玉葱騎士、六面世界に立つ   作:プラザ合意

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第16話 王竜王国その3

 

 王竜王国の騎士たちによって、巨大な地図が卓へ広げられる。

 分厚い羊皮紙には、王竜山脈一帯の地形と、各地で確認された王竜の群れの位置が細かく書き込まれていた。赤い印は被害地域。黒い印は騎士団の損耗箇所。その数は、一目でわかるほど多い。

 

 会議室の空気は重かった。

 

 鎧の擦れる音。誰かが息を呑む音。負傷した騎士の包帯から漂う薬草の匂い。誰もが疲弊している。

 

 卓の中央に立つのはパックス。 それを囲むように、王竜王国の騎士たちが並んでいた。

 そして、その中に静かに佇む男――七大列強第五位、“死神”ランドルフ・マリーアン。

 

 その男がいるだけで、空気がわずかに冷えているように感じられた。

 

「こ、今回の作戦のそ、総指揮を執ることになりました、パックス・シーローンである……です。若輩者ですが、よろしくお願いします……」

 

 声が微妙に裏返る。

 戦場であれほど大声を張り上げていた男とは思えないほど、緊張していた。

 今回の功績が認められ、急遽、竜討伐隊総指揮官へ抜擢されたらしい。異例中の異例。本来なら、若輩の、しかも外様の王族に任される立場ではない。

 

 だが、それほどまでに人材が足りていないのだ。

 

「ランドルフ・マリーアンです。遠征から戻るのが遅れ、遅参することになり申し訳ありません」

 

 静かな声。

 だが、その一言だけで場が引き締まる。

 騎士たちの背筋が僅かに伸びた。

 

 七大列強第五位。“死神”。

 

 その名は、北神流を修める者なら知らぬ者はいない。

 ジークフリートは、静かにランドルフを観察していた。

 

 全体的に陰気な雰囲気。右目の眼帯。落ち窪んだ左目。痩せ細った頬。骸骨のような顔。

 一見すれば、病人のようにすら見える。

 

 だが、強い。

 理屈ではなく、本能でわかる。

 目の前に立っているだけで、無意識に間合いを測ってしまう。まるで、刃物の隣に立っているような感覚だった。

 

「カタリナ騎士、ジークフリートだ。よろしく頼む」

「おお、あなたが。噂に違わぬ玉葱っぷりですね」

「……どういう噂が流れているか知らないが、これはカタリナに伝わる由緒正しき甲冑。玉葱ではない」

「なるほど、これは失礼しました」

 

 クックッ、と笑いながら謝るランドルフ。

 

「………」

 

 ジークフリートは少し気を悪くしたが、深呼吸をして落ち着きを取り戻す。

 

「そ、それでは!!今回の竜討伐についての会議を始めさせていただきます!!!」

 

 声が大きすぎるきらいがあるが、パックスの号令で会議が始まる。

 

「今回の議題は、赤災についてです」

「……!」

 

 赤災、という言葉に反応するジークフリート。

 

「王竜の群れはジークフリート…殿のおかげで減少した上、赤災の襲撃を受けかなり弱まりました。そこで、私パックスが、せ、僭越ながら騎士団を率いさせていただき王竜たちを抑えます」

 

「赤災は――ジークフリート殿とランドルフ殿で対応していただきたいと思っています」

 

「……待て」

 

 即座に、ジークフリートが口を開く。

 

「赤災は、私一人に任せてほしい」

 

 場の空気が変わる。

 ざわめき。疑念。そして――わずかな苛立ち。

 

「理由は?」

 

 ランドルフが問う。静かで、冷たい声。

 

「……ランドルフ殿には王竜の対応を頼みたい。急な再編だ。部隊の動揺もある。あなたがいれば――」

「問題ありません」

 

 即答だった。

 

「パックス殿の指揮は的確です。現時点の戦力でも王竜の抑えは可能でしょう」

 

 正論。

 

「万が一ということも――」

「王竜王国の騎士は精強にして剛毅」

 

 被せるように、ランドルフは言う。

 

「一度の不覚はありましたが、二度はありません。どうかご信頼いただけませんか」

 

 完全に、詰まった。

 言葉が出ない。

 

「ジークフリート殿がお強いことは十分にわかっています。ですが相手は一匹で王竜の群れと渡り合っている赤竜です。単独での対処は、リスクが高すぎる」

「……」

「共闘しましょう。確実に仕留めるべきです」

 

 また、正論だった。

 逃げ道のない、完璧な理屈。

 

 言葉に詰まるジークフリート。

 

 その様子をパックスはじっと観察していた。

 

(……なんか、変だな)

 

 机に肘をつき、軽く指を組む。

 

(こいつ、何か…?)

