「けっ、噂には聞いていたが。まさかこんな所に現れるとはな」
行儀悪く口にくわえたタバコを吐き出す兵士。
その近くでは測距儀や各種測定器を持った兵士達が走り回り、皆落ち着きなく興奮を隠せない様子であった。
インド亜大陸
鬱蒼としたジャングルに囲まれたこの場所で、東アジア共和国軍の哨戒部隊はそれを見つけた。
ぬかるんだ大地にくっきりと残る巨大な足跡。
まるで伝説の巨人ビッフットが闊歩したかのようなその後は、紛れもなくMSそのものであった。
詳細なデータは専門のチームを待たなければならないが、哨戒部隊の面々はこの前線にもとうとうMSが姿を現したかと緊張で唾を飲み込んだ。
ガンダムとホワイトベースがアフリカに降り立った頃、時を同じくして地球連邦軍も又大きな動きを見せていた。
ジャブローの工廠において、ガンダムの予備パーツを中心に組み立てて作られた陸戦型ガンダムとその廉価版である陸戦型ジムをはじめとした連邦のMSが各前線へと投入。
アジア・インド方面においてはコジマ機械化大隊に優先的に配備された他、各種試験部隊や戦訓獲得用の実験部隊を中心に、連邦軍のMSは各所で活動を始めた。
それまでのガンキャノン、ガンタンクとは違う連邦軍の本格的な人型機動兵器の登場は今後の戦局を大きく左右する事となる。
これから語るのは、連邦軍初のMSを駆り各地で戦い続けある兵士達の記録である。
インド亜大陸 ここは地球連邦軍アジア戦略の拠点であると同時に、長らく主戦線とは離れ小競り合いに終始していた。
しかしUC.0079 9月 燻っていたこの戦場にとある部隊が送り込まれて来た事から始まる。
モニターの視覚から入ってくる茹だるような外の暑さと湿気は、空調が効いているはずのコクピットの中で自然と人に汗を流させる。
既にノーマルスーツを着用しなくなって久しい彼等には、肌で直接感じる空気とMSの駆動音が丁度いい位だ。
「ラピッドリーダーより各機へ。状況を送れ」
「ラピッドリーダーへ、こちらラピッド2異常なし」
「ラピッド3異常なし」
「ラピッドリーダーへ、こちら指揮車両。付近に敵影なし、どうぞ」
「ラピッドリーダーから指揮車両へ。了解した、引き続き付近の警戒に当たれ」
ジャングルの中を進む彼等、その正体は3機の陸戦型ジムとその先頭を進むホバートラックで構成された実験小隊であった。
彼等はこの地で編成が進むコジマ機械化大隊の先駆けとして、現地をMSでもって調査する任を与えられていた。
高温多湿空間においてロクな支援も無く、精密機器の塊であるMSがどうなるのか。
それを身をもって調べるのが彼等の仕事であった。
これはジオン共和国からの技術支援によりある程度のノウハウの蓄積があるとは言え、連邦軍初の本格的なMSの運用を前に独自の戦訓を獲得すべく行われた事であったが、当時のMSはまだ信用に足るものでは無かったのだ。
この小隊に配備された陸戦型ジムも又、この任務に就いてから幾度と無く故障と修理を繰り返していた。
湿地帯において、設置面積圧の計算に手間取り泥に足を取られる事複数。
センサー類の多くは、この天敵とも言える環境で半分以上が死滅しスコールの時を除いてパイロット各位はコクピットを開け目視での移動を余儀無くされた事もある。
そればかりか、パイロット達にもこの大陸は容赦無く牙を剥いた。
テントの中はまるで蒸し風呂状態であり、夜寝ている時には虫やヒルに襲われ、ロクな食事も取れず、マラリアや風土病に怯える毎日。
機体も心身ともに限界に近く、集中力を欠いた彼等はうっかり東アジア共和国との境界線を知らず知らずの内に踏み越えてしまっていた。
それは冒頭の部分へと繋がるが、この時の彼等は自分達が敵の中に迷い込んでしまった事を知らないでいた。
「?おかしい、どうも方角が違うぞこれ」
ホバートラックに乗り、部隊を先導していたオペレーターは地図に書かれた予定コースと、実際の地点と方角を見比べ自分達が迷子になった事を知る。
「こちら指揮車両、ラピッドリーダーへ。応答を願う」
無線機の受話器を片手に部隊長が出る間、オペレーターはさてどう言い訳をしたものかと考えた。
彼の任務はこの部隊の耳目となり部隊の先導をこなす事であったが、彼にも事情があった。
元々いた運転手は食あたりで病院に運ばれ、彼は代わりが来ないままオペレーターと運転手の二役をこなす羽目となり、その結果うっかり道に迷ってしまったのだ。
「こちらラピッドリーダー。どうした?定時連絡まで早いぞ」
「こちら指揮車両、どうも俺達は…」
オペレーターが最後まで言い切る前に、突然部隊の前を走っていたホバートラックの車体が爆発した。
