玉葱騎士、六面世界に立つ   作:プラザ合意

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第23話 免許皆伝

 

 ある日のことだった。

 クリフの研究室を訪ねると、机に突っ伏したまま唸っている姿が目に入った。

 

「うーん……」

 

 机の上には書きかけの論文や魔法陣の設計図が散乱している。

 徹夜明けなのだろう。目の下には濃い隈ができていた。

 

「どうした、クリフ」

「ん? ああ、ジークフリートか」

 

 クリフは顔を上げる。

 

「呪いの研究のことなんだが、少し困っていてな……」

 

 彼は机の上の設計図を指差した。

 

「今考えているのは、外部から魔力を送り込んで呪いの魔力を相殺する方法だ」

「なるほど」

 

 正直よく分からなかったが、とりあえず頷く。

 

「問題は燃費だ」

 

 クリフは大きくため息をついた。

 

「魔力消費が大きすぎるんだ。今の試作品だと僕の魔力では1時間程度しか維持できない。そのたびにルーデウスへ頼んでいるが、毎回手伝わせるわけにもいかないし……」

 

 そう言って自分の手を見る。

 

「僕の魔力量がもっと多ければ良かったんだがな」

 

 悔しそうだった。

 研究者としての限界。

 それに苛立っているのが分かる。

 

「それなら、私に手伝わせてくれないか」

「え?」

 

 クリフが目を瞬かせる。

 

「私の魔力量がどれほどあるのかは分からない。だが、クリフには世話になっている。少しでも力になりたい」

「本当か!?なら是非頼みたい!」

 

 クリフは研究者の目になっていた。

 徹夜続きの疲労も吹き飛んだらしい。

 試作品が運び出される。

 巨大な胸鎧のような装置だった。

 ジークフリートはさっそく装置を装着する。

 

「では魔力を流してみてくれ」

「こうか?」

 

 胸部の魔法陣へ魔力を注ぐ。

 淡い光が灯った。

 計測用の魔道具が反応する。

 

「おお……」

 

 クリフが目を輝かせる。

 

「順調だ」

 

 さらに注ぐ。

 

「……?」

 

 クリフが首を傾げた。

 魔力を注ぎ続けるジークフリート。

 まだ尽きない。

 10分。

 30分。

 1時間。

 普通なら限界が見えてくる頃だ。

 だが。

 ジークフリートの魔力は一向に衰える気配がない。

 

「どうした?」

「いや」

 

 クリフは計測器を何度も見直す。

 

「壊れたかと思った」

「?」

「君、魔力多すぎないか?」

 

 ジークフリートも少し驚いていた。

 自分にそこまで魔力があるとは思っていなかったのだ。

 

「これは…すごい!流石にルーデウスほどではないが、かなりの魔力量だ!」

「そうなのか」

 

 興奮気味のクリフに、どこか他人事なジークフリート。

 しばらく測定を続けた後、ようやくクリフは満足そうに頷いた。

 

「助かったよ。これで研究も円滑に進められる。流石水王級魔術師だな!」

 

 その言葉に、少し気まずそうに肩を跳ねさせるジークフリート。

 

「いや、水王級では…ないんだ」

「え?」

「初級魔術しか、使えないんだ」

「え?でもあの雷の魔術は…」

「あれは奇跡といって、ソウルを使ったもので魔術ではない。魔術は今中級を勉強中だ」

 

 少し恥ずかしそうなジークフリート。

 

「き、奇跡?ソウル?魔術ではない?…な、なんだそれ、詳しく聞かせてくれ!」

「…わかった」

 

 こうしてジークフリートはソウルの業について説明することになった。

 話せば話すほどクリフの目が輝いていく。

 話しながら、ジークフリートはぼんやりと思った。

 王竜王国の時や、入学する時もそうだったが、ソウルの話をするとなぜ皆こんな目になるのだろう。

 理解できない。

 理解できないが。

 少なくともクリフは楽しそうだった。

 

(なら、まあ…いいか)

 

 

 

 

「むむむ…この髪の部分が難しい…どうすれば風になびいているような形を作れるのでしょうか!先生!」

 

 ザノバが粘土の塊を睨みながら唸る。

 

「うーむ……」

 

 ジークフリートは腕を組んだ。

 

「だから私はそこまで人形作りが上手いわけではないのだが…まあやってみよう」

 

