ようこそ実力至上主義の社会へ ~盤面は世界へ広がった~   作:〇彪

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第7話 女子会

 ──時間は金曜日の夕方に巻き戻る。

 

 綾小路と一之瀬が飛行機に乗っている間。

 

 日本では、彼のいない場所で世界が動き始めていた。

 

 綾小路の家では、珍しく国営放送が流れている。

 

 巨大なテレビには、千葉港を埋め尽くす五万台の自動運転車両。

 

 マスメディア。

 国際サミット。

 各国首脳。

 そして、騒然とする官僚たち。

 

「……あいつ、やったわ」

 

 ダイニングで仕事をしていた櫛田が、ぽつりと呟いた。

 

 その声に、軽井沢が反応する。

 

「なになに? 清隆のこと?」

 

「他に誰がいるのよ」

 

 櫛田は笑っていなかった。

 

 テレビの中では、アナウンサーが興奮気味に解説している。

 

『今回輸入された自動運転車両は、アメリカ企業による製造とされていますが、一部システム設計に日本企業が関与している可能性が──』

 

「……これ、どういうこと?」

 

 佐藤が不安そうに首を傾げる。

 

 松下はスマホでニュースを追いながら、静かに口を開いた。

 

「表向きはアメリカ企業」

 

「うん」

 

「でも中身のシステム設計は、日本側」

 

「え、じゃあ日本の会社ってこと?」

 

「利益の大部分は日本側に落ちる。でも看板はアメリカ企業」

 

 軽井沢が眉を寄せる。

 

「それって……」

 

「総理大臣が止めにくい」

 

 櫛田が続けた。

 

「国際サミットの場で、アメリカ大統領の顔を潰せない。しかも日本企業も関わっているから、完全に拒否も出来ない」

 

「……怖っ」

 

 軽井沢が本気で引いた声を漏らした。

 

 佐藤は画面を見たまま固まっている。

 

「じゃあ、これ全部……綾小路くんが?」

 

「多分ね」

 

 櫛田は目を細める。

 

「しかもアイツ、多分これ……最初からここまで見えてた」

 

 部屋の空気が少し冷えた。

 

 綾小路清隆。

 

 高校時代、試験の裏側で人を動かしていた男。

 

 その男が今、企業と行政と国家を同時に動かしている。

 

「久しぶりの清隆って感じ」

 

 軽井沢が小さく呟く。

 

「後から紐解くと、全部繋がってる感じ」

 

「恵ちゃん、なんか嬉しそう」

 

「嬉しくないし」

 

 軽井沢は頬を膨らませる。

 

 だが否定の声は弱かった。

 

「でも、清隆が何かしてるって分かると……なんか安心する」

 

「それ、だいぶ毒されてるよ」

 

 松下が呆れたように言う。

 

「でも分かるかも」

 

 佐藤が小さく笑った。

 

「綾小路くんって、何考えてるか分からないけど……何かしてる時だけは、すごく綾小路くんって感じがする」

 

 軽井沢も、松下も、櫛田も。

 

 否定しなかった。

 

 ◇

 

 同じ頃。

 

 小平市。

 

 病院裏の駐車場に、堀北鈴音が一人で立っていた。

 

「……なんで私がこんなことを」

 

 朝は法律事務所。

 

 昼は病院。

 

 午後は土地売却。

 

 そして夕方は現地案内。

 

 まだ正式な雇用契約すら結んでいない。

 

 にもかかわらず、綾小路の仕事に完全に巻き込まれていた。

 

「時給三千円では割に合わないわね……」

 

 そんなことを呟いた時だった。

 

 静かなエンジン音と共に、黒塗りのセンチュリーが停まる。

 

 堀北は姿勢を正す。

 

 だが、後部座席から降りてきた人物を見て、言葉を失った。

 

「……あなたは」

 

「お久しぶりですね、堀北さん」

 

 坂柳有栖。

 

 その後ろから、神室真澄も姿を見せる。

 

「マジで堀北だったんだ」

 

「神室さんまで……」

 

「私も巻き込まれただけ」

 

 神室は面倒そうにため息を吐いた。

 

「坂柳さん。買主はあなたなの?」

 

「正確には、私が一時的に決定権を預かっているだけです」

 

「どういう意味?」

 

「少し長くなりますが、聞きますか?」

 

「短くお願いするわ」

 

 坂柳は楽しそうに笑う。

 

「では簡単に」

 

 彼女は杖を軽く地面につける。

 

「倒産寸前の会社がありました。粉飾決算、不祥事故、経営者の病気。どうしようもなくなった会社です」

 

「それがSテクノロジー?」

 

「ええ」

 

「その清算人があなた?」

 

「はい。父の関係で、私が代理として任されました」

 

「清算人の役割は、会社を畳むことのはずよ」

 

「本来は」

 

