かぐやにこんがり脳を焼かれたつきんちゅの超ハッピーエンド計画   作:こんがり焼かれたつきんちゅ

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拙作に評価やしおり、お気に入りを頂けたことが嬉しく、ノリノリで書き進められました。
本当にありがとうございます。


不幸にも隕石に衝突してしまうタケノコ

執務室の机には、かぐやが後任へと引継ぐための業務内容が記された書類が山のように積まれていた。言い出しっぺである手前、その監督となった男はその内容を一つ一つ精査していく。いつもは他愛のないやり取りに、朗らかな雰囲気の漂うこの部屋もこの時ばかりは張り詰めた緊張感が支配している。

 

「上出来だ」

「……ほんと?」

「あぁ、これでお前の月でのお役目は完了。無事自由の身って訳だな」

 

静寂を破ったのは、男の声。かぐやが顔を上げて、ぱぁっと笑う。立ち上がり、今にも一人ライブを始めそうなほどに浮かれるかぐやに、男はこれから伝えなければならない事実にちくりと胸が痛むも、それをおくびにも出さずに彼女を見据えた。

 

「じゃあいよいよだね! いつ帰れる?」

「それなんだがな。少し、話がある」

 

男の声のトーンが変わったことに気づいたのか、かぐやの表情が引き締まる。

 

「……なに?」

「座れ」

 

 

問題が発覚したのは、引継ぎも終盤に差し掛かった頃の話だった。

 

かぐやが前回地球に降りた際に用いられたのは、月人の標準的な移動手段——情報生命体としての本体を、対象惑星に最適化された姿で「出力」する方法だ。確実で安全な代わりに、降り立つ時代は基本的に出力した瞬間の地球に固定される。代々、月人の管理者達が用いてきた手堅い手法だった。

 

しかし、今回はそれでは駄目なのだ。

 

「どういう、こと?」

 

テーブルの上に広げられた観測記録を、かぐやはじっと見つめていた。

 

「月と地球じゃ、時間の流れ方に差があるのは知ってるか?」

「え……?」

「知らなかったか。なら結論を分かりやすく簡単に言うぞ。現在の地球は、お前が帰った時点から相当な時間が経ってる」

 

かぐやの瞳が一度大きく見開かれ、それからゆっくりと窓の外へ向けられた。

 

「具体的に何年経ったのかは、なんでか上手く観測できないから計算できない。それでも言えるのが、お前の友人たちがそのままの姿でいる可能性は……」

 

言葉を切る。続きはかぐやが自分で理解できるはずで、そしてそれを男の口から言うべきではなかった。

しばらく、沈黙が続いた。

 

「……そっか」

 

かぐやは小さく言った。唇が震えている。瞳の奥で、必死に何かを堪えている。月に帰ってきた直後、執務室で報告を聞かせてくれた時よりも——彼女は絶望していた。

 

窓の外の地球が、いつものように青く輝いている。何も知らない顔で。あの星のどこにも、もうかぐやの大切な人達は残っていないのかもしれない。その事実が、たった一つの観測値で告げられる残酷さを、男は初めて思い知った。

 

「でも、大丈夫」

 

ぽつりと、自分に言い聞かせるように呟く。

 

「彩葉が、みんなが生きていた地球で、かぐやも生きたいんだ。きっといつか、前を向けるから」

 

その、空っぽの笑みを見て、男は決めた。

 

——言うべきじゃないと思っていた。だが、いつも天真爛漫に笑うかぐやのそんな表情を見て、ただ黙っている事なんて出来やしない。

 

「待て」

「……?」

「まだ、手はある」

 

 

管理棟の最奥、通常の業務では立ち入ることのない保管区画。

 

幾重にも閉じられた隔壁を、男は手をかざすだけで一枚ずつ開けていった。耳鳴りすら聞こえてきそうなひどく密度の高い静けさに、空気が変わる。ここは情報生命体としての月人が対外折衝の際に用いる、肉体や器物の類を一時的に格納するための場所だった。普段は管理者である男であって滅多に立ち入る場所ではない。

 

最後の扉が静かに開いて、奥の部屋を照らした。

 

中央に座すのは、タケノコを模した一隻の宇宙船。

かぐやが目を見開いた。

 

「これってもしかして……あのゲーミングタケノコ!?」

「……あんときの塗料を全部落とすのにどんだけ手間取ったと思ってんだ」

「ぶはっ、やっぱり! 懐かしいなぁ!」

 

