「では、また後ほど。15分くらいで着きますので」
「はい。よろしくよろしくお願いします」
元々俺の荷物が少ないということもあるのだろうけどあっという間にリンは荷物を段ボールに詰めて業者に引き渡し、新居へ向かって行った。……よくもまぁ、あのアンバランスな体であれだけ走れるものだ。ツクヨミ内ならともかく、リアルでは絶対俺には出来ない動きだ。
「そっちも終わったんだ」
「ん? ……あぁ」
俺が空っぽになった自室を眺めていると階段を下りながら彩葉が姿を現した。セリフ的に彩葉の部屋の荷物の運び出しが終わったのだろう。
「となると新居の方で待機してるのはかぐやとリンか。……何故だか不安になって来たな」
「まぁ、かぐやは分かり切ってたけどリンちゃんも大分行動派だったからね。でも大丈夫」
「ん? いや、彩葉がそう言うなら大丈夫なのか……。リンもな、実家が神奈川とはいえ東京まですぐに来るとは思わなかった」
「実家神奈川なんだ……。いつか挨拶に行かないとね」
「?」
デカいだけであまり面白くはないと思うが……それでも来たいものなのか?
「さて、九朗。私たちも行こ。九朗が驚く人が待ってるよ」
「……さっきの大丈夫ってその人がいるから?」
「そうだね。あの人達ならかぐやもリンちゃんもしっかり抑えてくれるでしょ」
人達……複数? もしかして父さん、母さん? いや、だとしたらさっきの実家発言と繋がらない。んー? 一体誰だぁ?
「もう、着けば分かるから。ほら手、出して」
「ん」
「それじゃ、行くよ」
差し出された彩葉の手を握り、彼女に手を引かれつつ『誰か』について考えながら俺達は新居に向かった。
────────────────────────
「あ! 彩葉! 九朗! こっちこっち!」
「お兄!」
マンションに入るとエントランスに置かれたソファに座っていたかぐやとリンが俺と彩葉を向けて手を振る。ふ、二人とも元気だな。
そして問題は二人の対面のソファに座っていた二人の女性。おそらく彩葉の言っていた俺が驚く人。片方は綺麗な黒髪に宝石みたいな赤い目、和服を着ている正に和服美人って感じの人。そしてもう一人はデッかい。多分170はある……。明るめの茶髪で青くて空みたいな目。服装は普通……大学生?
「あぁ、やっと会えました」
「おぉー。聞いてはいましたけどアバターと差がありませんね……」
謎の二人の女性が立ち上がってこちらに寄って来る。だ、誰だ? しかも今アバターと差がないって言った!? つまり二人とも『渡り鴉』を知ってる!?
「……誰だ?」
「えー……。声で気が付いてくれないんですか?」
「あんなに私の写真撮ってたくせに……アバターだけが目的だったんですか?」
声、写真……? え、あ、嘘……いや、本物なのか……?
「カカにオタ公?」
「はい! 正解です、渡り鴉さん。いいえ、烏丸九朗さん」
「私たちも九朗くんの部屋でお世話になります! あ、安心してください、家賃はしっかり三分の二を私たちが払うってことで九朗くんのご両親とは話が付いてますので!」
……いつの間に? え、いや、というかこれがリアルの二人? なんでここに住むことに? ん? はっ!
