玉葱騎士、六面世界に立つ   作:プラザ合意

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第29話 転移迷宮の守護者

 

 長い回廊を抜ける。

 足音だけが石壁へ反響する。

 

 やがて視界が開けた。

 

 そこは小さな広間だった。

 

 空気は淀み、息を吸うだけで肺が重くなる。

 そして広間の中央には三つの台座が等間隔に並んでいた。

 その上では青白い転移魔法陣が静かに明滅している。

 まるで侵入者を待ち続けていたかのように。

 

 台座に乗った三つの青い転移魔法陣を見つめ、少し考える。

 

 おそらく、ここが最深部だ。

 このどれかの魔法陣に乗れば真の迷宮最深部に跳び、守護者(ガーディアン)と直面することになるだろう。

 

 …悩んでいても仕方ない。一番近い魔法陣に向かって歩き出す。

 

 こつ、こつ、こつ。

 迷宮の石畳と具足がぶつかり合い、音を立てる。

 

 こつ、こつ、かーん。

 転移魔法陣へ入る直前、何か違和感を感じる。

 足音が違った。何かがおかしい。床を見つめる。

 これみよがしに置かれた3つの魔法陣を再度見つめる。

 

 少し、違和感がある。

 ここまで来て、また分かれ道なのか?

 そ(・)も(・)そ(・)も(・)、(・)こ(・)の(・)分(・)か(・)れ(・)道(・)に(・)正(・)解(・)は(・)あ(・)る(・)の(・)か(・)?(・)

 もう一度床を見つめる。

 大槌を具現化し、軽く地面を叩く。

 かーん、かーん。

 

 ――これでわかった。

 

 大槌を振るい、床を叩き割る。

 大きな衝撃音。床が崩れ落ち、大きな穴が空く。

 そこには、下へと続く階段と、赤い転移魔法陣があった。

 

 これが正解だ。

 確信するジークフリート。

 

 ゆっくりと階段を降り、赤い魔法陣へ向かう。

 気負いなく、当然のように。

 

 どんな相手だろうと、やることは変わらない。

 剣を振るい、殺す。

 ゼニスを救う。

 それだけだ。

 

 赤い転移魔法陣に乗る。すぐに赤い光と共に転送が始まる。

 

 戦いが、始まる。

 

 

■

 

 

 転送された先は、凄まじく広く、荘厳な空間だった。

 天井はかなり高く、奥に向けて等間隔に並んだ大きな柱が立ち並ぶ。

 各所には複雑な文様をしたレリーフが刻まれており、高貴な雰囲気を醸し出している。

 

 奥には、巨大な魔物がいた。

 

 翠緑の鱗。見上げるほどの巨大な体躯。そこから生える、大木と見紛う9本の首。強い敵意の込められた赤い目。体中に水色の魔石が生えていた。

 魔石多頭竜(マナタイトヒュドラ)。

 転移の迷宮の最後の敵。ガーディアン。

 

 しかし、ジークフリートの視線はヒュドラにはなかった。

 

 最奥。ヒュドラの後方。

 そこに、大きな水色の魔力結晶があった。

 

 その中に、彼女がいた。

 幼い自分を育て、守ってくれた女性。

 

 ゼニスが、魔力結晶の中に閉じ込められていた。

 

「母様…!」

 

 ジークフリート――いや、アルブレヒトが万感の思いを込め、口を開く。

 会いたい。今すぐにでも助け出したい。

 

 だが、すべては後回しだ。

 ヒュドラを、殺してからだ。

 

 右手に竜狩りの大斧、左手にグレートソードを具現化し、構える。

 

「……?」

「ギャギッ…ギッ、ギギギ…!」

 

 何か、ヒュドラの様子がおかしい。

 口から黒いよだれを垂れ流し、赤い目をギョロギョロと蠢かせる。うつろな声を上げながら、しかし敵意ははっきりとしている。

 よく見ると、体に備えた水色の魔石に混じり、黒い魔石があった。

 

 疑念はある。

 だがそんなこと関係ない。

 殺す。そしてゼニスを救う。

 それだけでいい。

 

 走り出すジークフリート。

 ヒュドラが首を振るい、ジークフリートを狙う。

 

