玉葱騎士、六面世界に立つ   作:プラザ合意

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第29話 転移迷宮の守護者

 

 最深部に到着するジークフリート。

 台座に乗った3つの青い転移魔法陣を見つめ、少し考える。

 

 おそらく、ここが最深部だ。

 このどれかの魔法陣に乗れば、真の迷宮最深部に跳び、守護者(ガーディアン)と直面することになるだろう。

 

 …悩んでいても仕方ない。一番近い魔法陣に向かって歩き出す。

 

 こつ、こつ、こつ。

 迷宮の石畳と具足がぶつかり合い、音を立てる。

 

 こつ、こつ、かーん。

 転移魔法陣へ入る直前、何か違和感を感じる。

 足音が違った。何かがおかしい。床を見つめる。

 これみよがしに置かれた3つの魔法陣を再度見つめる。

 

 少し、違和感がある。

 ここまで来て、また分かれ道なのか?

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 もう一度床を見つめる。

 大槌を具現化し、軽く地面を叩く。

 かーん、かーん。

 

 ――これでわかった。

 

 大槌を振るい、床を叩き割る。

 大きな衝撃音。床が崩れ落ち、大きな穴が空く。

 そこには、下へと続く階段と、赤い転移魔法陣があった。

 

 これが正解だ。

 確信するジークフリート。

 

 ゆっくりと階段を降り、赤い魔法陣へ向かう。

 気負いなく、当然のように。

 

 どんな相手だろうと、やることは変わらない。

 剣を振るい、殺す。

 ゼニスを救う。

 それだけだ。

 

 赤い転移魔法陣に乗る。すぐに赤い光と共に転送が始まる。

 

 戦いが、始まる。

 

 

 

 

 転送された先は、凄まじく広く、荘厳な空間だった。

 天井はかなり高く、奥に向けて等間隔に並んだ大きな柱が立ち並ぶ。

 各所には複雑な文様をしたレリーフが刻まれており、高貴な雰囲気を醸し出している。

 

 奥には、巨大な魔物がいた。

 

 翠緑の鱗。見上げるほどの巨大な体躯。そこから生える、大木と見紛う9本の首。強い敵意の込められた赤い目。体中に水色の魔石が生えていた。

 魔石多頭竜(マナタイトヒュドラ)

 転移の迷宮の最後の敵。ガーディアン。

 

 しかし、ジークフリートの視線はヒュドラにはなかった。

 

 最奥。ヒュドラの後方。

 そこに、大きな水色の魔力結晶があった。

 

 その中に、彼女がいた。

 幼い自分を育て、守ってくれた女性。

 

 ゼニスが、魔力結晶の中に、閉じ込められていた。

 

「母様…!」

 

 ジークフリート――いや、アルブレヒトが万感の思いを込め、口を開く。

 会いたい。今すぐにでも助け出したい。

 

 だが、すべては後回しだ。

 ヒュドラを、殺してからだ。

 

 右手に竜狩りの大斧、左手にグレートソードを具現化し、構える。

 

「……?」

「ギャギッ…ギッ、ギギギ…!」

 

 何か、ヒュドラの様子がおかしい。

 口から黒いよだれを垂れ流し、赤い目をギョロギョロと蠢かせる。うつろな声を上げながら、しかし敵意ははっきりとしている。

 よく見ると、体に備えた水色の魔石に混じり、黒い魔石があった。

 

 疑念はある。

 だがそんなこと関係ない。

 殺す。そしてゼニスを救う。

 それだけでいい。

 

 走り出すジークフリート。

 ヒュドラが首を振るい、ジークフリートを狙う。

 

 少し左にずれ、ヒュドラの首を右の竜狩りの大斧で受け流す。異音を立てながら、鱗と大斧が削りあって火花が散る。

 ジークフリートは受け流し切ると、左のグレートソードでヒュドラの首を叩き切る。

 

「グギャアアア!!!」

 

 だがヒュドラは怯まない。

 いくつもある首をまた振るい、押しつぶそうとする。

 

「ふっ……!」

 

