内容の方なんですけど、クラスポイントの説明の部分を端折らなかった面白いくらい長くなってしまいました。それでも第七幕と同じくらいらしいです.......第七幕長すぎ!?
5月1日、午前8時35分。
ゴールデンウィークの狭間、普段なら連休の予定で浮き足立つはずの1年Dクラスの教室は、通底する不穏な静寂に支配されていた。
「おい、冗談だろ……?」「マジで入ってねえ……残高、ゼロだ」
山内や須藤が端末の画面を何度もタップし、すがりつくような声をあげる。昨日まで「10万ポイントの富豪」として放蕩の限りを尽くしていた家畜たちが、一瞬にして一文無しの現実に叩き落とされた瞬間だった。
僕は窓際の特等席に腰掛け、白磁色の杖をそっと脚に立てかけていた。杖の側部で鈍い光を放つオペラグラスが、私の手のひらに心地よい冷たさを伝えてくる。僕はただ、硝子窓の向こうで荒れ狂う嵐を眺めるかのように、これから始まる極上の喜劇を待つ「純粋なる傍観者」としてそこにいた。
5月最初の学校の開始を告げる始業チャイムが鳴り、程なくして教室の扉がガラリと開き、手にポスターの筒を持った担任の茶柱佐枝が演壇へと進み出た。その表情には、いつもより格段に険しさが足されていた。
「せんせー!ひょっとして生理でも止まりましたー?」
「これより朝のホームルームを始める。が、その前に何か質問はあるか?気になることがあるなら今の内に聞いておいた方がいい。」
茶柱先生は池寛治のセクハラ染みた野次を完全に黙殺し、淡々と、しかし確実な獲物を網に追い詰める猟師のような声音で告げた。生徒たちからの質問があることを確信しているような口ぶりだ。実際、数人の生徒がすぐさま挙手をした。
「あの、今朝確認したらポイントが振り込まれていないんですけど、毎月1日に支給されるんじゃないんですか?今朝ジュースすら買えなくて焦りましたよ。」
「本堂、前に説明しただろう、その通りだ。ポイントは毎月1日に振り込まれる。今月も間違いなく振り込まれたことは確認されている。」
「え、でも・・・・・・。振り込まれてなかったよな。」
本堂や山内が顔を見合わせた。池は気づいていなかったらしく驚いていた。
(……なるほどね。確かに今朝、ポイントの確認をしてみれば、彼らの端末には一切の変動が無かったわけだ。このクラスは、僕の想定を遥かに超える極上の不良品が揃っているようだねぇ)
「・・・・・・お前らは本当に愚かな生徒だ。」
冷徹な声音の裏に、ある種の諦念と、歪んだ愉悦をほんの微かに孕ませた気配を纏う茶柱先生。
「愚か?っすか?」
間抜けに聞き返す本堂に、茶柱先生は鋭い眼光を向ける。
「座れ、本堂。二度は言わん」
「佐枝ちゃん先生?」
聞いたことがない厳しい口調に本堂は腰が引け、そのままズルりと椅子に収まった。
「ポイントは振り込まれた。これは間違いない。このクラスだけ忘れられてた、などという幻想、可能性はない。わかったか?」
「いや、分かったかって言われても、なあ?実際に振り込まれていないわけだし……。」
本堂は戸惑いながらも、不満げな様子を見せる。
彼らの中では、ここが学校であり、自らの実力を測るための冷酷なチェス盤であるという前提が、完全に抜け落ちているらしい。
(ふふ。彼らの底の浅い愚かさにはほとほと呆れるけれど、このプロットの崩壊劇は、僕という観客の心を最高に躍らせてくれるよ)
「ははは、なるほど、そういうことだねティーチャー。理解出来たよ、この謎解きがね。」
高円寺くんが声高らかに笑った。そして長い足を机の上に堂々と乗せ、尊大な態度で本堂を指さした。
「簡単なことさ、私たちDクラスには1ポイントも支給されなかった、ということだよ。」
「はあ?なんでだよ。毎月10万ポイント支給されるって……」
「私はそう聞いた覚えはないね。そうだろう?」
ニヤニヤと不敵な笑みを浮かべながら、高円寺くんは茶柱先生にもその堂々とした指先を向けた。
「態度には問題ありだが、高円寺の言う通りだ。全く、これだけヒントをやって自分で気が付いたのが数名、さらにこちらに聞きに来たのが1人だけとは、嘆かわしいな。」
教室の中は、突然突きつけられた冷酷な現実を前に、蜂の巣をつついたような騒然とした空気に包まれていく。その混沌の最前列で、一人の少年が静かに手を挙げた。
「……先生、質問いいですか?腑に落ちないことがあります。」
平田くんが挙手する。自分のポイントを守るためではなく、不安に包まれるクラスメイトを心配しての行動だろう。流石は健気なクラスのリーダー様だ。こんな盤面の崩壊時でも、率先して泥を被ろうとする。
「振り込まれなかった理由を教えてください。でなければ僕たちは納得出来ません。」