 少し左にずれ、ヒュドラの首を右の竜狩りの大斧で受け流す。異音を立てながら、鱗と大斧が削りあって火花が散る。

 ジークフリートは受け流し切ると、左のグレートソードでヒュドラの首を叩き切る。

 

「グギャアアア!!!」

 

 だがヒュドラは怯まない。

 いくつもある首をまた振るい、押しつぶそうとする。

 

「ふっ……!」

 

 それを巧みに避けるジークフリート。避けた首を踏み台にし、上へと駆け上る。高い位置にある首へと、大きく跳躍。

 最高度まで達すると、グレートソードを振るい、強烈な斬撃を浴びせる。しかし浅い。血が噴き出るが、切断までには至らない。

 

「オオオオオッッ!!!」

 

 だが、身体を大きく捻り、竜狩りの大斧を回転しながら振るう。雷を纏った大斧は、甲高い電撃音を鳴らしながら首を断ち切った。

 

「グオオオンッ!!!」

 

 しかし、これでもヒュドラは怯まない。ジークフリートの着地を狙い、首を突撃させる。

 

「チッ…!」

 

 空中で大斧とグレートソードを交差して前に構え、受け止める姿勢をとるジークフリート。

 直撃。

 大きく弾き飛ばされる。

 だが態勢は崩れていない。防御したことによって、大きく勢いは削がれていた。

 

 間髪入れずヒュドラの首がまた迫る。後方に跳び、避けるジークフリート。

 そんな中、異変が起こる。

 

「……!!」

 

 最初に断ち切ったヒュドラの首が、蠢き始める。ぐぶり、ぐぶり、という肉の音と共に、新たな首が生え出てきた。

 

「再生するのか…!」

 

 厄介だ。これでは埒が明かない。

 そんな時、また状況が動く。

 

「ジークさん!!!」

 

 部屋に、大きな声が響く。

 思わず後ろを振り向く。

 

 そこには、6人の冒険者がいた。

 パウロ、エリナリーゼ、ギース、タルハンド、ロキシー。――そして、ルーデウス。

 

「あれは……!」

 

 パウロの目が、最奥のゼニスを捉える。表情を一変させ、突撃するパウロ。

 

「おおおおっ!!!」

「馬鹿野郎!早まるな!!」

 

 エリナリーゼとタルハンドが、独断行動に舌打ちしながらパウロを追う。

 

「援護します!静かなる氷人の拳、『氷霜撃(アイシクルブレイク)』!」

「『岩砲弾(ストーンキャノン)』!」

 

 ロキシーの氷塊とルーデウスの岩石弾がジークフリートとパウロを追い越し、ヒュドラへ向かう。だが着弾する直前、甲高い音と共にかき消される。

 

(魔術の無効化か…!)

 

「うおおらあああ!!」

 

 パウロの雄叫びと共に、ヒュドラの首が切り落とされる。

 

「とうさ……パウロ!奴の首は再生する!切っても意味はない!!」

 

 ジークフリートが叫ぶ。

 

「ああ!?ならどうしろって言うんだ!!」

「それは…」

 

 考えるジークフリート。なにか異変はないか?無限に再生などできるわけがない。何か限界があるはず。再生限界まで首を切り落とし続けるか?いや、自分はともかく、パウロたちが危険だ。ヒュドラの限界が来る間に、大怪我や死んでしまう可能性が高い。

 なら、どうすれば…

 

 その時、一つの事実に気づく。

 

 ヒュドラの、竜狩りの大斧で切った首。それはまだ、再生しきっていなかった。

 

「…!傷口を焼け!雷で焼いた首は、再生が遅くなっている!!」

「そうか…!でも、魔術が無効化されてしまっていては…!」

「本で読んだことがあります!マナタイトヒュドラの鱗は魔術を無効化しますが、近くで鱗を避けて打ち込めば通用するはずです!」

 

 ロキシーが叫ぶ。

 

「了解しました!」

 

 ルーデウスがヒュドラに接近し、巧みに鱗を避け、傷口に向けて火炎弾を放つ。

 

「オオオオォォン!!」

 

 初めてヒュドラが叫び声をあげ、怯む。

 ジークフリートも武器を炎をまとった双大剣、輪の騎士の双大剣に持ち替える。

 

