嘘イベスト「エマージェンシー! ~カウントダウンは止まらない~」   作:さはぎん

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すみません、遅くなりました。



第6話:突きつけられた報告書

宇宙飛行士センターを後にした私たちは、チマリの案内で、島の中央にそびえ立つ近代的なオフィスビルへと向かった。 そこは発射場やロケット組立棟(VAB)の喧騒から少し離れた、KSPの事務的な中心地である「運営本部」だ。

 

その最上階にあるチマリのオフィスに招かれると、壁一面のガラス窓から、夕陽に照らされて黄金色に輝く宇宙センターの全景が一望できた。 遠くに見えるVABや発射場は、ここから見るとまるでおもちゃの模型のようだ。

 

チマリ「改めて、KSPへようこそお越しくださいました。ここがKSPの運営本部です。」

 

チマリは窓際の応接スペースにある、見るからに座り心地の良さそうな深緑の革張りソファへと、優雅な手つきで私たちを促した。

 

チマリ「現場を回ってお疲れでしょう。どうぞ、そちらにお掛けになってください。今、とっておきの紅茶を淹れますわ。」

 

ウタハは遠慮なくソファに深く腰を下ろし、室内を眺め回した。

 

ウタハ「VABの油と鉄の匂いとは無縁の場所だな。ここがKSPの政治的中枢というわけか。」

 

チマリは慣れた所作でアールグレイを淹れ、私とウタハの前に静かに置いた。彼女のデスクには、天文学的な数字が並ぶ予算書や、各学園との複雑な折衝記録が山のように積まれている。

 

トリニティ、ゲヘナ、ミレニアム。

それぞれの学園が牽制のために出資している予算をまとめ上げ、この巨大な合同組織を維持するのは至難の業だろう。

 

チマリ「散らかっていて申し訳ありません。」

 

“そんなことないよ。”

“シャーレの私のデスクはもっとひどいから……。”

 

こうして視察に来ている間にも、私のデスクには新しい紙の塔ができているのだろうな……と少し遠い目をした私の言葉に、チマリは少しだけ悪戯っぽく微笑んだ。

 

チマリ「口出しされないからこそ、私たちはこれまで自由に『宇宙』という途方もない夢を追うことができました。ですが、それは同時に恐ろしいことでもあります。彼らにとって私たちは、ただの政治的な牽制の道具に過ぎません。」

チマリ「もし連邦生徒会が本気で私たちを切り捨てようとしたとき、無関心なスポンサーたちは決して私たちを守ってはくれません。」

 

チマリの瞳に、薄氷の上のバランスを渡り歩いてきた策士としての鋭い光が宿る。

私は勧められた紅茶を一口飲み、彼女のこれまでの決意に深く頷いた。政治的な事情に振り回されながらも、彼女たちは着実に前へと進んでいる。

 

チマリ「連邦生徒会からの厳しい監査の目と、いつ予算を打ち切られるか分からない薄氷の上の政治的バランス……。その板挟みの中で、私たちはこの場所を守ってきました。すべては、あの誰も見たことのない本物の宇宙を、この目で確かめるためにです。」

 

“チマリ、君の努力はよくわかったよ。”

“それにほかのみんなもすごく頑張ってる。”

 

“みんなの情熱がどれほどのものか、この視察で痛いほど伝わってきた。”

 

私は出された紅茶をもう一口飲み、彼女のこれまでの苦労と決意に深く頷いた。

 

チマリ「ありがとうございます。先生にそう言っていただけると皆も喜ぶでしょう。」

チマリ「それと、今回の視察の報告書を書くのでしたら、この場所を使ってください。」

 

“ありがとう!”

“みんなの思いがしっかり伝わるように書くね!”

 

チマリ「よろしくお願いします。」

 

ウタハ「先生、機体の性能や安全設備についての補足が必要なら、私の署名入りの技術評価書を添付しよう。ユウカにも同じものを提出するから、ミレニアムとしての正式な見解書と思ってくれていいとも。」

 

“ウタハもありがとう!”

 

私は一角のデスクを借りて、視察の報告書をまとめ始めた。

ゲヘナの万魔殿やトリニティのティーパーティーが示した、冷徹な無関心。

ミレニアムのエンジニア部が太鼓判を押す、緻密で確かな技術力。

そして何より、各学園の垣根を越えて集まった生徒たちの、宇宙に対する揺るぎない情熱。

 

ウタハの技術評価書を添え、有人飛行計画の正式な承認と進行を推奨する文面を綴った。

 

“よし、これで完成だね”

 

私は手元の端末を操作し、連邦生徒会のリンへと報告書のデータを送信した。

 

 


 

 

データを送信して数分後、私の端末が電子音を響かせ、七神リンからの着信を告げた。

 

“リンちゃん!”

“何かあった?”