 それを巧みに避けるジークフリート。避けた首を踏み台にし、上へと駆け上る。高い位置にある首へと、大きく跳躍。

 最高度まで達すると、グレートソードを振るい、強烈な斬撃を浴びせる。しかし浅い。血が噴き出るが、切断までには至らない。

 

「オオオオオッッ!!!」

 

 だが、身体を大きく捻り、竜狩りの大斧を回転しながら振るう。雷を纏った大斧は、甲高い電撃音を鳴らしながら首を断ち切った。

 

「グオオオンッ!!!」

 

 しかし、これでもヒュドラは怯まない。ジークフリートの着地を狙い、首を突撃させる。

 

「チッ…!」

 

 空中で大斧とグレートソードを交差して前に構え、受け止める姿勢をとるジークフリート。

 直撃。

 大きく弾き飛ばされる。

 だが態勢は崩れていない。防御したことによって、大きく勢いは削がれていた。

 

 間髪入れずヒュドラの首がまた迫る。後方に跳び、避けるジークフリート。

 そんな中、異変が起こる。

 

「……!!」

 

 最初に断ち切ったヒュドラの首が、蠢き始める。ぐぶり、ぐぶり、という肉の音と共に、新たな首が生え出てきた。

 

「再生するのか…!」

 

 厄介だ。これでは埒が明かない。

 そんな時、また状況が動く。

 

「ジークさん!!!」

 

 部屋に、大きな声が響く。

 思わず後ろを振り向く。

 

 そこには、6人の冒険者がいた。

 パウロ、エリナリーゼ、ギース、タルハンド、ロキシー。――そして、ルーデウス。

 

「あれは……!」

 

 パウロの目が、最奥のゼニスを捉える。表情を一変させ、突撃するパウロ。

 

「おおおおっ!!!」

「馬鹿野郎!早まるな!!」

 

 エリナリーゼとタルハンドが、独断行動に舌打ちしながらパウロを追う。

 

「援護します!静かなる氷人の拳、『氷霜撃(アイシクルブレイク)』!」

「『岩砲弾(ストーンキャノン)』!」

 

 ロキシーの氷塊とルーデウスの岩石弾がジークフリートとパウロを追い越し、ヒュドラへ向かう。だが着弾する直前、甲高い音と共にかき消される。

 

(魔術の無効化か…!)

 

「うおおらあああ!!」

 

 パウロの雄叫びと共に、ヒュドラの首が切り落とされる。

 

「とうさ……パウロ!奴の首は再生する!切っても意味はない!!」

 

 ジークフリートが叫ぶ。

 

「ああ!?ならどうしろって言うんだ!!」

「それは…」

 

 考えるジークフリート。なにか異変はないか?無限に再生などできるわけがない。何か限界があるはず。再生限界まで首を切り落とし続けるか?いや、自分はともかく、パウロたちが危険だ。ヒュドラの限界が来る間に、大怪我や死んでしまう可能性が高い。

 なら、どうすれば…

 

 その時、一つの事実に気づく。

 

 ヒュドラの、竜狩りの大斧で切った首。それはまだ、再生しきっていなかった。

 

「…!傷口を焼け!雷で焼いた首は、再生が遅くなっている!!」

「そうか…!でも、魔術が無効化されてしまっていては…!」

「本で読んだことがあります!マナタイトヒュドラの鱗は魔術を無効化しますが、近くで鱗を避けて打ち込めば通用するはずです!」

 

 ロキシーが叫ぶ。

 

「了解しました!」

 

 ルーデウスがヒュドラに接近し、巧みに鱗を避け、傷口に向けて火炎弾を放つ。

 

「オオオオォォン!!」

 

 初めてヒュドラが叫び声をあげ、怯む。

 ジークフリートも武器を炎をまとった双大剣、輪の騎士の双大剣に持ち替える。

 

「ハアアアァッ!!」

「うおおおおっ!!!」

 

 ジークフリートとパウロが、咆哮をあげながら首をそれぞれ切断する。

 

「小さな燻りが巨大なる恵みを焼き尽くさん!『火炎放射(フレイムスロワー)』!」

 

