玉葱騎士、六面世界に立つ   作:神聖龍 エモーショナル・ハードコア

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第10話 力だけでは

 

「さて、さっそく修行を始めましょうか」

「私は北神流を齧っていましてね。剣にこだわらず、色々な武器に少しは精通しているつもりです。さっきも言いましたが、君を効率的に鍛えられると思いますよ」

 

 シャンドルは何気なく地面に落ちていた剣を蹴り上げ、逆手で受け止める。

 重心が、隙なく整う。

 

(………)

 

 “齧る”などという次元ではない。

 先程の動きは、流派そのものの理を知り尽くしている者のそれだった。

 

「ジークくん、先ほどの"技"をもう一度見せてください」

「はい」

 

 言われた通り、剣を振るう。

 

 振り下ろしながら、大剣へ。

 薙ぎ払うと同時に槍へ。

 突きの軌道が刀へと変わる。

 

「ふむふむ、とても高度な技術ですね。…名前はつけているんですか?」

「いえ。つけていません」

「そうですか…よし、では私が名前をつけてあげましょう!その技は"千変万化"と名付けます!」

「……はあ。わかりました」

 

 いやー、なかなかいいセンスなんじゃないですか?と自画自賛をしているシャンドル。

 ジークフリートは結構どうでもよかったが、師が喜んでいるのでそれでいいか、と思った。

 

「おっと、少し脱線してしまいました。それで、千変万化の率直な評価ですが――」

 

 雰囲気が変わる。

 

「――小手先ですね」

 

 声の温度が落ちる。

 

「君の技はまだまだ甘い。武器を切り替える継ぎ目に隙があるし、それぞれの武器の練度差も激しい。神級には通用しません」

「神の域にいる者は、他の追随を許さない圧倒的な力を持っている」

 

 静かに、しかし確信を込めた言葉。

 

「ある者は限界まで極められた光の剣閃。ある者は領域内で動いた者全てを斬る剣界。ある者は天地を引き裂く重力波」

「君ではそれらに対抗できない」

 

「だから君も、他の追随を許さない圧倒的な力を持たなければならない」

 

「千変万化は悪くない。発想としては面白い。ですが今のままでは、“器用なだけ”です」

 

 その言葉が、胸に刺さる。

 

 ジークフリート自身、自覚はあった。

 

 変化で翻弄しているだけだ。

 本当に格上の相手には、押し潰される。

 

 オルステッドの姿が脳裏を過ぎる。

 

 圧倒的だった。

 技ではなく、存在そのものが。

 

「なのでとりあえず、力が必要な武器は禁止です。まずは技術を磨きましょう」

「はい」

 

「ではまず…その刀から練習しましょう。君、その武器苦手そうですし」

「……はい」

 

 図星だった。

 大剣や槌、大斧なら、力で押し切れる。

 槍なら間合いで戦える。

 

 だが刀は違う。

 

 繊細な体重移動。

 正確な刃筋。

 最小限の動き。

 

 少しでも雑になれば、途端に扱えなくなる。

 

「安心してください。死ぬほど鍛えますから」

「死ぬほど、ですか」

「ええ。比喩ではなく」

 

 シャンドルの目は本気だった。

 

 ジークフリートは無言で刀を握り直す。

 

 細い柄の感触が、どうにも馴染まなかった。

 

 

 

 

 数日後。

 

 空は高く、日差しは容赦ない。

 ジークフリートの足元には無数の足跡が刻まれている。

 同じ軌道を何百回も踏まされた証だ。

 手になじむ武器は封じられた。大剣も大斧も許されない。

 重さで叩き潰す戦い方を、徹底的に奪われる。

 

 慣れない刀。

 細く、軽く、繊細な刃。

 

「ほらほら、また力任せになってますよ!攻撃をうまく受け流しなさい!」

「……っ!はいっ!」

 

 衝撃が手首に食い込む。

 

「守りばかりでは勝てませんよ。受けながらも反撃の隙を伺いなさい!」

「はっ……い!!」

 

 息が荒い。

 肺が焼ける。

 棒と刀が鍔迫り合う。

 汗が視界を滲ませる。

 刀を滑らせ、指を狙う。

 

「甘い!」

「……!」

 

 絡め取られ、刃が空へ。

 カラン、と乾いた音。

 

