ようこそ実力至上主義の社会へ ~盤面は世界へ広がった~   作:〇彪

7 / 9
幕間2 女子会① 誰が一番近いの?

 最初に言い出したのは、櫛田桔梗だった。

 

「女子会をしまーす」

 

 その一言で、リビングの空気が少しだけ止まった。

 

 場所は綾小路くんの家。

 

 正確には、彼の家というより、もはや誰かの職場であり、誰かの避難所であり、誰かの休憩室であり、誰かの戦場になりつつある場所だった。

 

 テーブルにはノートPCが数台。

 

 コーヒーカップ。

 

 コンビニの袋。

 

 堀北さんが持ち込んだ法律関係の本。

 

 軽井沢さんが置いていったファッション雑誌。

 

 一之瀬さんの海外資料。

 

 私の仕事用メモ。

 

 もう誰のものか分からないペン。

 

 そういうものが、妙に自然に混ざっていた。

 

「女子会って……何すんの?」

 

 軽井沢さんが、露骨に警戒した顔をする。

 

「普通にお喋りだよ。恋バナとか」

 

「恋バナって言い方がもう怪しい」

 

「そんなことないよ?」

 

「ある」

 

 軽井沢さんは即答した。

 

 その隣で、堀北さんがコーヒーを飲みながら資料を読んでいる。

 

「私は仕事があるのだけれど」

 

「はいはい、そう言うと思った。堀北さんも参加ね」

 

「なぜ私が?」

 

「だって、綾小路くんの話をするから」

 

 その瞬間、堀北さんのページをめくる手が止まった。

 

 ほんの一瞬。

 

 でも、止まった。

 

「……仕事の話なら参加するわ」

 

「恋バナだよ?」

 

「なら参加しないわ」

 

「でも綾小路くんの話だよ?」

 

「……」

 

 堀北さんは、少しだけ眉間に皺を寄せた。

 

 そして、資料を閉じた。

 

「誤解があると困るから、聞くだけ聞くわ」

 

「はい、参加決定」

 

「その言い方は不本意ね」

 

 私は笑顔で受け流した。

 

 それから、リビングにいる他の女子へ視線を向ける。

 

 一之瀬帆波。

 佐藤麻耶。

 松下千秋。

 そして、軽井沢恵と堀北鈴音。

 

 初回としては、かなり良いメンバーだと思う。

 

 坂柳さんはまだいない。

 

 天沢さんもいない。

 

 椎名さんもいない。

 

 つまり、まだこの場はそこまで危険ではない。

 

 ……たぶん。

 

     ◇

 

「まず確認するけど」

 

 私はホワイトボード代わりに、テーブルの端に置いてあったコピー用紙を一枚引き寄せた。

 

「綾小路くんに一番近い女子って、誰だと思う?」

 

「は?」

 

 軽井沢さんが真っ先に反応した。

 

「何その質問」

 

「大事でしょ?」

 

「大事じゃない」

 

「じゃあ、軽井沢さんは興味ないんだ?」

 

「……ないとは言ってない」

 

 やっぱりあるらしい。

 

 佐藤さんは、すでに顔を赤くしている。

 

「あの、こういう話って、本人いないところでしていいのかな……?」

 

「本人がいたら話せないでしょ」

 

「それはそうだけど」

 

 松下さんは、椅子に背を預けて笑っていた。

 

「面白いね。距離の定義によるんじゃない?」

 

「距離の定義?」

 

「物理的距離なのか、心理的距離なのか、過去の関係なのか、現在の役割なのか」

 

「松下さん、いきなりガチだね」

 

「だって、綾小路くんって普通の恋愛偏差値で測れないじゃん」

 

 それはそう。

 

 全員が、少しだけ納得した顔をした。

 

 一之瀬さんが柔らかく笑う。

 

「私は、今だと櫛田さんが近いんじゃないかなって思うよ」

 

「私?」

 

「うん。仕事も一緒にしてるし、家の中のことも見てるし」

 

「まあ、そうかもね」

 

 私はわざと軽く笑った。

 

 内心では、少しだけ嬉しい。

 

 綾小路くんの家に出入りしている。

 

 仕事を任されている。

 

 生活の近くにいる。

 

 それは、たしかに強い。

 

 けれど、軽井沢さんがすぐに口を挟んだ。

 

「でも、それって近いっていうか、便利に使われてるだけじゃない?」

 

「恵、言うねぇ」

 

「事実でしょ」

 

「じゃあ軽井沢さんは?」

 

 私が聞くと、軽井沢さんは少しだけ目を逸らした。

 

「私は……別に」

 

「元カノだもんね」

 