 

「……一つ、よろしいですか?」

 

 軽く手を上げたのはパックスだった。

 先程までの頼りなさは薄れ、王族として場を整えようとする顔になっている。

 

「なんでしょう、パックス殿」

 

 ランドルフが視線を向ける。

 

「今回の赤災――妙だと思いませんか?」

 

 ざわり、と空気が揺れる。

 

「妙、とは?」

「王竜を襲いながら、人間側には決定的な被害を出していない」

 

 パックスは地図へ視線を落とす。

 

「もちろん被害は出ている。だが、あの赤災なら本気で暴れれば討伐隊など半壊していたはずだ」

 

 騎士たちの表情が引き締まる。

 あの赤い怪物を思い出したのだろう。

 

「……まるで、別の目的で動いているように見えた」

 

 静寂。

 ランドルフは目を細める。

 

「確かに、不自然ではありますね」

「そして」

 

 パックスはゆっくりと視線を上げた。

 真っ直ぐに、ジークフリートを見る。

 

「ジークフリート殿は、何か知っている様子です」

「……!」

 

 ジークフリートの肩が僅かに揺れる。

 その反応だけで、半ば答えだった。

 

「……言いづらいことかもしれん」

 

 パックスは静かに続ける。

 

「余も、お前を責めたいわけではない」

 

 会議室の空気が少しだけ緩む。

 

「だが、ここにいる全員、命を懸けて戦っている。情報を隠されれば、それだけ死人が増える」

 

 騎士たちが黙って頷く。

 

「だから話してくれ。余を信じろ」

 

 その言葉は、王族としての命令でありながら。どこか、不器用な懇願のようでもあった。

 

「悪いようにはせん」

 

 ジークフリートは俯く。

 脳裏に浮かぶのは、ヘルカイトの目だった。怒り。苛立ち。そして、あの一瞬だけ見えた寂しさ。

 

――言うべきか。

 

 迷う。

 だが、ここで黙れば、ヘルカイトは本当に“ただの討伐対象”になる。

 

「……わかった」

 

 重く、言葉を吐き出す。

 

「赤災は……私を追って来た可能性がある」

 

 ざわっ、と会議室が揺れた。

 

 そして、赤竜山脈で赤災――ヘルカイトと交流があったこと。 もしかしたら説得できるかもしれないことを、ジークフリートは静かに語った。

 

 会議室がざわつく。

 

 竜と交流。

 それ自体が、常識外れだった。

 

「作戦を一つ追加しましょう」

 

 空気を切り替えるように、パックスが口を開く。

 

「ジークフリート単独接触の時間を作る」

 

 卓上の地図を指で叩く。

 

「先の戦いで王竜の勢力は大きく削がれた。余裕はある。ならば、赤災との交渉を試みる価値は十分にあるはずだ」

「ふむ」

 

 ランドルフが静かに頷く。

 

「ジークフリート殿の言葉を信じるとして――説得が成功する確証は?」

「……確実にできる、とは言えない」

「それでは困りますねえ」

 

 あっさりと返された。

 

「相手は赤災。仮に交渉が失敗すれば、被害は計り知れない。安全を優先するなら、私とジークフリート殿の二人がかりで討伐するべきでしょう」

「それは…」

 

「そもそも」

 

 隻眼が細められる。

 

「あなたを追って赤災が来たとするなら、今回の騒動はあなたが引き起こした、という見方もできますねえ…」

「な…!そ、そんなことは…」

 

 ランドルフは淡々と続ける。

 

「追ってきた、のではなく誘き寄せた、という見方すらできます」

 

 ざわっ、と空気が揺れた。

 騎士たちの視線が変わる。

 先程まで英雄を見る目だったものが、徐々に警戒と疑念を帯び始めていた。

 

「ち、違う。わ、私は…」

 

 騎士たちの視線が刺さる。

 その瞬間、不死人として向けられてきた敵意を思い出した。

 化け物を見る目。

 汚いものを見る目。

 自分は慣れているはずだった。

 だが――なぜか、今は酷く苦しかった。

 