「さすがに見え見えですね。動きを敵に悟られない練習もしましょうか」

「はあっ、はあっ、はあっ………はいっ!」

 

 汗1つかいていないシャンドルに比べ、ジークフリートは息も絶え絶えだった。

 

「ま、今日はここまでにしておきましょうか」

「は、はい。ありがとう、ございました…」

 

 膝が笑う。

 地面に崩れ落ちる。

 連日そうだった。倒れたら終わり。少し休めば再開。

 騎士として鍛え抜かれた体力も、今は容赦なく削られる。

 夕陽が赤く滲むころ、彼の視界は揺れていた。

 

「では野営の準備です。日が暮れる前に終わらせますよ」

「はい…!」

 

 身体にむち打ち、立ち上がるジークフリート。師匠の身の回りの世話をするのも弟子の役目だ。

 

「ジークくん、修行とは関係ないんですから、そんなに頑張らなくてもいいんですよ?」

「いえ、やらせてください」

 

 シャンドルは自分のことを弟子任せにしているわけではないが、礼儀を重要視するジークフリートは献身的にシャンドルの世話にしていた。

 

「んー、私はいい弟子を持ちましたねぇ……しかし、勤勉で謙虚なのは結構ですが、どうしてそこまで頑張るんですか?」

「…守るために、強くなる必要があるからです。私は、龍神に勝たなければならない」

 

 振り返らないまま、ジークフリートは答える。

 

「…!龍神に?…それはまた、すごい目標ですね。彼に勝つということは、世界で一番強くなるということと同じですよ」

 

「それでもです。力がなかったせいで守れませんでした、では騎士失格です」

 

 焚き木を積み上げる手に力がこもる。

 

「力が欲しい。そのためならなんでもします」

 

 迷いは、ない。

 

「……それは正しい考えかもしれませんが」

 

 シャンドルは小さく呟く。

 

「ちょっとだけ、気になりますね」

 

 

 

 

 夜。

 

 焚き火が揺れる。

 

 虫の声が遠い。

 

 シャンドルは携帯食料をかじる。

 対してジークフリートは鎧を脱がない。

 兜も外さない。

 

 焚き火の光が鎧を赤く染める。

 

「ジークくん、本当に食べないんですか?」

「はい。あとでいただきます」

「……一緒に食べたほうがおいしいと思うんですがねえ」

 

 返事はない。

 火の爆ぜる音だけが続く。

 

 やがてジークフリートが口を開く。

 

「…師匠は、なぜ紛争地帯に?」

「んー…まあ、責任を取るためにというか…」

 

 シャンドルの視線が一瞬だけ、遠くの村落へ向く。思い出すのは焦げた家屋、崩れた石壁、泣き疲れて眠る子供。

 笑みは崩さない。だが、目は笑っていない。

 

「放っておけなくてですね」

「それは、なぜ?」

 

「…昔。正義に酔った若者がいました」

 

 火が揺れる。

 

「力だけを持っていて、悪者を倒せば世界は平和になると、本気で考えていた愚か者です」

「ある日、若者は愚王と悪い神官により、圧政を敷かれている国を見つけました。若者は意気揚々と城に乗り込み、愚王と神官を討ち取りました」

 

 炎が大きく弾ける。

 

「…何も考えずに」

 

 沈黙。

 

「その結果、国は混乱し、分裂し、終わりのない戦争が始まりました。苦しむ人は圧政を敷かれていた時よりはるかに増え、死人は数え切れないほどになりました」

 

 内容に対して、シャンドルの声色は驚くほど穏やかだった。

 だからこそ、重かった。

 

「そのとき、ようやく若者は目が覚めたのです。自分は英雄ではない。力を持っているだけの子供だったのだと」

 

 火の粉が闇へと消える。

 

「………ですから、まあ、ここにいるわけです」

「…………」

 

 何も言えない。

 

 力があれば守れる。

 ジークフリートはそう信じている。

 

「強さを追い求めることは悪いことではありません。ですが、力だけでは解決できないこともあるのですよ」

 

「…………わかっています。わかっている、つもりです。ですが、現実に力がなかったせいで守れなかった。負けた」

 

 その言葉には、焦燥と悔恨が深く刻まれていた。

 

「…それも、1つの答えです。どの答えを選ぶかは、君に任せますよ」

 

 焚き火が揺れる。

 

 夜が深くなる。

 

 ジークフリートは、まだ答えを持たない。





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