嘘イベスト「エマージェンシー! ~カウントダウンは止まらない~」   作:さはぎん

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今書きあがっているのはここまでです。
頑張って書きますので、お待ちください。


第2話:冷ややかなディスタンス

託された分厚い資料をデスクに広げ、私は深く椅子に身を沈めた。

窓の外には、周りのビルが灯を落としたことで深くなった闇と、それでも明るいキヴォトスの夜に負けずに輝く星が瞬いている。

 

手元の資料に記された複雑な組織図と、天文学的な数字が並ぶ予算推移。

そして肝心の技術的な詳細に私の思考は停止する。

 

“(Delta-V(デルタブイ)TWR(ティーダブリューアール)、比推力、Max Q(マックスキュー)、アポジ点、ペリジ点……)”

“(書かれている意味がわからない……)”

 

高度な軌道計算のグラフ、緻密に書き込まれた新型ロケットの設計図、見たこともない専門用語の羅列。

「先生」と呼ばれてはいる私ではあるが、宇宙開発に関する知識なんてほとんどない。「宇宙飛行士になるのはとてつもなく狭い道である」とか、「無重力だと水が球体になる」とか、「滅茶苦茶かっこいいロケット」くらいなものだ。

とてもではないが専門外の最先端科学を一度に理解するのは不可能に近かった。

 

“有人での宇宙飛行……”

“私の知識だけだと現地に行っても何もわからないかも。”

 

まだ見ぬ生徒たちが、あの高くて遠い宇宙を目指して懸命に積み上げてきたこれまでの歩みを、知識もない私が監査などしてもよいのだろうか?

監査ということは、私の報告次第では今後の活動に制限などがついてしまうかもしれない。専門家でもない私の一言でそうなってしまうのは、あまりにも忍びない。

 

だが同時に、前例のない有人ミッションの危険性もリンの説明から痛いほど理解できた。

もし万が一の事故が起きれば、それは搭乗する生徒の命だけでなく、ただでさえ不安定なキヴォトスのパワーバランスを根底から揺るがす大惨事になりかねないのだ。

 

客観的で正確な報告書を作成するためには、まずこのプロジェクトがキヴォトスでどのような立ち位置にあり、各学園がどう考えているのかを知る必要がある。

KSPの共同運営に名を連ねる学園の一覧には、シャーレ奪還作戦の時に手助けしてくれた生徒たちが所属しているトリニティ、ゲヘナ、ミレニアムを筆頭に、ハイランダーやレッドウィンター、アビドスなどあまたの学園の名前が記されていた。

ならば、まずはそれぞれの学園で直接話を聞いて、彼女らのスタンスを確かめてみるのが一番の近道だろう。

 

私は手元の端末を操作してモモトークを開き、短い間とはいえ背中を預けあってともに戦った3人の生徒に、各学園の生徒会への橋渡しをしてほしいと依頼のメッセージを送ると、すぐに小気味の良い通知音が連続して響いた。

 

チナツ「万魔殿へのアポイントメントを直ちに手配いたします ~チナツ~」

ハスミ「ティーパーティーへの取次ですか…… 承知しました 私も同席させていただきます」

ユウカ「セミナーでお待ちしています ちょうど私もお聞きしたいことがあったんです」

 

頼もしい教え子たちの協力に感謝しつつ、私は翌朝からの出張に向けてまずはゲヘナ自治区へと向かう準備を整え始めた。

 


 

チナツ「ようこそお越しくださいました。」

 

“ありがとう、チナツ。今日はよろしくね。”

 

リンからの依頼を受けた翌朝、各学園で話を聞こうとモモトークでお願いをしたところ、「荒れているゲヘナを先生一人で歩かせるわけにはいきません!」との返信があり、朝からチナツに案内を受けることになった。

 

“ところでチナツはKSPって知ってる?”

