玉葱騎士、六面世界に立つ   作:プラザ合意

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キリのいいところまで書き溜めができたので、毎日投稿再開します。


第19話 シャリーアでの日々

 

 シャリーアの朝は冷える。

 降り積もった雪が石畳を白く染め、道行く人々は厚手の外套に身を包んでいた。 そんな中、一際目立つ銀色の鎧が街路を歩いていく。

 玉葱のような丸みを帯びた鎧兜。無骨な大剣。そして、隠しきれない威圧感。

 

 やがて辿り着いたのは、シャリーア冒険者ギルド。

 巨大だった。

 

 石造りの三階建て。分厚い扉の向こうからは、喧騒が漏れ聞こえてくる。ジークフリートが扉を開けた瞬間、熱気が押し寄せた。外は雪景色だというのに、中は別世界のように暖かい。

 酒の匂い。焼いた肉の香り。濡れた革鎧と鉄の臭い。無数の話し声と笑い声。広いホールには数え切れないほどの冒険者たちが集まっていた。

 剣士。魔術師。獣人。大柄な北方人。軽装の斥候。

 

 壁には無数の依頼書が張られ、奥では受付嬢たちが慌ただしく書類を捌いている。酒場も併設されているらしく、昼間から酔って騒いでいる冒険者までいた。

 武器を磨く者。仲間と地図を囲む者。討伐帰りなのか、傷だらけで眠りこける者。

 そこにあるのは、戦いと生活が混ざり合った空気だった。

 

 シャリーアはラノア王国最大級の都市だ。魔法大学を中心に人が集まり、その周囲には商人も、研究者も、冒険者も流れ込む。

 当然、冒険者ギルドもまた巨大だった。

 地方都市の小さな詰所とは違う。ここには本物が集まる。Aランクと思しき冒険者の姿も珍しくない。漂う魔力も、闘気も濃い。

 だが――。

 ジークフリートが足を踏み入れた瞬間、その空気がわずかに変わった。

 

 ざわ、と。

 視線が集まる。

 

「あの玉葱鎧……」

「まさか、『玉葱騎士』か?」

「王竜王国の『竜狩り』……?」

「例の『北神流玉葱派』がシャリーアに……」

 

 ざわめきが広がっていく。

 それは単なる興味ではない。猛獣を前にしたときのような、無意識の緊張だった。

 

 玉葱。玉葱。玉葱。

 聞こえてくる単語に、ジークフリートはわずかに眉をひそめた。

 

(……玉葱では、ない)

 

 未だに納得はしていない。だが、いちいち訂正していても仕方がないことも理解していた。

 視線を無視し、受付へ向かう。

 

「依頼を受けたい」

 

 受付嬢が一瞬びくりと肩を震わせた。

 

「は、はい!では冒険者カードを……」

「持っていない」

「……はい?」

 

 受付嬢が固まる。

 

「登録したことはない。今日は冒険者登録に来た」 「あ、そ、そうだったんですね……!」

 

 受付嬢は慌てて書類を取り出した。

 

「え、ええと……では規則に従い、Fランクからのスタートとなりますが……」

「? もちろん構わない」

「へ?」

「頼む」

 

 あまりにも自然に頷かれ、逆に受付嬢の方が困惑した。

 そこへ奥から慌ただしい足音が響く。

 

「ちょ、ちょっと失礼します!『玉葱騎士』様!ぜひ奥へ!」

「……玉葱ではない」

「す、すみません!でもとにかく奥に…!」

 

 半ば引きずられるように奥の部屋へ通される。

 部屋の中では、壮年の男が待っていた。鋭い目つき。だがその奥には歴戦の戦士特有の落ち着きがある。彼はここシャリーアのギルドマスターであった。

 

「ようこそお越しくださいました、『竜狩り』ジークフリート殿。本日は冒険者登録に来ていただき、誠にありがとうございます」

 

 男は丁寧に頭を下げた。

 

「ああ。よろしく頼む。……ところで、なぜ私がジークフリートだと分かった?」

「見れば分かりますとも」

 

 ギルドマスターは苦笑した。

 

「王竜山脈での大立ち回りは、ここシャリーアまで届くほどの勇名です。それに、その特徴的な鎧。そして何より――」

 

 一瞬、視線が鋭くなる。

 

「強者としての圧は隠せませんよ」

 

 ジークフリートは少しだけ目を細めた。なるほど。この男もかなりの実力者らしい。

 

「さて、本題ですが」

 

 ギルドマスターが書類を机に置く。

 

「規則に従えばFランクスタート。しかし、『竜狩り』殿をFランクに置いておくなどありえません。特例として、Aランクから――」

「Fでいい」

「……はい?」

 

 即答だった。

 

「私だけ一足飛びに高ランクになれば、他の者への示しがつかないだろう」

「ですが、あなたほどの実力者が雑事をする必要は……」

「必要かどうかは私が決める」

 

 静かな声だった。

 

「私も皆と同じく、Fランクから始めさせてもらいたい」

 

 ギルドマスターはしばらく沈黙し――やがて苦笑した。

 

