嘘イベスト「エマージェンシー! ~カウントダウンは止まらない~」   作:さはぎん

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最終話です。
ここまで読んでいただいてありがとうございます。


第12話:割れた空に次の一歩を

ヘリのローター音が、機体全体を激しく震わせている。コマンドポッドが発射場から東の海上へ着水してから、すでに7分が過ぎていた。海面に反射する朝日の眩しさに目を細めながら、私は窓の外に広がる蒼を睨みつける。あんなに高くて遠かった暗黒の宇宙から、ミリはこの冷たい海へと無事に帰ってきたのだ。

 

マヒル「……よし、コマンドポッドのデータに異常なし。姿勢も安定しているし、救助用ビーコンも受信できている。」

 

マヒルは膝の上の端末から、片時も目を離そうとしない。キーボードを叩く指先はわずかに震えているが、その声に張り詰めた狂気的な緊張はない。彼女が手にしたのは、自分の設計が親友の命を繋ぎ止めたという、確かな安堵だった。

 

マヒル「テレメトリーの最終確認も問題なし。海水の侵入もないし、姿勢も安定しているな……。」

 

ジュネ『……こちらミッションコントロール。救助班、聞こえますか。着水から8分経過。』

ジュネ『ミリさんの意識は明瞭。バイタルデータも平常時と変わりありませんが、少しばかりパイロットが混乱しているようです。』

 

無線越しに届くジュネの声も、いつもの冷静で規律正しい職人のトーンを取り戻している。

 

“ジュネ、ミリとの通信をつないでもらえるかな?”

 

ジュネ『少々ノイズがひどいですが……。つなぎました。……ミリさん、聞こえますか?先生がすぐ側まで来ています。』

 

ミリ『……ふぇ、先生……?……暗いです、外が……。それに、すごく揺れて……気持ち悪いですぅ……。』

 

ノイズ混じりの、けれど確かなミリの声。その弱々しい響きに、機内の全員が息を吐き出し、一刻も早く助け出したいという焦燥を分かち合った。

 

“ミリ、もう大丈夫だよ。今、マヒルたちが君を迎えに行くからね。”

 

ミリ『ひぐっ、うぅ……。先生ぇ、私、死ぬかと思いましたぁ……!』

ミリ『でも、窓の外に見えたキヴォトスは……すごく、綺麗でしたぁ……』

 

ウタハ「先生、マヒル、2時の方角だ!海面に白い着色剤とパラシュートが見える!」

 

ウタハの鋭い声と共に、ヘリが大きく機体を傾け、海面へ向けて降下を開始する。蒼い海原の中、3つの純白のパラシュートがクラゲのように漂い、その中心で小さなコマンドポッドが波に揺れていた。

 

“よし、着いたね。……マヒル、ここからどうするの?”

 

マヒル「4人で降下して、1人はミリをヘリに引き上げる。残りの3人はコマンドポッドを牽引できるようにする作業だ。」

マヒル「……正直、今のミリを揺らすのは酷だが、連邦生徒会が島に着く前に彼女を保護しなきゃならない。」

 

“わかった。ミリを助けるのは、マヒルがやるんだね?”

 

マヒル「……ああ。私が1番に飛び込んで、ハッチを開けてやる!」

マヒル「私の設計図を信じて座ったあいつに、最高の『おかえり』を言うのが、設計主任の最後の仕事だからな!」

 

マヒルはそう言うと不敵に笑い、ウインチのワイヤーを掴んでヘリから颯爽と降りて行った。

 

“ヘリからロープで降りるのって、警察とか消防とか、そういう人たちがやるものだと思ってたけど……”

“マヒルもやけに手馴れてたね……”

 

ウタハ「見事なものだね。有人は初めてでもロケットは頻繁に飛ばしているはずだし、回収任務などでいつもやっているんだろう。」

 

ヘリの機外で、マヒルが手際よくコマンドポッドのハッチをこじ開けるのが見えた。気密が抜ける白い蒸気と共に、中から力なく、けれど確かに動く小さな影が現れる。

 

マヒル「……ミリ!遅くなってすまない。迎えに来たぞ!」

 

ミリ「マ、マヒルさん……!ひぐっ、うぅ……。怖かったですぅ……っ!」

 

マヒルに力強く抱きしめられ、ミリが子供のように声を上げて泣き出す。その声はローター音にかき消されそうだったが、無線機越しに私たちの耳へ、この上なく愛おしい生命の鼓動として届けられた。

 

数分後、ミリとマヒルが機内へと引き上げられる。続けて、残りのメンバーが手早くポッドに牽引用のワイヤーを固定し、ヘリはゆっくりと宇宙センターへ向けて機首を巡らせた。

