嘘イベスト「エマージェンシー! ~カウントダウンは止まらない~」 作:さはぎん
ゲヘナ、トリニティと渡り歩き、それぞれのトップが抱く冷徹な政治的打算と「ディスタンス」を目の当たりにした私は、次なる目的地へと向かった。
他の学園の追随を許さない最先端の科学技術を有する学園──ミレニアムである。
トリニティやゲヘナとは違い、現代的というのか近未来的というのか、洗練されたガラス張りの高層ビル群の間を飛んでいく自立型ドローンを見ると、やはりここならKSPやそのプロジェクトにも一定の関心を持ってくれているのではないかと期待してしまう。
そんなことを考えながら、昨日ユウカからモモトークで伝えられた通り、ミレニアムタワーにあるセミナーの専用スペースへと向かう。
ユウカ「先生、お疲れ様です。お待ちしていました。」
“遅くなってごめんね。”
“早速なんだけど……”
ユウカ「はい、KSPについてですよね。ミレニアムはほかの学園よりもあそことはかかわりが深いですから。」
そういってユウカから手渡されたタブレットには、ゲヘナやトリニティの書類で見かけたような、単純な「出資金」の数字だけではなく、より具体的な物資や技術のやり取りが記録されていた。
ユウカ「ほかの学園はただ予算を出しているだけかもしれませんが、私たちは違います。ミレニアムからKSPへは資金援助だけではなく、新素材開発部から超高温・超高圧に耐えうる特殊素材の供給や、さらには制御システムの合同開発といった技術提供も行っています。」
“そうなんだね。”
“それじゃあ、新プロジェクトの有人飛行についてもミレニアムとしては前向きなの?”
私の問いに対して、ユウカは少しだけ表情を緩め、「ふう」と小さい溜息をついた。
ユウカ「ええ、基本的には……ですが。ロケット開発という極限のミッションから得られるデータは、ミレニアムの発展にとって極めて貴重な資産ですから。──もっとも、会計としては頭を抱えたくなる部分も多いんですけど……」
“頭を抱えたくなる部分……?”
ユウカ「『ペイロード能力が足りない?だったらエンジンを増やそう!』だとか『TWRが足りない?ならブースターを追加しよう!』だとか、大雑把な設計思想が平然とまかり通っているのを見るだけで、私の胃が痛くなります。」
ユウカ「それにあそこの現場の生徒たちって、有人飛行のリスクに関してもどこか楽観視している節があるんですよね……。普通に『最悪、墜落して爆発したとしても、キヴォトス人なら大怪我で済むでしょ』なんて言っているんですよ!?」
“あはは……”
ユウカの言葉に、私は乾いた笑いがこぼれた。
銃弾が飛び交い、戦車砲が当たっても多少の怪我ですんでしまうキヴォトスの生徒たち。街中でも手榴弾や爆弾の爆発に巻き込まれることもあるためか、怪我というものに対しての意識が低いのだろうか?
しかし、宇宙へ行くロケットともなると、万が一の爆発の規模はけた違いだろうし、打ち上げ途中の爆発だとすると、それなりの高度から落下することになるだろう……
そんな無頓着さに、苦笑いをすることしかできなかった。
ユウカ「ただ、私はあくまで予算と数字を管理する立場です。ロケット開発そのものの具体的な技術面や、現在開発中の新型ロケットの安全性について評価を下すのは専門外ですから。」
ユウカ「やはりそういうことは専門家に聞くのが一番だと思います。」
“専門家?”
ユウカ「はい、ちょっと……いえ、結構困った方たちですが、頼りにはなります。今なら多分それほど危険もないはずですし……」
“危険!?危ないの!?”
ユウカ「いきましょうか、『エンジニア部』へ」
“ユウカ!?”
ユウカに連れられて目指す場所は「エンジニア部」の部室。
一抹の不安を覚える紹介ではあったが、ロケットについて詳しい話が聞けるかもしれない。
それに道すがらユウカから聞いた話ではいろいろなものを発明・開発しているらしく、この間もレールガンを作ったなんて聞いた時には、不安よりもワクワクのほうが強くなっていた。
そう、気が緩んでいた。
「つきましたよ。」とユウカに案内され、たどり着いたドアを警戒もせずに開けてしまった私を、「ボンッ!」という破裂音とともに、開けた扉から噴き出してきた白煙が呑み込んだ。
ユウカ「先生!大丈夫ですか!?」
“ごほっ、大丈……ごほっ……”
危ないって言ってたっけ、そんなことを思い返しながら、ユウカに手を引かれて煙から逃れるのだった。
排煙装置がフル稼働してもまだ少し煙でかすんだ部室の中、ユウカがエンジニア部と思われる生徒と会話している。
ユウカ「それで、ウタハ先輩、今度は何をしたんですか?」
ウタハ「いや、なに、ちょっと雷ちゃんをメンテナンスしていてね。冷却装置の誤作動さ。」
ユウカ「それでなんであんなに煙が出るんですか!今日は部室を壊してないでしょうね!」
先輩というからには上級生なのだろうに、それでも物怖じすることなく雷を落とすユウカと、少し小さくなる件の生徒。やはり財布のひもを握るものは恐ろしいのだろう。
“ごめん、ユウカ”
“お説教は後にしてもらえるかな?”
