宇宙世紀0079 10月6日 欧州ブリテン島
欧州、ユーラシア連邦内で連邦内の経済を司る重要な地帯であり、シベリアやウラル山脈より運ばれる各種資源やエネルギーにより宇宙世紀においても尚重要な地位を占めている。
それ故再構築戦争後、連邦に組したブリテンと欧州はお互いの攻撃に備えていた。
大戦前、高度に発達したレーダーなど各種索敵装置や、対岸の監視網など十分に整備されたそれらは、先のエイプリルフールクライシスにより高度電子戦が破綻。
それにより戦争の形態は退化の一途を辿り、人力に頼った沿岸地域の警備網はその広範囲故形骸化していた。
この時地球連合軍、ユーラシア連邦の主力は欧州本土では無くバルカン半島とアラビアに配置されていた。
地中海の要衝、ジブラルタル、スエズ、キプロス、シチリアを抑え自らの海としたザフト潜水艦隊とその水中用MS隊は戦力の一部を黒海に転出させようとしていた。
地上において、プラント本国からの支援もままなら無いザフト地上軍が自活する為に、黒海沿岸地域の火力プラント施設は是が非でも必要であり。
この地域を巡り、ユーラシア連邦ザフト間で小競り合いが絶えなかった。
連邦軍の欧州上陸は、周囲を海に囲まれ孤立した中で戦力を蓄えるなど不可能と思われており、大戦以前とは違い連合軍内でもその可能性は低いとされた。
だからこそ、戦争の早期終結を目指す地球連邦政府と地上での反攻を目論むレビル大将との思惑は一致し、ここに空前絶後の大作戦が行われようとしていた。
作戦当日、ブリテン島に集結したレビル大将を総指揮官とする地球連邦軍は、総兵力200万以上もの大軍勢を持ってドーヴァー海峡を渡り、欧州への上陸を行おうとしていた。
この作戦の為に航空機約2万機、上陸艇も含め艦艇5000隻、内戦艦3隻、空母8隻、重巡15隻、駆逐艦130隻、虎の子の地上戦艦群新鋭のヘビィフォーク級6両と指揮車両も兼ねるビックトレー級4両。
連邦宇宙軍からも大気圏降下部隊が展開し、正に空前絶後の大作戦であった。
当日の天気は朝から霧が発生し、対岸の様子がよく見え無い中フランスノルマンディー海岸に建てられた監視塔で対岸の様子を伺っていた連合軍兵士は、最初それを見て我が目を疑った。
見慣れた海が、カレー洋が鋼鉄の船団によって埋め尽くされていたからだ。
兵士や物資を満載した上陸艇と、それらを乗せた大型の輸送船団柄軒を連ね。
護衛の船やモスポールから復活した太古の恐竜を思わせる巨大な戦艦が砲門を向け、空を見れば青い朝空が広がっている筈のそこはイナゴのような黒い点で覆われていた。
戦闘ヘリや輸送ヘリが先行して空を覆っていたのだ。
余りに非現実的なその光景を、しかしそれが現実と認めると急いでそれを司令部に伝えようとし…。
炸裂した砲弾によって監視塔ごと生き埋めにされ、終ぞ伝える事は不可能になった。
しかし、彼が伝えなくともそれは欧州に展開する連合軍全軍に直ちに分かった事だ。
何故ならば、先にブリテン島より出撃した戦略爆撃部隊と空挺部隊によりフランス全土が戦場となっていたからだ。
「上陸部隊を支援する。全砲門撃てーっ!」
制海権、制空権を握った連邦軍上陸部隊の攻撃は先ず艦砲射撃から始まった。
特に連邦軍が復活させたジュッドランド級戦艦3隻の威力は凄まじく、60cmと言う艦砲としては破格の巨大砲は大西洋岸に築かれた陣地を岩盤ごと吹き飛ばしていく。
「この気を逃さず全弾撃ちつくす勢いで撃て!」
ジュッドランド級3番艦であるレイテ艦長サベージは最も苛烈な攻撃を加えた一人である。
彼は元々大西洋艦隊に所属していたが、ジュッドランド級復活を機に自ら志願してこの船の艦長となっていた。
時代遅れと揶揄される様な大鑑巨砲主義でありながらも、「鋼鉄の伯爵」の異名を持つレイテを愛しまた連邦海軍でも数少ない本当の船乗り(マリーン)である。
艦砲射撃が終わった後、沿岸地域には幾つもの人工のクレーターが出来上がっており後年においてもこの時の砲撃が如何に凄まじいものかを物語っていた。
「揚陸部隊の上陸を敢行せよ。敵の抵抗の一切を粉砕し橋頭堡を確保せよ」
作戦の総指揮官であるレビル大将は、この時総司令部兼乗艦であるビックトレー級地上戦艦バターン号にて、全体の指揮を取っていた。
大戦初期の敗戦以降半年以上を経ての戦場の復帰でも、彼の指揮の冴えは見事であった。
連邦軍主力は大兵力を展開し易いノルマンディーを選んだが、既に上陸開始から半日と経たず橋頭堡を確保したとの報告が入っていた。
しかし連邦軍の攻撃の手はそれだけでは無かった。
「レビル大将、ダンケルク、パ=ド=カレーに展開中の部隊が揚陸を開始しました」
「彼方もか、果たして我が軍初の水陸両用MS隊の力は如何程か」
レビル大将は頷きながらそう独りごちる。
その件のダンケルク、パ=ド=カレーに上陸を開始した連邦軍初の水陸両用MS部隊であったが、それは正に奇妙な軍団であった。
突如として海中から姿を現したそれは、まるで海坊主の様に丸く手に鉤爪を持ちずんぐりむっくりとした姿をしていた。