 ジークフリートの思考が鈍る。

 息が詰まる。

 空気が重くのしかかり、うまく言葉が出ない。

 

「ら、ランドルフ殿!!」

 

 そんな空気を裂いたのは、パックスの声だった。

 

「ちょっとよろしいですか!?」

「……なんでしょう、パックス様」

 

 ランドルフが目を向ける。

 

「余は!ジークフリートを信じたい!」

 

 会議室に響く声。

 

「こいつは偉そうで!上から目線で!押し付けがましくて腹が立つこともある!だが!!」

 

 パックスは机を叩く。

 

「こいつは戦場で、命を懸けて戦った!」

 

 騎士たちを見る。

 

「一人で王竜の群れへ突っ込み!余たちを守り!傷つきながら戦い続けた!!」

 

 その声には、戦場を共に駆けた熱があった。

 

「そんな男が!国を危険に晒すために赤災を誘き寄せるなど、余には到底思えん!!」

「もし赤災がジークフリートを追ってきたのだとしても、それは人では手の及ばぬ竜の事情だ!ジークフリートに責任はない!」

 

 強く言い切るパックス。

 騎士たちにも波紋が広がる。

 

「そ、そうだ。ジークフリート殿には私も助けられた」

「私もだ!彼がいなければ、あの場で死んでいた!」

「彼の剣に悪心はなかった。騎士として真っ当なお方だ」

 

 擁護の声が次々に上がる。

 空気が変わっていく。

 ジークフリートは目を見開いていた。

 こんな風に、庇われるとは思っていなかった。

 

「……ふむ」

 

 ランドルフが小さく息を吐く。

 

「どうやら、邪推が過ぎたようですね」

 

 そう言って、軽く肩を竦めた。

 

「申し訳ありません、ジークフリート殿」

「い、いや……国を守るのが騎士の役目だ。追及するのは当然だろう」

「ええ、まあ」

 

 ランドルフは苦笑する。

 

「半分くらいは、わざと揺さぶったのですが」

「……え?」

 

 ジークフリートが固まる。

 

「隠し事をしている人間は、圧をかけると反応がわかりやすいので」

 

 さらっと言うランドルフ。

 

「その結果、“赤災を庇いたい”という本音も、“説得したい”という意思も確認できました。単純に、あなた反応が素直すぎますねえ」

「う…………」

 

「あと、それはそれとして、パックス殿に促されるまでもなく、赤災を説得できそうな手段があるなら早く言っていただけると助かりますねえ」

「そ、そうか。そうだな、すまない」

 

(……"お祖父様"の言っていた通りだ)

 

 ランドルフは内心で苦笑した。

 

(精神面はかなり幼い。隠し事も下手だ。まるで叱られるのを怖がっている子供みたいですねえ)

 

「……ちなみに、あなた今いくつです?」

「歳…正確にはわからないが、13か14くらいだと思う」

「は…?いや、その体躯で13は無理でしょう。明らかに20は超えて…」

「体はソウルの力で成長させた。成長させる前の体の年齢を考えるなら、今は13歳くらいだ」

 

「「「「「は…………?」」」」」

 

 思わず、会議室中の人間の声が重なる。

 13?13歳で王竜たちを蹂躙できるほど強いのか?ソウルの力ってなんだ?なんでそういうことを言わない?

 頭の中に様々な疑問が浮かぶ。

 

「はあ、まあ…納得はできました。だとするなら、私は子供相手に何をしていたのでしょうね…」

「いや、暦上の年齢が13というだけで、大人として扱ってくれて構わない」

「そういうわけにはいきませんよ…」

 

(はあ、アレックスお祖父様もちゃんとそういうところまで教えてくれればいいのに…)

 

 内心、ため息をつくランドルフ。

 

 祖父――アレックス・カールマン・ライバック。“北神二世”と呼ばれる英雄。今はなぜか"シャンドル・フォン・グランドール"と名乗っているようだが。

 

 その祖父が珍しく気にかけ、わざわざ弟子として側に置いている少年。

 少し興味があった。どれほどの怪物なのか。どれほど危ういのか。

 実際に見てみれば――。

 

(なるほど。これは確かに、放っておけませんねえ)

 

 騎士たちやパックスに質問攻めにされるジークフリートを見ながら、独りごちるランドルフだった。





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