ユウカ「先生……。はあ、仕方ないですね。」
ユウカ「ウタハ先輩、こちらは連邦捜査部シャーレの先生です。先生からの依頼でウタハ先輩にも相談したいことがありまして。」
ウタハ「すまない、止めてくれて助かったよ。私はエンジニア部の部長で、白石ウタハという。」
ウタハ「それで、このマイスターにどのようなご用件かな?」
“よろしく、ウタハ”
“実はね……”
私は連邦生徒会の依頼でKSPに視察に行くこと、技術的な面でアドバイスが欲しくてミレニアムに来たこと、有識者を探していることなどを彼女に伝えた。
すると、「KSPの視察」という言葉に興味をひかれたのだろう、ウタハの切れ長の瞳が面白そうにギラリと輝いた。
ウタハ「KSPの視察か。ふむ、とても興味深い。あそこの設計主任はミレニアムから参加している生徒だが、彼女の『理論上無理なら、ブースターを足して出力を物理的にねじ伏せればすべて解決する』という思想は、技術者として嫌いじゃない。いや、むしろ大好物と言ってもいいな。」
ウタハ「たしか、新しく開発したロケットは『コスモス』だったか……」
そういってウタハは傍らのデスクからタブレットを拾い上げ、ポチポチと操作をするとこちらに向けてきた。その画面に映っていたのは、昨日シャーレのオフィスで受け取った資料の中にもあった、新型ロケットの基本図面だった。
ウタハ「全長約35メートルで1500トン。結構、重量級なロケットだが……設計や公表されている数値では十分低軌道まで到達、帰還が可能な設計だ。彼女にしては少々おとなしいくらいにはまともなロケットだな。もっと、こう、『ブースター8本も束ねれば月まで行けるだろ!』とでもいうような人だったと思うが。」
“そんな過激な……”
ウタハ「普段、人工衛星打ち上げなどの継続ミッションで使うロケットはともかく、新ロケットの開発というとまずは火力でという人だからね。それなのに実際に人を乗せて飛ばすなんて言い出したから、連邦生徒会も視察だと言い出したのかもしれない。」
“普段の行いってやつ?”
“確かに睨まれても仕方ないのかも?”
ウタハ「今の状況的に連邦生徒会が保守的になるのも理解はできるが、前例がないというだけで技術的探究の情熱が潰えてしまうのは残念というしかない。ぜひ彼女たちにはこのプロジェクトをやり遂げてもらいたいね。」
それまで静かに聞いていたユウカが「だからって毎回部室を壊したり、バカみたいな予算申請をされても困るんですからね。」とチクリと刺すようにこぼすと、私に向き直り言葉を続ける。
ユウカ「私もこの分野に詳しいわけではないですし、会計とは言えセミナーの一員としてみんなの安全と成長を願う立場です。リスクがゼロにできるとは思っていませんが、KSPの方々やウタハ先輩が『安全』と判断するのであれば、それを信じてこのプロジェクトを進めてもいいのではないかと思っています。」
ユウカ「なので、先生……」
“うん、わかってるよ”
“ウタハ、ぜひ技術的な専門家として同行してくれないかな?”
ユウカの窺うような口ぶりはそういうことだろう。
技術、知識ともに豊富なウタハが同行してくれるのであれば私も心強い。
そう感じて、ウタハに同行の依頼を申し出る。
ウタハ「もちろんだとも。最先端の宇宙工学の現場、その工夫と職人技をこの目で直接見られるというのは、エンジニアとして最高の刺激になる。」
ウタハ「それに、いつも面倒をかけている後輩から頼られたんだ。未知の領域へ挑む生徒たちの熱意、それが実現たるものかマイスターの誇りにかけて見定めてみせるさ。」
ウタハの力強い快諾を得て、私の胸の奥に詰まっていた重苦しい霧が、少しだけ晴れたような気がした。純粋な「技術」と「情熱」、そしてその裏にあるリスクを正当に見極めるための、これ以上ない頼もしい専門家が味方になってくれたのだ。
“ありがとう、ウタハ”
“本当に心強いよ。”
私はウタハに感謝を告げ、「面倒をかけているのがわかっているなら、もっと普段から自重してください」とおこるユウカをなだめながら、KSPへの旅程の詳細を詰めていくのだった。