少しだけ明るさを取り戻したかぐやに安堵のため息を一つ吐き、男は続けて言う。

 

「こいつ——もと光る竹はな、ただの船じゃねぇ。管理者にしか使えないすげぇ機能があんだよ」

「凄い機能……?」

「ああ。お前が前に使った方法とは違う。あれは俺たち月人を対象惑星に最適化して送り出す標準手段だ。確実で安全。だが降り立つ時代は基本的に選べねぇ」

「うん」

「でもこれは別だ。最適化して出力する機能はもちろん、狙った時間に向けて航行する機能があんだよ」

 

男はそこで一度言葉を切り、かぐやを真っ直ぐに見た。

 

「お前を、お前の望む地球に送り届けられる」

 

かぐやが息を呑む。

 

「こ、これってそんな凄かったんだ……?」

「普通の月人が使ってもただの宇宙船にしかならんがな。だからいたずらすんなって言っただろうが」

 

それでも声には、責める色はもうなかった。

 

かぐやがゆっくりともと光る竹に手を伸ばし触れれば、指先に感じる無機質な金属の冷たさがどうしようもなく今は頼もしく感じられた。

 

「ただしそれが可能ってのはあくまで理論上の話だ。なんせそれが本当に可能か試した前例がねぇからな」

「うん、でも可能性があるなら、それに賭けたい」

「上等。今の可能性は七割ってところだ」

「七割……」

 

脅すような男の口調に、しかしかぐやは目を逸らさず受け止めた。

 

「良い目だ。なら俺とお前で限りなく十割に近付くように調整すんぞ」

「うん!」

 

 

その日から、二人の作業は始まった。

 

確実に狙った時代に降り立つには、座標調整の精度を限界まで高める必要があった。僅かなズレが、地球時間にして数十年の誤差を生む。許される余裕は無い。

 

「ここの補正値、もっと細かくいけるよ」

「……よく気付いたな」

「部屋で見てた観測記録、覚えてるから。あれを織り込めば」

 

かぐやが指先で数値を弾く。男はそれを横で見ながら、ふっと息を吐いた。

 

「成長したな」

「えっへん! かぐやは天才だからね!」

「はいはい天才天才」

「えー、なんか反応が適当! ……まぁ、彩葉の所に帰るためだからね、ちょー頑張れるんだー」

 

その一言で、男はそれ以上何も言わなかった。

代わりに、隣で計算式を覗き込む少女の集中した横顔を、こっそりと盗み見た。

 

睫毛が落とす細い影。一心に何かを追いかけている目。仕事を投げ出していた頃のかぐやには、まるでなかった表情だった。地球で出会った人々が、彼女の中にこれを残していった。

そして月に帰ってからの日々もまた、その積み重ねの上に、確かに形を作っていた。

 

ああ、どうかこの子の願いが叶いますように。

 

それは、生まれて初めて誰かに祈るという行為。月人は祈らない。願わない。ただ観測し、記録するだけの存在として、長い時間を生きてきた。だが今、男は確かに祈っていた。誰に届くともしれない祈りを、それでも胸の奥で何度も、何度も唱えた。

 

それが報われたのか、二人の必死の作業は実を結び、調整を重ねた時間座標は確かにかぐやが地球を去った直後——彩葉がまだそこにいるはずの時代を指し示していた。

 

 

 

出発の日は、思いのほか早く来た。

 

「ねぇ、もし良かったらなんだけどさ、一緒に」

「かぐや」

 

それ以上の言葉を言わせぬよう、男は彼女の名前を呼んだ。きっとそれを言わせてしまえば、聞いてしまえばお互いに一生の心残りができてしまうから。

今生の別れ、というやつだ。最後に覚えているお互いの顔は、きっと笑顔のほうがいい。

 

それに、男にはわかっていた。自分は地球には行けない。男は月の観測網の中核に組み込まれていて、長く離れることはできない。何より——かぐやが帰る地球は、彼女の地球だ。彩葉のいる、皆のいる、彼女たちのための時代。そこに自分という異物がいては、彼女の物語の続きを邪魔してしまう。

 

だから、聞かないのだ。聞かないことを、選ぶのだ。

 

 

「ん……じゃあ、行ってきます!」

 

目じりに浮かんだ涙を拭い、鼻をすすったかぐやの声はいつもと変わらない、軽やかな声だった。だが、僅かに混じる震えに気付いてしまった男は胸を指す痛みが増していくのを覚えながらも平静を装って頷いた。