「『鳥籠』ッ!?」
「正解だよ、九朗。芦花は実家住みだけどよく遊びに来ると思うから」
「あれ? 九朗くんに『鳥籠』のこと教えちゃってるんですか?」
「はい。ただお兄は『KASSEN』で自分を倒す為の集まりって勘違いしてるので……」
「……とても九朗さんらしいです。えぇ、とても」
俺のひらめきに彩葉がにっこりと笑って正解だと教えてくれる。ていうか芦花ァ!? な、なんだ本格的に包囲されてる!? ……もしかしてアレか、私生活から観察して俺の癖とか見抜こうとして来ている? そこまでして俺に勝ちたいのか。……素敵だぁ。なら、うん。俺がすることは一つだな。俺は二人に向かってエスコートのように手のひらを上にして手を差し伸べる。
「ようこそ、二人とも。俺の為にこんなところまで来てくれるとは、感激だ。改めて自己紹介を。渡り鴉こと烏丸九朗。歓迎しよう、盛大にな」
「黒羽カカこと、黒崎
「忠犬オタ公、リアルの名前は
そう言って二人は俺の手の上に自分の手を器用に半分ずつ乗っけてきた。
「うおおおおお。すごいすごい!」
エントランスでの挨拶を終えて新しい部屋にやって来た俺達。部屋に入った瞬間かぐやは大はしゃぎして運び込まれているダンボールをどかし窓を突き破る勢いでバルコニーに向かって言った。
「ちょっと落ちないでよね!」
そんなかぐやに彩葉の注意が飛んでいくが目の前の景色に夢中のかぐやには馬の耳に念仏、暖簾に腕押し、車輪骸骨にガード、というヤツだ。
「眺めヤバッ! すっげー。彩葉、九朗、一緒に景色見よー!」
「ああ、すぐに――「ダメ、先に荷ほどきする!」――」
俺がかぐやの元に行こうと歩き始めた瞬間、隣にいる彩葉がかぐやに荷ほどきの指示を出して俺はピタリと足を止める。そして彩葉も俺の言葉を遮ったことに気が付いて、互いに顔を見合わせる。
「ダメ?」
「――ッ……っとだけ、ちょっとだけだからね」
「ありがとう彩葉」
ふふふ、やはり彩葉はこのお願いの仕方に弱いみたいだな。咄嗟にかぐやのお願いの仕方を真似たが効果は抜群だった見たいだ。ダンボールを避けてバルコニーに出る。天気は快晴、どこまでも青い空が広がっていた。
「良い景色だな」
「でしょ~。まるで最強になった気分……」
「はいはい。確かにかぐやは最強かもね」
最強か。確かにかぐやは最強なのかもしれないな。かぐやが来てから色々変わった気がする。俺も彩葉も。
「かぐや」
「ん? どしたの?」
「……これからもよろしく頼む」
「うん! よろしくね、九朗」
本当にかぐやなら俺達をハッピーエンドまで連れて行ってくれる。そんな気がした。俺はかぐやの頭を一撫でした後、部屋ほ出て自分の新居に向かった。
「あ、お兄、戻って来た」
「お帰りなさい、九朗さん」
「お帰りなさーい」
部屋に入ると丁度リビングでリン、カカ……じゃなくてカヨコ、それから……広美の三人がお茶を飲んでいた。リンは少し離れた位置のソファに腰かけ、カヨコはローテーブルの傍で正座、広美は胡坐をかいてる。……性格出てるなぁ。
「……ただいま」
うわ、ただいまなんて口にするの何年ぶりだろう。久々過ぎて不思議な感じがする。
「もう荷ほどき終わったのか?」
「んー、まだだよ。ちょっと休憩中」
「そうか」
マンションの前に俺と彩葉、かぐやの他にトラックが止まってダンボール運んでたけどアレがカヨコと広美の荷物なんだろうなぁ。なんか色々運んでたな。
「俺は終わってるし何か手伝うか?」
「いいえ、殆ど運び終わってるのであとはそれぞれ細かい調整やクローゼットの中の整理ですから大丈夫です。どうぞ、九朗さんも座ってください。今、お茶入れますね」
「ありがとう」
カヨコの言葉に従い俺もローテーブルの前に座る。
「というかもう終わってるお兄の荷物が少なすぎる」
「そうか?」
席に着くとリンが俺の荷物について言及し始める。
そう言えばお前は夏休み期間中はここに居ると言っていたが部屋はどうする? え、リビングで寝る? ……俺はソファでも、リビングのカーペットでも寝れるから俺の部屋で寝ろ。布団? 俺の使え。いいから使え。でなければ帰れ。……よし、それでいい。
「にしてもお皿が数枚だけだなんて今までどうやって生活してたんですか?」
「お茶、持ってきまし――――」
「どう……って言われてもなぁ。冷凍おにぎりとかチンして何個か食べる感じ? 朝それ食べればあとは水飲んどけばお腹減らないし、どうしてもお腹減ったらコンビニで弁当買って割り箸とかもらうかな。あとは冷凍ザリガニとかも食べる。あ、お茶ありがとう」
「「「……」」」
あれ? なんか静かになった?