 目の前には制作途中の人形が並んでいる。

 ルーデウスの作品は相変わらず完成度が高い。

 ザノバの作品も以前よりは数段優れているが、まだまだ未熟である。

 

「ジュリも手伝います、ますた」

 

 小さな手でせっせと粘土をこねるジュリ。

 その姿にザノバは感動したように頷く。

 

「うむ!助かるぞ、ジュリ!」

「えへへ」

 

 褒められて照れるジュリ。

 そんな様子を見ながら、ルーデウスが笑う。

 

「なんだか平和ですね」

「ああ」

 

 ジークフリートも頷いた。

 剣を振るうのでもなく、命を賭けるのでもなく、ただ仲間と並んで物を作る。

 そんな時間も悪くないと思えるようになっていた。

 

 

 

 

 冒険者ランクはすでに上がり、Fランクの依頼を受ける必要はない。だが、それでもジークフリートは時折街の小さな依頼を受けていた。

 

「助かったよ、玉葱さん!」

 

 荷車から落ちた荷物を持ち上げれば感謝される。

 

「本当にありがとう!」

 

 迷子の子供を探せば喜ばれる。

 

「また頼むよ!」

 

 雪かきでも、荷運びでも、屋根の修理でも。

 剣を抜くような仕事ではない。

 だが嫌ではなかった。むしろ心地よかった。

 街の人々と話し、感謝される。

 

 それは騎士として人を守ることとは少し違う。

 

 だが確かに誰かの役に立っている実感があった。

 

 

 

 

「ジークさん、荷物持ちさせちゃってすみません」

 

 申し訳なさそうに言うシルフィ。

 その横ではノルンとアイシャが楽しそうに店先を見ている。

 ジークフリートの両手には大量の荷物。

 紙袋や木箱が山のように積まれていた。

 普通の人間なら前も見えない量だ。

 だが、ジークフリートの足取りは一切揺らがない。

 

「問題ない」

 

 当然のように答える。

 

「日々の生活の助けになるのも騎士の役目だ」

「いや、騎士さんは荷物持ちしないんじゃないですか…?」

 

 ノルンが呆れたように言う。

 

「…そうなのか?」

 

 本気で驚いたような声だった。

 アイシャは堪えきれず吹き出した。

 

「そこから!?普通は従者とかが持つんじゃないですか?」

「そうなのか……」

 

 ジークフリートは少し考える。

 

「だが、持てる者が持った方が早いぞ」

「それはそうだけど!」

 

 アイシャが笑う。

 シルフィも口元を押さえた。

 

「ふふ……」

 

 そんな話をしていると、通りの向こうから八百屋の店主が手を振った。

 

「おーい、ジークフリート!」

「む?」

「この前は助かったぞ!荷車の車輪、まだ快調だ!」

「そうか。それは良かった」

 

 さらに少し進むと、今度は子供たちが駆け寄ってきた。

 

「玉葱さん!」

「今度また剣見せてー!」

「わかった」

「やったー!」

 

 元気よく走り去っていく。

 それを見送ったアイシャがぽつりと言った。

 

「ジークさんって、強いし頼りになるんですけど…なんか騎士っていうより近所のお兄さんっぽいですよね!」

「アイシャちゃん、失礼だよ…」

 

 アイシャをたしなめるシルフィ。

 

「でも、分かるかも。ジークさんって困ってる人を見ると放っておけないし、頼めばだいたい手伝ってくれるし、子供にもお年寄りにも優しいし…でもたまにすごく抜けてるし」

 

 三人の視線がジークフリートに集まる。

 

「むっ……」

 

 ジークフリートが僅かに眉をひそめた。

 

「あ、ごめんなさい。つい…」

 

 シルフィが慌てる。

 だがジークフリートは首を横に振った。

 

「…いや、最近気付いたが、私には厳格さというものに欠けているらしい。だから、その印象はおそらく正しい」

 

 真面目な顔でそう結論付ける。

 一瞬の沈黙。

 そして。

 

「ふふっ」

「あははは!」

 

 三人が同時に笑い出した。

 何がおかしいのか、ジークフリートにはよく分からない。

 

「……?」

 

 首を傾げる彼を見て、三人はますます笑う。

 相変わらずわからないままだが、楽しそうに笑う三人を見ているとそれでいい気がした。

 穏やかな午後だった。

 

