宇宙世紀0079 10月
ユーラシア連邦首都ブリュッセル近郊まで迫った連邦軍は、間をおかず一斉攻撃を開始しした。
欧州上陸からパリ解放、そしてブリュッセルとここまで強行軍で進み続けてきた連邦軍は、流石に疲労の色を隠せないでいた。
しかしブリテン島からの欧州上陸と言う戦略的奇襲を成功させた連邦軍であったが、その衝撃から連合軍が立ち直る前にユーラシア連邦に致命的な打撃を加える必要があった。
何故なら時を置けばバルカン半島とアラビア半島に展開する連合軍主力が欧州へと引きき返し、南と東から挟み撃ちに会う危険性があったからだ。
こうして急ぎ開始された首都攻略戦に対し、ユーラシア連邦軍もなけなしの戦力で必死の抵抗を繰り広げる事となる…。
「退くな‼︎踏み止まってここを死守しろ」
塹壕に篭り士官がそう檄を飛ばすが、しかし兵士達は浮き足立ち士気は崩壊寸前であった。
戦車もなく、碌な重火器すらない彼等に対し敵は雲海の如く戦車を押し出して攻撃を仕掛けて来る。
周囲には砲弾が雨の様な降り注ぎ、銃弾が次々と撃ち込まれ、対する此方は疎らに反撃をするだけで敵を足止め出来ているかさえ分からない。
制空権さえ喪失して久しく、此処が独自の判断で防衛戦を行っているなど最早軍としての形をしてすらいなかった。
宇宙世紀0079 10月 首都ブリュッセルを直撃されたユーラシア連邦軍は、首都に残る戦力と欧州での敗残兵を糾合しなけなしの防衛線を構築していた。
しかし物量、質で勝る地球連邦軍を相手に薄く広く展開するしかないユーラシア連邦軍の首都防衛は、早くも各戦線が寸断或いは包囲され崩壊をきたしつつあり、首脳陣脱出の時間稼ぎの為参謀本部は「懲罰大隊」を投入する事になる。
『高度一千フィート、機体を固定。目標地点まで五分』
狭苦しい鉄の箱の中で、喉元に当たるインカムから声が聞こえてくる。
自分と同じ様に、この鉄の箱に閉じ込められた者達も窮屈そうに聞いているはずだ。
『悪運が強いやら、NJのお陰でここまで護衛無しで来れた』
『さっさと荷物を降ろせ。無駄口叩いてるとケツにミサイルを食らっちまう』
「ケッ、俺たちゃ物扱いかよ」
自分達を載せている機体の操縦席からインカムを通して聞こえる会話に、一人がそう悪態をつく。
既にこの鉄の箱に押し込められてから6時間、いい加減愚痴の一つもつきたくはなる。
『降下準備、ハッチオープン。』
自分達からは何も聞こえないのか、操縦席からは慌ただしく準備が行われる。
機体の後部ハッチが開き真っ暗な機内に新鮮な空気とともに外の光が流れ込んでくる。
眩しい…
一瞬目が昏みそうになるが、スコープ越しにモニターから見える光景は直ぐにレンズの調整が入り、機内の様子を昼間と同じ様に映し出す。
仰向けに寝かされた鋼鉄の巨人、所々目立つ様に真っ白にペイントされ彼方此方に連合軍のマークを書き込まれた機体。
しかしそれは明らかに連合のでは無く、彼らが戦う相手の一つ。
この戦争の発端であるプラントザフトのMSジンであった。
連合軍でありながら、ザフトのMSに乗る彼等は一体何者か?
