玉葱騎士、六面世界に立つ   作:プラザ合意

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第26話 逃避のような、旅立ちのような

 

 夜が、明ける。

 ラノア魔法大学、魔術研究棟。クリフの研究室。

 部屋の中には、重苦しい沈黙が流れていた。

 椅子に座るクリフ。

 その向かいにはジークフリート。

 昨夜から一睡もしていないのだろう。

 兜の奥から覗く青い瞳は酷く疲弊していた。

 

「つまり……」

 

 クリフがゆっくり口を開く。

 

「その闇霊という存在は、お前の呪いに引き寄せられて現れる」

「ああ」

「そして、昨夜あったという襲撃も」

「俺が原因だ」

 

 即答だった。

 迷いのない声。

 だからこそ痛々しい。

 

「……」

 

 クリフは言葉を失った。

 ジークフリートは昨夜からの出来事を全て話した。

 自分が異世界から来たこと。人間性という概念。闇霊。侵入。そして、自らの呪い。

 どれも常識外れだった。

 だが、クリフには分かる。ジークフリートは嘘をついていない。

 

「なんてことだ……」

 

 思わず額を押さえる。

 

「君の呪いが、そこまで性質の悪いものだったとは……」

 

 呪いの研究者として様々な事例を見てきた。

 だがこれは次元が違う。

 呪われた本人だけではない。

 周囲まで危険に晒す。

 まるで災害だ。

 

「だから頼む」

 

 ジークフリートが懐から小さな人形を取り出す。

 人の形を模した、影のように暗い色の像。

 それを机の上へ置いた。

 

「人の像だ」

 

 クリフが手に取る。

 

「これが?」

「ああ。闇霊の侵入を妨げる」

「なるほど……」

 

 クリフの目つきが研究者のものへ変わる。

 魔力を流し、構造を解析し、細部を調べる。

 何度も、何度も。

 沈黙だけが続く。

 ジークフリートは何も言わない。ただ待っていた。これが最後の希望だったからだ。

 もし量産できれば、誰も危険に晒さずに済む。自分も去らなくて済むかもしれない。

 そんな身勝手で、だが切なる希望。

 

 しばらくして。

 クリフはゆっくりと像を机へ戻した。

 

「……駄目だ」

 

 その一言で理解した。

 

「量産は、難しい」

 

 ジークフリートは黙っている。

 クリフは続けた。

 

「少なくとも今の僕には不可能だ」

 

 苦々しく唇を噛む。

 

「構造が複雑すぎる。見たこともない理論が使われている」

 

 像を見つめる。

 

「正直、何をやっているのか半分も理解できない」

 

 悔しかった。

 もし呪いを解けなくても。

 せめて対策だけは作れると思っていた。

 だが無理だった。

 研究者としての敗北だった。

 

「そうか」

 

 返ってきた言葉はそれだけだった。

 怒りも、失望も、何もない。

 まるで最初から期待していなかったかのように。

 ゆっくり立ち上がる。

 

「待て」

 

 クリフが思わず呼び止める。

 

「まだ方法はあるかもしれない」

「……」

「ナナホシにも相談してみよう。呪いの専門家も探す。何か手段が――」

「いや」

 

 ジークフリートは首を振った。

 

「もう十分だ。ここまで付き合ってくれて感謝している」

 

 その言葉に、クリフは嫌な予感を覚える。

 まるで、別れを告げているような。

 

「ジークフリート!」

「じゃあな」

 

 扉へ向かう。

 足取りはふらついている。

 まるで魂だけが先に死んでしまったようだった。

 扉が開く。

 そして閉じる。

 研究室に静寂が戻った。

 

「……クソ」

 

 クリフは机を殴った。

 何もできていない。

 あいつを救う方法が分からない。

 机の上には、人の像だけが残されていた。

 まるで、助けを求める最後の遺品のように。

 

 

 

 

 ルーデウス邸でも、重苦しい空気が流れていた。

 居間の中央には、一通の手紙。

 ベガリット大陸から届いた救援要請。

 