 

“ミリ、おかえり。本当によく頑張ったね。”

 

私が厚手の毛布を差し出すと、ミリはヘルメットを脱ぎ、トレードマークの防寒帽を震える手で被り直した。

 

ミリ「ふぇぇ……。先生、皆さん……っ。私、私……生きて帰ってきましたぁ……っ!」

ミリ「でも、着水の衝撃が凄くて、ちょっと腰を痛めたかもしれません……。次はもっとパラシュートを増やしてくださいぃ……」

 

マヒル「ははっ、手厳しいな。帰還第一声が苦情とは、立派な宇宙飛行士になった証拠だよ。」

 

マヒルは茶化すように言ったが、その瞳は薄く涙で潤んでいた。自分が作った脱出装置が仲間を救った事実に、誰よりも救われていたのは設計主任である彼女自身なのだろう。

 

ウタハ「ミリ、体調はどうだい。意識の混濁や、宇宙酔いの症状は?」

 

ミリ「……少し気持ち悪いですけど、大丈夫です。」

ミリ「……それよりも、ウタハさん、マヒルさん。私……見ました。あの真っ暗な空の向こう側に、吸い込まれそうなほど青い、キヴォトスの姿を。」

 

ミリの言葉に、機内の空気が一瞬だけ静まり返った。それは最高到達高度22,684メートルに達した者だけが語ることのできる、唯一無二の景色だ。

 

ミリ「レッドウィンターの屋上で見ていたよりも、ずっと静かで……ずっと綺麗でした。」

ミリ「マヒルさんたちが作ったあのロケットのおかげで、私は1番高い場所で、1番贅沢な時間を過ごせました。」

 

マヒル「……そうか。なら、私たちの徹夜も、爆発した機体も、無駄じゃなかったってことだな。」

 

ヘリの窓越しに、朝日に照らされた宇宙センターの影が見えてくる。そこには、連邦生徒会のリンが凍結命令書を手に、彼女たちの「最高に美しい不祥事」を待ち構えているはずだ。

 

“ミリが見たその景色が、KSPの次の一歩になるんだね。”

 

ミリ「はいぃ……っ。次はもっと遠くまで、もっと静かなところまで、みんなで行きたいです。」

ミリ「……でも、その前にお腹が空きましたぁ……。先生、帰ったら何か美味しいもの、食べさせてくれますかぁ……?」

 

泣き腫らした顔で、けれどいつもの弱気で、しかし確かな光を宿した瞳でミリが微笑む。割れた空の下、私たちは彼女の小さな「次の一歩」と共に、懐かしい拠点へと帰還していった。

 

 


 

 

ヘリがキヴォトス宇宙センターのヘリポートへゆっくりと高度を下げていく。眼下には朝の光に照らされた広大な敷地と、連邦生徒会のエンブレムが入ったヘリが見えた。

 

その傍らには、腕を組み、冷徹なまでの静止を保つ1人の生徒の姿がある。連邦生徒会行政官、七神リンだ。

 

ヘリが着陸し、ローターの回転が止まると、センター内を支配していた喧騒が嘘のように静まり返った。ハッチが開き、マヒルに支えられたミリ、そしてウタハとチマリと共に、私はコンクリートの地面へと降り立つ。

 

リン「……お帰りなさい、先生。随分と派手な『朝の散歩』だったようですね。」

リン「連邦生徒会に届いた緊急信号の数、数えるのも馬鹿馬鹿しくなりましたよ。」

 

リンは手元の電子端末に表示された凍結命令書を一度眺め、それから深く、重いため息をついた。その視線が、運営本部主任であるチマリへと向けられる。

 

リン「チマリさん、それに先生も。やってくれましたね……。連邦生徒会が到着する前に打ち上げてしまえば有耶無耶にできるとでも考えたのでしょうが……。」

リン「運営本部 毛利チマリ。KSPの全体責任者として、事態の説明をしなさい。」

 

チマリは、一晩の激務を微塵も感じさせない優雅な所作で乱れのない身なりを確認すると、手元の端末をタップし、不敵な笑みを浮かべてリンの正面に立った。

 

チマリ「ええ、行政官殿。かねてより我々の夢であった有人宇宙飛行を目的とした新型ロケット『コスモス』を、プロジェクトの最終テストとして実際に有人で打ち上げました。しかし、『コスモス』初号機は、高度12,412メートルにて機体異常を検知。」

 

チマリ「緊急脱出システムにより、パイロットの安全は100パーセント確保されました。……ミリさん、こちらへ。」

 