 坂柳の笑みが深くなる。

 

「ですが、会社を買いたいという人が現れました」

 

「……綾小路くん?」

 

「そこはご想像にお任せします」

 

「濁すのね」

 

「答えを言うと面白くありませんから」

 

 堀北は眉を寄せる。

 

「それで、土地購入と何が関係あるの?」

 

「社名変更です」

 

「社名変更?」

 

「その会社は、今日名前を変えました」

 

「会社の買収ではよくあることね」

 

「ええ。ですがその名前が、本日輸入された五万台の車両所有者と一致してしまったのです」

 

「……待って」

 

 堀北は眉を寄せた。

 

「あなた、今……会社一つの社名変更で、日本中が巻き込まれたって言ったの?」

 

「結果的には、そうなりますね」

 

「そんな偶然、あるわけないでしょう」

 

「ですが、書類上は偶然です」

 

 坂柳は穏やかに笑う。

 

「前経営者の中期計画。農林水産省の予算。国土交通省の管轄。アメリカ企業との契約。社名変更。土地取得。すべて別々の線です」

 

「……別々の線に見えるようにした」

 

「さすがですね」

 

 堀北は背筋が冷えるのを感じた。

 

 これは綾小路のやり方だ。

 

 誰にも一つの絵を見せない。

 

 全員が、自分の見えている範囲だけで正しい判断をする。

 

 そして気づいた時には、盤面が完成している。

 

「それで、この土地は?」

 

「五万台の一部を管理する拠点になります。充電設備、管制システム、整備場。もうすぐ工事が始まります」

 

 その言葉と同時に、何十台ものトラックが駐車場へ入ってきた。

 

 堀北は思わず息を飲む。

 

「……早すぎる」

 

「今日中に動かさなければ、土日は止まってしまいますから」

 

「あなたたち、何を始めるつもりなの」

 

「私ではありません」

 

 坂柳は静かに言った。

 

「始めたのは、綾小路くんです」

 

 ◇

 

「それで?」

 

 堀北は深く息を吐く。

 

「あなたがここに来た理由は、土地を見るため?」

 

「いいえ」

 

 坂柳は微笑む。

 

「私も、綾小路くんの家に連れて行ってもらおうかと思いまして」

 

「……は?」

 

「マジだったんだ……」

 

 神室が呟く。

 

 堀北は頭を押さえたくなった。

 

「なぜ私が彼の家を知っていると思ったの?」

 

「あなたがここにいるからです」

 

「理由になっていないわ」

 

「私の直感は、よく当たります」

 

 堀北は少し考える。

 

 坂柳を連れて帰るべきか。

 

 勝手に判断していいのか。

 

 だが、今の綾小路なら恐らく拒まない。

 

 むしろ。

 

 この出会いすら、どこかで想定していた可能性がある。

 

「確認するわ」

 

 堀北は電話をかけた。

 

 相手は軽井沢。

 

 綾小路の連絡先は知らない。

 

『堀北さん? まだ帰ってこないの?』

 

「思ったより仕事が進んでしまって。今から帰るのだけれど、一つ確認したいことがあるわ」

 

『なに?』

 

「坂柳さんを連れて帰ってもいいかしら」

 

『坂柳さんって……あの坂柳さん?』

 

「そう。あの」

 

 少しの沈黙。

 

『んー……清隆ならOKするんじゃない?』

 

「助かるわ」

 

『後で言っておくね』

 

 電話を切る。

 

 坂柳は目を細めた。

 

「今の電話、綾小路くんではありませんね」

 

「……」

 

「もしかして堀北さん、彼の連絡先を知らないんですか?」

 

「詮索しないで」

 

「ふふ。なるほど」

 

「何がおかしいの」

 

「いえ。私は知っていますので」

 

「まさか。彼が日本に帰ってきてまだ二週間しか──」

 

 言いかけて、堀北は止まった。

 

 坂柳が嬉しそうに笑う。

 

「そうですか。二週間前なのですね」

 

「……私もまだまだね」

 

「いいえ。十分です」

 

 その一言が、妙に悔しかった。

 

 ◇

 

 綾小路のマンションへ向かう車内。

 

 堀北の運転は、まだ少し危なっかしい。

 

「今のブレーキ、首持っていかれるかと思った」

 

 神室が後部座席で文句を言う。

 

「慣れていないだけよ」

 

「慣れてから人乗せてよ」

 

「あなたとは仲良く出来なさそうね」

 

「私もそのつもりないし」

 

「まあまあ」

 

 坂柳が楽しそうに仲裁する。

 

「久しぶりの同級生です。世間話くらい楽しみましょう」

 

「あなた、今も神室さんと一緒なのね」

 

「真澄さんには仕事を手伝っていただいています」

 

「半強制だけどね」

 

「頼りにしていますよ」

 

「便利に使ってるだけでしょ」

 