 

リン「またリンちゃんなどと……はぁ……」

リン「先生、視察お疲れ様です。まだ軽くしか目を通せていませんが、報告書もありがとうございます。」

 

“もう読んでくれたんだね。”

“報告書に書いた通り、技術的な裏付けも十分にあるし、このプロジェクトは問題なく進められると思うよ。”

 

現場の熱意をそのままぶつけた私とは対照的に、リンの声は酷く冷え切っていた。これから始まる明るい未来を確信していた私の心に、得体の知れない胸騒ぎが走る。

 

リン「ええ、非常に細かく、有意義な資料でした。今後、このプロジェクトの()()を検討する際には、間違いなく重要な材料となるでしょう。」

 

“……()()!?”

“リンちゃん、どういうこと!?”

 

不穏な言葉の意味を測りかねて問い返す私に、リンは淡々と、あまりにも事務的な口調で宣告した。

 

リン「そのままの意味です、先生。連邦生徒会は先ほど、KSPの『有人飛行計画』に対する凍結命令を発令いたしました。」

 

“どうして!”

“ウタハも安全性を保障してくれたし、これから有人飛行のステップへ進むところなのに!”

 

私は思わず声を荒げてしまう。

運営本部の静かな部屋に、私の叫びにも似た大声が虚しく響き渡る。

横で聞いていたウタハは、何か言いたげな表情を浮かべるが、言葉にはせずに口を固く結んでいた。

 

リン「現在のキヴォトスは、生徒会長の不在という状況で、自治区の治安維持や通常業務の回復で手一杯です。」

リン「そのような時期に、実利も前例もない、そして失敗のリスクがあまりに高すぎる新規の()()()()()()に、これ以上の貴重なリソースと予算を割くことはできません。」

 

“でも……!あの子たちの夢がもう目の前に来てるんだよ?”

“それなのに……”

 

リン「中止しろと言っているのではありません。……あくまで『()()』です。」

リン「キヴォトスの情勢が完全に安定するまで、プロジェクトを一時停止する。」

 

リン「それが、連邦生徒会からの譲歩を含めた最終回答となります。」

 

リンが告げた最後の言葉は、作業の手を止めこちらに歩み寄ってきたチマリにも、容赦なく届いてしまう。

いつもは優雅で不敵な笑みを絶やさないチマリの表情が、その瞬間だけは驚きにわずかに揺れた。

 

チマリ「……プロジェクトの、一時停止……ですか?」

 

チマリは小さく呟くと、手元に抱えていた運営資料のファイルを、指先が白くなるほど強く握りしめた。

 

 


 

 

リンとの通話が切れ、ホログラムディスプレイが静かに消える。 残されたのは、重苦しい沈黙と、到底受け入れがたい「凍結」という一言だけだった。

 

電話口から漏れた声を聴いてしまったのであろうチマリは、腕に抱えていた運営資料のファイルを、指先が白くなるほど強く握りしめている。

 

“聞こえちゃったんだね……”

“ごめん……”

 

私はデスクに手をつき、肺にある空気をすべて吐き出すようにして答えた。

 

“ああ。リンちゃん……連邦生徒会首席行政官の話では、明日の朝には連邦生徒会の子がここへくるみたい。”

“正式なプロジェクトの凍結命令書を持ってね。”

 

チマリ「明日の朝……。今から約14時間後、ということですわね。」

 

チマリの瞳が、驚きと絶望にわずかに揺れた。一度凍結されれば、それがいつ解除されるのかなんて分かったものではない。彼女たちが心血を注いできた夢が、文字通り「氷漬け」にされようとしていた。

 

沈黙を守っていたウタハが、ゆっくりと顔を上げた。

 

ウタハ「行政の論理というやつか。技術者たちがどれほど心血を注ごうとも、紙切れ一枚で道が閉ざされる。実に腹立たしいものだな。」

 

彼女の鋭い視線が、窓の外の発射場やVABへと向けられる。

 

“チマリ、悪いけれど各部門の主任を至急、会議室に集めてもらえるかな。”

 

私は意を決して、彼女たちの瞳を真っ直ぐに見つめた。

 

“今の状況を、現場を支えるみんなに包み隠さずに伝えないと……”

“その上で、どうすべきか……最後の話し合いをしよう。”

 

チマリ「……承知いたしました。すぐに集めます。」

 

チマリは一度だけ深く頷くと、運営本部主任としての毅然とした表情を取り戻し、足早にデスクへと戻ると、各セクションへの緊急招集連絡を端末に打ち込み始めた。

 

数分後、宇宙センターの全域に緊急放送が流れる。VAB、発射場、ミッションコントロールセンター。

それぞれの場所で空を見上げていた職人たちの顔に、緊張が走る。

 

連邦生徒会からの「終わり」の宣告に対し、彼女たちがどのような答えを出すのか。

運命のカウントダウンは、すでに始まっていた。

 

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