「遅刻欠席、合わせて98回。授業中の私語や携帯を触った回数391回、ひと月で随分とやらかしてくれたものだ。この学校では、クラスの成績がポイントに反映される。その結果お前たちは振り込まれるはずだった10万ポイントを全て吐き出した。それだけのことだ。入学式の日に説明したはずだ。この学校は実力で生徒を測ると。割を食ったお前たちは0という評価を受けた。それだけのことに過ぎない。」
茶柱先生は呆れながらも、感情を排した機械的な言葉を突きつける。これでこの学校に来てからの不自然なほどの厚遇に対する疑問は、すべて解決したことだろう。彼らにとって、最悪の脚本という形で、ではあるが。
私の視線の先、綾小路くんの隣の席では、堀北さんが唇を噛み締めながら、この致命的な事態の把握を計ろうと激しくペンを走らせていた。
「茶柱先生。僕らはそんな話、説明を受けた覚えがありません……。」
「なんだ、お前らは説明を受けなければ理解できないのか」
「当たり前です。振り込まれるポイントが減るなんて話を聞かされてなんていませんでした。説明さえしてもらえていたら、みんな遅刻や私語なんかしなかったはずです。」
(――ああ。平田くん、その泣き言は完全な悪手だよ。それではまるで、自分たちが『檻の中でしか従順になれない家畜』だと告白しているようなものじゃないか)
「それは不思議な話だな平田。確かに私は振り込まれるポイントがどのようなルールで決められているかを説明した覚えはない。しかしだ、お前らは学校に遅刻するな、授業中の私語をするなと、小学校、中学校で教わってこなかったのか?」
「それは……」
「身に覚えがあるだろう。そう、義務教育の9年間、嫌というほど聞かされてきたはずだ。遅刻や私語は悪だと。そのお前らが、言うことにかいて説明されなかったから納得できない?通らないな、その理屈は。当たり前のことを当たり前にこなしていたなら、少なくともポイントが0になることはなかった。全部お前らの自己責任だ。」
反論のしようなどない、あまりにも絶対的な正論の刃だった。誰もが知っている、一番退屈で、一番確実な善悪の基準。
「高校一年に上がったばかりのお前らが、何の制約もなく毎月10万も使わせてもらえるとでも本気で思っていたのか?日本政府が作った優秀な人材教育を目的とするこの学校で?ありえないだろう、常識的に考えて。なぜ疑問を疑問のまま放置しておく?」
その容赦のない正論に、平田くんは悔しげに表情を歪めたが、すぐに折れることなく先生の冷徹な目を見据えた。
「では、せめてポイント増減の詳細を教えてください……。今後の参考にします。」
「それはできない相談だな。人事考課、つまり詳細な査定の内容は、この学校の決まりで教えられないことになっている。社会も同じだ。お前が社会に出て、企業に入ったとして詳しい人事の査定内容を教えるか否かは、企業が決めることだ。しかし、そうだな……。私も憎くてお前たちに冷たく接しているわけじゃない。あまりにも悲惨な状況だ、二つほどいいことを教えてやろう。」
今日初めて、その端正な唇の端を吊り上げ、薄い笑みを見せた茶柱先生。
「遅刻や私語を改め……仮に今月マイナスを0に抑えたとしても、ポイントは減らないが増えることもない。つまり来月も振り込まれるポイントは0ということだ。裏を返せば、どれだけ遅刻や欠席をしても関係ない。という話。どうだ?覚えておいて損はないぞ。」
「っ……。」
平田くんの表情がより一層暗く沈み込む。一部の愚物どもはその言葉の真意を理解できなかったようだが、この毒薬のような説明は完全にクラスの規律を破壊する。遅刻や私語を改めようという生徒の芽を根こそぎ摘み取る――それこそが、茶柱先生、いや、この学校が仕掛けた残酷な罠なのだろう。
話の途中だが、無慈悲なチャイムが鳴り響き、朝のホームルームの終わりを告げる。
「どうやら無駄話が過ぎたようだ。大体理解出来ただろう。そろそろ本題に移ろう」
茶柱先生は手にしていた筒から白い厚手の紙を取り出し、広げた。それを黒板に貼り付け、磁石で無造作に固定する。生徒たちは脳の演算が追いつかぬまま、戸惑いながらも茫然とその紙に記された数字を凝視した。
「これは……各クラスの成績、ということ?」
ポツリと、半信半疑ながらも堀北さんがその本質を解釈した。だが、理解できてしまったからこそ、その圧倒的な格差をプライドが受け止めきれていないようだった。
【Aクラス:940 CP】
【Bクラス:650 CP】
【Cクラス:480 CP】
【Dクラス:0 CP】
「ねぇ、綾小路くん、久那瀬さん。おかしいと思わないかしら?」
「あぁ・・・・・・少し綺麗過ぎるよな。」