 

 

 

「最近、楽しそうですね」

 

 宿で剣の手入れをしていると、シャンドルが不意にそう言った。

 砥石を動かす手が止まる。

 

「…そうかもしれません」

「ね?戦ってるときなんかよりずっと、いい顔してますよ」

 

 シャンドルが嬉しそうに笑う。

 

「顔は見えないでしょう」

「見えてますよ。実に楽しそうです」

 

 ジークフリートは返事に困る。

 確かに、最近は以前より穏やかな気持ちで過ごしていた。

 ノルンやアイシャの買い物に付き合ったり。

 シルフィの荷物持ちをしたり。

 クリフと呪いの研究をしたり。

 ザノバたちと人形を作ったり。

 戦いだけだった頃とは違う。

 だが、それが良いことなのかは分からなかった。

 呪われ人である自分が。

 こんな幸福を享受していいのか。

 未だに答えは出ていない。

 

「私は今の君の方が好きですよ」

「……」

「剣しかなかった頃の君は、少し危うかった」

 

 穏やかな声だった。

 

「君は強くなろうとしていました。必死に。誰よりも。ですが、どこか空虚さがあった」

 

 ジークフリートは何も言えない。

 否定できなかった。

 あの頃の自分は確かにそうだった。

 ただ戦うために。

 ただ守るために。

 それだけを考えていた。

 

「今は違います」

 

 シャンドルは笑う。

 

「人と笑うようになった」

「人に頼るようになった」

「人に頼られるようにもなった」

 

 そう言ってから、どこか満足そうに頷いた。

 

「本当に、大きくなりましたね」

 

 そう言って笑う師匠の顔が。

 なぜだか少しだけ寂しそうに見えた。

 

 

 

 

 そんなある日。

 

「野試合をしてきなさい。無手で」

「はい…?」

 

 シャンドルが突然言った。

 

「なぜですか?」

「いいから」

 

 説明はなかった。

 釈然としないながらもシャリーアの広場に行き、

【挑戦者求む】

【勝ったものには金貨10枚】

 と書かれた看板を立てる。

 ちなみに最初は【挑戦者求む】のみだったが、何の報酬もなく看板だけ立てても冷やかしの住民や子供たちがわいわいと騒ぐだけで挑戦者が誰も来なかったので、シャンドルが勝手に書き足した。

 何か言いたげな目でシャンドルを見つけるジークフリートだが、無視される。

 

「おいおい、なんだこりゃ?」

「竜狩りに勝てるわけねえって…」

「いや、でも無手らしいぜ。それなら何とか勝てるかも…」

 

 広場には次第に人だかりができていた。

 ジークフリートを街で知らぬ者はいない。玉葱のような甲冑を纏い、数々の依頼を解決してきた冒険者。

 だが今日の彼は剣を持っていない。

 腰にも背中にも武器はない。

 それならば勝機がある。そう考える者は少なくなかった。

 

「俺が行く!」

 

 最初に飛び出したのは筋骨隆々の男だった。

 酒場で腕自慢として知られる冒険者だ。

 拳を振り上げ突進する。

 

「む」

 

 ジークフリートは半歩だけ横へ動いた。

 拳が空を切る。

 そのまま男の腕を掴み、軽く引いた。

 

「うわっ!?」

 

 男の身体が宙を舞う。

 次の瞬間には地面へ転がっていた。

 

「ま、参った!」

 

 歓声が上がる。

 

 続いて二人目と三人目。

 

 今度は同時に飛び込んでくる。

 しかし結果は同じだった。

 蹴りは受け流され、拳は空を切り、気付けば地面へ転がされている。

 

 まるで大人と子供だった。

 ジークフリートは技術だけでなく、圧倒的な膂力を持っている。

 

 甲冑越しに組み付かれようがびくともしない。

 掴めば投げ飛ばす。

 殴れば相手が吹き飛ぶ。

 常識的な体格差など意味をなしていなかった。

 

「次!」

「俺だ!」

「まだまだ!」

 

 挑戦者は途切れない。

 だが誰一人として届かない。

 

 十人目の挑戦者が地面に転がった。

 

「ま、参った……」

 

 観衆から歓声が上がる。

 ジークフリートは戸惑っていた。

 なぜ師匠がこんなことをさせるのか分からない。

 剣も使っていない。

 奇跡も使っていない。

 ただ相手を倒しているだけで、意味があるようには思えなかった。

 

