玉葱騎士、六面世界に立つ   作:神聖龍 エモーショナル・ハードコア

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第1章 家族編
第1話 もしかして:六面世界


 

 虚ろな眼で、荒野を彷徨う。

 

 自分はなぜここにいるのか、何を目指して歩いているのか。やるべきことがあったはずだが、どうしても思い出せない。

 それでも、歩みを止めるわけにはいかない。何も思い出せなくとも、進まなければならない。

 

 だが、体は限界だった。荒野に倒れ、手から剣が転がる。

 

 半円の柄頭を持つ、古びた大剣。

 

 必死に手を伸ばす。何もわからないが、この剣だけは手放したくなかった。

 すべての記憶を無くしても、魂が擦り切れて消え失せても、これだけは離したくない。

 

 力を振り絞り、剣を掴む。

 すると、一つの記憶が蘇った。

 巨人へと立ち向かう、勇敢な騎士。その手には嵐を纏った大剣が握られていた。

 

『お前はきっと、立派な騎士になれる』

 

 胸の奥に、小さな火が灯る。意識が闇に落ちていく。それでも怖くなかった。

 この火はどんな闇の中でも消えないとわかっていたから、怖くなかった。

 

 

 

 

 視界に光が差し込む。意識が朧気なまま目を開くと、金髪の女性と目が合う。

 

『起きたのね、アル』

 

 語り掛けられているようだが、言葉がわからない。声を出そうとしたが、喉がやられているのか、言葉にならないうめき声しか出ない。周囲を見渡すと、金髪の女性のほかにも茶髪の男性と幼児、赤髪の女性がいることがわかった。

 

『ほらあなた、アルを抱いてあげて』

『う、うん。…ほ、ほら、パパだよー』

 

 女性が茶髪の男性に何かを話すと、男性は自分を突然抱き上げた。

 そして、自分の体が縮んていることを理解した。手も足も小さくて柔らかく、剣を握ることはできそうにもない。

 

『もうあなたったら、ルディで抱っこするのは慣れてるでしょ?』

『い、いや、なんか緊張しちゃって…』

 

 男性の優しい翠の瞳が、自分を見つめる。

 

『絶対、俺がお前を守るからな、アルブレヒト』

 

 男性の腕は硬かったが、不思議と居心地がよかった。すると、突然眠くなってくる。眠気に逆らおうとするが、意識が保てない。得も言われぬ安心感で満たされながら、意識を失った。

 

 

 

 

「あ、アルが眠っちゃったよ」

「うふふ、可愛いわね」

 

 男性はぎこちない手つきで赤子をゆりかごに戻す。

 その姿を興味深そうに茶髪の幼児が見つめていた。名前はルーデウス・グレイラット。日本からこの六面世界に迷い込んだ転生者である。

 

「ルディ、あなたはお兄ちゃんなんだから、弟を守ってあげるのよ」

「はい!かあさま!」

 

 内心ルーデウスは生まれた子供が妹ではなく弟であることを残念がっていたが、とにかく元気よく母親に返事をした。

 

 ゆりかごの中で眠る赤子の名前はアルブレヒト・グレイラット。兄ルーデウスと同じく転生者であるが、元の世界は全く違う。

 

 灰と血にまみれた呪いの世界。それがアルブレヒトの故郷である。世界を照らしてきたはじまりの火はどうしようもないほど弱まり、滅びを待つだけの世界であった。使命を果たせず、道半ばで倒れ、孤独に死んで終わるはずだった魂は、何の因果か六面世界に迷い込み赤子として転生した。

 

 彼はこの世界でいったい何を成し、どう生きていくのか。それはまだ、誰にもわからない。

 

 

 

 

 俺が生まれ変わってから、3年の時が経った。ここはグレイラット邸。家は立派な木造屋敷で、庭も広い。家の外には平穏な小麦畑が広がっており、春風が稲穂を揺らしている。そして、空には燦燦と輝く太陽。あの見る者すべてを呪うような黒い太陽はどこにもない。

 

 どうやら、"火継ぎは問題なく行われたようだ"。

 

 前世では世界は呪いで満ちており、誰もがゆっくりと迫ってくる滅びに絶望し、震えていた。しかし、今では太陽が陰る兆しは全く見えず、地に亡者たちが蔓延ることもない。人々は希望に溢れ、当たり前のように明日がやってくると信じている。

 

 また、前世と言ったが、その内容をはっきりと覚えているわけではない。なんとなくこうだった、というイメージや知識はあるが、細かいことはほとんど思い出せない。特に前世の自分はどんな人物で、何をしていたのかが全く思い出せない。

 

「どうしたの、アル?」

 

 この3年で言葉も理解できるようになった。心配そうに俺を見つめるこの金髪の女性はゼニス・グレイラット。俺の母親だ。

 

