オレの乱入によって試合は流れ、それぞれが行くべき所に行った。
光成や刃牙たちは重傷の烈のもとに向かってるのだろう。こっちには誰もいない。
観客は文句を垂れながら……それでいてどこか安心した様子で帰って行った。
そして、こっちの控え室ではオレと武蔵が二人きりで向かい合っていた。
ジッとこっちを見て立つ武蔵はめちゃくちゃ怖い。腰に刀を差したまま、オレの立ち姿を上から下までずっと観察してるのが分かる。
「……宮本武蔵殿でよろしいか?」
「うむ、お主は何者だ?」
声がいいなぁ……いつまでも聞いていられるイケボだぁ……。
「オレは……おそらく武蔵殿が生きた時代より少し後、三代将軍家光公のご威光の元、掛川と呼ばれる土地で虎眼流を学んでいた藤木裕次郎と申す」
「なに。虎眼流とな。おぬし、岩本虎眼の縁者か」
え、知ってるの!? シグルイ世界とバキ世界が混ざってる世界観にいるのは間違いないってことかぁ。武蔵は顎をさすりながら言った。
「己が17の小僧っこの頃、やたらと禍々しい気を放つ御仁を関ヶ原で見た。遠目から見て後にその名を知ったが、徳川に仕官しようとしていずこかに去ったまでしか知らぬ。虎眼流を興した、と風の噂で聞いていたが」
「柳生宗矩に嵌められ、仕官叶わなかったのです」
「それは残念だ。して、おぬしは何故ここに?」
「武蔵殿と同じにて。呼び出されてここにいるのです」
オレはスッと、目を細めて武蔵を観た。
「武蔵殿と闘え、と」
瞬間、ブワッと武蔵殿から闘気が溢れ出し――。
「ほう、これはこれはっ。なんとなんと」
武蔵は笑い出した。
「斬ろうとしたら防がれ、逆に斬りかかられるとは。確かにあの時代に生きたものだな、
「えぇ。そこそこには」
「そこそことは! 謙遜も過ぎれば皮肉であるな! 俺はこの時代で多くの実力者に斬りかかった。しかし二人を除いて誰もかれも、防ぐ事すらできず斬られるばかりであったのだぞ」
そらそうだろ、気で相手を斬るなんて想像を相手に押しつけて屈服させるなんて技術、現代格闘技じゃ身につかんわ。楽しそうに笑う武蔵だが、オレもフッと笑った。
「それにしては防がれ、返す刀で斬られてしまいましたが」
「油断しすぎだ。おぬしならば、もう少し斬り結ぶこともできただろう」
「さすがに気での斬り合いは不慣れなもので」
ハハハ、と二人でひとしきり笑ったあとに、武蔵は真顔になった。
「して、改めて言い分を聞こうか。何故俺と烈殿の戦いに割って入った?」
「武蔵殿が負けるからです」
その瞬間、武蔵の全身から悪魔的とも言える覇気が放たれる。オレの背中に寒気がはしり、この場から逃走したい欲求に駆られた。
いや、本当に怖いわ武蔵。
「ほぅ、あそこから俺が負けると? 刃が通る道が見え、そこを確かに通した。斬ったはず、だったが?」
だが、わかることがある。
ああ、やっぱりな。何にも教わってないみたいってことが。
「武蔵殿。ここでは人を殺せば負けるのです」
「ふむ。徳川はそんなこと何も言っておらんかったが?」
「この場での試合には勝てましょう。しかし、勝負には負けるのです」
オレは大きく溜め息を吐いた。
「我が師にして義父、岩本虎眼が嘆いたままです。貴人の御前にてつかまつる“武芸上覧”なるものを勝負と心得てはならぬ、ということです」
少しだけ首を傾げていた武蔵殿だったが、すぐに理解したのか手をポンッと叩いた。
「そうか。俺は望まれたままに死合いをしていたつもりだったが、あれは武芸上覧であったのか」
「こんな練習試合を死合いと称するとは、お優しいことで……。しかし、少しだけ観戦しておりましたが、九節鞭を奪い、千切り壊し、叩き付け、蹴られ、縛るまでは良かったでしょう。しかし斬る、これはよくありませんでした。木剣ですら当てれば脳汁がこぼれまする。それすら許されぬのに血や臓物など特に貴人は決して好まれませぬ。卒忽な技を用いることなくゆるりと間合いを詰め、行司役の止めが入った後に、貴人がお気に召すように己が剣を口上仕る程度にしないと」
「腕よりも弁か。戦国の世が恋しくなるわいのぉ」
武蔵殿は溜め息を吐いて言ったないように、オレは再び笑いが漏れた。
「ふふ、同じ嘆きを義父虎眼もしておりました。泰平の世に於ける武芸上覧の心得はいかな達人と言えども無視できませぬので」
「そうか。童はそれを知ったからこそ、俺を止めに来たのか」
「そうです。あのままやらせていたら、オレの仕官の道すら消し飛びまするので」
オレの言葉にようやく得心が言ったのか、武蔵殿は完全に闘気を治めて顎をさすり、天井を見上げている。
「しかし困った。ここでは死合いすら武芸上覧とは……斬って成り上がる、出世するのは無理と言うことか」
「ええ。全ての死合いを武芸上覧とし、どんなに相手から文句を言われようとも浅く斬るに留め、それなりの弁を述べて納得させる。これが出世の道かと。しかして挑戦する者は手加減を望まず殺傷を避けると手心は侮辱だと騒ぎましょう。ですが気になさらぬことです」
「ふむ、心得た」
武蔵殿は納得したように頷いた。
良かった……これで警★察★斬★殺なんてことが起きずに済む……ほんと、みんな止めてやってくれよ……斬っても人殺しになるだけなんだから……武蔵にそれを求めたところで、あとは知らんぷりなんて酷いよ。
「徳川には改めて問い質そう」
「それが良いかと」
「ふざけたことを申すなー!!!」
え、何!? と驚いてオレが振り返ると、そこにはなんと烈海王が立っていた。
ぶった切られた正中線一文字と拳には包帯やらなんやらがグルグル巻きにされていて、凄く痛々しい。
しかし、その包帯から血が滲もうとどうしようと、烈海王はこっちへ怒りの表情を浮かべたまま、足音を鳴らしながら近づいてくる。
その後ろからは光成や刃牙を始めとした、グラップラーたちが揃っている。しかも全員が怒っていた。
ヤバい。
聞かれてたか? どこまで聞かれてた??
