玉葱騎士、六面世界に立つ   作:プラザ合意

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第28話 苦悩

 

 転移の迷宮を進む。

 薄暗い通路を、ギースを先頭に慎重に歩く。

 

「次は右だな」

 

 ギースの声に、ルーデウスは反射的に頷いた。

 

「わかりました」

 

 そう答えた直後だった。

 足元の魔法陣を見落とし、そのまま踏みかける。

 

「ルディ!」

 

 パウロの鋭い声。

 咄嗟に飛び退く。

 足元で転移魔法陣が淡く光った。

 

「危ないですわよ」

 

 エリナリーゼが眉をひそめる。

 

「……すみません」

 

 ルーデウスは額を押さえた。

 らしくない失敗だった。

 普段なら気づけた。気づかなければならなかった。

 だが最近、どうにも集中できない。

 頭の片隅に、ずっとあの人がいる。

 

 ジークフリート。

 今どこにいるのか。何を考えているのか。ちゃんと食べているのか。眠れているのか。

 考えるなと言われても無理だった。

 魔物と戦っている最中ですら、ふとした拍子に思い出してしまう。

 

「ルディ」

 

 今度はロキシーだった。

 

「大丈夫ですか?」

「え?」

「さっきから上の空ですよ」

 

 ルーデウスは慌てて笑う。

 

「だ、大丈夫です」

 

 嘘だった。

 全然大丈夫ではない。

 夜もあまり眠れていない。

 

 ふと、ヒトガミの言葉を思い出す。

 

『ジークフリートがいる限り、君の家族は危険に晒され続ける』

 

(…それでも、それでも――俺は、謝らなくちゃいけないんだ)

 

 だが、どう謝ればいいのか。

 どうすれば元に戻れるのか。

 答えの出ない問いばかりがルーデウスの頭を回り続けていた。

 

「…よし!少し休憩するか!」

 

 すると、突然パウロがそう言った。

 

「え?まだ探索を始めたばかりですよ?」

「お前、気が散りすぎ。冒険者の先輩としての気遣いだ。ありがたく受け取っておけ」

「そうですね。ルディ、少し休憩を取ったほうがいいですよ」

 

 ロキシーもパウロに続いて賛成する。

 

「先輩、疲れてるのはわかるが、このままだと俺たちにも魔術当てちまいそうだぜ?少し休みな」

「そうですわね。無理してもいいことはありませんわ」

「その通りじゃ。若いからといって遠慮することはない」

 

 ギース、エリナリーゼ、タルハンドも同意見のようだ。

 

「皆さん…すみません」

 

 そして、一行は休息をとることとなり、各々武器や防具の点検を始めた。

 そんな中、パウロがルーデウスに近寄り、話しかける。

 

「よう」

「父さん…」

「あまり元気なさそうだな。で、どうしたんだ?今だけじゃなくて、迷宮の外でも様子がおかしいじゃねえか」

 

 ルーデウスは視線を落とす。

 話すべきか。

 迷った。

 だが、胸の中に溜まったものは、自分だけでは抱えきれそうになかった。

 

「実は、その……ジークフリートさんと、喧嘩、のようなものをしてしまって」

 

 ルーデウスはぽつりと漏らした。

 パウロは黙って聞いている。

 

「いや……喧嘩とは呼べませんね」

 

 自嘲気味に苦笑した。

 

「僕が一方的に当たり散らして、傷つけてしまっただけです」

 

 そう言った瞬間、胸の奥がずきりと痛んだ。

 あの日の光景が蘇る。

 酷く疲れた様子。何度も頭を下げる姿。それでも最後まで自分たちを心配していた声。

 そして――

 

『了解した』

 

 静かに背を向けた姿。

 ルーデウスは拳を握り締めた。

 

「俺、最低なんです」

「そうか」

 

 パウロは短く頷く。

 しばらく考え、そして、あっさりと言った。

 

「じゃあ、謝るしかねえな」

「でも、どうやって? なんて謝れば……」

「わからん!」

「は……?」

 

 あまりにも即答だった。

 

「わからんが、謝り続けるしかないだろう」

 

 パウロは肩をすくめる。

 

「父さんもそうしてきた」

「はは……リーリャの時もそうでしたね」

「おい、それは言わない約束だろ?」

 

 苦い顔をするパウロ。

 ルーデウスは少しだけ笑った。

 だが、その笑みもすぐ消える。

 

「でも、もし許してもらえなかったら……」

 

 足が止まりそうになる。

 ジークフリートは優しい。

 だからこそ、余計に怖かった。

 もし本当に愛想を尽かされていたら。

 もし二度と戻らないと言われたら。

 そんな考えが頭から離れない。

 

「……あのな」

 

 パウロの声が少し低くなる。

 

「許してもらうために謝るんじゃない」

「……」

「悪かったと思ったなら謝る」

 

 短い言葉だった。

 だが、不思議と重かった。

 

「許してもらえなくても続ける。相手が大事ならな」

 