 神室の普通すぎる反応に、堀北は少しだけ肩の力が抜けた。

 

 坂柳一人なら、空気が張り詰めすぎる。

 

 神室がいることで、彼女の異質さが少しだけ和らいでいた。

 

「ところで坂柳さん」

 

「はい」

 

「あなたは、綾小路くんが今どこにいるか知っているの?」

 

「いいえ」

 

 即答だった。

 

「知りません」

 

「意外ね」

 

「連絡は今朝受けましたが、まだ声も聞けておりません。家に着いたら、一度電話してみようかと思っています」

 

 堀北は黙った。

 

 坂柳有栖ですら、綾小路の現在地を知らない。

 

 その事実が、妙に引っかかった。

 

 ◇

 

「お邪魔させていただきます」

 

「なによここ……ヤバすぎるでしょ」

 

 車が自動で車庫へ入っていく。

 

 神室が呆然と周囲を見る。

 

 最上階。

 

 ホテルのラウンジのようなリビング。

 

 大きな窓。

 

 プール。

 

 バーカウンター。

 

 そこでは、軽井沢、佐藤、松下が酒を飲みながら寛いでいた。

 

「おかえり、堀北さん」

 

 軽井沢が振り返る。

 

「坂柳さんと神室さん? だよね」

 

「お久しぶりです」

 

「さ、坂柳さん!? お久しぶりです!」

 

 佐藤が慌てて立ち上がる。

 

「こんばんは」

 

 松下は冷静に会釈した。

 

「櫛田さんもいるのね」

 

「いるよー。ここの管理人みたいなものだから」

 

 櫛田が奥から顔を出す。

 

 その姿を見て、神室が眉を寄せた。

 

「なんで櫛田まで住んでるの」

 

「色々あって」

 

「色々で済むんだ、ここ」

 

「済ませないと話が進まないんだよね」

 

 櫛田はにっこり笑った。

 

「夕食まだ? 何か作るよ。堀北が」

 

「私なの?」

 

「料理得意でしょ?」

 

「そういう問題ではないわ」

 

 文句を言いながらも、堀北はキッチンへ向かう。

 

 その様子を坂柳は静かに見ていた。

 

「随分と、面白い場所になっていますね」

 

「清隆が誰呼んでもいいって言ってるから」

 

 軽井沢が当然のように答える。

 

「清隆、ですか」

 

 坂柳の声が少しだけ変わった。

 

 軽井沢はそれに気づかないふりをした。

 

「そう。清隆」

 

 空気が一瞬だけ静かになる。

 

 その沈黙を破ったのは、神室だった。

 

「……すごい家なのに、空気だけ女子校みたい」

 

「それは言えてる」

 

 松下が頷いた。

 

 ◇

 

 夜。

 

 七人はバーカウンターとリビングを囲むように座っていた。

 

 櫛田。

 軽井沢。

 佐藤。

 松下。

 堀北。

 坂柳。

 神室。

 

 堀北の作ったカクテルが、それぞれの前に置かれている。

 

「それで」

 

 坂柳が口を開いた。

 

「皆さんは、綾小路くんが何をしようとしていると思いますか?」

 

 誰もすぐには答えなかった。

 

「会社を買う」

 

 松下が言う。

 

「人を集める」

 

 櫛田が続ける。

 

「助けようとしてる……のかな」

 

 佐藤が不安そうに呟く。

 

「でも、壊してもいる」

 

 堀北が静かに言った。

 

 軽井沢はグラスを握る。

 

「清隆は……多分、近くにいる人を守ろうとしてる」

 

「では」

 

 坂柳は微笑む。

 

「その“近く”は、どこまで広がるのでしょうね」

 

 空気が止まる。

 

 誰も答えられなかった。

 

 坂柳はグラスを置く。

 

「教室」

 

 小さく言う。

 

「会社」

 

 続ける。

 

「都市」

 

 そして。

 

「国家」

 

 神室ですら黙った。

 

 坂柳有栖は、楽しそうに目を細める。

 

「綾小路くんは、きっと自覚していません」

 

「何を?」

 

 堀北が問う。

 

「自分が誰かを救おうとするたびに、支配する範囲が広がっていることです」

 

 テレビの画面には、無人車両が夜の東京を走る映像が映っていた。

 

 坂柳はその画面を見つめる。

 

「ところで皆さん」

 

 何気ない声だった。

 

 だが、その一言で全員の視線が集まる。

 

「綾小路くんが、今どこの国にいるか……本当に把握していますか?」

 

 誰も答えなかった。

 

 その沈黙の中で。

 

 坂柳のスマホが震えた。

 

 画面には、たった一行。

 

『非通知着信』

 

 坂柳はゆっくりと笑った。

 

「……来ましたね」

 

 戦略的女子会は。

 

 この瞬間から、ただの女子会ではなくなった。

 

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