『ゼニス救出困難。救援を求む』

 

 ルーデウスは額を押さえていた。

 ゼニスは母だ。

 助けに行かなければならない。

 だが、シルフィは妊娠している上に、負傷している。それに、闇霊がまた現れるかもしれない。

 家族を置いて行けば何が起きるかわからない。

 

「くそ……」

 

 どうすればいい。

 頭を抱える。

 その時だった。

 こんこん、と扉が鳴る。

 

「……どうぞ」

 

 扉が開く。

 そこに立っていたのはジークフリートだった。

 昨日よりもさらにやつれた雰囲気。

 まるで生気がない。

 

「話は聞いた」

 

 短くそう告げる。

 

「聞いたって……」

「…アイシャに聞いた。母さ……お母さんが、危ないんだろう?」

 

 ジークフリートは静かに続ける。

 

「ベガリット大陸へは俺が行く」

 

 沈黙。

 ルーデウスは目を見開いた。

 

「……は?」

「俺が助ける」

 

 当然のように言う。

 

「お前は家族を守れ」

「何を言ってるんですか」

「そのままの意味だ」

 

 ジークフリートは淡々としていた。

 まるで、自分の命の価値など最初から勘定に入れていないかのように。

 

「……俺なら大丈夫だ」

 

 ぼそりと言う。

 

「食料も水も最低限でいい。極端な話、何もなくても死なない」

「……」

「補給のために街へ立ち寄る必要もほとんどない。人里を避けて進めば闇霊が誰かを巻き込む可能性も低い。もし現れたとしても、敵意の感知でわかる」

 

 静かな声だった。

 

「誰かを巻き込む前に始末できる」

 

 嫌になるほど、合理的だった。

 

「それに、人の像もある」

 

 懐から像を取り出す。

 

「人が多い場所に入る必要がある時はこれを使う。侵入を妨害できる。だから問題ない」

 

 問題ない…そんなわけがない。ルーデウスには分かる。

 問題しかない。

 目の前の男は壊れている。昨日からずっと。

 壊れたままだ。

 

 それでも。

 それでも。

 提案自体は魅力的だった。

 あまりにも。

 

「……」

 

 ルーデウスは答えられない。

 母を助けたい気持ちはある。だが家族も守りたい。両方を取る方法が見つからない。

 そんな時に現れた第三の選択肢。

 それが目の前にいる。

 

「本当に……大丈夫なんですか」

「問題ない」

 

 即答。

 

「俺はこういう旅に慣れている」

 

 嘘だ。

 ルーデウスには分かった。

 この男は死ぬつもりなのだ。死んでも構わないと思っている。だから危険を危険と思っていない。

 

「……」

 

 ルーデウスは拳を握る。

 断るべきだ。

 だが、ゼニスを見捨てることもできない。

 それに、闇霊をおびき寄せる原因であるジークフリートが、自分から出ていってくれて、ゼニスも助けに行ってくれるなら好都合だ、なんて暗い考えがよぎる。

 それに従うわけではない。

 だが。だが――

 

「……ベガリットにいる、父さんたちが危険にさらされない保証は?」

「………………それは、俺を信じてもらうしか、ない」

 

「…………」

 

 深い沈黙。

 昨夜も、同じ言葉をかけられた。

 その時は信じた。シルフィを、ノルンを、アイシャを救うために、ジークフリートが指す方向にストーンキャノンを放った。

 そして、今回は―――

 

「……わかりました」

 

 絞り出すように言う。

 

「お願いします」

 

 その言葉を口にした瞬間。

 胸の奥がずきりと痛んだ。

 まるで何か大切なものを手放したような感覚。

 ジークフリートは気にした様子もなく頷く。

 

「了解した」

 

 そして踵を返す。

 

「準備がある」

 

 それだけ言って部屋を出ていく。

 残されたルーデウスは、ただ閉じられた扉を見つめ続けていた。

 

 

 

 

 夢を見る。

 白い世界だった。何もない。

 空も地面も境界が曖昧な、見慣れた空間。

 

「やあ」

 

