ようこそ実力至上主義の社会へ ~盤面は世界へ広がった~ 作:〇彪
大学のキャンパスで、携帯が震えた。
マナーモードにしているが、仕事を溜めたくない私は、すぐに着信相手を確認する。
[バイト先 先輩]
はぁ。
最近、毎日のようにこの名前を見る。
四月の上旬に綾小路くんを連れて行ってからというもの、上司はずっとホクホク顔だった。
何が「店舗の一年分の予算は達成よ!」なのか。
まだ四月の二週目だというのに、三月分まで含めた一年間の達成は、確かにすごいと思う。
でも、それをアルバイトの私に期待されても困る。
「はい、佐藤です」
『お疲れ様です! 佐藤さん、今、大丈夫ですかぁ?』
「大丈夫です」
電話に出ているのだから、大丈夫に決まっているではないか。
講義の時間割を把握し、休憩時間に合わせてかけてくる先輩に、少しだけ引く。
そもそも、この人はこんなキャラクターではなかったはずだ。
どちらかと言えば、星之宮先生というより茶柱先生寄りの、仕事人間だった。
それが今では、甘えたような、どこか発情中の猫みたいな声を出している。
『あのね、佐藤さんにボーナスをあげようかなって、支店で話になってるの! 私が支店長に掛け合ってね!』
「え? 本当ですか?」
お金はいくらあっても嬉しい。
アルバイトなら時給制だから、追加でお金を貰えるなんて思いもよらなかった。
一万円でも二万円でも、貰えるなら欲しかった化粧品が買える。
『うん! だから……ね?』
来た。
毎回、この電話の終わりは同じだ。
「……あの、申し上げにくいんですけど、私も綾小路くんには声をかけます。でも、正直、同級生にそんなにグイグイ行きたくないと言いますか」
『良いの! そんなに気にしないで! もうね、この支店だけじゃなくって、すごい話になっちゃってて……佐藤さん、高度育成高等学校のコネで……ね。他の方の紹介も……貰えないかなぁ、なんて思って電話したの!』
結局、営業電話ではないか。
こういうのが嫌で、仲の良い同級生にしかバイト先は教えていなかった。
でも、学校から近くて、時給も高いアルバイト。
それに制服も可愛いと思った。
少し、ミスったかもしれない。
「分かりました。その時はお声かけしますので」
『ほんと!? 助かるぅ! 佐藤さん、やっぱりうちの天使だね!』
「いえ、そこまでは……」
『また連絡するね!』
また。
その言葉に、私は少しだけ肩を落とした。
電話を切った後、大学の友達と合流しようと、メッセージアプリを開く。
すると、高校の同級生。
元一年Aクラスのギャル友達から連絡が入っていた。
彼女とは、そこまで関係が深いわけではない。
たまに話す程度の関係だった。
電話が来るなんて珍しい。
メッセージアプリからの通話。
電話番号は交換していないはずだ。
「もしもし?」
『佐藤さん、急にごめんね。ちょっと用があって電話しちゃったの』
「……用? ってか、久しぶりじゃん。何? 宗教の勧誘的な?」
『違う違う! ちょっと訳があって。今、坂柳さんと一緒にいるんだけど、佐藤さんと話したいって』
坂柳。
坂柳有栖だろうか。
理事長の娘の。
そんな大物が、私に何の用だ。
「えっ、なんで坂柳さんが私に……?」
『分かんないけど、ごめん、代わるね』
こちらの許可など待たずに、友達は電話を渡した。
そして、坂柳有栖が出てくる。
『お話しするのは初めてでしょうか。佐藤麻耶さん?』
「はい……えっと、何の御用ですか?」
『急で申し訳ないのですが、少々土地と建物を探しておりまして。元クラスメイトから、佐藤さんが不動産会社でアルバイトをしていると聞いたものですから』
そういう話か。
先輩的には願ったり叶ったりだろう。
優秀な人材を輩出する高度育成高等学校。
その理事長の娘とのコネクションなのだから。
でも、悪いけど私はあまり関わりたくない。
既にバイトには顔を出さなくても、一年分のバイト代は出してくれる。
ボーナスも、良いところ寸志だろう。
これ以上バイト先に貢献したって、受け取れるものはたかが知れている。
しかしながら、ギャルの友達との顔もある。
彼女の顔を潰すのはいかがなものか。
ギャルはヒエラルキーを気にする。
おそらく友達は、ヒエラルキートップの坂柳有栖の頼み事を聞いてほしいはずだ。
二つの思いがせめぎ合う。
佐藤が選択した答えは──。
「バイトしてるけどぉ……今ちょっとお休み中なんだよねぇ。何かありました?」
同級生にも関わらず、別世界に住んでいたような相手に、敬語とため口が混ざったような口調になってしまう。
ともかく、これで相手の出方を見ることが出来るだろう。
しかし、話は思わぬ方向へ進んだ。
『お休み中でも結構ですよ。在籍はされているということですよね。今週の金曜日、十三時にお伺いしますので、対応できる方がいるかだけ確認をお願いしたいのですが、いかがですか?』
変な話だと思った。
うちは不動産業で、店舗を構えている。
急な来客でも、対応できるスタッフは一名くらいいるだろう。
それでも、思ったより楽な依頼で少しホッとする。
これが接客してくれと言われていたら、綾小路くんの時ですら緊張していたのに、更に大変なことになっていた。
「それくらいならオッケー。確認したら、このアプリにメッセージ飛ばすね」
『ありがとうございます。おそらく二名でお伺いしますので。不動産の売買契約が出来る方であれば、どなたでも構いませんので』
そう言われ、電話を切った。
考えれば考えるほど、奇妙な電話だと思った。
だが、綾小路くんとも少し仲が良いと噂になっていた相手。
綾小路くんがすごいことは分かっている。
その彼と対等に話しているらしい彼女は、やっぱりすごいのだ。
深く考える必要はない。
佐藤は電話を切る。
次の講義には間に合わないため、チャイムの音を聞いて教室に向かった。
講義を聞きながら、先輩にメッセージを飛ばす。
[お疲れ様です、佐藤です。今週の金曜日の十三時、空いてらっしゃいますか?]
[店にいるよ。予約は入ってないけど、どうしたの?]
[同級生の、綾小路くんのお友達が十三時に行きますので、対応お願いできますか?]
すぐに既読がついた。
数分後。
犬がハートマークを持ったスタンプ爆弾を浴びた。
私は講義室の机に頬杖をつきながら、ため息を吐く。
綾小路くんに近づけば近づくほど、恋じゃなくて仕事が増える。
それでも、通知欄に彼の名前がないか確認してしまう自分が、一番憂鬱だった。