ラノア魔法大学、特別生教室。
ルーデウスやザノバ、クリフたちが何やら話している中、私は窓際の席に座っていた。
外では学生たちが忙しそうに行き交っている。
いつもと変わらない光景。
だが、どうにも落ち着かなかった。
隣を見ても、もうシャンドルはいない。
何かあれば相談できた。
困った時は助けてくれた。
そんな存在が突然いなくなったのだから、当然といえば当然だった。
「ジークさん?」
ルーデウスが不思議そうにこちらを見る。
「どうしました?」
「……いや」
少し考える。
「なんでもない」
「そうですか?」
返事もそぞろに、また外を見る。
別に、ショックを受けている、というわけではないと思う。ただ、シャンドルとは本当に長い間共にいた。それが突然いなくなり、少し慣れないだけだ。
そんなことを考えていると、ルーデウスからまた声をかけられる。
「あー…それにしても不思議ですよね。ジークフリートさんは年上なのに後輩だなんて」
「?」
「あれ?…年上ですよね?」
「いや」
私は首を横に振った。
「私は14くらいだ」
「……はい?」
「年下だぞ」
沈黙。
ルーデウスが固まる。
「え?」
「王竜王国でもこんなことがあったな。そんなに驚くことか?」
「驚きますよ!?だってジークフリートさん、どう見ても年上じゃないですか!」
「そうなのか?」
「そうですよ!」
近くで話を聞いていたザノバまで頷いている。
「言われてみれば確かに年齢を聞いたことがありませんでしたな。20代くらいかと」
「僕もだ。言ってくれればいいのに…」
クリフまで頷いた。
確かに、ソウルの力で身体を成長させているのでそう見えるのは当然かもしれない。これからは気をつけよう。
「まあ、兜のせいもあると思いますけど」
ルーデウスが慌ててフォローする。
「それにしても14歳ですか。ということは、もうすぐ15歳の誕生日ですね」
「誕生日……?」
そういえば、この世界では15歳までの5の倍数の年齢に誕生日を祝う風習があるのだった。
「そういえば、そうなのかもしれないな」
「かもしれないって……」
「祝ったことはないからな」
ルーデウスが固まった。
「え」
「誕生日を祝う文化は知っているが、私自身は経験がない」
「本当ですか?」
「ああ」
こちらの世界ではそんなことをしている余裕はなかったし、前世では…あったのだろうか。もうそれも呪いの影響であやふやだ。
だが、特別祝われることを求めているわけでもないので、大して気にはしていない。
そう思っていたのだが。
なぜかルーデウスの様子がおかしかった。
顎に手を当てて考え込んでいる。
「……?」
「ジークフリートさん」
ルーデウスが真面目な顔で言った。
「空いてる日あります?」
「1週間後なら、空いているが」
「そうですか」
ルーデウスは満足そうに頷いた。
「必ず空けておいてください」
「?」
「絶対ですよ」
何のことかは分からなかった。
だが、その時のルーデウスは妙に楽しそうだった。
■
1週間後。
よくわからないまま、私はルーデウス邸に招かれた。
言われた通りの時間に訪れ、玄関の扉を軽く叩く。
すると、がちゃり、と扉が開き、満面の笑みのルーデウスが迎える。
「ようこそ!ジークさん!」
「……?」
妙に機嫌がいい。
首を傾げながら中へ入る。
「さあさあ、こっちです!」
半ば押されるようにリビングへ案内される。
そして、扉が開いた瞬間だった。
「ちょっと早いかもしれませんけど……」
ルーデウスが笑う。
「誕生日、おめでとうございます!」
「「「「「「「おめでとう!!」」」」」」」
祝いの言葉と共に、盛大な拍手。
歓声。
驚いて足が止まる。
「……これは」
テーブルには豪華な料理が並んでいた。
肉料理、サラダ、スープ、焼き菓子、果物。
見たこともないほど豪勢な食卓だった。
その周りには、ノルン、アイシャ、シルフィ、ザノバ、クリフ、リニア、プルセナがいた。皆が笑顔でこちらを見ている。
「これは…」
「誕生日ですよ。ジークさん、祝われたことないって言ってたから…厳密に言うと違う日なのかもしれないんですけど、それはこれまで祝われなかった分前倒しってことで!」
一瞬、言葉の意味が理解できなかった。
誕生日。祝い。自分のために集まった人たち。
