宇宙世紀0079 10月1日5時00分 アフリカ前線
地球連邦とザフト・アフリカ連合の主戦場であるアフリカ戦線にて、塹壕に籠る連邦軍兵士達はその時を待っていた。
「時間合わせ、カウント9,8,7」
指揮官が腕時計の秒針を見ながらカウントダウンを読み上げ、刻一刻と迫るその時に兵士達は緊張のあまり生唾を飲み込んだ。
そして指揮官が「0」と言い終わるや否や、彼等の頭上を行く筋もの噴煙が通り過ぎた。
次の瞬間、塹壕から双眼鏡で外を覗いていた者は閃光を確認すると共に、彼等と相対する敵の前線で爆音が鳴り響きついで衝撃波が塹壕の縁を削った。
爆発によって砂埃が巻き上がり、削れた大地と後方の砲陣地からの砲撃によって更に破壊はより深刻に範囲を増して行く。
上空では夜明け前に出撃した地球連邦軍の空爆部隊が敵飛行場へと爆撃を開始し、間髪入れず61式戦車の機甲部隊が前進を開始した。
後に『10月攻勢』と呼ばれる事になる一大『陽動』作戦が開始されたのだ。
「一体全体どうなっているんだ⁉︎前線との連絡は取れているのか」
プラントザフト地上軍の指揮艦であるレセップス級地上空母にて、敵襲の報告を聞いたザフト軍司令官は状況を把握しようと声を荒げた。
「連邦軍の攻撃です。夜明けと共に前線に攻撃が開始されました」
「そんな事は分かっとる。要は敵の目的が何だと言う事だ」
レセップスのオペレーターは各地から集まってきた情報を取捨選択した上で、簡潔にまとめて報告したがそれは司令官にとって十分ではなかった。
「目下調査中でありますが前線の混乱は甚だしく、一部では突破されたとの報告もあります」
「全く、共同体の連中は何をやっていたんだ⁉︎前線の監視と連絡は奴らの役目だろう」
司令官は苛だたしげにレセップスの司令官席に座ると、直ぐに迎撃部隊の出撃を命じた。
「直ぐに後方に待機しているMS隊を出撃させろ。これ以上の敵の浸透を許すな」
「お言葉ですが、敵の規模が不明な上前線との連絡もままなりません」
「今少し敵の目的が判明するまでお時間を頂ければ…」
司令官は参謀達の消極的な意見に鼻を「ふん」と鳴らした。
地上での戦闘が始まってからこの方、消耗を恐れるプラント評議会の意向によってこの様な消極論が司令部に蔓延していた。
共同体もまた、膠着する戦線に緊張が弛緩し警戒が疎かになっていた。
ザラ派であり主戦派の司令官として、彼はこの現状に忸怩たる思いを抱いていたがそれをこの場で当たり散らす様な真似はしなかった。
だからと言って彼は参謀達の意見をそのまま採用する事は無かったが。
「なら強行偵察型バクゥを出せ、それと共同体空軍にも支援を要請しろ」
「航空支援は兎も角、貴重なバクゥをこんな所で投入するのは…」
「今使わんでいつ使うのだ⁉︎アレはそもそもこんな時の為に作ったんだろうが。バクゥ隊には死ぬ気で情報を持ち帰れと伝えろ!」
司令官の断固たる態度に参謀達は今度ばかりは反対出来なかった。
この命令は直ぐ様伝えられたが、しかし連邦軍の攻勢は此処だけでは無かった。
インドではイーサン・ライヤー大佐の指揮の元コジマ機械化大隊を主力としたインドシナ半島への侵攻が開始され。
太平洋ではポートモレスビーを拠点とする連邦軍太平洋艦隊が出撃。
先行する連邦軍潜水艦隊が大西洋連邦ハワイ諸島の封鎖を試み、南米パナマでもまた連邦軍が動きを見せていた。
地球全土で始まった連邦軍の攻勢に、プラントザフト、地球連合軍は其々対応を迫られていた。
アラスカ
地球連合軍の総司令部が置かれる此処は、地球連邦軍ジャブロー本部と同様核攻撃にも耐えうる堅牢な要塞である。
その作戦司令部では、連合軍を構成する各国ら集まった将官達が連邦軍の攻勢にどう対処するかの会議が行われていた。
「連邦軍の目的は明白だ!奴らはまずアフリカのザフトから始末にかかった」
その楽観とも言える論に幾人もの将官が反対意見を述べた。
「いや、それは陽動だ。アジアこそ主戦場だ。現に先にカオシュンが陥落して以降連邦軍の圧力は日増しに高まっていた」
「ハワイと言う可能性も捨てきれんぞ?あそこを失えば西海岸のカリフォルニアベースはおろかアラスカ攻撃もあり得る」
「ふん、マスドライバーを失ったアジアに今更どれ程の価値がある?それよりも最早唯一となったパナマにこそ戦力を集中するべきだ!」
「それは大西洋連邦の横暴だ!自分達だけ戦場から離れているのをいい事に好き勝手しおって‼︎」
