玉葱騎士、六面世界に立つ   作:プラザ合意

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第20話 ラノア魔法大学

 

 宿の窓の外では雪が静かに降り続け、街路を白く染めていた。

 暖炉の火がぱちぱちと音を立てる中、ジークフリートは黙々と剣の手入れをしている。

 

 そんな彼に向かって、シャンドルがひらひらと封筒を振った。

 

「ジークくん。手紙が届いていましたよ」

「……私に?」

 

 珍しいこともあるものだ。

 旅を続けていた頃の自分に、手紙など届くことはなかった。

 

 シャンドルから手紙を受け取る。

 封蝋には、ラノア魔法大学の紋章が刻まれていた。

 

「大学からですねえ」

「……?」

 

 首を傾げつつ封を切る。手紙には、驚くほど丁寧な文面が並んでいた。

 

 王竜王国での戦果。

 無詠唱による高位雷撃。

 常識外れの治癒術。

 その他、旅の各地で確認された武勇。

 

 それらを高く評価し、ぜひ特別生として迎えたい――という内容だった。

 

「……断ります」

 

 読み終えたジークフリートは即答した。

 

「ほう?」

 

 シャンドルが面白そうに眉を上げる。

 

「魔術に興味はありません。それに、私が使っている術は魔術とは別体系です。教えられるようなものでもない」

 

 ソウルの業。

 それは己の内にあるソウルを引き出す術だ。

 少なくとも、今のジークフリートには他人へ教えられる気がしなかった。

 

「ふむふむ」

 

 シャンドルは勝手に手紙をひったくる。

 

「あ」

「いいじゃないですか、学校」

 

 ぱらぱらと手紙を読みながら、シャンドルは軽い調子で言った。

 

「行ってきなさい」

「……興味がありません」

「言ったでしょう?これも修行のうちの一つですよ」

「修行?」

 

 ジークフリートが眉をひそめる。

 

「戦うことしか知らない君にとって、学校という場は案外悪くない。人と関わり、学び、共に過ごす。そういう経験も必要です」

 

 シャンドルは茶を飲みながら続けた。

 

「それに、ルーデウスくんたちもいますしね」

「……むう」

 

 少しだけ言葉に詰まる。

 

 確かに、ルーデウスたちがいるのは気楽ではある。

 だが。

 

「……私は学生に向いているようには思えません」

「安心してください。私もそう思っています」

「師匠」

「ですが、だからこそですよ」

 

 にやにや笑うシャンドル。

 

「人生経験だと思って行ってきなさい」

「……」

 

 ジークフリートはしばらく黙り込み――やがて小さく息を吐いた。

 

「……わかりました」

 

 こうしてジークフリートは、ラノア魔法大学へ向かうことになった。

 

 

 

 

 後日。

 

 ラノア魔法大学。

 応接間。

 

「お会いできて光栄です、ジークフリートさん」

 

 柔和な笑みを浮かべる中年の男。

 ラノア魔法大学教頭、ジーナス・ハルファスである。

 

「こちらこそ」

 

 ジークフリートは軽く頭を下げた。

 

「さて、早速ですが……」

 

 ジーナスは机の上で指を組む。

 

「あなたの術について、ぜひ研究協力をお願いしたい」

「その件だが」

 

 ジークフリートは静かに口を開いた。

 

「おそらく、あなた方が期待しているものとは違う」

「ほう?」

「私の術は魔術ではない。体系そのものが異なる」

「……」

 

「ソウルの業、と私は呼んでいる。そして、少なくとも今の私には人へ教えられる気がしない」

 

 ジーナスは黙って話を聞いていた。

 やがて、ふっと笑う。

 

「構いませんよ」

「……?」

「研究というのは、必ず成果が出るからやるものではありません。あなたが大学に籍を置き、研究対象として存在してくれるだけでも十分価値があります」

 

 ジーナスは穏やかに笑った。

 

「未知とは、それだけで尊い。魔術師というのは、そういう生き物ですよ」

「……なるほど」

 

 ジークフリートは少し安心した。

 無理に教師役をやらされるわけではないらしい。

 

「では、入学にあたって簡単な試験を」

 