「藤木裕次郎と申したな! 貴様、この烈海王をとことんまで侮辱するのか!! 勝負を台無しに、そして試合を武芸上覧という見世物に例えるとは!!」
ああ、そこからか……まぁそこなら大丈夫かぁ。
しかし烈さんよ……斬られたところから血が出てるじゃん、まだ。包帯が真っ赤っかだよ。落ち着けよ。
「いやだってそうじゃん……無手のものが刀を携えた士を相手にするなんて無茶な話だし……まぁオレの兄貴は素手でやったけどさぁ……例えあんたが望まれたように斬られたって武蔵殿に得はないし……」
「そもそも貴様は何者だ!! 『最初に徳川幕府に勝った男』と呼ばれていたが!!」
「いやそれはオレも知らないよぉ……」
確かにオレは柳生宗矩と小野忠明をぶっ倒したし、徳川忠長とは対面で喧嘩腰で話した仲だ。
けどそれが勝った判定になるの、わけわかんないよぉ……。
「烈、そこまでにしておけ」
「ですが!」
「儂からも質問がある」
烈を止め、横から出てきたのはオレよりも頭一個分は背が低い徳川光成。彼もまた、怒っていた。
実物を見ると本当に小さい爺さんだな……でもなんか、独特の迫力がある。
「忌々しい“鵺”を蘇らせるとは……姉君にも困ったものじゃ」
「鵺かぁ。久しぶりに呼ばれたなぁ」
「ふん! 試合の邪魔をするばかりか烈を侮辱するとは何事じゃ」
「侮辱なんてしてないよぉ……どんな形でも人殺しが容認される時代じゃないし……」
オレは光成を見て、後ろ頭を掻いた。
「それに武蔵殿とオレに戸籍? とか言うのを作ってないんだそうだな。こんな見世物小屋でずっと戦えってことか?」
「それは」
「まずは蘇らせたものの責任として、ちゃんと戸籍と食い扶持と教育の場を用意してほしい。あと仕官先も」
人は霞を食って生きていけねぇんだ。
「いや、それは!」
「それは、てなんだよ。こっちだって金を稼いで暮らさないとダメなんだからよぉ」
「なんかがっかりだなー」
ん? と視線を上げると刃牙がオレを観て、挑発するように嗤っていた。
これが範馬刃牙か……すげぇ筋肉の小柄な男性だ。確か170㎝はなかったはず。でも、なんか大きく見えるぞ。
「江戸時代の剣豪が現代の価値観で金金金……所詮は金のためかい?」
「え。当たり前だろ……? オレたち士が霞を食って生きてると思ってないよね?? 人を斬るのだって名を上げて良い仕官先を得るためだぞ。それが許された武蔵殿の時代とゆるーくお目こぼし程度なら許されたオレの時代と、全く許されないキミの時代というか今とは価値観が違うぞ? それともキミは拳を振るだけで腹が膨れるのか?」
「童の言い分はどこまでも正しい。俺だって人を斬って斬って斬って、褒め称えられて逃げも隠れもできない身分になりたいがために、出世を目指して剣を振ってきたのだぞ」
「そうそう武蔵殿の言う通り。ちょっと教えてもらったんだけど、ここでは金は稼げないけど、別のところなら戦って金を稼げるんだろ? ここで戦っても稼げないならどうしてんの? 金はどこから出てんの? もしかしてここで金を稼がずに戦って、よその知り合いに生活の面倒を見て貰ってるのか? それは恥ずかしいぞ」
オレと武蔵の反論に、刃牙は顔を少し赤くした。
こんな反論をされるとは思ってなかったのかな。
というか刃牙って、原作でも働いてる描写がないんだよな。そろそろ高校を卒業してるはずだろう? 就職先どうしてんの?
