴に近い叫び声が響き渡りました。
イワンコも異変を察知したのか、「ワン?」と短く吠えて耳を立てました。
私は小さな体で全速力を出し、公園の広場へと駆け込みました。
広場の中央では、同じ幼稚園の組の子の、たけしくんが仁王立ちしていました。その手前には、あの蜂の幼虫のような姿をした、毒々しい角を持つビードルが控えています。
ビードルの口から放たれた紫色の細い光――『どくばり』が放たれた。
それが、しずくさんの足元にいた、ヨーテリーに直撃しました。
あれがヨーテリーですか…。
「キャン!」
「あはは! いいぞ、ビードル!」
「や、やめて! ヨーテリーをいじめないでよ!」
しずくさんは必死に叫んでいましたが、むしポケモンへの恐怖からか、足がすくんでヨーテリーに駆け寄ることすらできず、涙目で立ち尽くしています。
「いじめてねぇよ! これはポケモンバトルだ! お前のヨーテリーと、俺のビードルでな! 大体、お前のヨーテリー、弱すぎだろ!」
たけしくんの勝ち誇ったような声。
ヨーテリーは苦しげに身をよじり、震えていました。
……私の胸の内で、静かに、けれど激しい怒りの炎が燃え上がるのを感じました。
「――おやめなさい!」
私は、しずくさんとたけしくんの間に割り込みました。
「えっ? なんだよ、せつ菜かよ」
「せ…せつ菜ちゃん…?」
しずくさんが縋るような瞳で私を見つめます。私は彼女に一度だけ頷いて見せ、たけしくんに視線を移します。
「たけしくん。あなたがしていることは、ポケモンバトルではありません。 ただの暴力、いじめです」
私は図鑑で学んだ知識を、4歳児にも理解できる言葉で、容赦なく論理的に叩きつけました。
「ポケモンバトルとは、お互いの信頼関係の上で成り立つスポーツ的な競技のはずです。相手が戦う意思を示していないのに、一方的に攻撃を加えるのは、ルール以前の問題。……恥を知りなさい!」
「む~! せつ菜! 生意気なんだよ! 俺とやる気か!?」
「構いませんよ」
「せつ菜ちゃん……?」
不安げな声を出すしずくさんの前に、私は一歩踏み出しました。
「大丈夫です、しずくさん。 ……私、『優木せつ菜』が、あなたのヨーテリーを守ります!」
「ふん! ビードル! あいつのイワンコにもどくばりだ!」
ビードルが鋭い角をこちらに向け、毒の礫を放とうとした瞬間。
私の脳内には、図鑑で読み込んだイワンコのデータが走馬灯のように駆け巡りました。
イワンコ:いわタイプ。
ビードル:むし・どくタイプ。
相性:いわタイプは、むしタイプに対して有利。
「イワンコ! いわおとしです!」
私の鋭い指示に、イワンコが「ワン!!」と力強く応えました。
イワンコが地面を叩くと、空中に小さな岩の塊が生成され、凄まじい勢いでビードルへと降り注ぎます。
「ッ!?」
効果は抜群でした。小さなビードルは衝撃に耐えきれず、地面に叩きつけられます。
「あっ! ビードル!」
「畳み掛けます! 次、たいあたりです!」
間髪入れず、私は次の指示を飛ばしました。
イワンコは弾丸のような速さで突進し、ビードルへ飛び込みます。
ドォォォン!
強力な体当たりを食らったビードルは、そのままたけしくんの元へと吹き飛ばされました。
「ぐえっ!」
たけしくんのお腹に自分のビードルが直撃し、彼は無様に尻もちをついて倒れ込みました。
「まだやりますか?」
「く、くそ! 覚えてろよ~!」
たけしくんは半べそをかきながらビードルを抱きかかえ、脱兎のごとく公園から逃げ出していきました。
「しずくさん、大丈夫ですか?」
私が駆け寄ると、しずくさんはわっと声を上げて私に抱きついてきました。
「あ…ありがとう…せつ菜ちゃん…! うぅ……っ、怖かったよぉ……!」
小さな体を震わせる彼女を、私は優しく、宥めるように撫でました。
かつての歩夢さんも、こうしてよく私に抱きついてきたものでした。
その温もりに、私は改めて、自分がこの子を守り抜けたことを実感しました。
「クゥン……」
イワンコもしずくさんに寄り添い、心配そうに鳴いています。
しずくさんは、すぐに私の腕から離れ、倒れていたヨーテリーに駆け寄りました。
「ヨーテリー、ごめんね! 大丈夫!?」
ヨーテリーは、どくばりの影響か、息を荒くしてぐったりとしています。
「どうしよう……! ヨーテリーが…!」
パニックになりかけるしずくさん。
私は冷静に、手元の図鑑を開きました。そこには、ポケモンの傷を癒すための施設のことが詳細に記されていました。
「しずくさん、落ち着いてください。この近くには、ポケモンセンターがあるはずです。そこへ行けば、ヨーテリーはきっとすぐに治りますよ!」
「ホント…?」
「はい! 行きましょう!」
しずくさんは、私の言葉に力強く頷き、ヨーテリーを優しく抱きかかえました。
予想外の戦いから始まった休日。
ですが、私の心には、かつて自分自身に掲げた正義という信念が、この新しい世界でも確かに息づいているという、確かな手応えがありました。
私たちは公園を後にし、ポケモンセンターへ急ぎました。