「そうだね。その意見には僕も同意だよ。実に見事な階級社会だ」
僕たちのひそひそとした会話を置き去りにするように、茶柱先生の冷酷な総括が教室に響き渡る。
「お前たちはこの1ヶ月、学校で好き勝手な生活をしてきた。学校側はそれを否定するつもりはない。遅刻も私語も、全て最後には自分たちにツケが回ってくるだけのこと。ポイントの使用に関してもそうだ。得た物をどう使おうがそれは所有者の自由。その点に関しても制限は掛けていなかっただろう?」
「こんなのあんまりっすよ!これじゃ生活ができませんって!」
今まで絶望に凍りついていた池が、ついに耐えかねたように叫んだ。
山内に至っては、頭を抱えて阿鼻叫喚の醜態を晒している。彼は確か、昨日まで「0ポイントになったらどうなるんだろうな!」などと声高らかに笑っていたはずだが……因果応報とは実につまらない喜劇だねぇ。
「よく見ろバカ共。Dクラス以外は全クラスポイントが振り込まれている。それも1ヶ月生活するには十分過ぎるポイントがな」
「な、なんで他のクラスはポイントが残ってんだよ、おかしいだろ!?」
「言っておくが不正は一切していない。この1ヶ月、全てのクラスが同じルールで採点されている。にも関わらずこれだけの差がついた。それが現実だ。」
「何故……ここまでクラスのポイントに差があるんですか」
平田くんもようやく、貼り出された紙の謎――すなわち、クラス全体の『価値』がポイントの総量と直結しているという残酷な構造に気が付いたようだ。あまりに綺麗に、残酷に、ポイント差が開いている。
「段々理解してきたか?お前たちが何故Dクラスに選ばれたのか。」
「俺たちがDクラスに選ばれた理由?そんなの適当なんじゃねえの?」
「え?普通、クラス分けってそんなものだよな?」
各々、生徒たちは現実逃避をするように友人と顔を見合わせている。
「この学校では、優秀な生徒たちの順でクラス分けされるようになっている。最も優秀な生徒はAクラスに。ダメな生徒はDクラスへ、と。ま、大手集団塾でもよくある制度だな。つまりここDクラスは落ちこぼれが集まる最後の砦ということだ。別の言葉で言えば、お前たちは最悪の不良品ということだ。実に不良品らしい結果だな」
その瞬間、堀北さんの表情が大きく強張った。自らを『優秀』だと信じて疑わなかった彼女にとって、この宣告はあまりにも致命的な劇薬だったのだろう。
(ふふ、確かにね。優秀な人材は優秀な箱に、ダメな人材はダメな箱に詰める。腐ったミカンが周囲を腐らせる前に隔離するのは、管理社会の基本さ。プライドの高い彼女がこれほど激しい拒絶反応を示すのも、実に美しい配役と言えるね)
「しかし1ヶ月ですべてのポイントを吐き出したのは過去のDクラスでもお前たちが初めてだ。よくここまで盛大にやったもんだと、逆に感心した。立派立派」
茶柱先生のわざとらしい、乾いた拍手の音が静まり返った教室に響く。
「・・・・・・チッ。これから俺たちは他の連中にバカにされるってか。」
ガン、と激しく机の脚を蹴ったのは須藤だ。クラスの序列がそのまま人間の優劣として公言されたのだ。狂犬が檻を噛みちぎろうとするのも無理はない。
「そういや茶柱先生、さっき二つほどいい事を教えてくれるって言ってたのに一個しか教えて貰えてないんですけど2個目ってなんなんですか〜?」
この絶望的な空気の行間を全く読まず、マイペースに手を挙げたのはクラスカースト上位の女子、軽井沢恵だった。
「あぁ、そういえばそんなことを言っていたな。そうだな、それでは2つ目の話でもするか。」
茶柱先生の目の奥に、先ほどまでとは違う、ひどく冷徹で、かつ愉悦に満ちた暗い光が宿る。
「先程システムに関して、自分で気が付いたのが数名、さらにこちらに聞きに来たのが1人だけと言ったな。そう、1人だけ居たのさ。この学校のシステムを初手で完全に見抜いた上で、貴様ら無能を綺麗に切り捨て、多額のプライベートポイントを獲得した輩がな。」
昨日までの甘ったれた結束が一瞬にして霧散し、教室内が互いの肉を噛みちぎり合おうとする狂犬たちの巣窟へと変貌していく。だが、この舞台の調和をさらに破壊せんとする教壇の悪魔は、突如としてその鋭い視線を、窓際に座るこの私へと真っ直ぐに向けた。
「――お前たちのこの無様な自滅を最初から予期し、お前たちを一切救うことなく『自分だけ』大金をせしめた賢い裏切り者がいる。そうだろう?久那瀬阿憐。」
クラスの怒号がピタリと止まり、全生徒の視線がガチガチと音を立てて私に集中する。
「この久那瀬という少女はな、4月の時点でSシステムの仕組みを完全に見抜いていた。そして学校側から【100万ポイント】という大金を、正当な知性の対価として特別に買い取らせたのだ。――お前たちの減点を、ただの1ポイントすらカバーすることなくな」