「それ言うなって」

 

 佐藤さんが、小さく息を呑んだ。

 

 元カノ。

 

 その言葉は、やっぱり強い。

 

 どれだけ今がどうであれ、一度は綾小路くんに選ばれた女。

 

 その事実は消えない。

 

「付き合ってたのは事実だし」

 

 軽井沢さんは、少しだけ強がるように言った。

 

「だからって、今も一番近いとか、そういう話じゃないけど」

 

「でも、過去を持ってるのは強いよね」

 

 松下さんが言う。

 

「一度恋人だった人って、別れても特別枠に残るじゃん」

 

「残ってないかもしれないし」

 

「残ってると思うよ。少なくとも、女側には」

 

 軽井沢さんは黙った。

 

 その沈黙が、答えのようだった。

 

     ◇

 

「堀北さんは?」

 

 私が振ると、堀北さんは本気で迷惑そうな顔をした。

 

「私は関係ないでしょう」

 

「あるでしょ。高校一年の時から一番長く隣にいたんだし」

 

「隣にいたというより、隣の席だっただけよ」

 

「それが強いんじゃない?」

 

 松下さんが言う。

 

「最初に隣にいた人って、意外と最後まで残るよ」

 

「恋愛小説の読みすぎではないかしら」

 

「堀北さん、恋愛小説読むの?」

 

「読まないわ」

 

「じゃあ分からないじゃん」

 

「……」

 

 堀北さんが言葉に詰まった。

 

 珍しい。

 

 一之瀬さんが、楽しそうに笑っている。

 

「でも、堀北さんは特別だと思うな」

 

「一之瀬さんまで何を言っているの」

 

「だって、綾小路くんが自然に話してる感じがするから」

 

「彼は誰とでも自然に話すでしょう」

 

「そうかな?」

 

 一之瀬さんの笑顔は柔らかい。

 

 でも、たまにすごく鋭い。

 

「綾小路くんって、相手に合わせるのは上手いけど、自然体かどうかは別だと思うよ」

 

「……そうかしら」

 

「堀北さんと話している時は、少しだけ雑になるよね」

 

「それは失礼ということでは?」

 

「ううん。安心してるんじゃないかな」

 

 堀北さんは、コーヒーカップを持ち上げた。

 口を付けるまでが、少し遅い。

 あれは照れているのかもしれない。

 

「勝手な解釈ね」

 

「そうかも」

 

 一之瀬さんは、そう言って笑った。

 

     ◇

 

「佐藤さんは?」

 

 私が聞くと、佐藤さんはびくっとした。

 

「わ、私?」

 

「うん」

 

「私は……全然近くないよ」

 

「そうかな」

 

「そうだよ。高校の時に告白して、振られて、それで……」

 

 佐藤さんは言葉を止める。

 それ以上言うのは、少し勇気がいるのだろう。

 

「でも、好きなんだ?」

 

 私が聞くと、彼女は顔を真っ赤にした。

 

「す、好きっていうか……いや、好きだけど……」

 

「素直」

 

 軽井沢さんがぼそっと言う。

 

 その声には、少しだけ羨ましさが混じっていた。

 

 佐藤さんは、両手で顔を覆う。

 

「だって、忘れられないんだもん」

 

 小さな声。

 

 でも、ちゃんと聞こえた。

 

「一回ちゃんと振られたのに?」

 

 松下さんが聞く。

 

「うん。振られたから、終わったと思ったんだけど……日本に戻ってきて会ったら、やっぱり格好良くて」

 

「分かりやすいね」

 

「うぅ……」

 

 でも、その分かりやすさは強い。

 綾小路くんの周りにいる女子たちは、みんな少し面倒だ。

 私も含めて。

 そんな中で、佐藤さんの真っ直ぐさは目立つ。

 一之瀬さんが、優しく言う。

 

「麻耶ちゃんは、ちゃんと好きって言えるのが強いと思う」

 

「そ、そうかな」

 

「うん。私はそう思う」

 

 その言葉に、佐藤さんは少しだけ嬉しそうにした。

 

     ◇

 

「じゃあ、一之瀬さんは?」

 

 私が振ると、一之瀬さんは首を傾げた。

 

「私?」

 

「うん。一之瀬さんも相当近いでしょ」

 

「そうかな」

 

「そうだよ。海外の仕事とか任されてるし、部屋もあるし」

 

「仕事だからね」

 

「本当にそれだけ?」

 

 軽井沢さんが刺す。

 

 一之瀬さんは、少しだけ笑った。

 

「それだけじゃないかも」

 

 空気が少し変わった。

 

 一之瀬帆波。

 

 優しい。

 