 

少しでも不安そうな顔をしてしまえば、聡いこの少女は気付くだろう。気付いた上で「大丈夫だよ」と笑ってくれるだろう。そしてそれは、今この瞬間に最も欲しくないものだった。

 

「座標は固定してある。届くかは分からんが、到着したら応答信号を——」

「わかってる! ちゃんとやるよ!」

「かぐや」

 

今一度名前を呼べば、少女は振り返った。

 

「行ってらっしゃい。元気でな」

 

短い沈黙。

かぐやはにっと笑って、親指を立てた。

 

「元気でね、イザヨイ」

「イザヨイ?」

「うん!今まで君とかって呼び方してなかったから。だからね、名前考えたんだ」

 

その名を耳が拾った瞬間、男の中で何かが、静かに、しかし決定的に解け落ちた。

 

長く長く月人として生きてきた中で、観測記録の末尾に記す識別符号はあった。そして対外折衝の場で名乗る仮の呼称もあった。

だがそれらは全て役割に紐づくものであって、自分そのものではなかった。自分という存在に、本当の名前があったことなど、一度もない。

 

そして今、それを贈られた。

他でもない、この少女から。

 

「ありがとう、最高のサプライズで、最高の贈り物だよ」

「へへっ、喜んでもらえて良かったー!」

 

タケノコ型の宇宙船に近付けば、背筋を伸ばして目を閉じた少女の姿が、徐々に光の粒子に溶けて吸い込まれていく。

その光景を、男——イザヨイは呼吸を忘れたまま見守っていた。

何度も見てきたはずの「出力」の光景とは、まるで違って見えた。整然と組み上げられた光の網ではなく、暖かみのある、生きている光。もと光る竹そのものが、彼女を地球に届けようとしている、そんな錯覚すら覚えた。

 

 

やがて完全にかぐやの姿が見えなくなったのを確認した男は観測コンソールの前に立った。時間座標の接続状況、船の出力値、かぐやの生体信号、全て正常。

 

「じゃあな! 楽しかったぜ‼」

 

引き絞られた矢が放たれるかのように打ち上げられたもと光る竹は、順調に地球に向けた航路を進み、あとは着地を待つだけだった。

 

そのはずだった。

 

警報が鳴ったのは、もうあと少しで地球にたどり着くという頃だった。

 

『——軌道上に未観測物体を確認。衝突回避——』

 

その読み上げが終わるよりも早く、コンソールが赤く染まる。イザヨイの手が一瞬止まり、次の瞬間には全力で回避システムを起動していた。指の動きは正確だった。手順に淀みはなかった。月の管理者として培ってきた経験が、最善の手を選び続けていた。

 

しかし、遅かった。

 

隕石だった。

 

月の観測網をすり抜けた小天体が、よりにもよってその瞬間、移動軌道のただ中に飛び込んできたのだ。確率にして数兆分の一の事象。男が長い年月をかけて積み上げてきた「あり得ない」という概念が、たったひとつ、たったその瞬間に、音を立てて崩れた。

 

直撃こそ免れたものの、掠めた事によって大きくズレた航路を進むもと光る竹の信号は搭乗員のかぐやの生体信号ごと、消えた。

 

「かぐや‼」

 

声が出てしまった。

 

モニターを叩くように操作を続ける。信号を拾おうとする。何でもいい、何か一つでも掴める情報があれば。

 

しかし画面はノイズを返すだけだった。

 

「ふざんけんじゃねぇぞ! クソが‼」

 

返事はない。無事に過去へと渡ったのか、それとも最悪の……。

思考が荒れ狂う。冷静であれ、と長年染み付いた管理者の本能が囁くが、もうそれは届かなかった。

 

 

それから、どれくらいの時間が経ったのか。

 

月の時間軸での話をすれば、さほど長くはない。しかしイザヨイにとっては、生まれてこの方最も長く感じた時間だった。

 

観測を続けた。船の信号を追い続けた。かぐやに教えてもらい、面白半分で二人で月に広めた睡眠も食事も、元々それらを必要としない月人の体ゆえにそんなことすら忘れて、ただ画面を睨み続けた。

 

見つからなかった。

 

「クソッ……」

 

