宇宙世紀0079 11月 東欧ワルシャワ
この日、地球連邦軍は欧州に存在する全戦力をワルシャワに集結させていた。
総車両数10万台以上、戦車35,000両、航空機64,000機、MS100機、陸上戦艦10隻、艦艇数160隻以上、宇宙軍からはマゼラン級戦艦8隻、サラミス級巡洋艦28隻、コロンブス級輸送艦6隻、大気圏突入用HLV50機。
号して総兵力1,000万以上もの戦力を集結させ、連邦軍全将兵はレビル将軍からの指示を待っていた。
旗艦ビックトレー級バターン号にて、マイクのスイッチを入れたレビル将軍は全軍に号令を出す。
レビル将軍の号令の下、この地上に出現した世界最大の暴力機構である巨人が動き出す。
有史以来、ここまでの戦力を保有した軍や国家など何処にも存在しない。
正にこの地上に君臨した無慈悲な神の所業に、対峙する敵は恐怖に震えるのみであった。
旧ポーランド国境を越え、連邦軍が進む様子は直ぐさまユーラシア連邦の斥候に察知される。
「何だありゃあ⁉︎連中いったい何処にこんな戦力を隠し持ってだんだ」
「スゲエ、空と大地が埋まってらぁ」
ユーラシア連邦兵はそのあまりの圧倒的な戦力を前に、只々呆れるしかなかった。
大地は戦車で埋め尽くされ、空は太陽の光さえ遮るほど戦闘機が飛び交う。
戦車の後には歩兵が、それこそ雲海の如く付き従い遠目には陸上戦艦やMSの影も見えた。
連合軍の中で質量共に陸軍最強を誇るユーラシア連邦とて、目の前の軍団を前にはそれも霞む。
彼等はここに来て真の地球連邦の恐ろしさと言うものを、まざまざと感じていた。
「繰り返す、敵は7空と大地が3!」
「バカ野郎、まだ増えるぞ!報告は正確にしろ」
「訂正する、敵が9残りが1!繰り返す敵が9残りが1!これ以上は危険だ退避する!」
通信手が悲鳴を挙げる様な声で通信を切ると、他の兵士達も慌ててその場から退避する。
その間にも連邦軍はまるで自らの存在を誇示するが如く、無人のロシア平原を突き進んで行く。
大軍に兵法なしと言う言葉通り、全てを飲み込み蹂躙する連邦軍にユーラシア連邦も唯指を咥えて見ていた訳ではない。
ノブゴロドからキエフまでドニエプル川沿いに防衛戦の構築を急いでいたが、予想以上に早い連邦軍の進撃速度に十分な準備が出来ていなかったのだ。
そもそもアフリカで大きく消耗したユーラシア連邦軍には、戦線に満遍なく戦力を配置する余裕は無く、何処を重点的に守るかの選択を迫られていた。
モスクワ地下最高司令部、首都ブリュッセルに代わり今やユーラシア連邦全軍を指揮するその場所で、ユーラシア連邦大統領を謀殺して新大統領となったウラジミールと、その側近達が集まり軍の防衛方針を固めていた。
「ウラジミール大統領閣下、現在地球連邦軍が考えられる進行路は3つです」
そう断言するユーラシア連邦軍統合参謀総長は、巨大地下司令部の巨大モニターに連邦軍の侵攻予測ルートを映し出す。
「まず1つ目は最も価値の高い首都モスクワを直撃する北進ルートです」
ワルシャワから伸びる大きな矢印が北へと向かい、モスクワを直撃する様子がモニターにに映し出される。
連邦軍は欧州上陸直後からパリ、そしてブリュッセルと電撃的に進行し首都機能を麻痺させる戦術をとっている為、連邦軍がここに来る可能性が高いと、参謀本部は予想していた。
何故なら後方の補給に不安を抱え、いつ占領地の市民が暴発するか分からない以上、早期にユーラシア連邦を降伏させる必要があると見られたからだ。
2つ目の矢印は北上せず中央を進み、ミンスクを突破しヴォロネジを占領して南北に分断するルート。
このルートは後方の占領地を捨て、補給を海と空からの陸揚げに頼りつつ進める所まで進み、冬をウクライナでやり過ごしながら持久戦に持ち込むと予想された。
広大なロシア平原のほぼ中央を突破する為阻止する手立てが少なく、唯でさえ消耗した戦力を分断されでもしたらそれこそ目も当てられない。
単独で広大な戦域を抱えられる程、今のユーラシア連邦には余裕はないのだ。
そして最も重要なのが3つ目、南進しオデッサ及び黒海沿岸部を抑えられる事だ。
オデッサ周辺は資源が枯渇気味の地球にとって重要な鉱物資源、天然ガス、希少金属類の産出地であり、天然ガスのパイプラインも集中する他、コーカサル地方にあるガルナハン基地から送られる火力発電プラントからのエネルギーの通り道でもある。
エイプリルフールクライシスにより、地球のエネルギー事情は逼塞しており、特に原子力に代わる新たなエネルギーの確保に各国は躍起になっていた。