 

チナツ「KSP……ですか。名前と簡単な活動については知っているくらいですね。ゲヘナ外の組織ですし、ましては政治的な話は風紀委員会はあまり担当しませんので。」

 

"そっかぁ……”

 

チナツ「着きました。ここが万魔殿になります。」

チナツ「失礼します。火宮チナツです。万魔殿へのお客様をお連れしました。」

 

ゲヘナの生徒会に当たる万魔殿へ歩みを向ける途中、チナツにも聞いてみようと話を向けるが、リンの言う通り組織自体はともかく、KSPが実施しているプロジェクトまではあまり知られていないようだ。

そんな会話をしていると、ゲヘナにおける生徒会である「万魔殿」の会議室についたようで、出迎えられた重厚なデザインの扉を開くと、そこではすでに役員たちが集まっていた。

 

マコト「キキキッ。よく来たなシャーレの先生よ。それで、この万魔殿の羽沼マコト様に何の用だ?」

 

“やあ、マコト。”

“ゲヘナも共同運営に参加している「KSP」について聞きたくてね。”

 

不遜な笑みを浮かべながら椅子の背もたれに大きくふんぞり返った万魔殿の議長であるマコトは「KSP」という単語を耳にした瞬間、つまらなそうに鼻を鳴らし、手元の書類を放り投げた。

 

マコト「ああ、偏狭でロケットをいじくりまわしている奇妙な合同組織か。それがどうしたというのだ。」

 

“実は連邦生徒会からの依頼でKSPに監査に行くことになってね。”

“有人宇宙飛行のプロジェクトって知ってる?”

 

マコト「キキキッ、有人宇宙飛行だと?奴らもなかなか面白いことを考えるじゃないか。」

 

“その反応は初耳って感じかな?”

 

マコト「そもそもわがゲヘナがあの組織に出資しているのはただの政治パフォーマンスという側面が大きくてな。奴らが何を考えているのか、何をしているのかも知ったことではない!」

マコト「トリニティの気取った連中が『我が学園は宇宙開発にも貢献している』などと偉そうに宣うのが、とにかく気に入らなくてな!だから同額の出資をして、ゲヘナの存在感を示してやっているだけに過ぎん!爆発しようが墜落しようが、トリニティへの政治的な牽制さえ機能していればそれで十分だ!」

 

その冷徹とも言える圧倒的な無関心さに、私は思わず言葉を失いかけた。隣に座るサツキも、特に反論する様子はなく、妖艶な笑みを浮かべながら自身の長い髪を指先で退屈そうに弄っている。イロハは深いため息をつき、手元の端末をパタンと閉じると、私に向かって気の毒そうな視線を向けた。

 

イロハ「先生、そういうことです。万魔殿としては、出資はあくまで他学園への牽制と面目のため。プロジェクトの具体的な内容や、有人飛行の危険性については、関心すらありません。」

イロハ「そもそも、今のゲヘナは風紀委員会との絶えない小競り合いや、自治区内の治安維持で手一杯なんです。これ以上、面倒な宇宙の話をここに持ち込まないでいただけますか?」

 

“そっか……。ありがとう、よくわかったよ。”

 

私はそれ以上のことを聞くことはできないだろうと考え、万魔殿の会議室を後にした。

 

会議室の扉を閉めると、待っていてくれたのであろうチナツに声をかけられた。

 

チナツ「お疲れさまでした、先生。何か有意義なことは聞けましたか?」

 

“う〜ん……”

“万魔殿……というかゲヘナとしてのKSPへのスタンスは分かったかな。”

 

ゲヘナにおいて、KSPという組織は単なる政治の道具でしかないというのが本音なのだろう。

KSPの生徒たちの情熱や宇宙への夢に対して、外部からはあまりに無関心という状況に少し悲しく思うのであった。

 


 

ゲヘナを案内してくれたチナツと別れ、重い足取りのまま私は次なる目的地であるトリニティへと向かった。

事前にハスミから話が通っていたのか、学園の入り口でハスミと合流してから一度も止められることもなくトリニティの生徒会に当たる「ティーパーティー」、そのホストが主に利用するテラスまで案内される。

 

ナギサ「ごきげんよう。トリニティ総合学園、ティーパーティーのホストを務めております桐藤ナギサと申します。」

ナギサ「ハスミさんから大体の事情はうかがっております。」

 

ナギサは洗練された所作で私に席を勧めるとともに、詳しくなくてもわかる最高級だろう紅茶を純白のカップに淹れてくれた。

 

“ありがとう、ナギサ。早速だけど……”

“KSPの新プロジェクトについて、トリニティがどう思っているか教えてくれないかな?”