それはコクピットに乗る一人一人の首に付けられた首輪が、彼等の正体を物語っていた。
『カウントダウン…』
『地獄を楽しんでこい、バケモノども!』
『降下開始』
仰向けに寝かされていた機体が、ガクンと衝撃と共にハッチの方へと勢いよく滑り出し、次々に輸送機から吐き出されていく。
一瞬で大気の中に放り出され、モノアイカメラを周囲に向ければ、同じ様に輸送機から降下するMSの群れが見える。
巨大なパラシュートを開き、地球の重力に引かれ地に向かって堕ちる鉄の巨人達。
その彼等を出迎える様に、地上から対空砲火の火花が立ち昇る。
地表を真っ赤に染める砲弾のその内の一つが、彼等の遥か上空を悠然と離れようとした輸送機を絡め取った。
『被弾した⁉︎助けてくれーっ‼︎』
それが、インカムから流れてきた操縦席からの最後の声であった。
火を噴き最後には空中で爆散する輸送機の破片が彼等に降り注ぎ、何機かが巻き込まれ鉄片が分厚いパラシュートの布地を切り裂く。
「クソったれ‼︎落ちるなら邪魔にならない所で落ちろ」
最早用をなさなくなったパラシュートを切り離し、機体は一気に速度を上げて急降下する。
速度計と高度計が目まぐるしく変化し、このままでは地表に激突する事は必至であろう。
「バーニア、パワー全開‼︎」
ジンの特徴的な羽根の様なスラスターから逆噴射を掛け、速度を何とか殺そうとする。
機体が重力に逆らった事で、シートが身体に食い込み機体に押しつぶされそうになる。
「ぐうぅ」
歯を食いしばり衝撃と痛みに耐えながらも、眼だけは高度計のメーターからは離さなかった。
次の瞬間、一際大きな衝撃が機体を襲った。
何か巨大で固いものにでも足元からぶつかったかの様な衝撃音と共に、機体のフレームが歪み軋む音が聞こえた。
「降りれ、たのか?」
急ぎ機体のチェックを済ませながら、自分が一体何処に降りたのかを確認しようとする。
しかし確認する間も無く、砲弾が機体に降り注いだ。
「うわああぁぁぁ」
炸裂した砲弾によって機体が揺さぶられ、コクピットの中でシェイクされる。
その間にも、次々と砲弾が機体に撃ち込まれていく。
「こんな所で、死んでまたるか!」
何とか機体を制御し、手に持つライフルを敵のいる方向に向ける。
つんざく様な金切り音と共に、ジンのライフルの銃口から75mmの砲弾が吐き出される。
狙いなどないそれは、やたらめったら地面を耕やすだけに終わったが、少なくとも煙幕の役割を果たす事に成功した。
その間に、他の機体が降下に成功し形だけの戦列を整えると激しい砲火が両者の間で交わされる。
「少尉どの⁉︎ザフトのジンがMSが降ってきました」
塹壕から頭だけを出し、双眼鏡で外の様子を伺っていた兵士が慌てて部隊の指揮官に報告をする。
「馬鹿者、こんな所にザフトなんぞ来るもんか!」
乱暴に兵士から双眼鏡を奪い取った少尉は、塹壕から身を乗り出しMSと連邦の戦車部隊との砲撃戦を見る。
「司令部めとんだもんをよこしやがった」
憎々しげにそう少尉は吐き捨てたが、彼はブルーコスモスでは無いが矢張りコーディネイターとMSに対しては良い感情を抱いてはいない。
「ありゃ懲罰大隊だ、となりゃいよいよ此処もヤバイな」
ジンの各所に塗られた真っ白の目立つ塗装と、連合軍のマークからその正体は容易に判明した。
とある理由により敵味方双方から蛇蝎の如く嫌われている部隊の登場に、此処がこれからどうなるかを想像し冷や汗を流す少尉。
「少尉、敵の戦車はジンに釘付けです。今なら突破して後退できます」
既に塹壕に残る兵士達は少なく、残っているのも負傷兵かそれよりもまだマシといった者達ばかり。
案に撤退しようとの部下の言葉に、部隊の状況からこれでは戦いようが無いと少尉もとっくに気が付いていた。
「分かった、ただし勝手に陣地を捨てることはダメだ」
少尉の言葉に、明らかに陣地内の兵士達から失望の色が広がった。
「勘違いするな、俺たちだけじゃ持ち堪えられないから他の所に救援を求めに行くんだ」
「無論全員でな」
少尉の決断に、先程まで失意の底にあった兵士達が瞬く間に色めき立つ。
「歩けない者や負傷兵には手を貸せ。それと邪魔になるからと武器を捨てたりするなよ」
あくまで彼等は他の部隊に救援を求める為という程を取り繕う為、格好だけでも整えて行く必要があったからだ。
「準備が終わったら直ぐに出るぞ。急げモタモタするな!」
「死にたくなきゃ撃って撃って撃ちまくれー‼︎俺達に後はないんだ!」
そう、彼等には文字通り引き返す事が出来ない訳がある。
