宇宙世紀0079 コズミック・イラ70
この日、地球の2つの異なる暦において、共通の記録される事になる大きな事件が起きた。
10月6日、ユーラシア連邦フランス大西洋岸より上陸した地球連邦軍は僅か半日で橋頭堡と港を確保すると、そこから圧倒的物量を送り込み瞬く間にフランス北部を席巻した。
高度に経済、社会が発達した欧州本土において、それらを支える各種インフラはまた重要な戦略拠点と連結しており。
非常時には軍の迅速な展開が出来るよう整備された道路や鉄道等の交通網は、逆に侵略者(連邦軍は自分達のことを解放軍と称した)にとって誠都合の良い侵略路となり、高速道路網を通って連邦軍は次々とフランス北部の重要都市を陥落させる事に成功した。
その際たる例が、上陸から一週間開けての事であった…
華の都パリ、美しい街並みとシンボルであるエッフェル塔や凱旋門が歴史の重みを感じさせ、恐らく宇宙世紀においても地球で最も有名な美術館もここにある。
彼等は何よりも自由を尊び、街と国を愛し誇りに思い、そして時として命をかける事も厭わない。
そんなパリの街は今、誰一人として建物の外に出ない戒厳令が敷かれていた。
戒厳令の中、無人の道路を行く一団があった。
銃を掲げ、綺麗な長方形の列を作り、足並みを揃え一糸乱れぬその様子は最早機械のようですらある。
戦車のキャタピラがキュラキュラと不協和音を奏で、黒光りする砲身は一層威圧的ですらあり、周囲に無言の圧力をかけていた。
人々は、その様子を戸をそっと開け僅かな隙間からそれを見つめ、ある者は悔しそうに唇を噛み、ある者は無力感に苛まれ、またある者は衰退して久しい姿なき神に祈るのであった。
その間にも、連邦軍の行進は続く。
最早この地上に自分達に敵する者はない、大地に君臨する無慈悲な宇宙時代の神たる者達の軍勢は軍靴の音も高らかに続いていく。
地球連邦軍、パリ入城 時に10月13日の事であった…。
「パリが陥ちたか。ユーラシアも案外不甲斐ない」
大西洋連邦、ペンタゴンの戦略室でパリ陥落の報を聞いた将官達は今後の方針を話し合っていた。
以前アラスカJOSH-Aで話し合われたのはあくまでも連合軍としてのそれであり、大西洋連邦軍としてはまた別の戦略を持っているのである。
「だがそのお陰で連中は揺れている。加盟国の中にはいつ裏切るかの算段をしている国もあると聞く」
「今更裏切った所で、連邦が許すとでも思っているのか連中は?」
「所詮は、奴らも一枚岩ではないと言う証拠だ。それよりもこのままユーラシアが脱落するのは唯黙って見ているだけで?」
「当然、今後連合内で主導権を握るには奴らに疲弊して貰わねばならん」
彼等はこともなげに同盟国を見捨てると言い放った。
元々再構築戦争の折、地球連邦より独立した新独立国家群は旧世紀以来の軋轢を抱えた国が多く、それ故全体としての動きを阻害していた。
彼等はいまだ旧世紀の考えに捉われているのだ。
「しかし、今はユーラシアに倒れてもらっては我々も困る。見捨てたとあれば軍内での士気に関わる」
「さよう、今後の事も考えれば程々に疲弊し、尚且つ連邦の戦力を削って貰わねばならん」
幾人かが、同盟国を見捨てる発言に否定的な意見を出したが、その根底にも以下にして自国の利益を守るかにある。
この中に、真に国家同士の垣根を超え友軍の危機を憂う者など皆無であった。
「しかし奴等がそう素直に我々の手を借りるとは思えん」
「なら東アジア共和国の連中を動かせ。奴等も失点続きで軍事的成果を欲しているはずだ」
「インドシナに連邦が攻めてるから無理だと返されるのがオチだ。無理をすれば本当に北太平洋の半分を奪われかねないぞ」
現在世界中の目は欧州に集中していたが、連邦軍が陽動として行っている世界全土での攻勢は引き続き行われていた。
今話している彼等も余裕そうではあるが、パナマ周辺の緊張感が増しておりここに配置した主力を動かせないでいる。
当初戦争を有利に進める為に取った場所が、後になり大きな足枷となって彼等を縛っていた。
「結局欧州はユーラシアに任せるしかないか」
「まあ、奴等も馬鹿ではないはずだ。そうそう追い詰められる事もあるまい。
「流石に、連邦もそこまでの力は無いだろう」
この時の楽観的な考えを、一ヶ月後彼等は後悔する事となる。
そうしてその時、彼等は改めて思い知るだろう。
自分達が一体何を相手にしているのかを…。
ユーラシア連邦首都ブリュッセルの大統領府にて、ユーラシア連邦大統領はパリ陥落の報告を聞き愕然とした。
「パリがこうも早く落ちるとは…軍は一体何をやっていたんだ⁉︎」
大統領の怒りを一身に受けたユーラシア連邦軍統合参謀総長は、それに耐えながらも何とか弁明を繰り返した。
「今軍は全力で配置転換を行なっています。しかしバルカン方面の敵も無視することは出来ませんので…」
「言い訳は聞きたくない‼︎この状況を何とかする為に軍はいるんじゃないのか⁉︎」
ヒステリックな声を上げる大統領に、思わず統合参謀総長は睨みつけそうになるが何とかそれを堪えた。
(そもそも、貴様だってバルカン方面への増援に賛成したではないか!いくら議会からの突き上げがあったとは言え、大西洋岸の防衛に支障をきたしたのは貴様にもその一環があるのだぞ‼︎)
参謀総長は心の中で大統領を罵ったが、大統領にも彼なりの訳がある。
失策続きで失地が続くユーラシア連邦が、バルカン方面に上陸してくるザフト軍にこれ以上国土を失ってなるものかと、過剰に反応してしまうのは致し方の無い事であった。
奪還の目処も立っていない今、ユーラシア連邦は厳しい立場に追いやられているとも言える。
「兎に角、どんな手を使ってでもこれ以上連邦軍の侵入を許すな⁉︎
「大統領閣下、それは命令でありますか?」
統合参謀総長は敢えて念を押すような声で言った。
「ああ、そうだ。何か気になる事でもあるのか?」
「いえ、分かりました。それでは小官はこれで失礼します」
大統領府を去る時、統合参謀総長の口元は三日月型の笑みを作っていた。
(どんな手を使ってでも、か。これは、忙しくなるな)
ほうして彼はある部隊に出撃を命じるのであった。
それは、ユーラシア連邦内のコーディネイターによって構成された特戦部隊。
その危険性ゆえ誰もが仕様に二の足を踏むその部隊を、統合参謀総長は最前線に送り込もうとしていた。