「……分かりました。では、そのように」

 

 こうして『竜狩り』ジークフリートは、Fランク冒険者となった。

 

 

 

 

「うおおおっ!?兄ちゃん、それ一人で運ぶのか!?」

 

 荷運び依頼。

 普通なら数人がかりで持つ木箱を、ジークフリートは一人でいくつも抱えていた。

 

「問題ない」

 

 しかも歩き方が異様に安定している。雪道だというのに、一切ふらつかない。

 依頼主は呆然と口を開け、大量の荷物を運ぶジークフリートを見送った。

 

「……すげえ」

「Fランクってなんだっけ……」

 

 周囲の冒険者たちが遠い目をしていた。

 

 

 

 

 別の日。雪かきの依頼。

 

「う、嘘……」

 

 住民たちは唖然としていた。

 雪が――消えていく。

 いや、正確には猛烈な勢いで片付けられている。

 巨大な雪山が次々と作られ、道が開通していく。

 

「終わった。次はどこだ」

「えっ、もう!?」

 

 まだ開始から十分しか経っていなかった。

 

「つ、次はあちらの通りです」

「わかった」

 

 またとてつもない勢いで退かされていく雪を見ながら、人々は感嘆の声を漏らした。

 

 

 

 

 また別の日。猫探しの依頼。

 最初は見つからなかった。

 路地裏。屋根の上。市場の裏手。

 猫が入り込みそうな場所を一つずつ見て回る。

 

「……いないな」

 

 雪の上には小さな足跡がいくつもあった。だが、途中で消えている。

 風が強い。

 足跡が埋もれてしまうのだ。

 

「玉葱さん、何してるのー?」

 

 子どもたちが駆け寄ってくる。

 

「玉葱ではないが…猫探しだ」

「タマちゃん?」

「知っているのか」

「うん!でも昨日は見てない!」

 

 代わりに別の情報をくれた。

 

「魚屋のおじさんのとこによくいたよ!」

「あと、パン屋の裏!」

「……そうか。助かる」

 

 頭を下げると、子どもたちは嬉しそうに笑った。

 

「玉葱さん頑張れー!」

 

 夕方。

 魚屋の裏で、ようやく痕跡を見つけた。

 雪の上に、小さな白黒の毛。

 さらに奥。木箱の隙間。

 

「……いた」

 

 小さく丸まった猫がいた。

 右耳が少し欠けている。依頼主から聞いていた通りの猫だ。

 だが、ジークフリートが近づくと、びくりと震えて奥へ逃げ込んでしまう。

 

「……困ったな」

 

 剣で岩を切ることはできる。竜とも戦える。

 だが、怯えた猫の扱いは分からない。

 無理に手を伸ばけば、さらに逃げるだろう。

 

「…………」

 

 少し考える。

 それから魚屋で干し魚を買ってきて、少し離れた場所に座る。

 雪が降る。寒い。

 

 だが、待った。

 じっと待った。

 

 鎧に雪が積もっていく。だがそれでも動かない。

 

 しばらくして。

 

「……にゃ」

 

 小さな鳴き声。

 猫が恐る恐る近づいてくる。

 ジークフリートは干し魚を差し出す。

 

 猫が、もう一歩近づく。

 

「……大丈夫だ」

 

 低い声で、静かに言う。

 猫はしばらく警戒していたが、やがて観念したように膝に乗り、干し魚に食いついた。

 

 その後。

 

「タマちゃん!」

「よかったー!」

 

 依頼主の親子が泣きそうな顔で猫を抱きしめる。

 

「ありがとうございます、本当に……!」

「無事でよかった」

 

 それだけ言って、ジークフリートは踵を返した。

 それを引き止めるように、依頼主の子供がジークフリートの背中を叩く。振り向くと、満面の笑みの子供がそこにいた。

 

「玉葱さん、ありがとう!」

「…どういたしまして」

 

 その時、ジークフリートは珍しく、玉葱呼びを訂正しなかった。

 

 

 

 

 またまた別の日。 

 

「じ、ジークフリートさん!?」

 

 ラノア魔法大学の廊下を歩いていたノルンが、思わず声を上げる。その先には、巨大なモップを持った玉葱鎧がいた。

 

「何してるんですか……?」

「掃除だ。依頼で来た」

「いやそれは見ればわかりますけど!」

 

 ジークフリートは真面目な顔で床を磨いている。しかも妙に丁寧だ。隅の汚れまでしっかり落としている。

 

「討伐依頼とかじゃないんですか?」

「Fランクに討伐依頼はほとんどない。今日は清掃しかなかった」

「Fランク!?ジークフリートさんが!?」

「もちろん。新人だからな」

「えぇ……」

 

 あまりにも自然に言うので、逆に説得力があった。

 

「不満じゃないんですか?」

「そんなことはない」

 

 ジークフリートはモップを動かしながら答える。

 

「掃除も街の景観を守る立派な仕事だ」

「はぁ…なるほど…」

 

 ノルンは妙に感心してしまった。

 

「それより、最近はどうだ?」

 

