玉葱騎士、六面世界に立つ 作:神聖龍 エモーショナル・ハードコア
「さて、さっそく修行を始めましょうか」
「私は北神流を齧っていましてね。剣にこだわらず、色々な武器に少しは精通しているつもりです。さっきも言いましたが、君を効率的に鍛えられると思いますよ」
シャンドルは何気なく地面に落ちていた剣を蹴り上げ、逆手で受け止める。
重心が、隙なく整う。
(………)
“齧る”などという次元ではない。
先程の動きは、流派そのものの理を知り尽くしている者のそれだった。
「ジークくん、先ほどの"技"をもう一度見せてください」
「はい」
言われた通り、剣を振るう。
振り下ろしながら、大剣へ。
薙ぎ払うと同時に槍へ。
突きの軌道が刀へと変わる。
「ふむふむ、とても高度な技術ですね。…名前はつけているんですか?」
「いえ。つけていません」
「そうですか…よし、では私が名前をつけてあげましょう!その技は"千変万化"と名付けます!」
「……はあ。わかりました」
いやー、なかなかいいセンスなんじゃないですか?と自画自賛をしているシャンドル。
ジークフリートは結構どうでもよかったが、師が喜んでいるのでそれでいいか、と思った。
「おっと、少し脱線してしまいました。それで、千変万化の率直な評価ですが――」
雰囲気が変わる。
「――小手先ですね」
声の温度が落ちる。
「君の技はまだまだ甘い。武器を切り替える継ぎ目に隙があるし、それぞれの武器の練度差も激しい。神級には通用しません」
「神の域にいる者は、他の追随を許さない圧倒的な力を持っている」
静かに、しかし確信を込めた言葉。
「ある者は限界まで極められた光の剣閃。ある者は領域内で動いた者全てを斬る剣界。ある者は天地を引き裂く重力波」
「君ではそれらに対抗できない」
「だから君も、他の追随を許さない圧倒的な力を持たなければならない」
「千変万化は悪くない。発想としては面白い。ですが今のままでは、“器用なだけ”です」
その言葉が、胸に刺さる。
ジークフリート自身、自覚はあった。
変化で翻弄しているだけだ。
本当に格上の相手には、押し潰される。
オルステッドの姿が脳裏を過ぎる。
圧倒的だった。
技ではなく、存在そのものが。
「なのでとりあえず、力が必要な武器は禁止です。まずは技術を磨きましょう」
「はい」
「ではまず…その刀から練習しましょう。君、その武器苦手そうですし」
「……はい」
図星だった。
大剣や槌、大斧なら、力で押し切れる。
槍なら間合いで戦える。
だが刀は違う。
繊細な体重移動。
正確な刃筋。
最小限の動き。
少しでも雑になれば、途端に扱えなくなる。
「安心してください。死ぬほど鍛えますから」
「死ぬほど、ですか」
「ええ。比喩ではなく」
シャンドルの目は本気だった。
ジークフリートは無言で刀を握り直す。
細い柄の感触が、どうにも馴染まなかった。
■
数日後。
空は高く、日差しは容赦ない。
ジークフリートの足元には無数の足跡が刻まれている。
同じ軌道を何百回も踏まされた証だ。
手になじむ武器は封じられた。大剣も大斧も許されない。
重さで叩き潰す戦い方を、徹底的に奪われる。
慣れない刀。
細く、軽く、繊細な刃。
「ほらほら、また力任せになってますよ!攻撃をうまく受け流しなさい!」
「……っ!はいっ!」
衝撃が手首に食い込む。
「守りばかりでは勝てませんよ。受けながらも反撃の隙を伺いなさい!」
「はっ……い!!」
息が荒い。
肺が焼ける。
棒と刀が鍔迫り合う。
汗が視界を滲ませる。
刀を滑らせ、指を狙う。
「甘い!」
「……!」
絡め取られ、刃が空へ。
カラン、と乾いた音。
「さすがに見え見えですね。動きを敵に悟られない練習もしましょうか」
「はあっ、はあっ、はあっ………はいっ!」
汗1つかいていないシャンドルに比べ、ジークフリートは息も絶え絶えだった。