「誹謗中傷も甚だしい‼︎そもそも我が大西洋連邦が南米のジャブローを抑えていなければ…」
「その効果も疑わしい⁉︎現に奴らは反撃に出ているではないか‼︎」
「ジャブローからブリテン島に大量の物資が集積されたとの報告もある。本当に奴らを封じ込められているのか?」
「それは初戦で大西洋艦隊を失った貴国にも責任があるのではないか?」
「それを言うならば、ジブラルタル奪還に失敗した貴国にこそ…」
会議とは名ばかりのそこには各国の利害や意見の相違、主導権争いと言った醜い闘争の場と化していた。
そもそも構成国同士でも、戦争に積極的な国や消極的な国がある中での話し合いはまとまる気配すらなかった。
「ええい、話がまとまらんではないか‼︎この際敵の攻勢に対してはそれぞれの構成国の軍で対応すれば良いではないか」
そうした中痺れを切らした将官の一人が、思わずそう言ってしまった。
しかしそれは誰しもが踏むことを恐れた地雷であった。
「それでは連合軍の存在意義が問われる⁉︎」
「貴官は、いや貴国はそう言う考えなのかね⁉︎」
「今の発言は連合軍にたいする重大な背信行為だぞ‼︎」
直ぐ様発言した将官にあちこちから非難が殺到した。
しかし彼も唯言われっぱなしでは無かった。
「ではどうすると?このまま『会議は踊る』を繰り返すのか?」
「貴様⁉︎それはあまりに不謹慎だぞ」
「私は此処に今後の対応を話しに来たのだ」
もはや会議は乱闘の一歩手前であった。
しかしそんな中、不謹慎にも手を「パンパン」と叩く音が鳴り響いた。
「皆さん、其処まで。僕が来たからにはケンカはもうやめやめ」
その男は作戦会議の場に余りに不釣り合いな格好であった。
薄水色のスーツに派手なネクタイを締め、ウェーブがかかった金髪の髪をした慇懃無礼な態度の若い男。
「アズラエルさま…一体いつお着きに」
アズラエルと呼ばれた男はヤレヤレと首を横に振り、「今さっきですよ。気付きませんでした?」と挑発するような声で言った。
男の名前ムルタ・アズラエル。
国防産業理事にしてブルーコスモスの盟主、連合国を裏であやつる秘密組織ロゴスの筆頭にして若きカリスマ。
連合いや地球圏全体を見ても、その影響力は計り知れない要注意人物である。
並み居る将官はアズラエルの表の顔を知る者と、裏の顔を知る者とで反応は別れたが等しくこの場にいる誰もが彼を作戦会議の場から追い出そうとはしなかった。
「連邦軍の反攻なんて予想できた事じゃ無いですか?それともそんな事も分からないくらい君達は無能なんだすか?」
猫なで声で言うアズラエルの言葉に、幾人かの将官がカッとなって立ち上がろうとするが、それを隣に座る者が何とか押し留めた。
彼に目をつけられて無事でいられる自信は、例え大統領であっても無いからだ。
そもそもアズラエルがこの場にいるのは、何ら方針を出せない軍部に釘を刺す為であったが、同時に現場主義とも言えるフットワークの軽さの為せる技であった。
アズラエルは断りもなく空いていた席に座ると、ある一点を見て「ん?」と声を上げた。
「どうかされましたか?」
「此処、ヨーロッパに全然戦力が配置されてないじゃ無いですか?敵が上陸して来たら一体どうするんです」
アズラエルがふと零した疑問に、将官は軍事の専門家が素人に語るような声で勝手に語り出した。
「でしたら、ご心配には及びません。アフリカやアジアと違いブリテン島は孤立しています」
「常に監視を受け、何かあれば直ぐに分かります」
「ふ〜んそうですか」とアズラエルは興味なさそうに手元の資料を捲り、そこである事に気がついた。
(これはもしや?いやひょっとすると…)
アズラエルは彼独自が集めた情報とこの場の集められた情報とを合わせ、そうしてある可能性に行き着いた。
そこまで考え彼等に教えてやるべきかと考えたが…しかしアズラエルは何も言わずに席から立ち上がった。
「ま、僕は警告しましたからね。あんまりオイタが過ぎると次は無事じゃ済まないかも知れませんね」
そう言うと、アズラエルは将官達に背を向け作戦会議の場を後にする。
その背中を将官達は呆けた表情で見送った。
突然来て嵐のように去っていくアズラエルは、部屋を出た後自分の会社に連絡を入れた。
「ああ、僕ですよ。今直ぐ欧州から引き上げられる者全部引き上げて下さい。時間があまり無いようなので迅速にお願いしますよ」
「それと欧州企業の株も全部売っちゃって下さい。ええ?理由」
「僕がそう命じたからですよ」
アズラエルは相手に向かってそう嘯いた。