「ひ、100万……っ!? 嘘だろ……!?」
池が魚のように目を剥いて叫び、教室内が脳髄を揺らすほどの凄まじい衝撃に震えた。
「久那瀬さん、知ってたの!? 自分だけ100万も隠し持って、私たちは見殺しにしたってこと!?」
「おい、ポイント分けろよ! 0ポイントじゃ飯も食えねえんだよ!」
一瞬にして、クラスのすべての憎悪、嫉妬、そして身勝手な絶望の矛先が私へと向けられる。あの堀北鈴音すらも、激しい不快感と値踏みするような眼光で私を睨みつけてきた。
茶柱先生は、この凄まじい醜悪な渦を満足げに眺め、クスクスと愉悦の笑みを漏らす。
「恨むなら、自分たちの無能さと、この圧倒的な裏切り者を恨むんだな」
彼女は私を「共通の敵」に仕立て上げ、この無能な家畜たちに危機感を持たせ、団結を促そうというのだろう。実につまらない、安易な演出だ。
――だが、私は、ただフッと小さく、憐れむような笑みが消え失せた。
怒ることも、弁明することもない。机の上で白磁色の杖をタツンと、ただ一度だけ、鼓膜に心地よく響く音で鳴らした。その一音だけで、教室の怒号が不思議なほどに静まり返る。
「……先生。僕をそんな風に舞台の上に上げて、一体何を踊らせたいのかい?」
僕の、鈴の鳴るような声が教室に染み渡っていく。そこに焦りや恐怖は微塵もない。端末の画面をあえてクラス全体へと向け、【985,420】という狂った数字を、無一文の彼らの眼球に見せつけながら、僕は淡々と紡いだ。
「僕が皆さんを裏切った、だって? 買い被らないでおくれよ。4月中、茶柱先生があれほどヒントを出していたのに、目先の欲望に目が眩んで授業中にゲームをし、お喋りに興じていたのは君たちだ。君たちの頭が悪いせいで失ったポイントを、なぜ僕が親切に教えて救ってあげなきゃいけないんだい?」
「て、てめえ……っ!」
須藤が顔を真っ赤にして掴みかかろうとするが、僕は視線すら合わせない。
「勘違いしないでほしい。僕は君たちを支配する気もなければ、敵対する気もない。この100万ポイントはね、僕にとって、君たちの無様な泥仕合に巻き込まれないための、ただの『防波堤』に過ぎないのさ。君たちが無一文で飢えようが、いがみ合おうが、僕の『秘密の書斎』は決して侵されない。僕はただ、ここで君たちの踊りを鑑賞する『傍観者』でありたいだけなんだよ」
僕が「支配者として君臨する」ことすら明確に拒絶し、徹底的な「傍観者」として防波堤の奥に引きこもったことで、茶柱先生の目論見は完全に崩れ去った。
残されたDクラスの教室には、重苦しい絶望と、僕という「不可侵の傍観者」への激しい憎悪、そして不気味な畏怖だけが沈殿していた。
◇
「さて、更にもう1つお前たちに伝えなければならない残念な知らせがある」
教壇に立つ茶柱先生の冷徹な声が、凍りついた教室の空気をさらに一段、引き下げた。
彼女の手によって黒板に新しく張り出されたのは、1枚の味気ないプリント。そこには、我がDクラスに籍を置く全生徒の名前がずらりと無機質に並んでおり、それぞれの氏名の横には、残酷なまでに明確な「数字」が刻まれていた。
「この数字が何か、バカが多いこのクラスの生徒でも理解出来るだろう」
教鞭で黒板の紙をトントンと叩きながら、茶柱先生の視線が、這いつくばる家畜を見るかのような侮蔑を孕んで彷徨う。
「先日やった小テストの結果だ。揃いも揃って粒ぞろいで、先生は嬉しいぞ。中学で何を勉強してきたんだ? お前ら」
見事なまでの惨状だった。一部の上位勢を除けば、殆どの生徒のスコアは60点前後に集中している。須藤くんの14点という、義務教育の敗北を体現したかのような驚異的な数値は論外として、その次に低いのは池くんの24点。クラス全体の平均点は、辛うじて65点前後にしがみついているといった具合だ。
「良かったな、これが本番だったら7人は入学早々退学になっていた所だ」
「た、退学……? どういうことですか!?」
平田くんが狼狽混じりの声を上げる。
「なんだ、説明をしていなかったか? この学校では中間テスト、期末テストで一科目でも赤点を取ったら退学になることが決まっている。今回のテストで言えば、34点未満の生徒は全員対象と言うことになる。本当に愚かだな、お前たちは」
「は、はぁぁぁぁぁぁぁ!?」
真っ先に悲鳴のような声を上げたのは、その「7人」の境界線に引っかかってしまった池くんたちだった。