「ハアアアァッ!!」

「うおおおおっ!!!」

 

 ジークフリートとパウロが、咆哮をあげながら首をそれぞれ切断する。

 

「小さな燻りが巨大なる恵みを焼き尽くさん!『火炎放射(フレイムスロワー)』!」

 

 パウロが切った首をロキシーが首を焼く。

 ジークフリートが切った首は、切った最初から炎で焼かれていたため、再生しない。

 

 状況は、ジークフリートたちの優勢だった。

 

 充分な準備時間もなく、ヒュドラという伝説級の怪物と戦っている。戦えてしまっている。

 本来ならば撤退するべきだった。しかしジークフリートとパウロが首を切り落とし、ルーデウスとロキシーが首を焼く。細かい隙もエリナリーゼとタルハンドがフォローする。ヒュドラも抵抗するが、ジークとパウロに対応しきれず、どんどん首の数を減らしていく。

 敵に深く踏み込みすぎたパウロをフォローするために飛び出したエリナリーゼたちだったが、思った以上に戦況は優勢に見えた。その感覚が歴戦の冒険者である彼らの判断を鈍らせた。

 

 誰も冷静ではなかった。ようやく見つけたゼニスを誰もが取り返したかった。あと少し、もう少しでゼニスを助けられる。その高揚と焦りが、致命的な隙を作った。

 

「いける!押し込むぞ、ルディ!」

 

 ルーデウスの予見眼に、信じられない光景が広がる。

 黒い波が、見えていた。

 

「!? 逃げて!!」

 

 直前で予知したルーデウスが叫ぶ。

 しかし、間に合わない。

 

「ウオオオォォォオオン!!!!」

 

 残った首で咆哮するヒュドラ。

 黒い魔石が、妖しく脈動する。

 ひとつ、またひとつ。

 水色だった魔石が黒く染まり始める。

 焼いたはずの首の断面から、鱗の隙間から、目から、魔石から、ヒュドラのいたるところから、黒い泥のような膿――人の膿があふれ出る。

 それは液体だった。だが、生きていた。

 獲物を求めるように蠢きながら広がっていく。

 

「なっ――」

 

 誰かが息を呑む。

 次の瞬間、暴威が解き放たれた。

 咆哮とともに、全身から黒い膿が無秩序に溢れ出し、全員を襲う。

 ジークフリート、パウロ、エリナリーゼは咄嗟に武器を構える。

 

「ぐっ!」

「チッ!」

 

 衝撃と共に吹き飛ばされる。

 ロキシーとタルハンドも後方へ跳び退くが、完全には避けきれず大きく体勢を崩した。

 

 だが、ルーデウスだけが違った。

 前衛でも後衛でもない。

 中途半端な位置。

 最も危険な場所だった。

 

「―――ぁ」

 

 視界が黒く染まる。

 左手が飲み込まれる。

 何が起きたのか理解するより早く。

 肉が削られた。骨が砕かれた。

 

「あぐぁぁあああああっ!!!」

 

 絶叫。

 血が飛び散る。

 

 叫ぶルーデウス。

 

「ルーデウス!!」

 

 人の膿が蠢く。

 獲物を見つけた肉食獣のように。

 最も傷ついた者へ。

 最も弱った者へ。

 一直線に殺意を向ける。

 

 次は避けきれない。ルーデウスは、死ぬ。

 

 その判断と同時に、ジークフリートは駆け出した。

 

 死なせない。

 

 殺させない。

 

 必ず守る。

 

 絶対に。

 

 家族を守る!

 

 ルーデウスの前へ躍り出る。

 大斧とグレートソードを交差させる。

 直後、濁流が直撃した。

 まるで城門に破城槌が叩き込まれたような衝撃。

 

「ぐっ……!」

 

 両腕が軋む。足が沈む。押し潰される。

 それでも退かない。

 だが耐え切れない。武器ごと弾き飛ばされる。

 それでも。それでも。

 ジークフリートは倒れなかった。

 武器がないなら、手で受け止めればいい。

 膿へ腕を突っ込む。

 手甲が消える。

 金属が溶ける。

 肉が削れる。

 それでも退かない。

 

「おおおおおおおおおっ!!」

 

 咆哮。

 受け止める。押し返す。守る。

 受け止め切れなかった膿が鎧を削る。

 胸甲が砕ける。

 肩当てが吹き飛ぶ。兜が抉れる。顔が露出する。

 それでも。それでも。

 倒れない。

 ルーデウスを守り続けた。

 

 今度こそ、必ず家族を守る。

 もう二度と、情けない負け犬にはならない…!