 パウロが切った首をロキシーが首を焼く。

 ジークフリートが切った首は、切った最初から炎で焼かれていたため、再生しない。

 

 状況は、ジークフリートたちの優勢だった。

 

 充分な準備時間もなく、ヒュドラという伝説級の怪物と戦っている。戦えてしまっている。

 本来ならば撤退するべきだった。しかしジークフリートとパウロが首を切り落とし、ルーデウスとロキシーが首を焼く。細かい隙もエリナリーゼとタルハンドがフォローする。ヒュドラも抵抗するが、ジークとパウロに対応しきれず、どんどん首の数を減らしていく。

 敵に深く踏み込みすぎたパウロをフォローするために飛び出したエリナリーゼたちだったが、思った以上に戦況は優勢に見えた。その感覚が歴戦の冒険者である彼らの判断を鈍らせた。

 

 誰も冷静ではなかった。ようやく見つけたゼニスを誰もが取り返したかった。あと少し、もう少しでゼニスを助けられる。その高揚と焦りが、致命的な隙を作った。

 

「いける!押し込むぞ、ルディ!」

 

 ルーデウスの予見眼に、信じられない光景が広がる。

 黒い波が、見えていた。

 

「!? 逃げて!!」

 

 直前で予知したルーデウスが叫ぶ。

 しかし、間に合わない。

 

「ウオオオォォォオオン!!!!」

 

 残った首で咆哮するヒュドラ。

 黒い魔石が、妖しく脈動する。

 ひとつ、またひとつ。

 水色だった魔石が黒く染まり始める。

 焼いたはずの首の断面から、鱗の隙間から、目から、魔石から、ヒュドラのいたるところから、黒い泥のような膿――人の膿があふれ出る。

 それは液体だった。だが、生きていた。

 獲物を求めるように蠢きながら広がっていく。

 

「なっ――」

 

 誰かが息を呑む。

 次の瞬間、暴威が解き放たれた。

 咆哮とともに、全身から黒い膿が無秩序に溢れ出し、全員を襲う。

 ジークフリート、パウロ、エリナリーゼは咄嗟に武器を構える。

 

「ぐっ!」

「チッ!」

 

 衝撃と共に吹き飛ばされる。

 ロキシーとタルハンドも後方へ跳び退くが、完全には避けきれず大きく体勢を崩した。

 

 だが、ルーデウスだけが違った。

 前衛でも後衛でもない。

 中途半端な位置。

 最も危険な場所だった。

 

「―――ぁ」

 

 視界が黒く染まる。

 左手が飲み込まれる。

 何が起きたのか理解するより早く。

 肉が削られた。骨が砕かれた。

 

「あぐぁぁあああああっ!!!」

 

 絶叫。

 血が飛び散る。

 

 叫ぶルーデウス。

 

「ルーデウス!!」

 

 人の膿が蠢く。

 獲物を見つけた肉食獣のように。

 最も傷ついた者へ。

 最も弱った者へ。

 一直線に殺意を向ける。

 

 次は避けきれない。ルーデウスは、死ぬ。

 

 その判断と同時に、ジークフリートは駆け出した。

 

 死なせない。

 

 殺させない。

 

 必ず守る。

 

 絶対に。

 

 家族を守る!

 

 ルーデウスの前へ躍り出る。

 大斧とグレートソードを交差させる。

 直後、濁流が直撃した。

 まるで城門に破城槌が叩き込まれたような衝撃。

 

「ぐっ……!」

 

 両腕が軋む。足が沈む。押し潰される。

 それでも退かない。

 だが耐え切れない。武器ごと弾き飛ばされる。

 それでも。それでも。

 ジークフリートは倒れなかった。

 武器がないなら、手で受け止めればいい。

 膿へ腕を突っ込む。

 手甲が消える。

 金属が溶ける。

 肉が削れる。

 それでも退かない。

 

「おおおおおおおおおっ!!」

 

 咆哮。

 受け止める。押し返す。守る。

 受け止め切れなかった膿が鎧を削る。

 胸甲が砕ける。

 肩当てが吹き飛ぶ。兜が抉れる。顔が露出する。

 それでも。それでも。

 倒れない。

 ルーデウスを守り続けた。

 

 今度こそ、必ず家族を守る。

 もう二度と、情けない負け犬にはならない…!