 ルーデウスは黙る。

 胸の奥に、その言葉がゆっくり沈んでいく。

 許されるためじゃない。

 自分が楽になるためでもない。

 

 逃げないために謝る。

 向き合うために謝る。

 そう考えると、少しだけ道が見えた気がした。

 

「そうですね……」

 

 小さく息を吐く。

 

「きっと、それしかないんでしょうね」

「ああ」

 

 パウロは笑う。

 

「だいたいな。謝り方なんて考えてる時点で、お前はまだ余裕があるんだよ。本当に申し訳ないと思ってるなら、会った瞬間に頭下げてる」

「ははは…そうかもしれませんね」

 

 ルーデウスは思わず苦笑した。

 

 確かにその通りかもしれない。

 謝罪の言葉を考えているのは、結局まだ自分を守ろうとしているからだ。

 

「……会えたら、ですね」

 

 ぽつりと呟く。

 ジークフリートは今も迷宮のどこかにいる。

 見つかる保証はない。

 

 だが、見つけたい。

 謝りたい。

 

 今はそれだけだった。

 パウロはそんな息子の横顔を見て、小さく笑った。

 

 

 

 

 ラパンから遥か離れた砂漠。

 夜風だけが吹いていた。

 月明かりの下、一人の騎士が砂の上に座っている。

 ジークフリートだった。

 何かを持つようにじっと座っている。

 

 どれほどそうしていたのか。

 不意に顔を上げた。

 

 

《 闇霊 喪失者 に侵入されました 》

 

 

 淡々とした声が、ジークフリートの頭の中に響く。

 ゆっくりと立ち上がり、剣を構える。

 

 敵意の感知が発動する。赤い光が5つ。

 5人もの闇霊がジークフリートを囲む。

 前衛に3人、後衛に2人。

 

 理想的な包囲。

 そして最悪の連携。

 

 それを全く気にせず、無造作に歩むジークフリート。

 

 前衛が飛び出す。

 後衛が魔術と奇跡を編む。

 

 3つの刃と、ソウルの槍と雷の槍が迫る。

 

 ジークフリートは中盾――金翼紋章の盾を具現化し、ソウルの槍と雷の槍を弾く。

 その隙をすかさず3人の闇霊が突こうとする――

 

「甘い」

 

 弾いた勢いのまま、闇霊の1人を盾で殴りつける。骨が砕ける音。頭が陥没し、地面に叩きつけられる。

 残りの闇霊2人が怯む。

 

 剣閃が走る。

 

 正確に首を断たれ、闇霊2人は瞬く間に消滅した。

 

 後衛の闇霊が慌てて魔術と奇跡を編む。

 盾を構え、弾く体勢を取るジークフリート。

 

 だが。

 空が赤く染まった。

 炎、灼熱。巨大な火炎が闇霊たちを呑み込む。

 悲鳴。

 絶叫。

 そして消滅。

 静寂が戻る。

 

 ジークフリートは最後に倒れた闇霊へ剣を突き立てた。

 完全に消えたことを確認する。

 それから空を見上げた。

 

 赤竜が降下してくる。

 ヘルカイトだった。

 砂漠へ着地する。

 巨体が月明かりを遮る。

 

「ありがとう」

 

 短い礼。

 ヘルカイトは鼻を鳴らす。

 ジークフリートは少し笑う。

 

「これで闇霊たちは片付いた。俺はまた迷宮に戻る」

 

 あと少しだ。

 本当にあと少し。

 ゼニスを助けられる。

 家族を助けられる。

 全部終わる。

 

「…送ってもらえるか?」

 

 ヘルカイトは黙って頭を下げた。

 乗れ、と言っているようだった。

 ジークフリートは背に飛び乗る。

 

「ありがとう」

 

 少し間を置く。

 

「本当にありがとう」

 

 ヘルカイトだけだった。

 何も聞かず、何も責めず。

 ずっと側にいてくれたのは。

 

 竜が翼を広げる。

 砂嵐が舞う。

 空へ。

 月へ。

 ラパンへ。

 

 迷宮の最深部までもう少しだ。

 あと少し、あと少しで、ゼニスの元へたどり着ける。

 

 そうしたら。そうしたら――

 一瞬だけ、ブエナ村の家が浮かんだ。

 食卓。

 笑い声。

 家族。

 全員揃った景色。

 パウロ、ゼニス、リーリャ、ノルン、アイシャ、ルーデウス、そして―――

 

「違う」

 

 ありえない夢想を断ち切る。

 

 そんなもの、俺にはない。あってはならないものだ。

 自分は呪われ人だ。

 家族の側にいてはいけない。

 ゼニスを助けたら終わりだ。

 それでいい。それで十分だ。

 夜風が吹く。

 ヘルカイトは何も言わない。

 ただ黙って飛び続けた。

 

 ジークフリートの胸の奥――いや、魂の奥で、風がざわめいた。

 

 ベガリット大陸の夜。月と風だけが、ジークフリートとヘルカイトを見つめていた。

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