「試験?」

「ええ。形式的なものです」

 

 本来であれば、同じ無詠唱魔術(正確には違うが)の使い手であるルーデウスやフィッツが担当する予定だったらしい。

 だが、二人とも都合がつかなかった。

 

「代わりに、接近戦の心得がある学生を二人ほど。…少し素行は悪いですが、実力は折り紙つきです」

 

 案内された訓練場には、犬の獣族と、猫の獣族の2人の女学生がいた。

 

「なんか変な玉葱野郎が来たニャ」

「本当に大丈夫なの?」

 

 リニアーナ・デドルディアと、プルセナ・アドルディア。ラノア魔法大学における不良たちを統べる番長たちである。最近は元がつくが。

 

「……」

 

 ジークフリートは二人を見て思い出した。

 

 大学の廊下を掃除した直後、菓子の包み紙や食べ終わった肉の骨を床へ放り投げていた不良学生だ。

 

「……お前たちか」

「ニャ?」

「掃除した場所にすぐゴミを捨てる獣人」

 

 怪訝な顔をするリニア。

 

「はあ…?なんのことニャ?」

「あー、いや、そういえば見たことある気がするの…玉葱鎧の清掃員!」

「玉葱ではない」

「いや玉葱ニャ!」

「どっからどう見ても玉葱なの!」

 

 二人して腹を抱えて笑い出す。

 ジークフリートの眉がぴくりと動いた。

 

 だが反論しても無駄だということは、シャリーアでの日々で理解している。この二人も子供たちと同じようなものだ。悪意は感じるが。

 

「こらこら、君たち。その辺にしておきなさい」

 

 困ったように苦笑しながら、ジーナスが間に入った。

 

「今日は試験です。喧嘩をする場ではありませんよ」

 

 そう言って試験場へ視線を向ける。

 広い石造りの訓練場。床には魔術による防護術式が刻まれ、周囲には治癒用の魔法陣まで設置されている。多少の怪我なら即座に回復できる仕様らしい。

 

 ジーナスが軽く咳払いした。

 

「では、簡単な実技試験を行います。危険を感じた場合はすぐ止めますので安心してください」

「玉葱清掃員、怪我しないよう気をつけるニャ」

「変に怪我されると、こっちが迷惑なの」

 

 完全に舐めきった態度だった。

 リニアは爪を鳴らし、プルセナはにやにや笑う。二人とも実力には自信があるのだろう。

 対するジークフリートは、静かに立っていた。

 

「……始め」

 

 ジーナスが手を振り下ろす。

 瞬間。

 プルセナが大きく息を吸い込んだ。獣族特有の吠魔術。その準備動作。

 同時に、リニアが地面を蹴る。獣人特有の瞬発力。まるで風のような速さだった。

 

 だが。

 二人より先に、ジークフリートが動いていた。

 

「"雷の矢"」

 

 詠唱はない。

 いや、そもそも魔術ですらない。

 空気を裂くような雷鳴。黄金の雷の矢が一直線に奔り――。

 

「なのっ!?」

 

 プルセナに直撃した。

 凄まじい電撃が身体を貫き、プルセナは悲鳴を上げる暇すらなく、その場に崩れ落ちる。

 

「プルセナ!?」

 

 一瞬、リニアの動きが止まった。

 その隙を、ジークフリートは見逃さない。

 踏み込み、拳骨を繰り出す。

 

「ふぎゃっ!?」

 

 鈍い音と共に、リニアの身体が地面へ叩きつけられた。

 静寂。

 試験場が、しんと静まり返る。

 

「…………」

 

 ジーナスは内心で息を呑んでいた。

 リニアとプルセナは決して弱くない。むしろ学生全体で見れば、かなり上位の実力者だ。

 それを。

 たった一人で。しかも、ほぼ一瞬で制圧した。

 

(なるほど……これは確かに、“本物”ですね)

 

 直後、試験場の治癒魔法陣が起動する。

 淡い光がリニアとプルセナを包み込み――数秒後、二人は飛び起きた。

 