ホバークラフトが災いし、車体は衝撃そのままにコマのように回転し、木にぶつかって止まると黒煙を吐き出す。
「攻撃⁉︎全機散会、敵の襲撃だ‼︎」
状況を理解した部隊長が指示を出し、それに従い部隊は散会した。
その直後に、彼等がいた場所に迫撃砲弾が降り注いだ。
爆風で木が揺れ、衝撃波が機体の装甲を撫でる。
明らかに、自分達を狙った攻撃だと分かった。
「指揮車両、無事か⁉︎生きていたら返事をしろ」
「…」
「くそッ、ヤられたのか⁉︎敵の位置は分かるか」
その間にも、彼等の周囲には次々と迫撃砲が雨霰と降り注ぐ。
「この調子に乗るなー‼︎」
焦れたラピッド3がジャングルの中から立ち上がり、手に持つ100㎜マシンガンを乱射し始める。
「隊長、このままでは」
「仕方ない、ラピッド3はそのまま敵を引きつけろ。ラピッド2は援護、俺は指揮車両の中を確認してくる」
ラピッドリーダーの機体がホバークラフトへと近づこうとするが、そこへジャングルに身を伏せていた戦車の攻撃が迫る。
「ぐっ⁉︎」
足元に命中した戦車砲により、姿勢を崩すラピッドリーダーの陸戦型ジム。
ここまでしてやられっぱなしの彼等であったが、それもこれも理由は相手が用意した周到な準備にあった。
東アジア共和国軍は哨戒部隊によりインド方面に連邦のMSが配備された事を知り、これを捕獲すべく動いていた。
連合軍の中でMS開発が難航している中、連邦のMSを捕獲する事が出来れば他国に大きくリードする事が出来る筈だと考えたからだ。
幸い、この方面に主力を振り分けてきた彼等は戦力と言う意味で余裕があった。
そこで出没する連邦のMSの情報を掻き集め、その予想ルートから相手を待ち伏せようと言う方法をとり、実験小隊はまんまとその罠にかかったしまったのだ。
複雑なジャングルの地形と、諸兵科連合を駆使して連邦のMSを追い詰める。
そうしてこのままではヤられる、そう思ったラピッドリーダーの耳に聞き慣れた声が響いた。
「よお、寝過ごしちまったみたいだが、まだ生きてるかい?」
「⁉︎オペレーター、生きていたか。状況は、無事か?」
「イッッッ、多少打ち身はしたが何とか生きてる。車両の方は駆動系はイかれちまったがセンサーはまだ生きてる」
ラピッドリーダーは、部下を失わずに済んだことでホッとしたが、次に生き残るべく指示を下した。
「なら話は早い、パッシブソナーで敵の砲撃位置を割り出してくれ」
「ラピッド2、3。オペレーターが敵の砲撃位置を割り出すまで敵の攻撃を耐えろ」
崩れた体勢を立て直し、再度自分を狙っていた戦車にマシンガンを叩き込むと、縦を地面に突き立てホバークラフトを背後に庇う。
その間にも、どんどんと攻撃は苛烈さを増す。
特に動かないラピッドリーダーに対して砲撃が集中し、機体に次々と命中すら。
「くぅぅぅっ‼︎」
機体が着弾の振動で揺れ、コクピットのモニターは次々とエラーの山で埋まった。
「隊長⁉︎今…」
ラピッドリーダーの危機を見逃さないと部下が飛び出そうとするが、それをラピッドリーダーは制止する。
「来るな‼︎お前たちはオペレーターの指示に従い敵の砲撃位置が分かるまで絶対に飛び出すな」
今自分に攻撃が集中しているおかげで何とかなっているが、実はさっきの攻撃で脚部が損傷し機動性が大幅に低下していた。
この損傷を抱えての攻撃は到底不可能であり、ならばと自らの身を挺して仲間の時間を稼ぐべきだと、彼は判断したのだ。
「オペレーターまだか‼︎このままじゃ隊長が」
「あともう少しだ、静かにしてくれ‼︎」
「早くしてくれ、もう待てない‼︎」
「⁉︎よし、突き止めたぞ。方位…」
オペレーターの指示に従い、敵の迫撃砲陣地に向けラピッド2、3の同時攻撃が命中し破壊する。
ジャングルの一角で爆発音が鳴り響くと同時に、火柱が立ち昇った。
「よし、これより戦場をロングジャンプで離脱する。遅れるなよ」
ホバークラフトより脱出したオペレーターをMSの手に乗せ、敵に情報を奪われまいと自身の手で破壊すると実験小隊の面々はランドセルのバーニアを煌めかせる。
ガンダムクラスに匹敵する推進力でもって戦場を一気に離脱した彼等は、その後無事に味方と合流。
その翌日には、新しい機体を与えられて再び元の任務に戻っていく事になる。
UC.0079 9月 膠着状態に陥っていた戦場は、再び激流の真っ只中へと突き進もうとしていた。
今回は名も無き実験小隊の話でした。
本当はインドだから08小隊とかの方がいいんでしょうが、そうなるとゲリラとかアイナとかが面倒くさくて…
兎に角、ガンダム本編の裏側で行われる語られる事のない戦場でした。