茶柱先生の持つ赤チョークが、冷酷なノイズを響かせながら黒板に線を引いていく。赤点組の中で最も点数の高かった、菊池くんの31点。そのすぐ上に引かれた一本の赤いラインは、彼らにとって文字通りの断頭台の刃に他ならなかった。つまり、菊池くんを含めたそれ以下の生徒は、全員が「実力不足」を理由にこの学校から放逐されることを意味している。
「ふっざけんなよ佐枝ちゃん先生! 退学とか冗談じゃねぇよ!」
「私に言われても困る。学校のルールだ、腹を括れ」
「ティーチャーが言うように、このクラスには愚か者が多いようだねぇ」
(……ふふ、相変わらず騒々しい舞台(クラス)だねぇ)
周囲が阿鼻叫喚の渦に呑まれる中、僕は自らの白磁色の杖の頭を指先で愛おしげに撫でながら、その光景を特等席から眺めていた。そんな私の視界の端で、自身の爪を優雅に研ぎながら、長脚をこれ見よがしに机の上へと投げ出している男が、尊大に微笑む。高円寺六助くん。このクラスにおける、もう一人の異物。
「なんだと高円寺! どうせお前だって赤点組だろ!」
「フッ、何処に目が付いているだいボーイ。よく見たまえ」
「あ、あれ? ねえぞ? 高円寺の名前が……」
池くんたちの呪詛に満ちた視線が、プリントの下位から順に、這い上がるようにして上位へと向かっていく。そして――彼らの目が、ある一点で信じられないものを見たかのように完全に停止した。
高円寺六助、90点。
およそ真面目に授業を受けているようには見えないあの男が、この難度の高い小テストにおいて、Dクラスの同率二位という破格の座に名を連ねていたのだ。
「絶対須藤と同じバカキャラだと思ってたのに……」
「おい待て! 1位の名前、久那瀬じゃねぇか!? 点数は……100点!?」
「なんで変なヤツに限って頭良いんだよ!カンニングでもしてたんじゃないのか!?」
驚嘆、嫉妬、そして得体の知れない怪物を見るかのような嫌悪の視線が、一斉に僕の元へと突き刺さる。けれど、そんな凡俗たちのノイズなど、僕の脳髄を1ミリたりとも揺らすことはできない。僕が100点を取るのは、呼吸をするのと同じくらいに「当然の義務」を果たしただけに過ぎないのだから。
騒ぎ立てる生徒たちを冷ややかに見下ろしながら、茶柱先生はさらにチョークを執り、黒板に次の正論を書き連ねていく。
「それからもうひとつ付け加えておこう。国の管理下にあるこの学校は高い進学率と就職率を誇っている。これは周知の事実だ。恐らくこのクラスの殆どの者も、目標とする進学先、就職先を持っていることだろう」
「が、世の中そんな上手い話はない。お前らのような低レベルな人間がどこにでも進学、就職出来るほど世の中は甘くできてはいない」
その言葉は、冷徹な劇本のト書きのように、教室の隅々にまで重く響き渡った。
「つまり……希望の就職、進学先が叶う恩恵を受けるためには、Cクラス以上に上がる必要がある……ということですか?」
藁にもすがるような平田くんの問い。だが、茶柱先生の唇から溢れたのは、その僅かな希望すらも木端微塵に打ち砕く宣告だった。
「それも違うな平田。この学校に将来の望みを叶えて貰いたければ、Aクラスに上がるしか方法は無い。それ以外の生徒には、この学校は何も保証しない」
「そ、そんな……聞いてないですよそんな話! 滅茶苦茶だ!」
ガタタン、と激しく椅子を鳴らして立ち上がったのは、幸村くんという眼鏡をかけた生徒だった。テストの点数は高円寺くんに並ぶ90点の同率二位。学力という一点においては、このクラスでも文句のつけようのない数少ない「まともな数値」の持ち主だ。だからこそ、自分の努力がDクラスという枠組みだけで無価値にされる現実が、耐え難いのだろう。
「みっともないねぇ。男が慌てふためく姿ほど惨めなものは無い」
「Dクラスだったことに不服は無いのかよ高円寺!」
「不服? 何故不服に思う必要があるのか、私には理解出来ないねぇ」
「俺たちはレベルの低い出来損ない扱いをされているんだ! その上進学や就職の保証もないなんて言われたんだぞ!?」
「ふむ、しかしそれは私や久那瀬ガールには適応されない事だね」
先程まで手元の爪にしか関心を示していなかった高円寺くんが、研ぎ澄まされた肉食獣のような、ギラリとした視線をこちらへ向けてきた。
「私は高円寺コンツェルンの御曹司として会社を継ぐことが決まっているし、そして久那瀬ガール……いやレディセ――」
「――『六助君』」
ギチ、ギチギチッ。
僕の右手が、愛用する白磁色の杖のグリップを限界まで硬く握り締め、威嚇するような不快な摩擦音を教室に響かせる。僕の冷徹極まる、限界寸前の声が彼の言葉を物理的に遮断した。
これ以上、その不躾な口から僕の「家系」や「事情」についての行間を紡ぐというのなら――この白磁の杖で、その高慢な不敵面を叩き割ってあげてもいいんだよ?