 

 濁流が、流れ去る。

 その後には、傷だらけの姿で立つジークフリート。鎧は中破、兜は完全に破壊され、顔が露出していた。

 そして、ルーデウスはその背中を見つめていた。

 

「じ、ジークさん……」

「大丈夫だ。兄(・)さ(・)ん(・)」

 

 状況はひっくり返った。ルーデウスの左手は抉り取られ、ジークフリートは大怪我を負っている。他の面々も、多少なりとも傷を負っている。

 完全に不利。

 

 だが、だが。しかし。

 ここには騎士がいる。

 誇り高き、騎士が。

 覚悟を決めた、カタリナ騎士が。

 

「あとは任せろ」

 

 人の膿が再度蠢き、ジークフリートたちを狙う。

 

 そんな中、ジークフリートは、魂の奥底から力を感じていた。

 強く、荒々しい、とてつもない"嵐"。

 

 それは、巨人殺しの異名を持つ大剣。

 今でも嵐の力を宿す、伝説の剣。

 

 そう、父から受け継いだ、大切な剣。

 全て忘れても、全て失っても、これだけは離さなかった。

 

 息を大きく吸う。

 

 父さん――ジークバルト。

 

 力を貸してくれ。

 

 家族(ルーデウス)を、守るために!

 

 

「来い!ス(・)ト(・)ー(・)ム(・)ル(・)ー(・)ラ(・)ー(・)ッ!!!」

 

 

 剣は、ア(・)ル(・)ブ(・)レ(・)ヒ(・)ト(・)に応えた。

 ソウルの光と、風と共に、大剣が具現化される。

 

 古びた刀身。無数の傷。

 それでもなお、それは英雄の剣だった。

 

 ストームルーラー。

 嵐を支配した巨人殺しの大剣。

 握った瞬間、膨大な力が全身を駆け巡る。

 風が唸る。

 竜巻が生まれる。

 暴風が荒れ狂う。

 迷宮そのものが震えていた。

 

 人の膿が迫る。だが届かない。

 嵐が切り刻む。削る。砕く。

 一滴たりとも近づけさせない。

 

 暴風は止まらない。

 剣へと収束する。

 

 風が刃となり。

 嵐が刀身となり。

 やがて天井へ届くほどの巨大な風の大剣が形成される。

 まるで神話の一頁。

 誰もが息を呑んだ。

 

「オ、オオ、オオオオオオッッッ!!!!!」

 

 アルブレヒトが咆哮する。全身から血を流しながら、それでも一歩踏み出す。

 そして、嵐を振り下ろした。

 

 世界が裂けた。

 轟音。

 暴風。

 衝撃。

 全てが一つになってヒュドラへ叩きつけられる。

 

「ギャァァアアアァアアア!!!!」

 

 人の膿と化したヒュドラが叫び声をあげる。

 嵐は鱗一つ、肉片一つ、雫一つ残さず、ヒュドラと人の膿を削り続ける。

 

「ハアアァァアアアッ!!!!」

 

 アルブレヒトが咆哮する。

 叫びながら、彼は、家族のことを思い出していた。

 

『お前はきっと、立派な騎士になれる』

 

 最後まで俺を見捨てなかった前世の両親、ジークバルトと、母。

 

『アルは本当にいい子に育ったわね』

 

 見守り、導いてくれた母、ゼニス。

 

『騎士ってのは、誰かを守るもんだ』

 

 剣を教えてくれた父、パウロ。

 

『ありがとう、ございます…』

 

 俺を育ててくれたもう一人の母、リーリャ。

 

『ありがとうございました。私、一人じゃなかったです』

 

 傷つきながらも、立派に自分の足で立った妹、ノルン。

 

『私、人を見る目には自信あるので!ジークさんは信頼できる人です!』

 

