ようこそ実力至上主義の社会へ ~盤面は世界へ広がった~   作:〇彪

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第4話 友達?

 帰り道、恵はよく喋った。

 

 最近ハマっているコスメ。

 大学の友人。

 好きなアイドル。

 講義で隣になった女子の話。

 

 付き合っていた頃と同じだった。

 

 いや。

 

 同じではない。

 

 一度終わった関係だからこそ、言葉の一つ一つが少しだけ慎重だった。

 

「ただいまぁ〜!」

 

「おかえり〜!」

 

 リビングに戻ると、思った以上に人が増えていた。

 

「綾小路くん、久しぶり」

 

「綾小路。一之瀬から誘われてな」

 

 平田と神崎だった。

 

「平田、神崎。よく来たな」

 

「なんか凄い家だね」

 

「櫛田から聞いていたが、想像以上だ」

 

「ちょうど男手が欲しいと思っていたところだ」

 

 そう言うと、平田が苦笑する。

 

「分かる気がするよ」

 

 神崎は部屋を見回してから、俺へ視線を戻した。

 

「会社を経営しているらしいな。俺にも噛ませてくれ。うちはIT企業だ」

 

「神崎にも声をかけるつもりだった」

 

「本当か」

 

「ああ。少し待っていてくれ。まだ整理したい案件がある」

 

「分かった」

 

 神崎は短く頷いた。

 

 その目は昔より鋭い。

 

 だが、どこか嬉しそうでもあった。

 

 ◇

 

 書斎で仕事を片付け、リビングへ戻る。

 

 テーブルには酎ハイの缶。

 宅配ピザの箱。

 ポテトチップスの袋。

 

 大学生の集まりらしい光景だった。

 

 その中で、堀北だけがバーカウンターにいた。

 

 ライムの入ったグラスを持ち、こちらを見る。

 

「仕事は終わったのかしら」

 

「ああ」

 

「なら少しくらい付き合いなさい」

 

「それは酒か?」

 

「ジントニックよ」

 

「未成年だろ」

 

「販売した大人が問題なのよ」

 

「そういう理屈で飲むのか」

 

「たまにはいいでしょう」

 

 堀北は立ち上がり、俺の分のグラスを作り始める。

 

 氷。

 ジン。

 トニックウォーター。

 ライム。

 

 手つきは意外と綺麗だった。

 

「慣れているな」

 

「料理は趣味だもの」

 

「酒も料理の範囲か」

 

「細かいことを言うのね」

 

 グラスを差し出される。

 

「はい」

 

「ありがとう」

 

 一口飲む。

 

 苦味と甘味と酸味。

 

 悪くない。

 

「美味いな」

 

「そう」

 

 堀北は少しだけ満足げだった。

 

 その表情が妙に新鮮で、俺はしばらく彼女を見る。

 

「……何よ」

 

「いや」

 

「言いたいことがあるなら言いなさい」

 

「部屋着が似合っていると思っただけだ」

 

 堀北の手が止まる。

 

 ラフな服装。

 普段より短い丈。

 白い肌。

 

「……見る場所を選びなさい」

 

「見えているものを見ただけだ」

 

「最低ね」

 

「すまない」

 

「謝ればいいと思っているの?」

 

「違うのか」

 

 堀北はため息を吐く。

 

 だが、本気で怒ってはいなかった。

 

 ◇

 

「ところで」

 

「なんだ」

 

「私、ここに住むことにしたわ」

 

「……そうか」

 

「驚かないのね」

 

「櫛田が住んでいる時点で、そういう流れになるとは思っていた」

 

「失礼ね」

 

「部屋は決めたのか」

 

「櫛田さんの隣」

 

「なぜそこに」

 

「監視しやすいから」

 

「仲がいいな」

 

「殺すわよ」

 

 堀北の頬は少し赤い。

 

 酒のせいか。

 それとも別の理由か。

 

 すると突然、櫛田の声が飛んできた。

 

「あーーーーっ!」

 

 全員が振り返る。

 

「堀北、抜け駆けしようとしてない!?」

 

「していないわ」

 

「してる顔だった!」

 

「どんな顔よ」

 

 リビングが笑いに包まれる。

 

 平田が手招きする。

 

「二人とも、こっちに来なよ」

 

 俺と堀北は輪に加わった。

 