「なんでもありません、母様」

「そう?あ、お父さんとお兄ちゃんが剣術の稽古してて寂しいんでしょ!でもダメよ、まだアルは体ができてないから、稽古はできないの。もうちょっと我慢しようね」

「はい」

 

 別に寂しくはないのだが、とりあえず頷いておく。庭にある椅子に母と座りながら、父と兄の稽古を眺める。

 

「ひい、ひい…」

「よーし、いいぞルディ!あと10回だ!」

 

 兄もまだ体が十分に出来上がっているわけではないので、基本は体作りだ。

 腹筋をしている茶髪の少年がルーデウス・グレイラット。俺の二つ上の兄で、努力家だ。普通あのぐらいの子供だとこういう地道な積み重ねは嫌がると思うのだが、兄は弱音を吐かずひたむきに頑張っている。それに、稽古に加えて家庭教師と魔術の勉強もしているのだから、本当に勤勉な子供だ。

 兄の足を抑えながら励ましの声をかけている茶髪の男性がパウロ・グレイラット。俺の父親である。

 

「ルディも精が出ますね」

「あら、ロキシーちゃん」

 

 2人の稽古を見ていると、村人の農作業の手伝いに出ていた家庭教師のロキシー・ミグルディアが帰ってくる。見た目は年端もいかない少女だが、これでも成人しており、優秀な魔術師である。

 

「よし!よく頑張ったなルディ。今日の稽古はこれで終わりだ」

「はあ、はあ…ありがとうございました」

「パウロ様、ルーデウス様、お疲れ様です。タオルをどうぞ」

 

 父と兄の稽古が終わり、グレイラット家に仕えるメイドのリーリャが父と兄にタオルを持ってくる。実に平穏で、変わり映えのしない毎日。明日世界が滅ぶかもしれない恐怖に怯える必要はなく、平和な日常が送られている。

 

 しかし、ここはどこなのだろうか。"カタリナ"でも、"ロスリック"でもない。

 両親や村人の話に耳をそばだてた結果によるとアスラ王国のフィットア領ブエナ村という場所らしいが、前世でも聞いたことがない。とはいっても、俺は前世の記憶がほとんどないので多分忘れているだけだろう。

 

 周囲の状況はだいたいわかった。そろそろ前々から考えていたことを実行に移してもいいだろう。これまでは"ソウル"の感覚を調整するのに時間を使っていたが、最近ようやくコントロールできるようになってきた。前世のことはおぼろげだが、"ソウルの業"は明確に覚えていた。体はまだ幼いままなので肉体的な鍛錬はできないが、他の鍛錬ならできるはずだ。

 

「ロキシーさん」

「えっ…?は、はい。なんでしょうか」

 

「俺に"魔法"を教えてくれませんか」

 

 

 

 

 アルブレヒトはいつも無表情で、何を考えているかわからなかった。

 赤子のころからまったく泣かず、笑わない。ハイハイで家を駆けずり回るだけでなく外にまで出かけ、その度に慌ててリーリャとゼニスは連れ戻していた。パウロとゼニスは気にせず愛情を注いでいたが、リーリャはルーデウスの乳児期のころを思い出し、少し気味悪がっていた。

 

 成長し、3歳になってからもアルブレヒトは感情を表に出すことはなかった。話しかけられれば返答はするが、自分から喋ることはめったにない。

 

 そんなアルブレヒトが珍しく自分から魔術を習いたいと言い出した。いきなり話しかけられたロキシーは驚いたが、いつも目をつぶってじっとしているか、外をぼっーと見ることしかしなかった彼が学ぼうというのなら、ルーデウスの授業の合間になるが、自分にできる限りの範囲で魔術を教えようと思っていた。家庭教師の報酬の上乗せはしてもらえるとのことだったので、金銭的な問題もない。

 ただ、魔術でなく"魔法"と言っていたのが少し気になるが、きっと子供によくある間違いだろう。

 

 翌日、早速魔術を教えることとなった。

 アルブレヒトは庭にルーデウスと並び、いつもと同じように無表情で立っている。見た目だけで言うならパウロに似た端正な顔立ちに、ゼニスから受け継いだ金髪碧眼も合わさってまさに美少年といったところだが、鉄面皮のおかげでどこか近寄り難い雰囲気を纏っている。

 

「アルが魔術に興味があるなんて思わなかったよ。なにかわからないことがあったら、遠慮せず聞くんだぞ」

「はい」

 

 ルーデウスは弟に気を遣い話しかけるが、アルブレヒトは無表情のまま淡泊な返事を返す。これ以外にも一応弟に話しかけたり、世話を焼いたりしたが、アルブレヒトはほとんど反応を見せなかった。

 

「はは…ほんと、遠慮しなくていいからな?…聞こえてる?」

「はい、聞こえています」

「あっ…な、ならいいんだけど。ははは…」

 