 明るい。

 

 誰からも好かれる。

 

 でも、最近の彼女はそれだけではない。

 

 綾小路くんの事業の先を見ている。

 

 彼が何をしようとしているのか、誰よりも近くで見ている。

 

「私は、清隆くんが何をしようとしているのか、知りたいと思ってる」

 

「それは恋愛?」

 

 堀北さんが聞いた。

 

 珍しく、かなり直球だった。

 

 一之瀬さんは、少しだけ考える。

 

「恋愛でもあるし、そうじゃないものでもあるのかも」

 

「難しいね」

 

 佐藤さんが呟く。

 

「うん。難しい」

 

 一之瀬さんは笑った。

 

「でも、清隆くんが遠くへ行こうとするなら、私はついていきたいな」

 

「重い」

 

 軽井沢さんが言う。

 

「えへへ。そうかも」

 

 否定しないところが、一之瀬さんの怖さだった。

 

     ◇

 

「松下さんは?」

 

「私は観察枠かな」

 

 即答だった。

 

「観察枠?」

 

「うん。みんなみたいに強い因縁があるわけじゃないし、過去があるわけでもないし。でも、面白いじゃん、綾小路くん」

 

「面白いで済む男かな」

 

「済まないから面白いんでしょ」

 

 松下さんは余裕のある顔で笑った。

 

「私、結構前から気になってたよ。あの人、絶対ただの普通くんじゃないなって」

 

「隠れファン?」

 

 私が聞くと、松下さんは肩をすくめる。

 

「そういうことにしとく」

 

「本当は?」

 

「本当は、隙間狙い」

 

「隙間?」

 

「みんなが大きな物語で取り合ってるなら、私は日常の隙間を狙おうかなって」

 

 さらっと言う。

 

 けれど、それは意外と危険な考えだ。

 

 日常の隙間。

 

 そこに入り込まれると、気付いた時にはかなり近くにいる。

 

「松下さん、怖いね」

 

「櫛田さんに言われたくないな」

 

「それもそう」

 

 お互いに笑った。

 

     ◇

 

 しばらく話して、私は紙にそれぞれの名前を書いた。

 

 軽井沢恵:元カノ。

 

 堀北鈴音:隣人。

 

 一之瀬帆波:理解者候補。

 

 佐藤麻耶:初期好意。

 

 松下千秋:観察者。

 

 櫛田桔梗:生活圏。

 

「なんか、私のだけ変じゃない?」

 

 軽井沢さんが言う。

 

「元カノって強いじゃん」

 

「でも過去形だし」

 

「じゃあ元恋人」

 

「もっと嫌」

 

 佐藤さんが紙を覗き込む。

 

「初期好意って何?」

 

「一番最初に好きって言った女子枠」

 

「それはそれで恥ずかしい……」

 

 一之瀬さんは自分の欄を見て笑っていた。

 

「理解者候補かぁ」

 

「嫌?」

 

「ううん。まだ候補なんだなって思って」

 

 堀北さんは自分の欄を見る。

 

「隣人、ね」

 

「実際そうじゃん」

 

「まあ、否定はしないわ」

 

 否定しない。

 

 それだけで十分だ。

 

     ◇

 

 女子会①は、結論のないまま終わった。

 

 誰が一番近いのか。

 

 それは、決まらなかった。

 

 元カノの軽井沢さん。

 

 長く隣にいた堀北さん。

 

 仕事の先を見ている一之瀬さん。

 

 真っ直ぐ好きな佐藤さん。

 

 隙間を狙う松下さん。

 

 生活圏に入り込んでいる私。

 

 誰もが近い。

 

 でも、誰も決定的ではない。

 

 綾小路くんという男は、近づいたと思った瞬間に遠くなる。

 

 手が届いたと思った瞬間に、別の場所へいる。

 

「ねぇ」

 

 最後に、軽井沢さんがぽつりと言った。

 

「まだ、私たちの知らない女の子がいたりしないよね?」

 

 その言葉に、なぜか全員が黙った。

 

 一之瀬さんが、少しだけ笑う。

 

「清隆くんって、過去に何人くらい大切な人がいたんだろうね」

 

「やめてよ」

 

 軽井沢さんが本気で嫌そうな顔をした。

 

 でも、その時はまだ誰も知らなかった。

 

 この先、坂柳有栖が来ることも。

 

 椎名ひよりが物語を動かすことも。

 

 天沢一夏が家に入り込むことも。

 

 七瀬翼が警護を名目に現れることも。

 

 そして、白い部屋の奥から、雪という少女が細い糸を伸ばしていたことも。

 

 

 私たちはまだ、彼の物

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。