 

 濁流が、流れ去る。

 その後には、傷だらけの姿で立つジークフリート。鎧は中破、兜は完全に破壊され、顔が露出していた。

 そして、ルーデウスはその背中を見つめていた。

 

「じ、ジークさん……」

「大丈夫だ。()()()

 

 状況はひっくり返った。ルーデウスの左手は抉り取られ、ジークフリートは大怪我を負っている。他の面々も、多少なりとも傷を負っている。

 完全に不利。

 

 だが、だが。しかし。

 ここには騎士がいる。

 誇り高き、騎士が。

 覚悟を決めた、カタリナ騎士が。

 

「あとは任せろ」

 

 人の膿が再度蠢き、ジークフリートたちを狙う。

 

 そんな中、ジークフリートは、魂の奥底から力を感じていた。

 強く、荒々しい、とてつもない"嵐"。

 

 それは、巨人殺しの異名を持つ大剣。

 今でも嵐の力を宿す、伝説の剣。

 

 そう、父から受け継いだ、大切な剣。

 全て忘れても、全て失っても、これだけは離さなかった。

 

 息を大きく吸う。

 

 父さん――ジークバルト。

 

 力を貸してくれ。

 

 家族(ルーデウス)を、守るために!

 

 

「来い!()()()()()()()()ッ!!!」

 

 

 剣は、()()()()()()に応えた。

 ソウルの光と、風と共に、大剣が具現化される。

 

 古びた刀身。無数の傷。

 それでもなお、それは英雄の剣だった。

 

 ストームルーラー。

 嵐を支配した巨人殺しの大剣。

 握った瞬間、膨大な力が全身を駆け巡る。

 風が唸る。

 竜巻が生まれる。

 暴風が荒れ狂う。

 迷宮そのものが震えていた。

 

 人の膿が迫る。だが届かない。

 嵐が切り刻む。削る。砕く。

 一滴たりとも近づけさせない。

 

 暴風は止まらない。

 剣へと収束する。

 

 風が刃となり。

 嵐が刀身となり。

 やがて天井へ届くほどの巨大な風の大剣が形成される。

 まるで神話の一頁。

 誰もが息を呑んだ。

 

「オ、オオ、オオオオオオッッッ!!!!!」

 

 アルブレヒトが咆哮する。全身から血を流しながら、それでも一歩踏み出す。

 そして、嵐を振り下ろした。

 

 世界が裂けた。

 轟音。

 暴風。

 衝撃。

 全てが一つになってヒュドラへ叩きつけられる。

 

「ギャァァアアアァアアア!!!!」

 

 人の膿と化したヒュドラが叫び声をあげる。

 嵐は鱗一つ、肉片一つ、雫一つ残さず、ヒュドラと人の膿を削り続ける。

 

「ハアアァァアアアッ!!!!」

 

 アルブレヒトが咆哮する。

 叫びながら、彼は、家族のことを思い出していた。

 

『お前はきっと、立派な騎士になれる』

 

 最後まで俺を見捨てなかった前世の両親、ジークバルトと、母。

 

『アルは本当にいい子に育ったわね』

 

 見守り、導いてくれた母、ゼニス。

 

『騎士ってのは、誰かを守るもんだ』

 

 剣を教えてくれた父、パウロ。

 

『ありがとう、ございます…』

 

 俺を育ててくれたもう一人の母、リーリャ。

 

『ありがとうございました。私、一人じゃなかったです』

 

 傷つきながらも、立派に自分の足で立った妹、ノルン。

 

『私、人を見る目には自信あるので!ジークさんは信頼できる人です!』

 

 聡明で、自分を慕ってくれた妹、アイシャ。

 

『兄ちゃんに任せとけって!』

『あ、ありがとうございます?』

『誕生日、おめでとうございます!』

 