つか見たいな。
刃牙、バイト編みたいなの。
「そも、この時代の武とオレたちの時代の武では、金の稼ぎ方が違うと思うんだが。名のある者を斬れば強くあると見なされ仕官が許される。そこから剣術指南役となり、お家の役割として世襲制となり、道場を持って弟子を抱えて、俸禄を貰うことになるのだぞ。武蔵殿はどうかは知らんが、オレの義父は三百石はもらっていた。これは槍持と草履取、挟箱持を引き連れた上で騎馬で登城が許されるほどの身分になるのだ。そこまでになるのに、どれだけ人を斬り、どれだけ弁を述べ、どれだけ屈辱に塗れながら手に入れる身分かわかるか?
この時代はそれに比べて、命を落とすことは極端に少なく、お家の命がない。親に腹を切って死ねと言われない時代の世間知らずのボンの言い分など、片腹痛いわ」
ハッキリと言った。そして、オレは他のグラップラーたちに向けても言うことにした。
「斬れ! と威勢良く言われて斬られてんじゃないよ。オレの時代でさえも真剣で試合をしたらお家取り潰しの上に関わった家も連座でお終いだ。実際にやったよな? お前のご先祖さまは?」
「う、うむ……」
「駿河城御前試合。真剣を用いたこの試合が行われる前にオレは兄に斬られて死んだのであとのことはよく知らなかったが、あれですら大問題だ。調べて驚いたぞ、あの結末は。
兄ですら必要があったとはいえオレを斬ったときには泣いてたし、オレの義父虎眼が元弟子に斬られて相手が出世したときは仇討ちに挑んで片腕をぶった切られた。そういう時代だ。時代だが、許されない一線てのはある。
その場に武蔵殿を連れてきてこの線を超えろと言いながら、超えたらどうなるか教えずに放置するのは悪辣過ぎんかね?」
オレの追求に、グラップラーたちは何も言わずに黙り込んでしまった。光成すらも、俺を睨んで何も言わない。
オレから見てこいつらは、詐欺師みたいなもんだよ。現代の知識が足りない、知らないことが多い武蔵殿へ都合良く戦えと言いながら、戦った後の責任について何も教えない。酷い話だよ。
は、とオレは呆れたように息を吐いた。
「……とまぁ、ここまでがオレの時代の考え方なんだけどさ。実際、烈さんは斬られていいの?」
「私は一向に構わんっっ!!」
「そう、ならキミたちはいいの?」
烈さんは同意したので、後ろのグラップラーたちに言った。
「烈さんが死んでもいいの? 悲しくならない? 武に生きるもの~云々かんぬん抜きにしてさ」
誰も何も言わなかった。
当たり前だ、知り合いが死んで良かった良かったなんて、この現代であるわけねぇだろ。
あっちゃいけないんだよ。
「だから、まぁ、あの試合はあれで良かったんだよ、きっと。一線を越えなかった……それでいいじゃないか」
「私は」
「黙らっしゃい」
烈さんしつけぇ。
「ともかくとしてさ……武蔵殿は烈さんを殺しても何も得られない上にお尋ね者になるだけなんだからさ……止めようぜ。あとは、あれだ」
オレは落ち着いて烈さんを諭したあとに、光成の爺さんの前に立った。
光成はちょっと腰が引けてる。
その腰が引けた老人の頬を、オレは右の虎拳で軽く打ち抜いておいた。
飛ぶ血糊、吹っ飛ぶ光成の体、転がる爺さん。
それを見てオレは溜飲を下げたことにして、手の埃を落とすように叩いた。
「反省しろクソジジイ」
その後。
グラップラーたちは倒れた光成……もういいや、ジジイの介抱に忙しそうにしてたので、さっさとその場を退散した、というか逃げた。
なんかオレにも興味がありそうな雰囲気だったし、でも付き合ってらんない。ほとぼりが冷めたろうなと思って戻ったら、誰もいなかった。ヨシ。
なので、オレも仮住まいに戻ろうと思って地上に出て、そこに向かったのよ。
「こんにちはー! 徳川のお爺さまー!! 蘇った藤木裕次郎、今日からお世話になりまーす!!」
「者ども、であえであえ!!」
「フハハハハハ!!」
塀を乗り越え部屋に吶喊し、ジジイにお願いしたところ全力で断られて護衛を呼ばれた。
なんか武蔵殿は酒を呑みながら愉快そうに笑ってた。助けてよ。
全力で逃げた。ジジイの頬にはガーゼが貼り付けてあって、まぁ治療した後だろうなと思ったらさらに溜飲が下がった。ざまぁみろ!!!!!
仕方がないので逃げるオレの背中にジジイが言ってた、第二の仮住まいの地へ向かったのよ。
「こんにちはー! 範馬刃牙くーん! 徳川のジジイに聞いたら、キミのところに住めってさー! 今日からよろしくねー!!」
「は?」
罵詈雑言、誹謗中傷が書かれたスプレーの落書き塗れの家。
そこに住んでいた範馬刃牙の家を、訪れていた。