「ハッ!?な、何が起こったニャ!?」

「大きな光が点いたり消えたりしてるの……アハハ、大きい……彗星かな?いや違う、違うなの……彗星はもっとバーッて動くなの……」

 

 どうやらプルセナはまだ少し混乱しているらしい。

 そんな二人に、ジークフリートが近づく。

 

「おい」

「「ひっ!」」 

 

 二人の身体がびくりと跳ねた。

 ジークフリートは少しだけ声に圧を込める。

 

「この際、玉葱と呼んだことは……まあいい。許す」

 

 本当はあまり良くない。だが今はそれより重要なことがある。

 

「だが、ゴミはゴミ箱に捨てろ」

 

 静かな声。

 しかし、その瞬間。

 リニアとプルセナの獣としての本能が、凄まじい警鐘を鳴らした。

 目の前にいるのは、人の形をした何かだ。

 一見すれば静かで穏やか。だが、その奥に潜むものが違う。

 竜。怪物。災害。

 逆らってはいけない存在。

 蟻が象を見上げた時のような、圧倒的な格の差を本能が理解してしまった。

 

「す、すみませんニャー!!もうポイ捨てしませんニャ!!」

「玉葱って言ってごめんなさいなのー!!」

 

 二人は涙目で頭を下げる。

 ジークフリートは腕を組み、満足そうに頷いた。

 

「うむ。わかればいい」

 

 ちなみに、試験結果はもちろん合格だった。

 こうして、ジークフリートは正式にラノア魔法大学の特別生となったのだった。

 

 

 

 

 また後日。

 

 ラノア魔法大学。

 世界中から魔術師が集う、魔術研究の最高峰。その一角にある特別生用の教室では、月に一度のホームルームが行われようとしていた。

 

「あのゴーレムの腕はもっとこう、芸術的に曲線を――」

「いや、実用性を考えれば直線構造の方がですね」

「ふはは!やはり師匠は話が分かる!」

 

 ザノバとルーデウスが熱く語り合っている。机の上にはゴーレムの設計図らしき紙束が広げられ、ザノバは興奮気味に身振り手振りを交えていた。

 その隣では、クリフが深々とため息を吐く。

 

「また始まった……」

 

「腹減ったニャー」

「眠いなの……」

 

 一方、リニアとプルセナは机に突っ伏していた。

 そんな賑やかな教室の扉が、ぎぃ、と音を立てて開く。

 

 教室中の視線が、一斉にそちらへ向く。

 そこに立っていたのは――奇妙な男だった。

 白を基調としたラノア魔法大学の男子制服。だが、その上から装着された兜が全てを台無しにしている。

 玉葱のような丸みを帯びた異様な鉄兜。顔はカタリナヘルムに完全に覆われ、表情すら見えない。

 

 異様。

 

 その一言に尽きる。

 

「…………」

 

 教室が静まり返る。

 

 そして次の瞬間。

 

「ジークさん!?」

 

 ルーデウスが思わず立ち上がった。

 

 玉葱兜――ジークフリートは静かに頷く。

 

「久しいな、ルーデウス」

「え、いや、何してるんですか!?」

「通った」

「何がです!?」

 

 困惑するルーデウスをよそに、ジークフリートは平然としていた。

 

「げっ、まさかジークフリートのアニキはボスとも関わりがあったのかニャ!?」

「げっ、とはなんだ」

 

 リニアがぶんぶんと首を振る。その隣でプルセナも青い顔をしていた。

 

「いやいやいや…そんな、なんでもないニャ…」

「危なかったの、舐めた態度のままだったらボスからも叱られるところだったの…」

「くわばらくわばらニャ…」

 

 そんな二人を見て、ルーデウスが首を傾げる。

 

「ジークさん、二人と知り合いなんですか?」

「ああ。入学試験で相手になってもらった」

「あ、ああ…なるほど……」

 

 ルーデウスは何かを察した顔になった。おそらく、ろくでもない試験風景だったのだろう。

 

「というか、大学に招かれることになったんですね。知りませんでした」

「色々あってな。これからはルーデウスが先輩になる。よろしく頼む」

「いやいや、先輩だなんてやめてくださいよ。今まで通りで大丈夫です」

 

