嘘イベスト「エマージェンシー! ~カウントダウンは止まらない~」 作:さはぎん
また、このあたりから専門用語が多くなってきます。
注釈や会話中で説明を入れているつもりですが、わからない用語などあればそちらも指摘ください。
ミレニアムで協力を仰いだ翌日、私たちは紺碧の海の上を南へとひた走っていた。
ヘリの規則正しいローター音が鼓膜を震わせる中、窓の外に広がる景色は、先ほどまでの都会的で洗練されたキヴォトスの街並みとは打って変わり、どこまでも続く圧倒的な水平線が支配する世界へと移行していく。
太陽の光が海面に反射し、まるで無数のダイヤモンドを散りばめたようにキラキラと輝いていた。
隣に座る頼もしい専門家、エンジニア部の部長であるウタハは、ヘッドセットのマイクを位置調整しながら、眼下に広がる広大な景色の先を指さした。
ウタハ「先生、あの地平線の先にうっすらと島影が見えてきただろう。あれが今回の目的地、キヴォトス南方の離島に建設されたKSPの宇宙センター、『キヴォトス宇宙センター』だよ。」
“あそこが宇宙に一番近い場所……”
“でもなんでこんな遠くに?”
私の素朴な疑問に対し、ウタハは丁寧に説明してくれる。
ウタハ「理由は主に二つ。一つは惑星の自転速度を最大限に利用するため。ロケットを打ち上げる際、赤道に近い低緯度から東に向かって飛び立たせることで、機体に自転のエネルギーをそのまま上乗せできる。これにより、必要な燃料を節約し、より重い荷物を宇宙に運べるのさ。」
ウタハ「そしてもう一つは、安全性の確保だね。打ち上げ直後のロケットというものは、切り離された巨大なブースターや、第一段機体が地上へ落下してくる。周囲が何もない広大な海であれば、万が一のトラブルの際にも、居住区や一般の生徒たちへの被害を最小限に抑えられるからね。」
“そうだったんだ!”
“ただのロマンじゃなくて、ちゃんと考えて選ばれた場所なんだね。”
ウタハ「ああ、そうだとも。だが、あそこに集まっている生徒たちは単純に『どこよりも空に近く、誰にも邪魔されない場所』を求めた可能性も捨てきれないが。……おっと、そろそろ着陸みたいだ。」
ヘリが高度を下げると、島全体を覆うようにして築かれた巨大な施設群がその全貌を姿を現した。
まず目に飛び込んできたのは、周囲の自然を圧倒するほど巨大な、文字通り超高層ビルに匹敵する建物。その周辺には、空をにらみつけるように設置されたいくつものパラボラアンテナ。
そしてその間を小さく見える生徒たちがあわただしく走り回っているのが見えた。
ヘリポートに無事着陸し、扉が開くと、強烈な潮風とともに、島特有の熱気が肌を刺す。プロペラの回転が徐々に弱まるのを待って、KSPの地面に降り立つと一人の生徒が私達へ歩み寄ってくる。
チマリ「連邦捜査局の先生と、ミレニアムサイエンススクールの白石ウタハさんですね。お待ちしておりました。」
チマリ「私はKSP運営本部主任の毛利チマリと申します。トリニティ総合学園から参加しております。」
出迎えてくれたその生徒は、周囲を忙しく走り回っている生徒達が着ている作業服とは異なり、少しカジュアルなパンツスタイルのレディーススーツで、周りの生徒とは少し雰囲気が異なっていた。
“シャーレの先生です。よろしくね、チマリ。”
ウタハ「ミレニアムのウタハだ。お邪魔するよ。」
ウタハ「ところで、少し浮き足立っているようだね。何かあったのかい?」
そんなウタハの言葉に周囲をうかがってみると、「あれ持ってこい!」とか「回収船の準備!」とか、大きな声を張り上げて、あっちへこっちへ生徒達が走り回っている。緊張感のある空気ではあるが、皆どこか嬉しそうな顔をしていた。
ウタハがそう尋ねると、挨拶の時のようなかしこまった様相から一転、ワクワクが抑えきれないといった様子で満面の笑みを浮かべて、勢いよく言葉を紡ぐ。
チマリ「ええ、ウタハさん、先生も。ちょうどいい時にいらっしゃいました!。まあ、もう数時間早くおつきになればもっと派手なイベントもあったのですけれど……」
──ゴゴゴゴゴ……、ドォン……。
その言葉を遮るように、遠くの空から低く重い2連続の音が響く。
“雷?こんなに天気がいいのに……”
ウタハ「いや、先生違うよ。これは──」
チマリ「先生、ウタハさん、トラッキングセンターへ急ぎましょう。私たちの夢、有人宇宙飛行用の実験機が宇宙から帰ってきましたよ!」
ヘリポートからトラッキングセンターへと続く道を、私たちはチマリの案内に従って急いだ。 周囲では、作業服に身を包んだ生徒たちが無線機を片手に走り回り、興奮した面持ちで空を見上げている。
チマリ「こちらです、先生、ウタハさん! ちょうどデータの受信が始まったところですわ!」
彼女が重厚な自動ドアを開けると、そこには無数のモニターが整然と並び、独特の電子音と緊張感が支配する空間が広がっていた。 部屋の正面にある巨大なスクリーンには、複雑なグラフと刻一刻と変化する数値が踊っている。
“すごい、映画とかで見たような部屋だ。”
“ここが……?”