「ま、今日はここまでにしておきましょうか」
「は、はい。ありがとう、ございました…」
膝が笑う。
地面に崩れ落ちる。
連日そうだった。倒れたら終わり。少し休めば再開。
騎士として鍛え抜かれた体力も、今は容赦なく削られる。
夕陽が赤く滲むころ、彼の視界は揺れていた。
「では野営の準備です。日が暮れる前に終わらせますよ」
「はい…!」
身体にむち打ち、立ち上がるジークフリート。師匠の身の回りの世話をするのも弟子の役目だ。
「ジークくん、修行とは関係ないんですから、そんなに頑張らなくてもいいんですよ?」
「いえ、やらせてください」
シャンドルは自分のことを弟子任せにしているわけではないが、礼儀を重要視するジークフリートは献身的にシャンドルの世話にしていた。
「んー、私はいい弟子を持ちましたねぇ……しかし、勤勉で謙虚なのは結構ですが、どうしてそこまで頑張るんですか?」
「…守るために、強くなる必要があるからです。私は、龍神に勝たなければならない」
振り返らないまま、ジークフリートは答える。
「…!龍神に?…それはまた、すごい目標ですね。彼に勝つということは、世界で一番強くなるということと同じですよ」
「それでもです。力がなかったせいで守れませんでした、では騎士失格です」
焚き木を積み上げる手に力がこもる。
「力が欲しい。そのためならなんでもします」
迷いは、ない。
「……それは正しい考えかもしれませんが」
シャンドルは小さく呟く。
「ちょっとだけ、気になりますね」
■
夜。
焚き火が揺れる。
虫の声が遠い。
シャンドルは携帯食料をかじる。
対してジークフリートは鎧を脱がない。
兜も外さない。
焚き火の光が鎧を赤く染める。
「ジークくん、本当に食べないんですか?」
「はい。あとでいただきます」
「……一緒に食べたほうがおいしいと思うんですがねえ」
返事はない。
火の爆ぜる音だけが続く。
やがてジークフリートが口を開く。
「…師匠は、なぜ紛争地帯に?」
「んー…まあ、責任を取るためにというか…」
シャンドルの視線が一瞬だけ、遠くの村落へ向く。思い出すのは焦げた家屋、崩れた石壁、泣き疲れて眠る子供。
笑みは崩さない。だが、目は笑っていない。
「放っておけなくてですね」
「それは、なぜ?」
「…昔。正義に酔った若者がいました」
火が揺れる。
「力だけを持っていて、悪者を倒せば世界は平和になると、本気で考えていた愚か者です」
「ある日、若者は愚王と悪い神官により、圧政を敷かれている国を見つけました。若者は意気揚々と城に乗り込み、愚王と神官を討ち取りました」
炎が大きく弾ける。
「…何も考えずに」
沈黙。
「その結果、国は混乱し、分裂し、終わりのない戦争が始まりました。苦しむ人は圧政を敷かれていた時よりはるかに増え、死人は数え切れないほどになりました」
内容に対して、シャンドルの声色は驚くほど穏やかだった。
だからこそ、重かった。
「そのとき、ようやく若者は目が覚めたのです。自分は英雄ではない。力を持っているだけの子供だったのだと」
火の粉が闇へと消える。
「………ですから、まあ、ここにいるわけです」
「…………」
何も言えない。
力があれば守れる。
ジークフリートはそう信じている。
「強さを追い求めることは悪いことではありません。ですが、力だけでは解決できないこともあるのですよ」
「…………わかっています。わかっている、つもりです。ですが、現実に力がなかったせいで守れなかった。負けた」
その言葉には、焦燥と悔恨が深く刻まれていた。
「…それも、1つの答えです。どの答えを選ぶかは、君に任せますよ」
焚き火が揺れる。
夜が深くなる。
ジークフリートは、まだ答えを持たない。
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