玉葱騎士、六面世界に立つ   作:プラザ合意

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第21話 たのしい学園生活

 

 ラノア魔法大学。その一角にあるザノバの工房には、今日も大量の人形が並んでいた。

 木彫り。石像。粘土細工。精巧なものから奇怪なものまで、所狭しと飾られている。

 

「おお……」

 

 ザノバとルーデウスに工房に招かれたジークフリートは、感心したように周囲を見渡した。

 

「どれも素晴らしいな。どうやって作っているんだ?」

「土魔術を使っています。余は魔術が不得手ゆえ、主に粘土を削り出して作っておりますが」

「なるほど。器用なものだな」

「ああ、いえいえ、余などまだまだです。デッサン人形を作るので精一杯ですぞ」

 

 横ではルーデウスが苦笑していた。

 

「いや、十分成長したと思いますけどね」

 

 ジークフリートは棚に並ぶ人形を眺める。

 芸術そのものへの造詣が深いわけではない。だが、精密に作られたものの美しさは理解できた。

 均整。精度。積み重ねられた技術。

 それらは武具にも通じる。

 

「もしよかったら、ジークさんも作ってみませんか?」

 

 ルーデウスが粘土と木製ナイフを差し出した。

 

「私が?」

「ええ。せっかくですし」

 

 ジークフリートは少し考え、頷いた。

 

「……やってみよう」

 

 その様子を見ながら、ザノバは内心で心配していた。

 

(大丈夫でしょうかな……)

 

 以前、握手した時に理解している。

 ジークフリートは、自分と同じだ。

 常人離れした怪力。まともな加減を知らぬ力を秘めている。

 だからこそ思った。繊細な作業など、苦手なはずだと。

 

「……む」

 

 ジークフリートは静かに粘土へ触れる。

 押し込む指先は驚くほど丁寧だった。余計な力が一切入っていない。

 削り。撫で。整える。

 その手つきは、まるで刀身を研ぐ鍛冶師のようでもあり、剣を扱う剣士のようでもあった。

 

「……おお」

 

 ルーデウスが感心した声を漏らす。

 粘土は少しずつ形を変え、やがて――。

 

「できた」

 

 机の上に置かれたのは、美しい丸みを帯びた玉葱。

 否。

 カタリナヘルムだった。

 

「おお……!」

 

 ルーデウスが思わず声を上げる。

 

「やったことあったんですか? すごい上手い……」

「いや、初めてだ」

 

 ジークフリートは平然と答えた。

 

「だが、手先の使い方は刀の使い方と同じだな。気をつければなんということはない」

「なんということあると思うんですが……」

 

 ルーデウスが引きつった笑みを浮かべる。

 一方。

 ザノバは絶句していた。

 

「…………」

 

 理解できない。

 自分は力が強すぎる。だから壊してしまう。

 繊細な作業などできない。それゆえ、人形制作では常に苦悩してきた。

 だが目の前の男はどうだ。

 自分と同じ怪力を持ちながら、精密な作業を平然とこなしている。

 

「……ジークフリート殿」

 

 ザノバが、ゆっくりと立ち上がる。

 

「む?」

「どうか」

 

 次の瞬間。

 ザノバは勢いよく頭を下げた。

 

「余の師となってくださいませ!!」

「…………は?」

 

 ジークフリートが固まる。

 ルーデウスはまた始まった、とでも言いたげな顔をしていた。

 

「いや待て。私は別に人形作りが上手いわけでは――」

「しかし余には到底できぬ技術ですぞ!!」

「いや、これは単に力の使い方の問題で……」

「ならばなおさらです!!」

 

 ぐいっと迫るザノバ。

 

「余は長年、この怪力に悩まされてきました!どうかご教授を!!」

 

 ジークフリートは少し困ったように黙り込む。

 “師匠”。

 その言葉で、不意にシャンドルの顔が脳裏をよぎった。あの胡散臭い笑顔。常に軽い態度。だが、自分を導いてくれた男。

 

「……」

 

 少しだけ考え、ジークフリートは息を吐いた。

 

「人形作りを教えられるほどではない」

「しかし!」

「だが、力の制御くらいなら教えられるかもしれん」

「おおっ!」

 

 ザノバの顔が輝く。

 

「では、なんとお呼びすれば!?」

「普通にジークでいい」

「いえっ!」

 

 ザノバは即座に首を横へ振った。

 

「師匠の恩人であり、余が教えを乞う立場で、そのような呼び方はできません!」

「いや別に気にしないが」

「せめて、先生と!」

「……」

 

 ジークフリートは少しだけ遠い目をした。

 

「……もう、それでいい」

「ありがとうございます、先生!!」

 

 満面の笑みのザノバ。

 その様子を、少し離れた場所からジュリが見ていた。

 

「…………」

 