「……おっと。レディの怒りを買う気は無いんだ、許してくれたまえ」
僕の本気の殺気を敏感に察知したのだろう、高円寺くんはわざとらしく両手を挙げて肩をすくめてみせた。しかし、その瞳の奥の傲慢さは一切衰えていない。
「兎も角だ、私や久那瀬ガールからすれば進学先や就職先なんてものは学校にわざわざ面倒を見てもらう必要が無いからこそ、不服と思う必要が無い。ということだねぇ」
(ふふ。まあ、君の言う通りではあるのだけれどねぇ……)
僕には、学校の保証などという安い後ろ盾は最初から必要ない。最悪の場合作家として外に出れば、いつでも超越できるのだから。
「浮かれた気分は払拭されたようだな」
教壇の後ろから、僕たちのやり取りを興味深そうに、しかし酷く冷めた目で見つめていた茶柱先生が、ようやくこの長ったらしい劇の幕を下ろすべく息を吐いた。
「お前らの置かれた状況の過酷さを理解出来たのなら、この長ったるいHRに意味があったのかもな。中間テストまで残り3週間、まぁじっくり熟考し、退学を回避してくれ。お前らが赤点を取らずに乗り切れる方法があると確信している。出来ることなら、実力者に相応しい振る舞いを持って挑んでくれ」
そう言い残すと、茶柱先生は一歩も歩み寄る気のない冷淡な背中を向け、教室を去っていった。
あとに残されたのは、0ポイントの奈落と、退学の恐怖に震える、家畜たちの惨めな静寂だけだった。
◇
「――やあ。そこの『不良品』。聞こえているかい?」
朝のホームルーム終了を告げるチャイムが鳴り響いた直後、僕は白磁色の杖の頭で、最前列の男子生徒の机をタツンと、鋭く叩いた。
クラスが絶望のどん底に突き落とされ、その怨嗟の矛先が僕の「100万ポイント」へと向かうより早く、僕は制服の鞄から、先程返却されていた『小テストの解答用紙』を引っ張り出し、無造作に机の上へと並べてみせた。
そこに赤インクで刻まれていたのは、寸分の狂いもない、冷徹なまでの【100点】の文字。
「ひ、100点……!? 嘘だろ、あの中間並みに難しかった小テストを……」
「君たちが授業中にスマホを弄り、女の子の品定めをして、与えられたポイントの使い道を考えている時間に、僕はただ、当たり前の義務をこなしていた。それだけの話さ。先生の言う通り、この学校は実力主義だ。僕が100万ポイントという対価を得たのは、相応の実力を支払ったから。……君たちのように、出された宿題すら忘れる脳みそしか持ち合わせていない怠惰な家畜に、僕を『裏切り者』と糾弾する資格が、一体どこのページの何行目に書かれているんだい?」
冷え切った、しかし鈴の鳴るような僕の美声が、教室の空気を物理的に凍らせていく。点数という絶対的な実力の差を脳天に叩きつけられ、掴みかかろうとしていた須藤も、言葉を失って拳をワナワナと震わせるしかなかった。
しかし、一文無しの恐怖に駆られた彼らの浅ましさは、僕の想像の行間を遥かに超えていた。
実力で黙らされたはずの愚物どもが、今度は這いつくばるような泥臭さで、僕の席の周りを取り囲み始めたのだ。
「なぁ久那瀬、頼むよ! 1万ポイント……いや、5千ポイントでいいから貸してくれよ! 今日の昼飯も食えないんだ!」
「そうだよ、同じクラスの仲間じゃん! 100万もあるなら、ちょっとくらい分けてくれたって減らないだろ!?」
「久那瀬さん、お願い!2万ポイント貸してくれない?同じ女の子だったら0ポイントで過ごす苦しさが分かるでしょ!?」
(……ああ、本当に。なんて、なんて醜悪で、底の浅い生き物なんだろうねぇ)
僕の胸の奥の観客が、あまりのくだらなさに深い、深い、溜息を漏らしていた。
彼らの口から出る「仲間」という言葉の、なんと安っぽく軽いことか。昨日まで私の右足や杖を憐れむような目で見て、ろくに会話にすら入れようとしなかった凡俗どもが、ポイントという餌を前にした途端、尻尾を振って群がってくる。
泥水に溺れかけている自覚があるなら、せめて美しく足掻けばいいものを、他人の防波堤を崩してまで無心しようなんて、喜劇を通り越してただの悪臭だよ。
「ねえ、君たち。僕の耳は、そんな下俗な物乞いの声を拾うためには作られていないんだ」
僕は白磁色の杖をギチ、と一度だけ軋ませ、群がる彼らを冷徹に見下ろした。
「君たちのその無駄な質問攻めに付き合ってあげる義理はない。けれど、どうしても僕の言葉が欲しいというのなら……そうだね、僕の『時間』を売ってあげよう」
「時間を……売る?」
「そうさ。僕の時間を1分消費するごとに【1万ポイント】を支払ってもらおうか。質問、相談、泣き言、なんでも聞いてあげるよ。もちろん、先払いでね? さあ、僕の時間を買いたい富豪は、誰から並ぶんだい?」