そのどれもが、あまりに縁のないものだったからだ。
「……私のために?」
思わず漏れた言葉に、ルーデウスがきょとんとした顔をする。
「当たり前ですよ!ジークさん、最近元気なかったから、励ましたくて…」
誕生日。
生まれたことを祝われる日。
そんなものが自分にあるとは、今まで考えたこともなかった。
「めでたいニャ!主菜のお肉はあちしとプルセナが獲ってきたニャ!」
「アニキへの忠誠の証なの!」
リニアとプルセナが楽しそうに騒ぐ。
「そうか…ありがとう。お前…貴公らにも、いいところはあるのだな」
「うんうん、あちしらにもいいところが…え?これまでなんだと思ってたんだニャ!?」
「ショックなの!!」
「冗談だ」
部屋に笑いが広がる。
そして、ザノバが立ち上がり、丁寧に頭を下げる。
「誕生日おめでとうございます、先生。先生のおかげで、余は人形作りという悲願を達成することができました」
穏やかな笑みを浮かべる。
「これからも、ぜひご指導いただければ幸いです」
「私に教えられることなど少ないが……」
「ご謙遜を」
ザノバは即答した。
「先生は良き師です」
少し照れ臭くなり、私は口を閉じた。
「ジークフリート」
今度はクリフが声をかける。
「研究の手伝い、本当に助かっている。魔力量もそうだが、それ以上に文句ひとつ言わず付き合ってくれるのがありがたい」
「協力するのは当然だ」
「その当然をできる奴は意外と少ないんだよ」
クリフは肩をすくめる。
「だから、これからも頼りにさせてもらう」
「……ああ」
短く頷く。
「ジークさん、いつもありがとうございます」
シルフィが柔らかく微笑んだ。
「買い物の荷物持ちとか、家具の移動とか、細かいことばっかりお願いしちゃってますけど」
少しだけ困ったように笑う。
「問題ない。助けになれているなら嬉しい」
「ふふ、ありがとうございます」
「ジークさん!」
今度はアイシャが元気よく手を挙げる。
「誕生日おめでとうございます!それと、また買い物付き合ってくださいね!」
「それか」
「それです!」
アイシャは満面の笑みを浮かべていた。
「ジークさんといると荷物運び放題なんです!」
「おいアイシャ、それ褒めてるのか?」
ルーデウスが突っ込む。
「褒めてます!」
アイシャは堂々と言い切った。
再び笑いが起こる。
そして――
「あの……」
ノルンが小さく口を開いた。
少し緊張しているようだった。
「色々、ありがとうございました」
両手をぎゅっと握る。
「辛い時、一人じゃないって思えたのは……ジークさんのお陰です」
部屋が少し静かになる。
ノルンは勇気を振り絞るように続けた。
「だから、本当に感謝しています」
そして小さく頭を下げた。
「誕生日、おめでとうございます」
「………ありがとう。ノルンも、大きくなったな」
そう言って、ノルンの頭を撫でる。
ノルンは少しくすぐったそうに、だが嬉しそうに笑っていた。
「それで、最後は僕ですね」
ルーデウスが口を開く。
皆の視線が集まる。
「正直、何を言おうか結構悩んだんですよ」
頭を掻きながら続ける。
「ジークさんには助けられてばっかりでしたから」
「そんなことは――」
「ありますよ」
食い気味に否定された。
「オルステッドの時もそうですし、ノルンの時もそうですし、僕が気付かなかったところでだって、たくさん助けてもらいました」
ルーデウスは少しだけ困ったように笑う。
「だから、ありがとうございます。ジークさん」
…そんな風に思われているとは思わなかった。
心が暖かくなる。嬉しい。とても、嬉しい。
「これ、僕らからのプレゼントです」
小さな箱を差し出すルーデウス。
受け取り、箱を開ける。
中には指輪が入っていた。
銀色の台座に、赤紫色の宝石が嵌め込まれている。
「遠くの迷宮で見つかった魔力付与品です。呪いとかを遠ざける効果があるらしいです」
「僕がちょっと加工してジークフリート専用にしたんだ」
クリフがひょっこりと顔を出して口を挟む。
「……これは、いいものだな」
指輪を、ゆっくりとはめる。
素材は冷たい鉄のはずなのに、不思議と温もりがあった。
「ありがとう、みんな」
嬉しい。本当に、嬉しい。これまでも嬉しかったが、これは桁違いに嬉しい。
これまでやってきたことが、報われた感じがした。シャンドルが教えてくれたことは、無駄じゃなかった。