 次第に前世の家族関係も思い出され、冷たい弟との接し方がわからなくなり、兄弟仲は微妙なものとなっていた。

 

「こほん。それでは、授業を始めます」

「よろしくお願いします!」

「よろしくお願いします」

 

「理論から教えてもいいですが、まずお手本を見せます。

汝の求める所に大いなる水の加護あらん、

清涼なるせせらぎの流れを今ここに、ウォーターボール」

 

 ロキシーの手に水弾が形づくられ、発射される。水弾は設置された的に着弾し、破壊した。ちなみにゼニスお気に入りの庭木を破壊してしまった経験を踏まえ、的は廃材の木を使っている。

 

「同じように繰り返してみてください」

 

 アルブレヒトは頷くと手を突き出し、詠唱を始める。

 

「汝の求める所に大いなる水の加護あらん、

 清涼なるせせらぎの流れを今ここに、ウォーターボール」

 

 手の先の中空から水が集まり、小さく歪な水弾となる。そのまま撃とうとしたが、すぐ崩れてしまう。

 

「……」

「最初はこんなものですよ。落ち込むことはありません」

 

 ロキシーは少し落胆したが、まあこんなものだろうと励ます。ルーデウスが異常だっただけで、これが普通なのだ。

 

 だが、アルブレヒトは少し考える様子を見せると、無表情のまま口を開く。

 

「ロキシーさん、魔術以外のものをつかってもいいですか。試したいことがあります」

「魔術以外…?」

「いいですか」

「あ、はい」

 

 有無を言わさず、アルブレヒトは一歩前に出る。手を空に掲げ、的を見つめる。

 すると、段々と雷が天高く掲げた手に収束していき、槍のような形状となった。

 

「い、雷…?」

「アル…?」

「……ふっ!」

 

 アルブレヒトは槍を掴むと、力強く打ち放つ。

 投げられた雷は轟雷と共に的をいとも簡単に破壊し、そのままの勢いで背後にあった庭木を焼き尽くした。

 

「い、今のは…?」

「雷の槍です。思ったより、威力が出ませんでした」

「雷の槍…?しかも、あれで全力ではない…?」

 

 ロキシーは3歳の少年が水王級魔術にも似た術を無詠唱で使ったことに戦慄した。

 ルーデウスはゼニスお気に入りの庭木が黒焦げになったことに戦慄した。

 

「どうやって、今の…雷を使ったんですか?雷を操るには少なくとも水王級魔術師でないとならないのに…」

 

 アルブレヒトが元居た世界では魔法には大きく分けて魔術、呪術、奇跡といった三つのカテゴリがある。今日は"魔法"を教えてもらうということで、一通り試そうと奇跡を使っただけなのに、どうしてここまで驚かれているのだろうか?とアルブレヒトは疑問に思う。

 しかし、この六面世界での魔法は元の世界の魔法とは全く異なるものであり、もっと言えば奇跡や呪術は存在せず、魔術すらも元の世界のものと大きく異なることをアルブレヒトは知らなかった。

 

「……………」

 

 アルブレヒトは何かがおかしいと思い、冷静になって考える。ロキシーや兄はしきりに魔法ではなく魔術と呼んでいた。ただ言い間違えているだけかと思っていたが、もしかすると自分は勘違いをしていたのかもしれない。授業を観察していて、見たこともない魔術や奇跡、呪術を使うと思っていたが、どうやらロキシーたちの使う術は自分の使うものとは根本的に違うらしい。

 事前に授業を観察していたなら気づいてもよさそうなものだが、アルブレヒトは異国の魔術は特殊なものが多いな、と呑気に思うだけだった。

 自覚はないが、アルブレヒトは結構な天然だった。

 

 よくわからないが、面倒なことになった。なんとか状況を把握し、説明しなければならない。しかし、どう説明しようか…。

 

「なんとなく…できました」

 

 悩んだすえ、誤魔化すことにした。わかっていないのに説明しようとしても、余計な混乱を生むだけだと思ったのだ。

 自覚はないが、アルブレヒトは結構なバカだった。

 

「なんとなく…ですか」

「なんとなく…です」

 

 雑すぎる誤魔化しだが、ロキシーは納得した。あのルーデウスの弟ならおかしくないと思ったのだ。

 

 ルディは間違いなく天才だ。でも、アルブレヒトも底が知れない。初級の水魔術も出来ないのに、水王級魔術にも匹敵する不思議な技を使える。しかも無詠唱で。

 

「ふふふ、これは教えがいがありますね…!」

 

 最初は田舎でボンボンの子供に魔術を教えなければいけないと思い憂鬱だったが、いざ来てみればルーデウスだけでなく、アルブレヒトという有望な生徒も見つかった。おもわず教師魂に火が付いたロキシーであった。

 

 ちなみにその後、雷の槍で焼き尽くされた庭木を見て、ゼニスが烈火のごとく怒ったのは言うまでもない。

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