 聡明で、自分を慕ってくれた妹、アイシャ。

 

『兄ちゃんに任せとけって!』

『あ、ありがとうございます?』

『誕生日、おめでとうございます!』

 

 そして、魔術を教えてくれて、家族思いで、俺が生まれてきたことを祝福してくれた兄。幸せになっていいと教えてくれた兄。ルーデウス。

 

 

(ああ、幸せだな)

 

 

 こんなにも、幸せになっていいのだろうか。

 

 ルーデウスは生きてる。パウロも生きてる。ゼニスだって助けられる。

 

 そうしたら、また家族がもとに戻る。

 

 ブエナ村の、家に帰ろう。また家族一緒に暮らそう。

 

 きっと、とても幸せになれるだろう。

 

 

(だけど、そこに俺は必要ない)

 

 

 ストームルーラーを強く握る。

 今ここで、すべてを出し切る。

 ヒュドラを倒し、ゼニスを救う。パウロを守る。ルーデウスを守る。

 

 呪われ人である自分が、家族を守って死ねるなんて。大切な誰かを守れるなんて、思わなかった。

 

 ああ、良かった。

 

 

 俺は―――

 

 

 嵐が止む。

 

 ヒュドラはずたずたに引き裂かれ、人の膿は一雫も残っていなかった。

 

 アルブレヒトは、大切なものを守りきった。

 

 

 ただ――その代償は、大きかった。

 

 

「…………」

 

 

 後ろに倒れるアルブレヒト。

 もう、限界だった。

 ルーデウスが自然と彼を受け止める。

 

「え? ジーク、さん…?」

 

 顔を見るルーデウス。その顔には見覚えがあった。優しい青い瞳には、見覚えがあった。

 違う。ジークフリートじゃない。

 

「…………………アルブレヒト?」

 

 そこには、弟がいた。

 大切な、たった一人の、弟が。

 

「に、いさ……ん」

 

 半身は膿にえぐられ、既になくなっている。

 顔も、半分が傷つけられ、見るに堪えない状態だ。

 それでもわかった。家族だから。

 

「俺、は……」

 

 待って。待ってくれ。どうして今なんだ。どうして今わかったんだ。

 もっと、話したいことが、謝りたいことが、したいことがいっぱいあるのに。

 

 待って。待ってください、神様。

 アルを、連れて行かないで。

 

「俺は、立派な……騎士に、なれましたか?」

 

 不安そうに、でもどこか清々しそうに、アルブレヒトは、口を開いた。

 

 答えようとした。

 

 だが、それより先に、アルブレヒトの瞳は光を失った。

 

「あ……………」

 

 待って。待って。

 

「あ……ああ。あああ、あ、ああ゛あ゛あ゛あああ!!!!」

 

 慟哭が、迷宮に響く。

 ルーデウスはアルブレヒトを抱きしめる。

 だがその身体は崩れ始めていた。

 指先から、灰になっていく。

 

「待ってくれ!」

 

 必死に抱き寄せる。

 だが止まらない。

 

「待ってくれよ!!」

 

 鎧が崩れる。

 大剣が消える。

 灰が零れ落ちる。

 

「嫌だ…嫌だ……アル……」

 

 やっと見つけたのに。

 やっとわかったのに。

 やっと謝れると思ったのに。

 

「俺はまだ……」

 

 震える手を伸ばす。

 指の隙間から灰が零れ落ちる。

 

「俺はまだ、お前に謝ってない……」

 

 涙が止まらない。

 

「ありがとうも言ってない」

 

 震える。

 

「家に帰ろうって、言ってない」

 

 掠れる。

 

「兄貴らしいこと、一つもしてないだろ……」

 

 灰が舞う。

 もう掴めない。

 

「だから……」

 

 だから。

 頼むから。

 

「置いていかないでくれ……」

 

 最後の灰が風に消えた。

 そこには何も残らない。

 剣も。

 鎧も。

 弟も。

 

 何一つ。

 

 ただ、膝をついたままのルーデウスだけが残された。

 

 アルブレヒト・グレイラットは死んだ。

 

 家族を守り。

 

 母を救い。

 

 騎士として戦い抜いて。

 

 そして――幸せなまま、死んだ。

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