「本当に、ありがとう…」
■
「さあ!」
ルーデウスが手を叩く。
「せっかくの料理が冷める前にいただきましょう!」
「賛成ニャ!」
「肉なの!」
賑やかな声が響く。
「…………」
そんな中、少し冷や汗をかくジークフリート。
食事をとるためには、兜を外さなければいけない。…醜い顔を、晒さなければいけない。
きっと、ルーデウスたちならばそれも受け入れてくれるだろう。だが、どうしても顔を見せることは怖かった。
「あ…ジークフリートさん、兜が…」
シルフィが気づいたように声を上げる。
「おっ、ついにアニキの顔が見れるのかニャ?」
「楽しみなのー」
リニアとプルセナが身を乗り出す。
「おいお前たち、あんまり囃し立てるな。すみません、失念してました…無理に外さなくても…」
「いや、いただこう」
いつもなら離れて一人で食事を取っていただろう。だが、今回だけは食事を共にしないわけにはいかない。そう考えるジークフリート。
バケットからパンを取り、兜の前に構える。
周囲に緊張が走る。
ついに、ジークフリートの素顔を見れるときがやってきたのだ。ルーデウスも立場上リニアとプルセナをたしなめたが、気になるものは気になる。それは皆も同じだ。
ごくり、と唾を飲む一堂。周囲の視線が、ジークフリートに集まる。
だがジークフリートは一向に兜を外そうとしない。パンをじっと見つめたままだ。
やはり無理に外させるわけにはいかない、とルーデウスが口を挟もうとした、次の瞬間。
パンが、消えた。
「!?」
「…消えた!?」
「いや、消えたわけじゃない、これは…!」
もぐもぐとパンを咀嚼するジークフリート。
ごくり、と飲み込む。
「おいしい」
そう、ジークフリートは、カタリナヘルムの口元だけを一瞬ソウルに変換し、顔を見せることなく食事を取ったのだ。
ソウルの業の天才であるジークフリートの無駄に無駄のない無駄な技術が光る。
一瞬の沈黙。
「は、はははっ!!」
最初に吹き出したのはルーデウスだった。
「な、何が起こったニャ!?」
「なんか、すごいの…!」
「あはは!そこまでして隠すか!?」
すぐに、会場は笑い声に包まれた。
とてつもない離れ業を見せたジークフリートを見て、笑うルーデウスたち。
驚愕するリニアとプルセナ。
クリフが腹を抱える。
ザノバがこらえきれないように笑う。
シルフィも肩を震わせる。
ノルンとアイシャまで小さく笑っていた。
部屋中が笑い声に包まれる。
その笑い声を聞いて。
ジークフリートも思わず口元を緩めた。
「ふっ…ふふふ。あははは!」
ジークフリートは嬉しそうに、久しぶりに心から笑った。胸の中が、どこか覚えのあるような暖かな気持ちで一杯になる。
昔のことはあやふやなままだ。辛いことばかり覚えていて、楽しい記憶は霧の中。でも、もしかしたらこんな風に、自分も誕生日を祝われたことがあったのかもしれない。
…いや、きっとあったのだろう。
そう思ったほうが、きっと、もっと、嬉しい。
■
その後。
パーティも終わり、ジークフリートが宿へ戻った後のこと。
ルーデウス邸では、アイシャとノルンが後片付けをしていた。
「楽しかったね」
皿を運びながらアイシャが言う。
「うん」
ノルンも小さく頷いた。
ジークフリートがあんな風に笑うところを見るのは初めてだった。
「そういえば」
アイシャがふと思い出したように言う。
「私、ジークさんの顔見ちゃったんだよね」
「えっ!?」
ノルンが思わず振り返る。
「本当?」
「ほんの一瞬だけだけどね」
アイシャは得意げに笑う。
「パン食べる時、ちらっと見えたんだ」
「ずるい……」
ノルンは少しだけ頬を膨らませた。
実のところ、彼女も気になっていたのだ。
「そ、それで、どんな顔だったの?…かっこよかった?」
「うん、かっこよかったよ!」
即答だった。
ノルンはなぜか少し安心した。
「でも、どこかで見たことある顔だったんだよね」
「見たことある?」
「うん」
考える。
「誰だっけなあ……」
しばらく唸ったあと。
ぽん、と手を叩いた。
「あ、思い出した!」
「誰?」
「お兄ちゃんだ」
ノルンが固まる。
「……え?」
「だから、お兄ちゃん」
アイシャは当然のように続ける。
「顔立ちとか結構似てたよ?」