 苦笑するルーデウス。

 すると、ザノバが椅子から立ち上がった。

 

「師匠、余とクリフ殿にもご紹介いただけますかな?」

「あ、そうですね」

 

 ルーデウスが咳払いする。

 

「こちら、ジークフリートさん。僕の命の恩人です」

「ほう」

 

 ザノバが興味深そうにジークフリートを見上げた。

 

「シーローン王国第三王子、ザノバ・シーローンと申します。以後、お見知りおきを」

「シーローン……パックスと同じか」

「おや、パックスをご存知なので?」

 

 ザノバが少し意外そうに目を瞬かせる。

 

「ご迷惑をおかけしてはおりませんかな?」

「そんなことはない。王竜王国では世話になった。頼れる男だ」

「ほう……まさかパックスが」

 

 ザノバが感心したように顎へ手を当てる。

 

「人とは分からないものですな」

 

 そして、ふと視線がジークフリートの兜へ向いた。

 

「……それより、その兜」

 

 ザノバの目が輝く。

 

「何とも美しいですな」

「……!わかるか!」

 

 ジークフリートの声が珍しく弾んだ。

 

「ええ。曲面装甲による優れた斬撃耐性。それによって生まれる流麗な造形美。まさに機能性と芸術性を兼ね備えた逸品です」

「そう、そうなんだ!」

 

 ジークフリートが勢いよく身を乗り出す。

 

「やっと分かってくれる人が見つかった!カタリナの鎧は素晴らしいんだ!」

「実に素晴らしい!特にこの丸み!芸術ですな!」

 

 熱く握手を交わす二人。

 周囲は微妙な顔をしていた。

 

(いや、制服に兜ってどうなんだ……?)

 

 誰もがそう思った。だが、誰も口には出さなかった。リニアとプルセナに至っては、絶対に逆らってはいけない空気を感じ取っていた。

 そんな中、クリフが小さく咳払いする。

 

「クリフ・グリモルだ。最近は呪いの研究をしている。よろしく頼む」

「……!」

 

 ジークフリートの動きが止まった。

 

「呪いの、研究を」

「……?ああ、そうだが」

 

 クリフは少し不思議そうに頷く。

 呪い。

 その言葉が、胸の奥に沈んだ。

 不死。再生。終わらない生。

 自らの身体に根深く絡みつく、忌まわしい呪い。

 考えたこともなかった。だが――。

 世界中の知識が集まるラノア魔法大学なら。

 もしかすると。もしかすると、自分の呪いを解く方法も見つかるのではないか。

 

「呪いに興味があるのか?」

 

 クリフが尋ねる。

 ジークフリートは少しだけ沈黙し――。

 

「ああ。そんなところだ」

 

 静かに答えた。

 その声は、いつもより少しだけ低かった。

 

「世話になることもあるかもしれない。こちらこそ、よろしく頼む」

「ああ」

 

 そう言って二人は握手を交わす。

 

 その様子を見ていたルーデウスが、どこか安心したように笑った。

 

「すぐに打ち解けられたみたいでよかったです」

「師匠の知人なら安心ですな!」

「いや、安心できる玉葱ではないニャ……」

「怒らせると怖いの……」

 

 リニアとプルセナがひそひそと囁き合う。

 

「聞こえているぞ」

「「ひっ!」」

 

 二人が背筋を伸ばしたところで、教室の前方の扉が再び開いた。

 入ってきたのは担当教師らしき男だった。

 騒がしかった教室が少しずつ落ち着いていく。

 ルーデウスは自分の隣の席を軽く叩いた。

 

「ジークさん、こっち空いてますよ」

「ああ」

 

 ジークフリートは頷き、その席へ向かう。

 歩くたび、がしゃり、がしゃりと兜が鳴った。

 当然ながら、教室内で兜を被ったまま授業を受ける学生など他にいない。周囲の視線が妙に集まる。

 

「……」

「……」

 

 だが、本人はまったく気にしていなかった。

 窓の外では、シャリーアの雪が静かに降り続けている。

 ラノア魔法大学。新たな学び舎。

 そして、ジークフリートの学生生活が始まろうとしていた。

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