「どうです?」

 

 シャンドルが聞く。

 

「どう、と言われましても」

「何か気付きませんか?」

 

 ジークフリートは周囲を見る。

 拍手する者。

 歓声を上げる者。

 次は自分だと名乗り出る者。

 誰も怯えていなかった。

 誰も逃げていなかった。

 誰も呪われ人を見る目をしていなかった。

 

「……あ」

 

 思わず声が漏れた。

 シャンドルが笑う。

 

「そういうことです」

 

 今日は誰も彼を恐れていない。

 人々が見ているのは呪われ人ではない。

 街を助ける冒険者。

 頼れる騎士。

 ジークフリートという男だった。

 

「よし、では次は私が相手です!」

「!?…師匠、どういうことですか?」

 

 驚くジークフリートに、シャンドルは楽しそうに笑う。

 

「挑戦者求む、ですよね。ならば私が挑戦しても構わないでしょう?」

 

 そう言って背負っていた棒を構える。

 

「ああ、武器は用いて構いませんよ。全力で来なさい」

 

 その目は真剣だった。

 

「…わかりました」

 

 戸惑いながらもグレートソードを具現化し、構えるジークフリート。

 戦いが始まる。

 

 先に動いたのはジークフリート。

 爆発的に踏み込み、特大剣を振り下ろす。尋常でない膂力から繰り出されるその一撃は、まさに暴威だった。

 

 だが、シャンドルはそれを受けない。

 躱す。

 逸らす。

 流される。

 紙一重で攻撃を避け続け、蛇のような棒の一撃がグレートソードを掻い潜って襲い来る。

 それを柄で打ち下ろしながら、ジークフリートは考えていた。

 

(やはり、強い…!)

 

 一振りごとに武器を変える千変万化を用いてもいいが、あの技は初見で繰り出すからこそ一番の意味がある技。種が割れているうえに、シャンドルほどの実力者には効果が薄い。ならば、重さとリーチの長さで圧倒できる特大剣で削り倒す。

 

「おおおおッ!!」

「………」

 

 しかしシャンドルも簡単には崩れない。巧みに逸らし、鍔迫り合い、動きを読み、攻勢と守勢を巧みに使い分け、隙を突く。

 

 状況は硬直する。

 

 そんな中、ジークフリートが思い出していたのは、修行の日々だった。

 いつもシャンドルは戦いの中、言葉で自分に剣を教えてくれた。

 

『今のは良かった』

『そこは悪い癖です』

『もっと肩の力を抜きなさい』

『視野が狭い!』

 

 だが、今日は違う。

 戦いが始まってから、シャンドルは一言も喋らない。

 なにか、違う。

 

 剣を振るう。

 

(なぜ、師匠は野試合をしろと言った?)

 

 逸らされる。

 

(どうして、師匠は私に挑んできた?)

 

 躱される。

 

(なんで、何も言ってくれない?)

 

 返される。

 シャンドルは、導くように、戦っている。

 

(…言葉では伝えられないことが、あるのか?)

(私が、自分で見つけなければ、いけないこと…)

 

 シャンドルは何も教えてはくれない。

 いや、違う。

 ()()()()()()()()()()()()()()()

 

『君は強い、だが未熟です』

 

 剣を打ち込む。

 

『強くなりなさい。力ではなく――在り方を』

 

 受け流される。

 

『焦るのは悪いことではありません』

 

 それでも。

 

『まったく、君は真面目過ぎますね…』

 

 不思議と焦りはなかった。

 

 

『本当に、大きくなりましたね』

 

 

 その言葉だけが、妙に鮮明に残る。

 そうか。

 シャンドルは。

 

 お別れを言いに来たんだ。

 

「お、おおお、ゥウオオオォォ!!!!」

 

 グレートソードを片手に持つ。

 空いた片手に、竜狩りの大斧…雷を纏う大斧を持つ。

 特大武器の二刀流。本来なら扱えるはずのない重量武器を両手に携え、ジークフリートは駆ける。

 踏み込みだけで地面が砕けた。

 一撃。

 二撃。

 三撃。

 嵐のような猛攻。

 

 これまでの修行のすべて。

 迷い、苦しみ、後悔し、成長し、笑い、喜び。

 長い、長い旅路だった。

 それらをすべて込めた、乱舞。

 