ミリ「ふぇぇ……。は、はいぃ……。レッドウィンター所属、星見ミリ……生きて帰りましたぁ……。」ミリ「でも、着水の衝撃でちょっと腰を痛めたかもしれません……」

 

ミリの情けない、けれど確かな生存報告を聞き、リンの眉間がわずかに動く。

 

チマリ「今回の指令爆破による損失額は、非回収部の3,328,512,000クレジット。周辺建築物への被害は皆無です。」

チマリ「……そして、当フライトによる最高到達高度は22,684メートル。キヴォトスにおける有人飛行の最高記録を塗り替えましたわ。」

 

リンは眼鏡のブリッジを指先で押し上げ、チマリの報告を、そして泥や油にまみれた生徒たちの顔を1人ずつ確認していく。その瞳は相変わらずビジネスライクに見えたが、その奥には、呆れと共にある種の感嘆が混じっているように見えた。

 

リン「……33億。この膨大な始末書を処理する私の身にもなってください。」

リン「……先生、チマリさん。連邦生徒会として、本件に対する最終的な裁定を申し伝えます。」

 

リンは手にしていたファイルをパタンと閉じ、私を真っ直ぐに見据えた。

 

リン「プロジェクト・コスモスは、追加での飛行試験を含む、今回の事故原因調査以外の一切を凍結とします。」

リン「……いいですね、調査以外のいかなる活動も、今この瞬間から認められません。」

 

“調査以外は一切の凍結、か……。厳しいね、リンちゃん。”

 

リン「これだけの不祥事です、妥当な判断でしょう。」

リン「……ですが裏を返せば、徹底的に原因を調査し、再発防止策を完璧に提示しなさい、という意味でもあります。……次は最初から私を通すことです。いいですね?」

 

チマリ「ふふ、さすがは行政官殿。粋な計らいに感謝いたしますわ。」

チマリ「……マヒルさん、聞こえましたか?私たちは正々堂々と、今回の『不具合』を研究する時間を手に入れましたのよ。」

 

マヒル「……ああ、分かっている。飛行試験ができないなら、地上で静的試験*1を1,000回繰り返すまでだ。」

マヒル「いや、今回の原因はSRB(固体ロケットブースター)と考えられる。それならいっそ、サブブースターを使用しない2号機の実証を始めるか……。」

 

ミリ「ふぇぇ……。原因調査って、またあの目が回る訓練とかするんですかぁ!?」

 

ミリの情けない叫び声が響き、張り詰めていた空気が一気に和らいだ。リンはもう一度だけ小さくため息をつくと、軽く一礼をしヘリに戻っていった。

 

空を見上げれば、先ほどロケットが駆け抜け、そして強引に割れたはずの飛行機雲の跡が、朝の光に照らされて真っ白に輝いている。宇宙は、まだまだ遠い。

 

けれど、原因調査という名の「次の一歩」を手に入れた彼女たちのカウントダウンは、もう、誰にも止めることはできない。不屈の合同組織KSPと、生徒たちの夢を乗せた物語は、今この瞬間から、より深く、より緻密な再起へと動き始めるのだ。

 

 

 


 

 

 

有人宇宙飛行ミッション

「コスモス」

最終飛行結果報告書

 

20xx年 〇月 □□日

 

連邦生徒会

首席行政官 七神リン 殿

 

キヴォトス・スペース・パートナーシップ

運営本部主任 毛利チマリ

 

 

1. はじめに

本報告書は、キヴォトス・スペース・パートナーシップ(以降、KSP)による有人ロケット「コスモス」の最終実地試験に関する飛行結果を記録したものである。本ミッションの離昇(リフトオフ)は、連邦生徒会による凍結命令書が現地に到達する以前の、法的空白地帯において「既存計画の完遂」として実施された。

したがって、本件は適法な手続きに則った運用であり、プロジェクトの意義を実証するための不可欠なプロセスであったことをここに明言する。

 

2. 新型ロケット「コスモス」主要諸元

全長35.4 メートル

全備重量1,524 トン

直径第1段部:4.0 メートル

第2段部:2.3 メートル

再突入部:2.3 メートル

段構成2段式 + 固体ロケットブースター4基

ブースター推力:約20,568kN(4本)

デルタv:1,237m/s(海面高度)

第1段エンジン高出力液体燃料エンジン × 2基

推力:約14,000kN

デルタv:7,054m/s(海面高度)

第1段推進剤液体酸素/高純度ケロシン

第2段エンジン真空用高効率エンジン × 1基

推力:約455kN

デルタv:3,037m/s(高度140km)