「兄さんに……?」
ジークフリートの素顔は、兄に、ルーデウスに似ていた。
ノルンの頭に、1つの考えが浮かぶ。
もう一人の兄。幼い頃、いつも面倒を見てくれた。転んだ時には手を差し伸べてくれて。泣いている時には頭を撫でてくれて。優しい青い瞳をした、兄。
…ありえない。もし本当にそうだとするなら、すぐに言い出してくれたはずだ。
「まさか、ね…」
小さく呟く。
「ん?どうしたの?」
アイシャが不思議そうに聞いてくる。
ノルンは首を横に振った。
「なんでもない」
そう答えながらも、胸の奥に引っ掛かった小さな違和感だけは、なかなか消えてくれなかった。
■
宿に戻り、兜をソウルへ還し、寝支度を整える。
最近は、よく眠れるようになった。
シャリーアへ来たばかりの頃は違った。夜になるたび不安に襲われた。目を閉じれば過去の戦いが蘇った。
だが今は違う。眠る前に思い出すのは、今日の出来事ばかりだった。
笑うルーデウス。
はしゃぐリニアとプルセナ。
笑うザノバとクリフ。
照れくさそうなノルン。
楽しそうなアイシャ。
優しいシルフィ。
皆の顔が浮かぶ。
胸の奥に、確かに温もりが残っていた。
眠る前に、顔を洗おうと部屋の洗面所へ向かう。
鏡を見る。
――そして、驚愕した。
そこに写っていたのは、見慣れた怪物の姿ではなかった。
干からびた皮膚も、沈んだ眼窩も、死人のような顔色も、そこにはなかった。
瑞々しい肌、はっきりとした青い瞳。灰のような髪はそのままだったが、まるで生者のような顔がそこにはあった。
驚いて鏡に映る青い瞳を見つめる。はっきりとした顔立ちを見つめる。
「な……」
手を伸ばす。
震える指先が頬へ触れる。
温かい。
生きている。
誰だ、この顔は。
知っている。
知っているはずだ。
近しい誰かに似ている。
大切な誰かに。
その瞬間、頭の奥で何かが弾けた。
「あぐっ……!」
記憶が流れ込んでくる。
金髪の女性――ゼニスに、抱きかかえられている記憶。
パウロに、大きな手で頭を撫でてもらった記憶。
リーリャに、勉強を教えてもらった記憶。
ルーデウスと、魔術の練習をしている記憶。
ノルンと、アイシャと共に遊んだ記憶。
「はっ、あ゛っぐっ…ああっ!」
なんだ、これは。
なんなんだ。
存在しない記憶が。いや、存在しないと思っていた記憶が流れ込んでくる。
忘れていた。
いや、忘れていたのではない。
呪いによって、奪われていた。
「ゔうっ…ゔあっ!」
膝をつく。
涙が溢れる。
止まらない。
どうして忘れていた。
どうして思い出せなかった。
こんなにも大切だったのに。
こんなにも愛していたのに。
「
ジークフリートじゃない。
違う。
違う。
「俺は――」
喉が震える。
自然と言葉が零れた。
「アルブレヒト」
懐かしい名前。
ずっと失っていた名前。
「アルブレヒト・グレイラット」
どうして今まで忘れていたんだ。
こんなに大切な記憶を。
父様、母様、リーリャ、ルーデウス、ノルン、アイシャ!
みんな、みんな大切な家族だ。ずっと側にいたのに、気づけなかった!
…会いたい。ルーデウスに、会いたい。
いや、ルーデウスだけじゃない。家族全員に会いたい。パウロに、ゼニスに、リーリャに、ルーデウスに、ノルンに、アイシャに会いたい!
弾かれるように立ち上がる。着の身着のままで、部屋の扉を開けようとする。
そうして、地獄は始まった。
ぞわり、という感覚。
背筋を何かが這い上がった。
全身の毛穴が開く。
血が凍る。
はらわたに手を入れられてかき混ぜられたような不快感。
久しく忘れていた、あの感覚。
これまで何年も何もなかったから、この世界にはいないものと。
いや、この世界には"侵入"できないものと思い込んでいた。
《 闇霊 喪失者 に侵入されました 》
頭の中に響く無慈悲な声。
「――――ぁ」
全身から血の気が引く。
喪った残り火を求め、さまよう亡霊。
あるいは貪欲に人間性を貪る獣。
「闇、霊……」
赤い凶兆が、シャリーアに迫っていた。
■尊い温もりの指輪
どこからか流れ着いた、呪いに抗する神秘の指輪。天才魔術師クリフ・グリモルの手により細工がされており、特に不死の呪いに効果がある。
また、指輪の効能には全く関係がないが、多くの人々の想いが込められている。
それを、彼は温もりと言った。