 ◇

 

 夜が更けた。

 

 右に一之瀬。

 左に恵。

 

 正面に佐藤と網倉。

 少し離れて櫛田と堀北。

 

 平田と神崎は、どこか保護者のような顔で見ていた。

 

 一之瀬は梅酒を飲んでいた。

 

「それ、飲みやすいのか」

 

「うん。甘いよ」

 

「少し貰ってもいいか」

 

「いいよ」

 

 一之瀬が缶を差し出す。

 

 だがその直前、恵が横から手を伸ばした。

 

「わ、私も飲んでみたい」

 

「うん、どうぞ」

 

 一之瀬は笑顔で渡す。

 

 その笑顔が柔らかすぎて、逆に恵が少し固まった。

 

「……ありがと」

 

 恵が飲み、俺に渡す。

 

 甘い。

 

 ほとんどジュースのようだった。

 

「飲みすぎるなよ」

 

「大丈夫だよ」

 

 一之瀬は笑う。

 

「帰れなくなったら困る」

 

「泊まってもいいんだよね?」

 

「ああ」

 

「じゃあ困らないね」

 

 軽い言葉。

 

 なのに、どこか逃げ道を塞がれたような気がした。

 

 ◇

 

 午前零時。

 

「そろそろ寝る」

 

「もう?」

 

 恵がこちらを見る。

 

「明日も早い」

 

「清隆らしい」

 

「恵の部屋を決めるんだったな」

 

「うん」

 

「ついてこい」

 

 恵は立ち上がる。

 

 少し酔っているのか、足取りがいつもより柔らかい。

 

 部屋をいくつか見て回り、恵は窓際の部屋を選んだ。

 

 広いベッド。

 大きなモニター。

 収納。

 静かな夜景。

 

「ここがいい」

 

「早いな」

 

「直感」

 

「そうか」

 

 俺はベッドのカバーを外し、机を拭き、空調を入れた。

 

 恵はカードキーを取りに行き、しばらくして戻ってくる。

 

「おまたせ」

 

「ああ」

 

「……綺麗にしてくれたんだ」

 

「すぐ使える方がいいだろ」

 

「ありがと」

 

 扉が静かに閉まる。

 

 部屋の中が、急に静かになった。

 

 恵はそのまま俺へ近づいてくる。

 

「どうした」

 

 返事はない。

 

 細い腕が、俺の背中へ回る。

 

「ん……」

 

 額が胸に当たる。

 

 香水の匂い。

 シャンプーの匂い。

 

 昔と違うはずなのに、どこか懐かしい。

 

「清隆」

 

「なんだ」

 

「今日、ずっと変だった」

 

「そうか」

 

「だって……一之瀬さんもいて、佐藤もいて、櫛田さんもいて、堀北さんもいて」

 

 恵は顔を上げる。

 

「なのに、清隆は普通の顔してる」

 

「普通ではなかったと思うが」

 

「うそ」

 

 小さな声。

 

「私だけ、ずっとぐちゃぐちゃだった」

 

 そう言って、恵は唇を尖らせる。

 

 昔と同じ癖。

 

 キスを求める時の顔だった。

 

 俺は少しだけ見つめる。

 

 それから、額へ口づけた。

 

「……そこ?」

 

「嫌だったか」

 

「嫌じゃないけど」

 

 恵は不満そうに目を細める。

 

「昔より意地悪になった」

 

「そうかもしれない」

 

「否定してよ」

 

 今度は頬に触れる。

 

 恵は逃げない。

 

 まつ毛が揺れる。

 

 指先で髪を耳にかけると、彼女の肩が小さく震えた。

 

「……そんな触り方、ずるい」

 

「ずるいのか」

 

「ずるい」

 

 恵は俺のシャツを掴む。

 

 強く。

 

 離したくないみたいに。

 

「今日だけは、もう少し甘やかして」

 

「佐藤と寝るんだろ」

 

「……分かってる」

 

「これ以上は止まらなくなる」

 

「止めなくてもいいのに」

 

 小さく呟いた声は、聞こえないふりをするには近すぎた。

 

 俺は恵を抱き寄せる。

 

 今度は唇へ触れた。

 

 短く。

 

 だが、昔よりも深く残る口づけだった。

 

「ん……」

 

 恵の指がシャツに食い込む。

 