 

ナギサはティーカップを静かにソーサーに戻すと、かすかに目を細めて話始める。

 

ナギサ「KSP……ですか。ええ、確かに私たちも相応の予算を拠出し、生徒を何名か派遣しております。ですが……それ以上でも以下でもないというところでしょうか。」

 

“それ以上でも以下でもない?”

“というと?”

 

ナギサ「言葉の通りですよ、先生。トリニティとしての現在のスタンスは、一言でいえば『静観』です。」

ナギサ「出資金を無駄に溶かすような真似や横領でもしない限り、彼女らの活動内容に口を出すつもりはありません。」

 

彼女の言葉はどこまでも上品で耳に心地よかったが、ゲヘナのマコトとはまた違う、洗練された冷ややかさが宿っていた。

 

ナギサ「現在のキヴォトスは、連邦生徒会長の失踪という未曽有の事態により、極めて不安定な事態にあります。ハスミさんも実感しているかと思いますが、トリニティも自治区内の治安維持や、直近に控える───」

ナギサ「いえ、なんでもありません。ともかく、自治区内の様々な問題への対応に追われておりますので。」

 

ナギサ「そのような状況下で、成功の保証もない辺境の宇宙開発に、これ以上のリソースや監視を割く余裕はありません。連邦生徒会がリスクを懸念されるのも当然の判断かと思います。」

 

ナギサは寂しげに、しかし毅然とした態度でゆっくりと首を振った。

 

ナギサ「もし連邦生徒会が監査の結果としてプロジェクトの凍結を決定されるのであれば、私たちはそれに従うまでです。」

ナギサ「わざわざ無駄な波風を立ててまで、あの組織を擁護する理由は、今のトリニティにはありませんので。」

 


 

“ハスミ、案内ありがとう”

 

ハスミ「いえ、問題ありません。これも正義実現委員会の務めですから。」

 

ティーパーティーのテラスを後にして、ハスミとともに歩く。

 

“ゲヘナでもトリニティでもKSPにはあまり関心を向けていないんだね。”

 

私がポツリとこぼした言葉に、ハスミが答えてくれる。

 

ハスミ「ゲヘナと意見が一致するのは気に入りませんが、ゲヘナもトリニティも自治区内の問題の対処のほうがよほど重要な問題でしょう。」

ハスミ「出資やこの学園から参加している生徒もいるとはいえ、定期的な交流をしているわけでもありませんし……」

ハスミ「ですが、我々正義実現委員会が胸に宿した正義を貫くために活動しているのと同じように、彼女らにも譲れない夢があるでしょうから、どうかその夢が潰えないようにとは思ってしまいます。」

 

ハスミの祈るような言葉に、“そうだね”とうなずきながら私はゲヘナとトリニティで聞いた内容を思い返す。

 

キヴォトス三大自治区といわれるうちのゲヘナとトリニティ。その双方のトップから突き付けられたのは、あまりにも容赦のない「ディスタンス」───冷ややかな無関心と、徹底した政治的打算だった。

彼女たちは、KSPという組織をただの書類上の数字や、勢力争いの記号としてしか見ていない。

連邦生徒会からの凍結命令が正式に下れば、両学園とも何一つ躊躇することなく、現地で奮闘する生徒たちを切り捨てるだろう。

周囲の冷たい視線と、絶対的な孤立無援の環境の中で、KSPの生徒たちがどれほど孤独な戦いを続けてきたのか、その一端を垣間見た気がした。

 

“残るは、ミレニアムだけか……”

 

私は日が傾き始めたキヴォトスの空を見上げながら、ぽつりと呟いた。

科学技術の粋を集め、合理性と実利を重んじる最高学園であるミレニアムなら、もしかしたら他の学園とは違う、現場に寄り添った答えが聞けるかもしれない。

 

私はそんな期待を胸に、重い足をミレニアムに向けて動かした。

 

 

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