特にユーラシアはその広大な国土をカバーするだけのエネルギーの絶対量が足りず、首都機能や政治経済の中心地たる欧州に優先的に回された。
必然的にウラル山脈以東のシベリアに中央アジア、中東方面は半ば見捨てられた形となり、大勢の犠牲者を生み出し、彼等の怨嗟の声は反西欧感情となって国民間を激しく分断する結果となった。
挙句彼等の怨嗟の声を利用し、ユーラシア連邦大統領を謀殺して見せたウラジミールは、戦死した大統領の後を継いで新大統領となり仰せ、今やユーラシア連邦を掌握するに至った事はこの場の誰もが承知していた。
「次にこれらの目標に対しどの程度戦力を割り振るかにですが…」
「オデッサは落とされる訳にはいかん、そこだけはなんとしても必ず死守せねばらなん」
ウラジミール大統領はハッキリとした口調でそう断言した。
「は、それにつきましてはこちらも十分に承知しており、既に相当数の戦力を配備しております」
「いや、ダメだ。まだまだ全然足りない」
ウラジミールがこうまで頑なにオデッサに拘るのには訳がある。
先の前大統領謀殺によって後を継いだウラジミールがまず初めにやった事が、欧州に対するエネルギー供給を断ち、代わりにウラルやシベリア、中央アジアなどへ不足する物資と共に彼等にエネルギーを与えた事だ。
これにより、今までユーラシア連邦に大きな不満を抱いていた市民達を懐柔して新政権への支持を集めると共に、軍からの忠誠を勝ち取る事に成功していた。
元々ユーラシア連邦軍兵士を占める割合において、欧州とそれ以外とでは3:7と大きく開きがあり、ウラジミール新大統領の対応は彼等に喝采を持って歓迎されたのだ。
だからこそ、ウラジミールは現政権の基盤たるオデッサを、何としても守る必要があった。
「恐れながら大統領閣下、連邦軍は現在北進する気配を見せています。オデッサに拘る余り他を疎かにしては…」
と参謀の一人がおずおずとそう言うと、ウラジミール大統領は鋭い眼光を放ちながら統合参謀総長に目で問うた。
「偵察した結果、連邦軍は大きく北側に戦力が偏っているのは確かです。十分その可能性は高いかと思われます」
「モスクワに連邦軍がか…」
ウラジミール大統領は顎に手を当てて悩んだ。
オデッサも大事だが、新首都となったモスクワはそれ以上に重要な場所である。
欧州を切り捨てたユーラシア連邦にとって、残るモスクワは政治経済の心臓部と化しており、ここを失う事は即ちユーラシア連邦そのものの死を意味したからだ。
ウラジミールは難しい問題に直面した、2つの天秤何方か片方に傾いては残る一方を失う結果となり、その何方も失わないよう非常に微妙なバランスが彼に求められた。
「大統領閣下、いっその事中央に戦力を集め何方にも対応できるようにしては如何でしょう?」
悩むウラジミールに、近くにいた側近の一人がそう声をかけた。
一見するとそれは妙案に思えたが、統合参謀総長は頭を横に振って直ぐにその考えを否定した。
「それは無理ですな、最悪戦力の遊兵化にも繋がりかねませんし、何よりもそれだけの戦力を一度に移動すれば一体どれ程の時間がかかりましょう?」
「その間にモスクワなりオデッサなりが包囲されてお終いです」
と統合参謀総長はバッサリと側近の意見を切って捨てた。
「ぐっ、では参謀総長殿のご意見をお聞かせ願いたいな」
「軍部としてはモスクワの守りを第一とし、遅滞行動に努めつつ敵を縦深に深く誘い込み冬の到来を待ちます」
「さすれば港は氷に閉ざされて使えなくなり、空路や陸路さえも閉ざされます。敵は戦わずして飢える事となり、我が方の勝利となります」
「何よりも第一なのは時間を稼ぐ事です。時間をかければかけるほど、有利になっていくのは我が方なのです」
と参謀総長が意見を言い終えると、ウラジミール大統領も漸く頭の中で整理がいったのか、顎に当てていた手を放し瞑っていた目を開いた。
「分かった、統合参謀総長」
「は!」
「まずはモスクワの守りを固める。そして機を見て反撃するのだ」
「了解致しました」
ウラジミール大統領ら決断を下し、統合参謀総長はそれに敬礼でもって答えた。
「うむ、これより先の戦いを過去の歴史に準え『大祖国戦争』と呼称する。愛する祖国を守り、敵に対し一切の容赦をする事なく完璧に叩き潰せ」
こうして後に地上戦のターニングポイントとなる戦い。
『第2次大祖国戦争』の火蓋が切って落とされたのだ。