 ヒトガミがいた。

 相変わらず胡散臭い笑顔を浮かべている。

 ルーデウスは眉をひそめた。

 

「……ヒトガミ」

「久しぶりだね」

「何の用だ」

「つれないなあ」

 

 ヒトガミは肩をすくめる。

 

「君、今すごく悩んでるだろ?」

「……」

「お母さんを助けるべきか、家族を守るべきか、ジークフリートを信じるべきか」

 

 心臓が跳ねる。

 図星だった。

 

「ベガリット大陸に行かないのは正解さ!君は正しい選択をしている」

 

「でも、今回は少しだけ忠告しに来たんだ」

 

 珍しい。

 ヒトガミがこんな真面目な顔をするのは。

 

「ジークフリートを近くに置くのはやめた方がいい」

 

 静かな声だった。だからこそ重かった。

 

「……理由は」

「見ただろ?」

 

 ヒトガミは言う。

 

「シルフィ、死にかけたよね」

 

 ルーデウスの顔が強張る。

 

「―――っ」

「次は運がいいとは限らない」

 

 胸が痛む。

 

「君の妹たちも、シルフィも、お腹の中の子どもも、みんな危険に晒される」

「それは……」

 

 否定したい。

 だが、できない。

 現実に起きてしまったからだ。

 

「…ジークさんだって、望んでやったわけじゃない」

「もちろん」

 

 ヒトガミはあっさり頷く。

 

「彼は悪人じゃない。むしろ善人だろうね。だから厄介なんだ」

 

 にこりと笑う。

 

「善人だから離れてくれない。善人だから助けようとする。善人だから巻き込む」

 

 嫌な言い方だった。

 だが、どこか納得してしまう。

 

「……どうして今まで言わなかったんだ」

 

 ルーデウスは問う。

 

「そんな危険な存在なら。もっと前に警告できたはずだ」

「ああ、それね」

 

 頭を掻くヒトガミ。

 

「見えなかったんだよ」

「……見えない?」

「彼さ、めちゃくちゃなんだよね。呪いのせいかな?運命がぐちゃぐちゃで、未来が見えたり見えなかったりする。まるで霧の中を覗いてるみたいなんだ」

 

 ヒトガミは困ったように笑う。

 

「だから最近までよく分からなかった。でも今は違う。彼が何かを思い出した。それをきっかけに流れが変わった。だから見えるようになった」

「……」

「もちろん、外れてるかもしれないけどね」

 

 ヒトガミは肩をすくめる。

 

「未来なんて不確定だ。僕だって全部見えるわけじゃない。ただ、一つだけは確実に言える」

 

 人差し指を立て、ヒトガミが笑う。

 その笑みは、妙に優しかった。

 

「ジークフリートが近くにいる限り、君の家族は危険に晒され続ける」

 

 沈黙。

 長い沈黙。

 やがて、ヒトガミはくるりと背を向けた。

 

「まあ、選ぶのは君だよ。ルーデウス・グレイラット」

 

 軽い調子で言う。

 

「そんなことより、本題の助言は聞くかい?」

「……ああ。一応、教えてくれ」

 

「それじゃ…コホン。ルーデウスよ、次の発情期を待ちなさい。そこで、リニアとプルセナがあなたに迫ってくるでしょう。この二人のどちらかと関係を持ちなさい。そうすれば、あなたは幸せになることでしょう」

「……は?ふざけてんのか?」

「ふざけてないよぉ!…おっと、そろそろ時間だね」

 

 世界が白く溶けていく。

 夢が終わる。

 

「お前、いい加減にしろよ!今はそんなふざけたこと言ってる場合じゃ…」

 

 文句を言おうとするが、意識が薄れていく。

 

「じゃ、またね!」

 

 最後に見えたヒトガミの笑顔だけが、妙に脳裏に焼き付いていた。

 

 

 

 

 目が覚める。

 シルフィが、心配そうに顔をのぞき込んでいる。

 

「大丈夫、ルディ?うなされてたよ」

「あ、ああ。大丈夫だ」

 