 なんだか少し、もやもやした。

 

 

 

 

 最近、ザノバはよくジークフリートと一緒にいる。二人きりで工房に籠もることも増えた。しかも、ザノバは明らかに楽しそうだ。

 

「…………」

 

 ジュリは工房の隅で人形を磨きながら、一人ぼんやりと考えていた。

 ザノバは人形作りが好きだ。

 だから、自分が必要だった。

 代わりに人形を作らせるために。

 

 だが、ジークフリートが力の加減を教えれば、ザノバは自分で人形を作れるようになるかもしれない。

 そうなったら。

 自分は、いらなくなるのではないか。

 そんな考えが頭をよぎる。

 馬鹿げた考えだと分かっている。ザノバは優しい。捨てたりしない。

 

 それでも怖かった。

 奴隷だった頃の記憶は、今も胸の奥に残っている。必要がなくなれば捨てられる。売られる。

 それが当たり前だった。

 

「……ますた」

 

 そんなある日。

 工房の扉が勢いよく開く。

 

「ジュリ!!」

 

 ザノバが、やけに誇らしげな顔で現れた。

 

「見ろ!!」

 

 机の上に置かれたのは、一体の人形。

 赤い竜。

 細かな鱗。鋭い爪。大きく広げた翼。

 今にも動き出しそうなほど精巧だった。

 

「……!」

 

 ジュリの目が輝く。

 

「すごい……!」

「ふはは!先生に教わりながら作ったのだ!」

「えっ……?」

 

 ジュリがきょとんとする。

 ザノバの後ろから、ひょっこりと玉葱頭――ジークフリートが頭を出し、口を開く。

 

「随分苦労していたぞ」

「せ、先生!それは言わない約束では!」

「三回ほど翼を折っていたな」

「言っているではないですか!」

 

 慌てるザノバを見て、ジュリは思わず吹き出した。

 そんなジュリを見て、ザノバは少し照れ臭そうに咳払いをする。

 

「……その」

 

 珍しく歯切れが悪い。

 

「ジュリへの贈り物である」

「……え?」

「いつも世話になっているからな」

 

 ザノバは頭を掻いた。

 

「余は先生のおかげで少しだけ作れるようになった。だが、それでもジュリの方が上手だ」

「ますた……」

「だから、これからも手伝ってほしい」

 

 ジュリはしばらく固まっていた。

 胸の奥にあった不安が、雪が溶けるように消えていく。

 捨てられない。

 必要なくなったわけじゃない。

 ちゃんと、ここにいていいのだ。

 そう思えた。

 ジュリは赤竜の人形を抱きしめる。

 

「ありがとうございます……ますた」

 

 その笑顔は、いつもよりずっと明るかった。

 ザノバも嬉しそうに笑う。

 そして。

 

「よかったな」

 

 少し離れた場所で見ていたジークフリートもまた、どこか安心したように頷いていた。

 

 

 

 

 ある日。

 ジークフリートはラノア魔法大学の一角にあるクリフの研究室を訪れていた。

 廊下を歩いていると、部屋の奥から妙な音が聞こえる。

 ギシ、ギシ、ギシと、何か重いものが揺れているような音だ。

 

「……?」

 

 首を傾げながら扉をノックする。

 すると。

 ドタン!

 ガタン!

 何かが盛大に倒れる音がした。

 

「……」

 

 少し待つ。

 さらに待つ。

 また待つ。

 ようやく扉が開いた。

 

「あ、ああジークフリート!どうしたんだ!?」

 

 現れたクリフは妙に慌てていた。

 髪は乱れ、服もどこか着崩れている。

 そして奥には――。

 

「…………お、おほほほ」

 

 同じく服装の乱れたエリナリーゼ。

 目が合った。

 

「……出直すか?」

「い、いや!?そんな!?気にする必要はないぞ!?」

 

 クリフがものすごい勢いで否定した。

 だが視線が泳ぎまくっている。

 

「でも、少しだけ時間をくれると助かる…」

「……わかった」

 

 ジークフリートは素直に扉の前で待つことにした。

 

 

 

 

 しばらくして。

 エリナリーゼが研究室から出ていく。

 

「それではわたくしはこれで…」

 

 少し気まずそうにして去っていった。

 

 研究室に入る。

 本棚には呪術関係の文献がぎっしり並んでいた。

 机の上には魔法陣の描かれたスクロール。

 呪符。

 魔術書。

 実験記録。

 クリフがどれほど研究に打ち込んでいるかが一目で分かる。

 

「そ、それで?わざわざ来たということは、何か用事だろう?」

「……ああ」

 

 ジークフリートは黙り込んだ。

 本当に言うべきか。

 この秘密はずっと抱えてきたものだ。

 誰にも話さなかった。話せなかった。

 だが――もし希望があるなら。もし可能性があるなら。

 縋りたかった。

 