それらは一斉に港に上陸するや否や次々とユーラシア連邦軍守備隊を蹴散らし始める。
戦車は踏みつけられて炎上し、上空から攻撃しようとするヘリは次々と撃ち落とされ、ならばと停泊していた艦船や沿岸砲台が砲を向けようとすると海中からぬっと鉤爪が飛び出し、堅牢な装甲に覆われた筈の砲台を切り裂き無力化していく。
しかも敵の反撃を受けたとしても、水圧に耐える堅牢な装甲の前では殆どの火器は無力であった。
「港湾施設への被害は最小限に抑えろ、制圧部隊を満載した揚陸艇が接岸するまでここを確保するんだ」
「市街地へは手を出すな。戦闘範囲を無闇に広げるなよ」
連邦軍水陸両用MS隊のパイロット達は通信で互いの位置を把握しながら敵を排除していき、遺憾無くその実力を発揮していた。
「しかし、こいつはたまげたもんだ。コロニー育ちのスペースノイドが作る水陸両用MSなんてどんなもんかと思ったら」
「でなきゃカオシュンは落としてないってこったろ。ジオンさまさまだぜ」
パイロット達は口々に自分達が操る水陸両用MSの性能を褒め讃えた。
そう彼等が乗っているのは連邦軍が開発したでは無く、ジオン軍より買い取った水陸両用MS達だったのだ。
何故連邦軍が自分達の水陸両用MSを使わないのかと言うと、実を言えばその必要性を余りに感じていなかったからに他ならない。
連合軍とは違い、海軍戦力を温存出来た連邦海軍はそれにより艦隊決戦の機会を喪失しそれ以降ジャブローと各大陸を繋げるシーレーンの確保が主となり。
ザフト水中用MS隊の恐怖を味わった連合軍海軍と違い、それらと本格的に対決することが無かった連邦海軍との危機感の差でもあった。
その為、連邦の水中用MSの開発は遅れいざ欧州上陸の段になって今後の戦局を左右するMSの力を認識した連邦軍は、不足する水中戦力を補う為同盟国であるジオンから丸々水陸両用MSを買い取り、自ら運用する事と相成ったのだ。
因みにその後連邦軍も独自の水中用MSを開発するが、性能使い勝手共にジオンのそれに及ばず。
そもそもその時には今更自分達独自のものを用意する意義さえ少なかった為、長らく連邦軍の水中戦力の中核はジオン製MSが占める事となる。
連邦軍の上陸の報にユーラシア連邦首都、ブリュッセル首脳部は混乱の極みにあった。
ダンケルクに上陸した連邦軍とブリュッセルとの距離は直線にして140Kmしかなく、ユーラシア連邦大統領
「軍の主力を直ちに喚び戻せ‼︎何を犠牲にしてでも首都を守るのだ」
ユーラシア連邦大統領はそう電話に向かってわめき散らしたが、彼は内心で敗戦時の大統領として歴史に記録されることを恐れていた。
「バルチック艦隊も今すぐ出撃させろ‼︎時間を稼ぐのだ」
「しかし大統領、連邦軍の戦力は圧倒的です。ここは一旦体制を立て直すべきでは…」
首都の間近まで迫った脅威に、自己保身と言う本心を隠しながら暗に遷都を示唆する言葉に、大統領は「バン!」と大きく机を叩いた。
「ここが何処なのか分かっているのか⁉︎戦争遂行中の首都であり我々の動向は他の加盟国にも大きな動揺を与えるんだぞ!」
「貴様らはここでユーラシア連邦が崩壊してもいいのか‼︎」
大統領の怒声に、一瞬静まり返る室内。
大統領の叫びは、何も追い詰められた事から発する妄想でもなんでもなく、現にユーラシア連邦の水面下で進行しつつある問題であった。
元々、ユーラシア連邦は欧州連合体と東欧ユーラシア中央アジア諸国とが経済的な統合を経て誕生した国家である。
その性質上、連邦加盟国間の経済格差や歴史上の諸問題に起因する摩擦が絶えず、それを強力な中央政府と軍部の力によって抑えてきたのが実情であった。
しかし、大戦勃発後連合国の中で特にユーラシア連邦の失策は著しく。
アフリカのマスドライバーバビリス陥落を始め、アフリカ共同体の離反、スエズ、ジブラルタルを失うなどの軍部の影響力の低下による信頼の低下。
広大な国土を賄う為エネルギーの過半を原子力に頼った結果、エイプリルフールクライシスにより深刻なエネルギー不足に陥り、それを解決する為黒海沿岸部に建設された火力プラントは軍部の失敗の穴埋めの為本来割り振られるべき所に渡らず。
10月ともなれば雪が降り始める国ではより深刻さを増した。
しかし、戦争遂行中を目指す首脳部は尚エネルギーや多くの物資を軍事に回し、結果ユーラシア連邦政府に対する重大な不信と不満とが高まり、加盟国内でも大きく揺れている。
「今も前線で戦い続けている者達を見捨ててさらにここを捨ててみろ、加盟国はこれ幸いとばかりにユーラシア連邦から離脱し、新しい主人を歓呼の声で迎えるだろう」
「そうして後に残るのは、ガラクタも同然となった哀れな国家だったものだ‼︎我々は歴史に敗者として記される事になるんだぞ‼︎」
大統領は肩を震わせ、机に俯きながら絞り出すような声で言った。
「市民の動員も許可する。奴らを一人たりともこの地を踏ませるな」
その命令は、壮絶な市街戦を覚悟するものであった…