 本当は大丈夫ではなかった。

 眠ったはずなのに疲労は抜けていない。

 頭の中では、昨夜の出来事が何度も繰り返されていた。

 血塗れのシルフィ。

 崩れ落ちるジークフリート。

 

『俺が、あの闇霊たちを呼び寄せたんだ』

 

 そして、あの言葉。

 

「……あのさ、ルディ」

 

 シルフィが遠慮がちに口を開く。

 

「ジークフリートさんのことなんだけど、本当にいいの?」

 

 ルーデウスは答えない。

 

「一人で行かせたりして」

「それは……」

 

 言葉に詰まる。

 自分でも分からなかった。

 これが正しい判断なのか。

 ただ怖かっただけなのか。

 

「闇霊は怖いよ」

 

 シルフィは自分の傷ついた腕を見る。

 

「ボクだって昨日は本当に怖かった」

「だったら――」

「でも」

 

 シルフィは首を振った。

 

「ジークフリートさんも苦しそうだった」

「……」

「ずっとお世話になってきたのに、なんだか追い出したみたいでさ」

「じゃあ、どうしろっていうんだよ」

 

 思わず声が強くなる。

 

「ジークさんがいる限り危険はなくならない!俺は、シルフィたちを失いたくないんだ…」

 

 シルフィは何も言わなかった。

 ただ悲しそうな顔をした。

 

 その時だった。乱暴に階段を駆け上がり、廊下を走ってくる音が聞こえる。

 寝室の扉が、荒々しく開けられた。

 

「兄さん!!どういうことですか!!」

 

 ノルンだった。怒りで顔を真っ赤にしている。

 あるいは泣いた後なのかもしれない。

 

「聞きました!まだ1週間経ってないのに、なんでジークさんを追い出したんですか!」

 

 寝室に飛び込んできたノルンは、真っ直ぐルーデウスを睨みつけた。

 

「……追い出したわけじゃない」

 

 ルーデウスは目を逸らす。

 

「ジークさんが、自分で言い出したことだ」

「そんなの、追い出したのと同じです!」

 

 ノルンは叫んだ。

 

「ジークさん、普通じゃなかったじゃないですか!」

「…………」

「ずっと謝ってて、何も食べてなくて、まともに眠ってもいなくて!」

 

 声が震える。

 

「そんな人の言うことを、そのまま聞くんですか!?」

「ノルン――」

「言ってることを鵜呑みにして!誘導して!追い出したようなものじゃないですか!!」

 

 ルーデウスは何も言えない。

 図星だった。

 自分は引き留めなかった。

 それどころか、心のどこかで安堵していた。ジークフリートが去ることに。

 

「……っ」

 

 胸が痛む。

 

「もういいです!兄さんには失望しました!私がジークさんに着いていきます!」

「駄目だ、危険すぎる」

「兄さんが行かないなら!私が行くしかないじゃないですか!」

「…ノルン、お前じゃ無理だ」

「そんなことわかってます!」

 

 ノルンは拳を握り締めた。

 

「弱いことくらい分かってます!役に立たないことだって分かってます!」

「でも…ジークさんを、一人にはさせられない!本当に死んじゃうかもしれないんですよ!」

 

 ぽろり、と涙が落ちた。

 ルーデウスを見上げる。

 責めるような、縋るような。そんな目だった。

 

「なんで、兄さんは助けに行かないんですか!?」

 

 部屋が静まり返る。

 

「兄さんは、兄さんは、強いじゃないですか!ジークさんのことだって、お母さんのことだって、助けられるじゃないですか!」

 

 叫びは悲鳴に変わる。

 

「なのに、なんで…なんで、見捨てるんですか……」

 

 ノルンの声が震える。

 ルーデウスは何も言えなかった。

 言い返せない。図星だったからだ。

 怖かった。

 闇霊が、家族を失うことが、ジークフリートの呪いが。

 全部怖かった。

 だから逃げた。

 見ないようにした。

 考えないようにした。

 

 ずっと、ジークフリートを遠ざける理由を探していた。

 家族のため、シルフィのためと言いながら、本当は自分が怖かっただけだ。

 

 …ジークフリートに任せれば、おそらく、全てがうまくいく。彼は強い。ゼニスも、すぐに助けられるだろう。

 でも、でも、助けたあと、ジークフリートは側にいるのか?彼は側にいるべきなのか?