 シャンドルは受け、逸らし、流す。

 しかし、もう止められない。

 

 ジークフリートは前へ出る。ただ前へ。

 己が信じる騎士のように。

 

「ぜあああッ!!!」

 

 竜狩りの大斧が棒を弾き飛ばす。

 続くグレートソードが喉元で止まった。

 

 勝負あり。

 広場が静まり返る。

 

「…………参りました」

 

 シャンドルが笑った。

 

 ジークフリートは、シャンドルと初めて出会った日のことを思い出す。

 あの日は逆だった。

 地に伏していたのはジークフリート。

 勝っていたのはシャンドル。

 

 だが今は違う。

 ジークフリートが立ち。

 シャンドルが負けを認めている。

 

 長い修行の終わりだった。

 

 シャンドルはゆっくり立ち上がる。

 服の土を払い。そして、誇らしそうに言った。

 

「免許皆伝です。……本当に、強くなりましたね」

 

 

 

 

 その後、ざわめく観衆を置いて、私と師匠はシャリーアの大門へと向かっていた。

 

 夕暮れだった。

 石畳が橙色に染まり、人々が家路を急いでいる。

 つい先ほどまで大勢の歓声に囲まれていたはずなのに、不思議と静かだった。

 

「実力は、とうの昔に十分でした」

 

 ぽつりとシャンドルが言う。

 

「ですが、心が追いついていなかった」

 

 黙って聞く。

 

「しかし、もうその心配もありません。もう君は一人ではないみたいですから」

 

 自然と脳裏に浮かぶ顔があった。

 ルーデウス。ノルン。アイシャ。シルフィ。クリフ。ザノバ。シャリーアで出会った人々。

 

「君には北帝の称号と、不治瑕北神流の免許皆伝を授けます」

 

 その言葉は不思議と重く感じた。長い修行の日々。旅の日々。それら全てが報われたような気がした。

 

「北神流玉葱派を大々的に開いてもいいですよ?」

「…なんですか玉葱派って」

「君と言えば玉葱でしょう?もうすっかり馴染んじゃってますし、いいんじゃないですかね?」

 

 シャンドルは悪戯っぽく笑う。

 

「…まったく。しょうがないですね」

 

 私も、少しだけ笑った。

 

 他愛もない話を続けていると、シャリーアの大門に到着する。

 ああ、もっと長く歩いていたかった。もっと長く師匠と話がしたかった。

 でも、もうお別れの時間だ。

 シャンドルは少し沈黙すると、ゆっくりと口を開いた。

 

「こう言うと軽々しく聞こえるでしょうが、あえて言います」

 

 いつになく、真剣な表情だった。

 まっすぐに、こちらを見る。

 

「呪いがなんです!君にはそんなものが気にならないほどいいところがある!」

 

 私は目を見開く。

 

「弱者を見捨てない慈しみの心!不正を良しとしない正義の心!そして何より、誰かを思える優しさ!」

「…それがあれば、君は一人でも大丈夫です」

 

 シャンドルは笑った。

 いつものように。

 どこまでも優しく。

 

 胸の奥が熱くなる。

 

「ありがとう、ございました」

 

 深く頭を下げる。

 言いたいことは山ほどあった。

 だが、結局それしか出てこなかった。

 

 シャンドルは困ったように笑う。

 

「まったく。最後まで真面目ですね」

 

 そう言って、ぽん、と肩を叩いた。

 

「君は私の自慢の弟子ですよ」

 

 その一言に。

 私は何も返せなかった。

 返したら。

 何かが溢れてしまいそうだったからだ。

 

 

 シャンドルが去っていく。彼は振り返らない。

 

 いつものように軽い足取りで街道を歩いていく。

 旅人らしく。

 風のように。

 

 やがて小さくなり、見えなくなった。

 

 私はしばらくその場を動けなかった。

 見えなくなった後も、ずっと。

 

 胸の中は感謝と寂しさでいっぱいだった。

 いつでも、どこでも、シャンドルは側にいてくれた。ずっと、自分の助けになってくれた。

 ここからはその助けはない。

 一人で生きていかねばならない。

 きっと困難続きだろう。失敗することも多いだろう。

 

 でも、きっと大丈夫だ。

 

 私は、シャンドル師匠の自慢の弟子なのだから。

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