チマリ「はい、こちらが宇宙センターの心臓部である『トラッキングセンター』です。ロケット打ち上げの管制や、惑星の周りを飛んでいる人工衛星の監視業務を行っています。本日は実験機の追跡に集中しています。」
ウタハ「ふむ、ハイランダーの運行管理ノウハウを流用していると言っていたが、実に見事なコンソールだな。データのノイズ処理も完璧だ。」
ウタハが感心したように、モニターの一つを指差した。 そこには、先ほど外で聞こえた「ドォン、ドォン」という二連続の音の正体が、波形データとして表示されていた。
チマリ「ふふ、先ほどの音に驚かれましたか? あれは雷などではありません。私たちの実験機『コスモス零号機』が、音速の壁を突き破って帰還した際に放った、勝利の産声──ソニックブーム(衝撃波)です。」
“ソニックブーム……”
“あれは、宇宙から帰ってきた音だったんだね”
ウタハ「ああ、そうだとも。大気圏に再突入したカプセルは、今や音速の数倍という猛烈な速度で降下してきている。その衝撃波が地上に届き、あのような二連続の轟音を響かせるのさ。二回聞こえるのは、機体の機首と後端で発生する衝撃波をそれぞれ捉えているからだね。」
チマリさんは誇らしげに頷くと、座っていた生徒に指示を出す。 そこには、現在地から数十キロ離れた海上に展開している回収船の映像と、そこへパラシュートで降下していくカプセルの予測進路が映し出されていた。
チマリ「ご覧ください。高度28,000mを通過。熱防護タイルの状態も、テレメトリー*1を見る限りすべてグリーンですわ。展開式の10m耐熱シールドを積んだ甲斐がありましたわね。」
コンソールの前で鋭い目つきでキーボードを叩いていた生徒──ミッションコントロール主任兼トラッキングセンター主任の神間ジュネが、一度もこちらを振り返ることなく、凛とした声を上げた。
ジュネ「高度15,000m、対地速度142.2m/s。ドラッグシュート*2半展開*3まで25秒。……高度12,000m、ドラッグシュート展開、速度109.3m/sまで減速、着水まで残り205秒。」
ジュネ「お客様……ですね、すみませんがもう少し時間がかかりますので、そちらの席へどうぞ。」
最終局面なのであろう、緊張を解かずに私のほうを一瞥し告げると、すぐさまコンソールに向き直る。
ついてきてくれたウタハは興味深そうに、しかし消して邪魔にならないように、画面に映されている数値を目で追っていた。私は促されるまま、近場にある補助いすに座る。モニターに流れる膨大な数字は、私には完全には理解できない。
けれど、その一つ一つの数字の裏側に、どれほどの計算と、どれほどの情熱が注がれているかは、空気の震えだけで十分に伝わってきた。
“このプロジェクトについて、もう少し詳しく教えてもらえるかな。チマリ。”
チマリ「もちろんです。私たちが今、総力を挙げて取り組んでいるのは、この実験機の成功を踏まえた次のステップ。──キヴォトス初となる、低軌道への有人投入ミッションです。」
チマリは手元の端末を操作し、新型ロケット「コスモス」をディスプレイに投影する。それは、、全長35.4m、4基のブースターを備えた、白く輝く鋼鉄の巨塔だった。
チマリ「これまでもKSPでは、低軌道──大体、海抜180km~2,000kmのところへ通信衛星や観測衛星、もう少し高高度にはGPS衛星や気象衛星を届けてきました。けれど、そこに『人』を乗せるとなれば、話は別です。」
チマリ「
ウタハ「それで新型ロケットの開発か。それらに足りうるパワーを持つ新型機を作ればよいと。うむ、実にエンジニアらしい素晴らしい解決策だ。」
いつの間にか横に戻ってきたウタハが、上機嫌に言葉を継いだ。
チマリ「ええ。この新型ロケットは、海抜高度500kmの低軌道へ、約15トンのペイロード能力──物資を運ぶ能力を持っています。今回の有人ミッションではその半分の8トンの宇宙船を打ち上げ、高度400kmの正円軌道へ投入することを目指しています。」
“高度400km……そこが、君たちが目指している場所なんだね。”
チマリ「そうです。地上から見れば遠い場所かもしれませんが、宇宙の入り口としては、ほんの第一歩。その一歩には37億クレジットを超える予算と、各学園のプライド、そして何より、ここに集まった生徒たちのすべての夢が詰まっています。」
その時、トラッキングセンター内に再び歓声が上がった。メインモニターには、海上にしぶきをあげて着水したカプセルの姿が大きく映し出されていた。
ジュネ「着水確認。着地点誤差20m。管制終了、全セクション回収作業へ移行。」
ジュネが静かに、けれど力強く告げると、室内の生徒たちが立ち上がり、お互いの健闘を称え合って握手を交わした。 その光景は、単なる監査対象の「組織」ではなく、共通の目的のために団結した一つの「意志」そのものだった。
しかし、その熱狂の輪から少し離れたところで、ウタハが眉間に皺を寄せ、モニターに残されたあるデータを凝視していた。
ウタハ「……チマリさん。今、
チマリ「……! さすがはウタハさん、そこを気にされていましたか。ええ、実は
成功の裏にある、技術的な課題。 そして、その課題を乗り越えてまで宇宙へ行こうとする、生徒たちの執念。
“有人飛行計画……。リンちゃんが心配するのも無理はない……。”
“けれど、この熱量をただ止めることが、本当に正しいことなんだろうか”
歓声に沸くトラッキングセンターを後にし、私たちは島の深部──生徒たちの情熱が形を成す現場へと足を進める。
そこには、宇宙への憧れを技術に変える職人たちと、そして、誰よりも宇宙を恐れ、それでも手を伸ばそうとする一人の少女が待っていた。