 そして、魔術を教えてくれて、家族思いで、俺が生まれてきたことを祝福してくれた兄。幸せになっていいと教えてくれた兄。ルーデウス。

 

 

(ああ、幸せだな)

 

 

 こんなにも、幸せになっていいのだろうか。

 

 ルーデウスは生きてる。パウロも生きてる。ゼニスだって助けられる。

 

 そうしたら、また家族がもとに戻る。

 

 ブエナ村の、家に帰ろう。また家族一緒に暮らそう。

 

 きっと、とても幸せになれるだろう。

 

 

(だけど、そこに俺は必要ない)

 

 

 ストームルーラーを強く握る。

 今ここで、すべてを出し切る。

 ヒュドラを倒し、ゼニスを救う。パウロを守る。ルーデウスを守る。

 

 呪われ人である自分が、家族を守って死ねるなんて。大切な誰かを守れるなんて、思わなかった。

 

 ああ、良かった。

 

 

 俺は―――

 

 

 嵐が止む。

 

 ヒュドラはずたずたに引き裂かれ、人の膿は一雫も残っていなかった。

 

 アルブレヒトは、大切なものを守りきった。

 

 

 ただ――その代償は、大きかった。

 

 

「…………」

 

 

 後ろに倒れるアルブレヒト。

 もう、限界だった。

 ルーデウスが自然と彼を受け止める。

 

「え? ジーク、さん…?」

 

 顔を見るルーデウス。その顔には見覚えがあった。優しい青い瞳には、見覚えがあった。

 違う。ジークフリートじゃない。

 

「…………………アルブレヒト?」

 

 そこには、弟がいた。

 大切な、たった一人の、弟が。

 

「に、いさ……ん」

 

 半身は膿にえぐられ、既になくなっている。

 顔も、半分が傷つけられ、見るに堪えない状態だ。

 それでもわかった。家族だから。

 

「俺、は……」

 

 待って。待ってくれ。どうして今なんだ。どうして今わかったんだ。

 もっと、話したいことが、謝りたいことが、したいことがいっぱいあるのに。

 

 待って。待ってください、神様。

 アルを、連れて行かないで。

 

「俺は、立派な……騎士に、なれましたか?」

 

 不安そうに、でもどこか清々しそうに、アルブレヒトは、口を開いた。

 

 答えようとした。

 

 だが、それより先に、アルブレヒトの瞳は光を失った。

 

「あ……………」

 

 待って。待って。

 

「あ……ああ。あああ、あ、ああ゛あ゛あ゛あああ!!!!」

 

 慟哭が、迷宮に響く。

 ルーデウスはアルブレヒトを抱きしめる。

 だがその身体は崩れ始めていた。

 指先から、灰になっていく。

 

「待ってくれ!」

 

 必死に抱き寄せる。

 だが止まらない。

 

「待ってくれよ!!」

 

 鎧が崩れる。

 大剣が消える。

 灰が零れ落ちる。

 

「嫌だ…嫌だ……アル……」

 

 やっと見つけたのに。

 やっとわかったのに。

 やっと謝れると思ったのに。

 

「俺はまだ……」

 

 震える手を伸ばす。

 指の隙間から灰が零れ落ちる。

 

「俺はまだ、お前に謝ってない……」

 

 涙が止まらない。

 

「ありがとうも言ってない」

 

 震える。

 

「家に帰ろうって、言ってない」

 

 掠れる。

 

「兄貴らしいこと、一つもしてないだろ……」

 

 灰が舞う。

 もう掴めない。

 

「だから……」

 

 だから。

 頼むから。

 

「置いていかないでくれ……」

 

 最後の灰が風に消えた。

 そこには何も残らない。

 剣も。

 鎧も。

 弟も。

 

 何一つ。

 

 ただ、膝をついたままのルーデウスだけが残された。

 

 アルブレヒト・グレイラットは死んだ。

 

 家族を守り。

 

 母を救い。

 

 騎士として戦い抜いて。

 

 そして――幸せなまま、死んだ。

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