「ちょいと失礼しますよ! って軽ッ!?」
「うおっ!? ―――ってなに!?」
広美がいきなり俺を抱えて自分の胡坐の足の間に俺を座らせる。そしてあろうことかズボっと上着の中に手を突っ込んで体を触って来る。
「い、いやいや、ダメですよ、これ。彩葉ちゃんを見たときも少し心配になりましたけど九朗くんもなんでこんな……。なんでちゃんとご飯食べないんですか?」
「い、いや、調理とか、食事とか洗い物の時間を考えたらその分『KASSEN』に当てた方が楽しいじゃん? そもそも最近はかぐやに誘われてご飯食べるようにはなって来たし!」
えぇぃ!? 上着の下の手をどけろ! くっそ、広美も俺より力が強いのかよ! しかも背もあるから全然抵抗できないし!
「ちゃんとした食事取らないから背も伸びないし、力も付かないんですよ! ほら、アバターだと分かりませんし、今もダボッとした服着てるから分からなかったですけど、骨浮き出てるじゃ―――」
「んッ―――ッくぅ……あッう……。手ェ、はなして……」
広美の手が、脇とか胸とか触ってくすぐったい……!
「―――ご、ごごご、ごめんなさーい!」
う、うぅぅ……やっと離した。ガッツリくすぐられたせいで体に力が入らない。ぱったりとローテーブルに突っ伏す。
「お、おおおお兄……。お、お茶、おっちゃっ、飲んで、おちつ、ちつ、落ち着いて」
「んぅ」
「広美さん?」
「……わ、私荷解き戻りまーす!」
そう言って、広美は逃げるように、二階の自室へ向かった。というか実際逃げたなあれは。くそぅ、くすぐり返そうかと思ったのに。
「そうですね、私も荷ほどきに戻ります。……少し広美さんとお話しすることもできましたし」
カヨコも二階の自室に向かう。あー、お茶美味しい。ありがとー。
「え、えと、えと、わ、私もお兄の部屋にスーツケースとかおいてくる。で、でね。中身広げて整理するから二……一! 一時間はちょっと部屋に入らないでね! 下着とかもあるから! そう、色々着替えとかあるから! 一時間は絶対変なもの音聞こえても入らないでね! リビングで寛いてでて! なんなら『KASSEN』やってて良いから!」
「おー」
そう言ってリンも俺の部屋兼夏休みの間のリンの部屋の中に入っていった。……ふぅ。落ち着いたしお言葉に甘えて『KASSEN』してよー。
いやー、悩んだ悩んだ。正直このタワマンに誰を暮らさせるかで大変悩みました。芦花ちゃん、ごめんね。君は次回か次々回で個人回やって来るから許して。
カカちゃんはほぼ原作に出てきませんでしたから設定モリモリできるんですけど、オタ公がここまで距離詰めてくるか? と悩みましたし、何よりオタ公についての監督の言葉が怖すぎる。ま、何かあったら私の頭が破裂するだけなので。今作のオタ公は恋する乙女パワーが凄いと思っていただければ。
あと、歌唱シーンなど感想欄で『書いてくれ』って言葉がちらほらあったので番外編的なノリでいくつかの小話と合わせて出そうかなって思ってます。
それから私事ですが転勤、引っ越しが決まりまして、いろいろバタバタしたりして今まで毎日投稿していましたがそれは無理になると思います。ご理解のほどよろしくお願いいたします。(2026/06/03)
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