彼等はユーラシア連邦軍に所属していたコーディネイターで構成された部隊であり、懲罰大隊の名の通り今日まで最も過酷な戦場に送られ続けてきた。
事の発端は、プラントザフトが行なったエイプリルフールクライシスにある。
NJを地球に投下するという蛮行により、エネルギーを原子力に頼っていた地球圏の国々は未曾有の危機に瀕した。
核融合炉とコロニーからの電力供給で自国民を賄えた地球連邦とは違い、地球規模でのエネルギー危機により一億もの犠牲者を出した連合各国で反プラント、反コーディネイター感情が爆発。
予てより反コーディネイターを標榜していたブルーコスモスが市民感情の波に乗り、爆発的に流行したことも合わせ地球に住むコーディネイター達は深刻な迫害にあい。
それが軍にまで波及し、懲罰大隊と言う形で彼等地球に住むコーディネイターは戦場へと駆り出されているのだ。
懲罰大隊に所属するとコーディネイター達は全員が、国家に対する忠誠の証として首に自爆装置付きの首枷を嵌められている。
一目でコーディネイターとナチュラルハイとを見分ける措置だが、実態は彼等の生命と及び家族もさえ人質に取り、過酷な戦場に送られる毎日。
友軍からもコーディネイターであるからと激しく憎悪され、時には後ろ弾に晒される事もある。
懲罰大隊である為満足な支援も受けられず、ザフトからは連合に加担する裏切り者扱いされ、激しい標的となりコーディネイター同士で血を流す事幾たび。
逃げようとしても、その場合首枷の自爆装置が起動し生命を奪い取る。
例え逃亡に成功しても、残された家族がどうなるか等容易に想像出来た。
それ故彼等は最後まで死力を尽くして戦え事しか出来ない。
その結果築き上げた屍の山が、彼等をより増悪させる事となる。
血みどろの戦場を駆けずり回りその果てに辿り着いたのが、首都から首脳陣が脱出するまでの間敵に身を晒し時間を稼ぐ事。
つまりは肉の壁として使い捨てられるのだ。
一方で、連邦軍でもこの思わぬ敵の出現に部隊の足止めをされつつあった。
地球連邦軍欧州方面軍総司令部兼総指揮車両ビックトレー級バターン号に座乗するレビル大将とその司令部の元に、ブリュッセル正面にザフトのMSが出現したとの報告が入ってきていた。
「前線にザフトのMS、ジンが少なくとも6機以上とは」
「連合とプラントが手を結んだのか?」
「いや、報告では輸送機を撃墜したとの報もある。恐らく輸送中に誤って紛れ込んだのでは…」
「どこの情報だそれは⁉︎不明瞭な憶測で物を言うな」
「兎に角、今正面のMSをなんとかしなければ。我が方の戦車隊に被害が出ているのだぞ」
「空軍に爆撃を要請してはどうだ」
「首都から近すぎる。誤って市街地にでも落ちたらどうする?」
「唯でさえ此処までの強行軍で此方は疲労をしているのだ。敵にMSがあると全軍が知れば士気に関わりかねん」
「此方もMSを出すべきでは…」
「3倍以上の兵力差で更に虎の子をもか?こんな所で消耗させては後に差し障る」
参謀達が作戦図を前にああだこうだと意見をぶつけている中、レビル大将は唯一人腕を組んで黙って聞いていた。
これは、部下達に会議の流れを任せているのではなくその逆。
つまり、参謀達が勝手に話をしている間自らの考えをまとめているのだ。
「正面の部隊は…」
レビル大将がそう口から漏らすと、参謀達はピタリと口と動きを止めレビル大将に向き直る。
「どの部隊だ」
「は、正面に展開しているのは第44機械化混成大隊でありますが、ミケーレ・コレマッタ少佐が指揮しております」
参謀の一人が進み出て、レビル大将に答える。
「ではまだ戦力には余裕があるな。44機械化混成大隊には現有戦力での対処を命じ以後同大隊からの通信を全て遮断せよ。」
「敵の目が正面に集中しているのならば、逆に側面から突破する好機である」
「急ぎ市街地へと突入し敵の首都機能を抑える事を第一とする」
レビル大将がそう判断を下すや否や、参謀達は急ぎ各々の作業に追われる。
レビル大将の命令を遂行すべく動く参謀達や司令部に詰めるスタッフ達。
彼等はこの一見非常とも取れる命令に対しても、淀みなく所定の手続きを済ませていく。
巨大な官僚機構である連邦軍にとって、どんな命令でも一度下されれば後は手続きに従ってシステマチックに行われる。
連邦軍のそれは、人類が長年築き上げた戦争とそれを行う為の装置の集大成であり、一種の戦争芸術とさえ言っていい。
しかしその実態は、兵士達の血で作られた悍ましきものには変わらない。
宇宙世紀0079 10月 未だ戦火が鳴り止まぬ地球にて人類の愚行は積み重ねられる一方であった…。