 少し離れると、彼女は目を開けた。

 

 泣きそうな顔で笑っていた。

 

「待ってるから」

 

「……」

 

「清隆が来るまで」

 

「保証は出来ない」

 

「知ってる」

 

 恵は頷く。

 

「でも待ってる」

 

 その言葉は、甘さよりも重かった。

 

 ◇

 

 翌朝。

 

 まだ誰も起きていないと思っていた。

 

 午前五時。

 

 アメリカとの会議を終え、ダイニングでコーヒーを飲む。

 

 そこへ堀北が現れた。

 

 昨日と同じ部屋着。

 

「お仕事中かしら?」

 

「終わったところだ」

 

「なら私にもコーヒーをいれて頂戴」

 

「高いぞ」

 

「望むところよ」

 

 コーヒーを渡す。

 

 堀北はPCの画面を見る。

 

「パプアニューギニア?」

 

「勝手に見るな」

 

「見えたのよ」

 

「少し気になっただけだ」

 

「旅行?」

 

「まだ予定はない」

 

「そう」

 

 堀北はカップに口をつける。

 

「私は京都に行きたいわ」

 

「京都ならすぐ行けるだろ」

 

「一人だと、少し寂しいじゃない」

 

 その言い方が、妙に柔らかかった。

 

「付き合っている相手はいないのか」

 

「いないわ」

 

「須藤は?」

 

「友人よ」

 

「他には」

 

「……好きな人ならいる」

 

 俺は少しだけ動きを止めた。

 

「初耳だな」

 

「言っていないもの」

 

「誰だ」

 

「知っている人よ」

 

「高校の人間か」

 

「ええ」

 

「学か?」

 

「兄さんではないわ」

 

 堀北はカップを置く。

 

「知りたい?」

 

「ああ」

 

「なら、私の部屋まで来て」

 

 ◇

 

 堀北の部屋は静かだった。

 

 扉が閉まると、外の音が消える。

 

 彼女はベッドへ腰掛ける。

 

「そこに立っていないで、こっちへ来たら?」

 

「いいのか」

 

「私が呼んだのよ」

 

 隣へ座る。

 

 近い。

 

 昨日までの距離とは違う。

 

「ヒントだったな」

 

「ええ」

 

 堀北は顔を近づける。

 

 耳元へ唇が寄る。

 

 吐息が触れる。

 

「──ないしょ」

 

 そう言って、彼女は俺へ抱きついた。

 

「絶対、教えないわ」

 

「そうか」

 

「ええ」

 

「なら、どうしても教えてもらうしかないな」

 

 堀北は目を閉じた。

 

「あなたに出来る?」

 

 俺は唇を重ねた。

 

 短く。

 

 堀北の身体が小さく震える。

 

 離れると、彼女はとろんとした目でこちらを見る。

 

 それからまた、静かに目を閉じた。

 

 今度は長く触れる。

 

 コーヒーとミントの匂い。

 

 堀北の指が、俺の袖を掴む。

 

 弱く。

 

 けれど必死に。

 

「……綾小路くん」

 

「なんだ」

 

「こういうの、ずるいわ」

 

「嫌か」

 

「嫌なら、呼ばないわ」

 

 堀北はそう言いながら、顔を逸らす。

 

 だが離れない。

 

 しばらくして、俺は静かに身体を離した。

 

「ここまでだ」

 

「……どうして」

 

「これ以上は止まらなくなる」

 

 堀北は黙る。

 

 頬が赤い。

 

「……そう」

 

「悪いな」

 

「謝る必要はないわ」

 

 彼女は小さく息を吐く。

 

「次は、止めなくていいわよ」

 

 その声は、普段の堀北からは想像できないほど小さかった。

 

 立ち上がる前に、俺はふと思い出す。

 

「ところで」

 

「何かしら」

 

「お前の好きな人は誰なんだ?」

 

 堀北は俺を見る。

 

 ゴミを見るような目だった。

 

「……本気で言っているの?」

 

「質問しただけだ」

 

「今日は出てって頂戴」

 

 扉を閉める直前。

 

 堀北の声が聞こえた。

 

「でも」

 

 振り返る。

 

 堀北は視線を逸らしたまま言った。

 

「次は、逃げないで」

 

 その言葉だけが、朝の静かな廊下に残った。

 

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