第2段推進剤液体酸素/液体水素

その他装備緊急脱出システム

飛行中断装置

 

3. 飛行記録

低軌道への有人宇宙飛行を目的とした新型ロケット「コスモス」は、キヴォトス標準時の20xx年 〇月 □□日 午前 8時 45分 00秒に、キヴォトス宇宙センターから打ち上げられた。

 

3.1. 天候

天候晴れ

風向東北東

風速7 メートル毎秒

 

3.2. イベント

T-01:00:00飛行士搭乗完了

T-00:15:00打ち上げ最終実施判断 GO

T-00:00:03メインエンジン点火

T+00:00:00固体ロケットブースター点火

支持機解放

リフトオフ

T+00:00:28高度 5,000 メートル通過

T+00:00:42高度 10,000 メートル通過

機体の微振動を検知

T+00:00:44高度 11,172 メートル

最大動圧点到達

機体の振動増加

T+00:00:47高度 12,412 メートル

機体振動の安全基準値を超過

緊急脱出装置起動

コマンドポッド強制分離

T+00:00:48高度 12,968 メートル

コマンドポッド離脱完了

T+00:00:53飛行中断装置起動

T+00:01:32高度 22,684 メートル

当フライトによる最高到達高度を記録

T+00:04:07高度 5,000 メートル

ドラッグシュート展開

T+00:05:34高度 1,000 メートル

パラシュート展開

T+00:07:15高度 0 メートル

キヴォトス宇宙センターから東南東方向の沖合32.583キロメートル地点に着水

螺子代マヒルら回収班によって搭乗員並びにコマンドポッド部が回収された

 

4. 事故原因調査および再発防止策

報告者:螺子代マヒル

 

4.1. 事故原因の特定(技術的分析)

事象高度11,172メートル付近の最大動圧点(Max Q)到達時に、機体の異常振動(共振)が発生した。

直接的原因4基の固体ロケットブースター(SRB)の燃焼パターンにわずかな非対称が生じていたこと。

複合的要因上記の燃焼非対称に、超音速飛行時の空気抵抗が重なり、機体構造の設計限界を超える共振を招いた。

結果高度12,412メートルにおいて振動が安全基準値を完全超過したため、手動により緊急脱出システム(LES)が起動、搭乗員を乗せたコマンドポッドを緊急離脱させた。

 

4.2. 暫定的な再発防止策

次世代液体燃料エンジンの開発計画: SRBへの依存を段階的に縮小するため、推力制御(スロットリング)が可能な「高推力次世代液体燃料エンジン」の新規開発プロジェクトを立ち上げる。これにより、最大動圧点付近での精密な出力調整を可能とし、機体構造への負荷を動的に管理する。

 

SRBの品質管理と運用見直し: 液体燃料エンジンの実用化までの期間は、既存のSRB製造工程における燃焼パターンの個体差を最小限に抑える厳格な品質管理を実施する。

 

また、次回飛行試験までの凍結期間を利用し、エンジンおよび機体構造の耐久性を検証するための地上において「静的試験(スタティック・テスト)」を1,000回単位で実施し、共振データの精緻化を図る。

 

4.3. 安全システムの評価

LESの有効性: 今回の事故において、技術主任 螺子代マヒルが多重化した緊急脱出システムは完璧に作動した。

機体本体は損失したが、パイロットの生命を100パーセント保護した事実は、有人宇宙飛行における「誠実な設計」の勝利であり、次期ミッションへの強力な安全担保となる。

 

5. 飛行士事後報告

報告者:星見ミリ

窓の外に見えた蒼い世界は、吸い込まれそうなほど静かで、あそこに行けば誰も怒らなくて済むんだって……本当にそう思えるほど綺麗でした。宇宙はまだ遠かったけれど、みんなが作ってくれたロケットを信じて良かったです。……次はもっと腰に優しく、パラシュートをたくさん付けてください。

 

6. 経済的評価および提言

本ミッションによる非回収部大破に伴う 3,328,512,000 クレジット の損失は、実地での破壊試験およびLESの稼働実証費用として極めて有意義な投資である。本件は「不可抗力による事故」ではなく、キヴォトスの生徒が「自らの意志で宇宙へ手を伸ばした」歴史的な第一歩である。

連邦生徒会におかれては、今回の「安全性の立証」を高く評価し、プロジェクト凍結の即時解除、および次期有人宇宙飛行に向けた予算の再承認を速やかに検討されたし。

 

 

 

*1
ロケットを安全な地上設備に固定した状態でエンジンを噴射し、推力、燃焼サイクル、構造の健全性などのデータを取得・検証する試験

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