「……呪いについて、相談に来た」

 

 クリフの目が真剣になる。

 

「誰か知り合いが?」

「……いや」

 

 ジークフリートは拳を握った。

 

「私自身だ。私には、不死の呪いがかかっている」

 

 クリフが息を呑む。

 

「不死?」

「言葉通りだ」

 

 ジークフリートは静かに続ける。

 

「死んでも蘇る。老いない。完全には死ねない」

 

 クリフの表情が固まる。思わず言葉が漏れる。

 

「それは…ある意味では祝福――」

「違う!!!」

 

 研究室の空気が震えた。

 クリフが肩を跳ねさせる。

 気づけばジークフリートは立ち上がっていた。

 

「こんなものが祝福であってたまるか……!」

 

 声が震える。

 

「死ぬ」

「蘇る」

「死ぬ」

「また蘇る」

 

 まるで悪夢を吐き出すようだった。

 

「その果てに待っているのは永遠だ。終わりのない苦痛だ!人として死ねなくなることだ!!」

 

 拳が震えている。

 思い出したくない。

 思い出せないはずの記憶が。

 胸の奥で蠢いている。

 

「……」

 

 クリフは黙って聞いていた。

 やがて小さく頭を下げる。

 

「すまない。僕の認識が甘かった」

「……いや」

 

 ジークフリートも座り直す。

 

「こちらこそすまない」

 

 しばらく沈黙が続く。

 そして。

 

「頼む」

 

 ジークフリートが言った。

 

「呪いを解きたい」

 

 その声は弱かった。

 普段の彼からは考えられないほど。

 

「人として死ねるようになりたいんだ」

 

 クリフは腕を組む。

 難しい顔をした。

 

「正直に言う。今の僕には無理だ」

 

 ジークフリートは目を伏せる。

 だがクリフは続ける。

 

「ただし、研究することはできる」

 

 ジークフリートが顔を上げる。

 

「僕はリーゼの呪いを研究している。呪いに関する文献も集めている。解除方法はまだ分からない。でも調べることはできる」

「本当か……!」

 

 思わず身を乗り出す。

 

「ああ」

 

 クリフは頷く。

 

「約束はできない。基本的にリーゼの呪いを優先することになるし、結果も保証できない。それでもいいなら協力する」

 

 ジークフリートはしばらく言葉を失った。

 そして。

 

「ありがとう」

 

 小さく頭を下げた。

 それは騎士としてではなく。

 一人の人間としての礼だった。

 

「報酬だが――」

「いらない。ルーデウスの恩人から金なんて取れるか」

 

 クリフは苦笑する。

 

「だが――」

「それに」

 

 クリフは少しだけ笑った。

 

「僕自身、興味がある。不死の呪いなんて聞いたこともないからな」

 

 研究者の顔だった。

 ジークフリートも少しだけ笑う。

 

「……もう一つ頼みがある」

「なんだ?」

「この話は誰にもしないでくれ」

「もちろん、守秘義務は守るが…」

「特に――」

 

 一瞬、言葉に詰まる。

 

「ルーデウスには」

 

 クリフは首を傾げた。

 

「なぜだ?」

「……」

 

 ジークフリートは答えない。

 答えられなかった。

 ルーデウスにだけは知られたくない。

 理由は分からない。

 だが、知られたくなかった。

 こんな醜い呪いも。

 終わりを望む弱さも。

 何もかも。

 

「……わかった」

 

 クリフはそれ以上聞かなかった。

 ジークフリートは小さく頷く。

 

「助かる」

 

 そう言い残し、研究室を後にした。

 

 廊下を歩く。

 窓の外では雪が降っていた。

 

 学生たちの笑い声が聞こえる。

 誰かが友人と肩を並べて歩いている。

 誰かが家族へ送る手紙を書いている。

 

 そんな何気ない光景を横目に、ジークフリートは静かに歩き続けた。

 

 どうして、ルーデウスに知られたくなかったのだろうか。

 

 分からない。

 ただ、一つだけ思うことがあった。

 

 もしルーデウスが知れば、きっと力になろうとする。きっと手を伸ばしてくれる。

 

 家族に向けるような顔で。

 友人に向けるような顔で。

 

 当たり前のように。

 

 ――それが、少しだけ怖かった。

 

 自分はルーデウスの家族ではない。

 友人ですらないのかもしれない。

 

 ただの恩人。

 ただの知り合い。

 それだけだ。

 

 それなのに、時折、自分でも理解できないほど、その輪の中に入りたいと思ってしまう。

 

 それはきっと、許されない願いだ。

 

「……馬鹿なことを考える」

 

 そう呟いて首を振る。

 

 雪が降っていた。

 

 冷たいはずなのに、胸の奥だけが妙に痛かった。

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