 このままジークフリートを見送ったら、永遠に会えなくなる気がしていた。

 

 俺はそれを望んでいるのか?それでいいのか?

 

『あとは任せろ』

 

 オルステッドから助けてくれた時の、ジークフリートの大きな背中を思い出す。

 

『大きくなったな、ルーデウス』

 

 シャリーアで再会したときの、優しい眼差しを思い出す。

 

『お前だって頑張っている。偉いぞ』

 

 ノルンが引きこもったとき、諭してくれたことを思い出す。

 

『ふっ…ふふふ。あははは!』

 

 最後に、誕生日の笑顔を思い出す。兜越しでも分かるくらいの、心からの笑顔だった。

 忘れられない。捨てられない。忘れるには、捨てるには、思い出が多すぎる。

 温もりが、多すぎる。

 

「…………わかった」

 

「俺も行く。ジークフリートさんと一緒に、行く」

 

「ノルン。家のことを任せてもいいか?」

 

 ノルンの顔が、驚愕で彩られた。

 だが、すぐにキュッと口元を結び、真剣な顔で頷いた。

 

「ノルン、ごめん。俺、間違えてた」

「はい」

「母さんを、ジークフリートさんを、助けに行く」

 

「俺は、ベガリット大陸に行く」

 

 

 

 

 シャリーア郊外の森の中。

 夜明け前の空気は冷たかった。

 ジークフリート…アルブレヒトは一人、橙色の蝋石を握りしめて立っていた。

 

 森は静かだった。

 静かすぎた。

 つい昨日まで聞こえていた声が、もう聞こえない。

 

 ルーデウス、シルフィ、ノルン、アイシャ、クリフ、ザノバ、リニア、プルセナ。

 シャリーアで得た全て。

 それらを置いていく。

 いや、置いていくのではない。

 自分が離れなければならないのだ。

 

「…………」

 

 空を見上げる。

 薄暗い空の向こう。

 赤い影が見えた。次第に大きくなる。

 

 風が唸る。

 木々が揺れる。

 

 やがて、轟音と共に巨大な影が降下した。

 

 赤竜ヘルカイト。

 木々を薙ぎ倒しながら着地する。

 衝撃で土が舞い上がった。

 

 ヘルカイトは灼熱の瞳でアルブレヒトを見下ろす。

 そして、少しだけ鼻を鳴らした。

 まるで、遅かったな、と言っているようだった。

 

「……本当に来てくれたんだな」

 

 掠れた声が漏れる。

 ヘルカイトは答えない。

 ただ大きな頭を近づけた。

 アルブレヒトはその鼻先に手を置く。

 温かかった。

 

 赤竜山脈で出会ってから。

 王龍王国で再会してから。

 闇霊に追われるようになってからも。

 

 この竜だけは変わらなかった。

 

「ありがとう」

 

 小さく呟く。

 

「お前だけだな」

 

 言ってから、自嘲する。

 情けない。ヘルカイトを慰めの道具に使っている。

 だが今は、それすらありがたかった。

 

「行こう」

 

 ヘルカイトの背に飛び乗る。

 もう振り返らない。

 振り返ったら、きっと戻りたくなる。

 帰りたくなる。

 だから、見ない。

 

「ベガリット大陸へ」

 

 拳を握る。

 

「それが俺にできる、唯一の償いだ」

 

 ヘルカイトが翼を広げた。

 爆風が森を揺らす。

 次の瞬間、巨体が空へ躍り出た。

 

 シャリーアの街が遠ざかっていく。

 

 朝日が昇り始めていた。

 その光を背に受けながら。

 

 アルブレヒト・グレイラットは、一人ベガリット大陸へと旅立った。





第3章 シャリーア編 - 終 -

次章

第4章 転移の迷宮編
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