 不意にジークフリートが尋ねる。

 

「……っ」

 

 ノルンの肩がわずかに揺れる。

 

「別に。普通です」

「普通、にしては様子がおかしいな」

「……」

 

 図星だった。

 最近、何もかも上手くいっていない。周囲との距離感。兄への複雑な感情。思い通りにならない学業。ミリスではアイシャと比較され、シャリーアではルーデウスと比較される。それがとても不愉快だった。

 けれど、ノルンはそれらを上手く言葉にできない。

 

「話しにくいなら、いい」

 

 ジークフリートは追及しなかった。

 ただ、静かにモップを立てかける。

 

「だが、無理はするな」

「……」

「困った時は、私でも、ルーデウスでもいい。いつでも相談してくれ」

 

 その瞬間。

 

「……っ!あの人に、相談なんて……!」

 

 思わず声が強くなる。

 ノルン自身も驚いたように目を見開いた。

 

「……どうした?」

「別に!なんでもないです!」

 

 吐き捨てるように言って、ノルンは踵を返した。

 ぱたぱたと足音が遠ざかっていく。

 ジークフリートはその背中を追わなかった。ただ静かに見送る。

 

「家族というのも、大変なんだな」

 

 小さく呟く。その声は、どこか少しだけ羨ましそうでもあった。

 だがジークフリートは、その感情の正体に気づかないまま、再びモップを手に取った。

 

 

 

 

 冒険者ギルドへ依頼達成の報告をする帰り道。昼時の商店街は、雪の季節だというのに妙に賑やかだった。

 通りの両脇には露店や商店が並び、焼きたてのパンの香りと、肉を煮込む匂いが漂っている。行き交う人々の吐く白い息さえ、どこか温かかった。

 

 そんな中を、玉葱型の奇妙な鎧が歩いていく。

 

「あ、玉葱さんだ」

「玉葱さんこんにちはー!」

 

 通りすがりの子どもたちが元気よく手を振る。

 

「……こんにちは」

 

 少し間を置いて、ジークフリートも手を上げた。

 最初は不本意だった。玉葱などと呼ばれるのは騎士としてどうかと思っていた。

 だが――

 

「おーい玉葱騎士さん!ちょっと待ってくれ!」

 

 八百屋の店主が大きく手を振る。

 

「この前運んでもらった樽、助かったよ!今日はリンゴ持ってきな!」

「いや、依頼の報酬は既に受け取っている」

「固いこと言うなって!余りもんだからよ!」

 

 半ば無理やり紙袋を押し付けられる。

 

「……ありがとう」

 

 そう答えると、店主は豪快に笑った。

 

「最初は怖えと思ったけど、案外いい兄ちゃんだなあ!」

 

 その少し先では、魚屋の老婆が手招きしていた。

 

「玉葱さん、玉葱さん」

「……私か」

「他に誰がいるんだい」

 

 老婆は干物を包みながら笑う。

 

「この前、屋根の雪下ろしありがとねぇ。おかげで潰れずに済んだよ」

「当然のことをしたまでだ」

「その当然をやってくれる人が減ったんだよ」

 

 しわくちゃの手が、ぽんぽんと鎧を叩く。

 

「無理しすぎるんじゃないよ、若いの」

 

 ジークフリートは少しだけ目を瞬かせた。

 

「……気をつける」

 

 さらに進む。

 

「あっ、玉葱さん!」

 

 今度はパン屋の娘だった。

 

「今日、新作できたんです!食べます!?」

「……またか」

「またです!」

「商売は大丈夫なのか?」

「宣伝です!『玉葱騎士も食べたパン!』って言ったら売れそうですし!」

「…そうでもないと思うが」

 

 真顔で返すと、娘はけらけら笑った。

 

 気づけば、歩くたびに誰かに呼び止められる。

 雪かきを手伝った家。荷運びをした商人。迷い猫を探した少女。外壁修理を請け負った店。

 どれも大したことではない。騎士として戦うことに比べれば、小さな仕事ばかりだ。

 だが。

 

「玉葱さん、またねー!」

 

 子どもたちが笑う。

 その笑顔を見ていると、不思議と悪い気はしなかった。

 

「……玉葱ではないんだがな」

 

 ぼそりと呟く。

 

「えー?でも玉葱さんは玉葱さんだよ!」

「どの辺がだ」

「まるい!」

「……そうか」

 

 兜に手を置きながら、子供に返事を返す。納得はできない。だが、まあいいかとも思う。

 

 胸の奥が、少しだけ温かい。

 故郷では――前の世界では自分は恐怖の対象だった。呪われ人、亡者、怪物、化け物。

 だが、この街では違う。

 雪をどかし。荷物を運び。猫を探し。掃除をする。

 ただそれだけで、人々は笑ってくれた。

 

「玉葱さん!今度また遊んでー!」

「ああ」

 

 自然と、そんな返事が口から出た。

 

 シャリーアは、今日も騒がしい。

 その喧騒の中を歩きながら、ジークフリートはほんの少しだけ、肩の力を抜いていた。

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