僕のその、慈悲を一切排除した「等価交換」の牽制に、池や山内は言葉を詰まらせ、一歩、また一歩と後退していった。現在のDクラスにおいて、1万ポイントなどという大金を持っている者は、物理的に存在するはずがなかったからだ。
彼らが蜘蛛の子を散らすように自分の席へと引き上げていく中、コツ、コツと、迷いのない足音がこちらへ近づいてきた。
僕の机の前に影が落ちる。見上げれば、凛とした美しい黒髪を微かに揺らした少女が、冷徹な目で私を見下ろしていた。
「3分もらうわ、久那瀬さん。――これでいいかしら」
堀北鈴音。彼女は自らの端末を迷いなく操作し、僕の端末へと【30,000pt】の電子音を響かせた。
彼女が先月、周囲の阿呆どもに流されず、贅沢を極力排除して残していたであろう貴重なプライベートポイント。それを、この「情報の買い出し」に一瞬で投資してみせたのだ。
「ふふ、流石は堀北さん。決断が早いね。毎度ありさ」
「お世辞はいいわ。時間がないの、早速質問させてもらうわね」
堀北さんは腕を組み、切れ上がった瞳で私の脳髄を覗き込むように睨みつけてきた。
「貴女、一体『いつから』この学校の仕組みに気づいていたの? そして、どこまで分かっているのか、そのすべてを話しなさい」
「つれないなぁ。でも、3万ポイントの顧客のオーダーだ、正確に答えてあげよう」
僕は杖の頭を優美に指先で撫でまわしながら、ゆっくりと唇を開いた。
「気づいたのは、入学式の日の『最初の1時間』、確信したのは入学式の場さ。あの時、茶柱先生は確かに言っただろう?『この学校は実力で生徒を測る』とね。そして、何の制約もなく10万ポイントという大金が振り込まれた。日本政府が国費を投じて作ったエリート養成機関が、見ず知らずの不良品たちに、ただで毎月10万の小遣いを与えるはずがない。つまり、あの10万は『前貸しの軍資金』であり、同時に『最初の査定対象』だったのさ。」
「そして入学式の場で他のクラスと僕達のクラスを見比べてみれば、話を聞く態度の差でAからDに何らかの差があることを確信した。」
堀北さんは微かに息を呑み、ペンを握る指先に力を込めた。
「じゃあ、黒板に貼り出されたあの『クラスポイント』の仕組みも……貴女は先月の時点で理解していたというの?」
「当然さ。この学校におけるすべての鍵は、あのクラスポイントという名の通貨だよ。堀北さん、君は先ほど『これじゃ生活ができない』と騒ぐ池くんたちを見て、何が一番おかしいと思ったかい?」
「……他クラスとの、圧倒的なポイントの差よ」
「その通り。AからCクラスは、あれだけのポイントを残している。つまり、授業中に私語をせず、遅刻をせず、普通に規律を守っていれば、多少の減点はあれど数百ポイントは維持できるよう設計されているのさ。けれど、我がDクラスの持ち点は『0』。これはね、今月の振込が0になったというだけの単純な話じゃないんだよ」
僕は声を一段、低くし、彼女の目の奥にあるプライドの核心を突き刺した。
「あの4つのクラスの数字はね、そのまま『学校内における階級』を示しているのさ。おそらく、あのポイントの総数を競い合い、上のクラスを追い抜かない限り、僕たちは未来永劫、最底辺の『不良品』のままだ。――さて、これでちょうど3分だね。満足のいくお買い物だったかい、堀北さん?」
堀北さんは、僕の突きつけた残酷な真実の重みに、しばらくの間、言葉を失って立ち尽くしていた。彼女の誇り高い瞳が、驚愕と、そして自らが「Dクラスという最底辺」に配属されたという現実への激しい怒りで、小さく刻むように震えていた。
「……ええ。十分すぎる対価だったわ」
彼女はそれだけ言い残すと、自らの席へと戻ろうと踵を返した。
その、どこまでも凛とした背中を見つめているうちに、僕の胸の奥に潜む観客が、ふっと心地よい昂ぶりを覚えた。
ただ冷徹に現実を受け止めるだけでなく、そこからどう反撃のプロットを組み立てるべきか、彼女の怜悧な脳髄はすでに次のページをめくろうとしている。そのあまりにも美しい「足掻き」の予兆が、僕の脳髄を、たまらなく愛おしい悦びで満たしていったのだ。
(ふふ……素晴らしいねぇ、堀北さん。3万ポイントでこれほど質の良い舞台を見せてくれるなら、少しばかり『傍観者の気まぐれ』を添えてあげたくなってしまうよ)
「――おや、待っておくれよ、堀北さん。どうやら僕の時計は、まだ君の3分を数秒ばかり残しているようだ」
僕は白磁色の杖をタツンと鳴らし、立ち止まった彼女を振り返らせた。不審げに眉をひそめる彼女に向かって、僕は酷く愉悦に満ちた、妖艶な笑みを深めてみせる。
「興が乗ったからね、これは僕からのささやかな『おまけ』さ。――君がその身を置くことになった
「ポイントを、増やす……? 本当にそんな方法が……!」