不安、焦燥、後悔。知識として知るそれらの感情がいざ自分の中に渦巻いてみると勝手が違いすぎた。

かぐやとの交流によって明確な自我と、地球人と遜色のない情緒を手に入れた……手に入れてしまったイザヨイにとって、それは尚更だ。

 

それでも手は止めなかった。止めるという選択肢が、もう彼の中にはなかった。

 

「……見付けた」

 

応答が返ったのは、何度目かの全域スキャンをかけていた時のことだった。

それは信号と呼ぶには余りに微弱で、ノイズと見分けがつかないほどの、か細いもの。しかしイザヨイはそれを見逃さなかった。

 

確かに、そこにある。

 

発信源を絞り込むと、青い惑星の一点を示していた。時間座標は現在の地球とほぼ一致。しかし信号はひどく弱く、波形が変質している。まるで、長い長い時間をかけて、少しずつ別の何かになっていってしまったような。

 

座標を地図に変換する。男はわずかに目を細めた。

 

日本列島の中央南部に座す霊峰、富士山。その頂上付近に、その反応はあった。

 

 

富士山の頂上は、静かだった。

 

陽が傾きはじめた時刻。雪をまとった斜面が橙色に染まり、影だけが青く伸びている。人の気配はない。風だけが、地表に積もった雪を一粒ずつ転がしていた。

耳に届く音は、その雪の擦れる微かな囁きと、自分の足が踏みしめる雪の軋みだけ。月の静寂とは、まったく違う種類の静けさだった。

 

肉体を得た自分の足で、惑星の土を踏むのは久しぶりだった。

月で動かしている時とは違う、確かな重さが膝に伝わる。空気が冷たい。息が白くなる。生きているということは、こんなにも不自由で、そして繊細なものなのかと、今更ながらに思った。

 

イザヨイは地中からの微弱な信号を頼りに、積もった雪を払い、凍てついた地面を掘り起こす。シャベル越しに伝わる地面は固く、岩のようだった。

それでも幾らか掘り進めたところで、不意にその先端が何かに触れた。

 

手で土を払えば見えてくるそのタケノコ型のフォルムは、間違いなくもと光る竹だった。

 

長い年月、土の中で耐えてきた跡が無数に刻まれたそれのなかで最も目を引くのは大きな大きな擦り傷。識別コード、そしてその傷は間違いなくこれがかぐやの乗っていたもと光る竹であるということを物語っていた。

 

イザヨイはもと光る竹を抱えたまま、しばらく動かなかった。刺すような冷たさを孕んだ風が頬を撫でていく。

 

「かぐやは、どこに」

 

しかし、呼び掛けようとかぐやの反応は見付けられない。墜落した拍子に、と最悪の予想が頭を過ぎるが、丁寧に”埋められた”かのような痕跡の残るもと光る竹からはあのままここに墜落したという様子ではない。

 

彼女の足跡を辿るために観測データを解析し、経過時間を逆算すると——不意に途方もない数字が出た。

何百年、という単位ではない。8000年を超える時間を、このもと光る竹は地球で刻んできたのだという。

 

「どういう事だ」

 

思わず、声が漏れた。

舟に残された記録を読み解いていく。

 

通常の観測端末であれば、記録はデータとして整然と並んでいるはずだった。

だが読み取れるのはそんな整理されたデータではない。誰かがこの竹に触れる度、語りかける度、寄り添う度に、少しずつ染み込んでいった——感情そのものの残滓。

 

そしてそれを受け止めたこのもと光る竹の乗員の涙の跡があった。笑い声の余韻があった。凍えるような孤独に苛まれる夜が空けるのを指折り待つ辛さがあった。

そして最も強く、繰り返し、繰り返し何度も呼び続けた名前の名残があった。

 

長い永い時間の中でゆっくりと、この舟と共に在り続けた誰かの。

 

——月見ヤチヨ。

 

イザヨイはもと光る竹を持ったまま、立ち尽くした。

風が、また吹いた。

 

「なぜ、お前がかぐやの……そうか、そういうことか」

 

かぐやの思い出に語られた【ツクヨミ】なる月に似た仮想空間の管理AIにして、かぐやの想い人である彩葉の推し。そんな彼女が、なぜこのもと光る竹のログにいるのか。

 

管理者としての頭脳が、急速に1つの仮説を組み上げていく。

 




お読みいただきありがとうございます。

超かぐや姫の人気と愛され具合は留まるところを知らず。
私もその名を汚さぬよう頑張って書かせていただきますので、
どうぞよろしくお願いいたします。

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