堀北さんの瞳に、濁流のような光が宿る。しかし、僕が与えるのは希望だけではない。同時に、この学校が内包する歪な絶望の行間をも、彼女の脳裏に刻み込んであげるのが僕の役目だ。
「ただし、だよ。Aクラスという頂点へ至る階段は、君が思っている以上に狭く、そして血生臭い。……君は、上級生の教室が並ぶ校舎の配置を、その綺麗な目で一度でも観察したことがあるかい?」
「……校舎の、配置?」
「そうさ。よく見てごらん。上の学年に上がれば上がるほど、Dクラスの教室の『座席の数』が、他のクラスに比べて明らかに少なくなっているのさ。それが何を意味するか……聡明な君なら、説明されなくても理解できるだろう?」
堀北さんは息を呑み、その美しい顔を一瞬にして青ざめさせた。
座席が少ない。それはすなわち、上の学年に進級する過程で、脱落した『不良品』たちが文字通り学校から
「な、なぜ貴女はそこまで知っていて……それなら、貴女のその圧倒的なポイントと知性で、クラスを導こうとは思わないの!?」
掴みかかるような彼女の悲痛な問いかけに、私はただ、憐れむように肩をすくめてみせた。
「買い被らないでおくれよ。僕はね、求められれば相応の対価と引き換えに『
今度こそ、彼女は完全に言葉を失った。私の突きつけたあまりにも残酷で、しかし抗いようのない絶対的な境界線。彼女はその重みをノートに書き殴るように抱え、静かに自らの席へと引き上げていった。
「それにどうやら、このクラスはただの不良品にしておくには惜しい原石が多いみたいだからね。最初から磨かれた石を手に取るのは・・・・・・面白味に欠けるだろう?」
周囲の視線が、恐怖と畏怖の混ざった複雑な色へと変わっていくのを感じながら、僕はゆっくりと立ち上がった。
さあ、これ以上ここにいても、下俗なノイズを拾うだけだ。
僕は白磁色の杖を優美に翻し、この騒がしい教室を後にした。
◇
綾小路くんと共に茶柱先生からの面倒な呼び出しを受けるというハプニングがあったものの、放課後の自由が僕の足取りを軽くする。
向かうのは、いつもの隠れ家。外界の喧騒が一切届かない、薄暗い図書室の最奥だ。
重厚な扉を開け、本棚の迷宮を通り抜けると、そこにはすでに、『読書同盟』の面々が集まっていた。
「――おや、皆さん。お揃いで、僕を待っていてくれたのかな?」
木漏れ日が落ちる読書机の席には、すでにネクタイピンを綺麗に整えた橋本くんと、可憐な髪飾りを揺らすひよりちゃん。そして、私の登場を待っていたかのように、死んだ魚の瞳をした綾小路くんが、静かに腰掛けていた。
「ハッ、お嬢様のお出ましだ。教室であれだけの
正義が、ネクタイピンを指先でチキリ、と弾きながら、歪んだ賞賛の笑みを浮かべた。その瞳の奥には、僕という存在がもたらした「システムの崩壊」に対する、狂おしいほどの興奮がギラギラと脈打っている。
「阿憐さん……。教室でのこと綾小路くんからお聞きして、私は少し心配していました。でも、阿憐さんがどんなに周囲の冷たい視線に晒されても、私は、この場所でずっと阿憐さんをお待ちしています」
ひよりさんが、胸元に抱えた分厚い文学全集をぎゅっと抱きしめ、どこか祈るような、清廉な心配に満ちた垂れ目を僕に向けてくれる。ああ、やっぱり彼女はこの同盟の最高のヒロインだ。この歪な世界において、彼女の存在だけが、僕の脳髄をたまらなく愛おしく満たしてくれる。
そして、最後に残された、あの無色透明な怪物――。
「……100万ポイントか。クラス全員を敵に回してまであの数字を開示した意図は測りかねるが、おかげでクラスの連中の意識は完全にリセットされたな」
綾小路くんは、胸元の燻し銀のタイピンへと視線を落とし、相変わらず感情の起伏が一切見当たらない、平坦な声で呟いた。
(ふふ。本当に、どこまでも僕の期待を裏切らない男だよ、君は)
他の有象無象が「ポイントを分けてくれ」と浅ましく群がる中、君だけが、その【100万】という数字の本当の意味を正確に演算している。
この大金があれば、僕はDクラスがこれから背負うであろう、如何なる
「勘違いしないでくれたまえ、皆。僕はただ、この退屈な箱庭で、一番景色のいい『特等席のチケット』を少し早めに購入しただけさ。クラスの勝敗や、あの無能な家畜たちの泥仕合なんて、僕らの秘密の書斎を侵す理由にはなり得ない。さあ――」
僕は白磁色の杖をそっと机の横に立てかけ、正義の隣へと滑り込むように腰掛けた。
「俗世の安い喜劇はここまでだ。約束通り、互いのクラスの事情はすべて水に流して、共に本を読み、美しい感想を語らおうじゃないか」
僕が微笑むと、ひよりさんは嬉しそうに何度も何度も頷き、ページをめくった。
窓の外では、0ポイントの奈落に突き落とされたDクラスの、血を吐くような
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