脱、玉葱!
あと無職転生3期最高ですね。
例のシーンが待ち遠しい…
ある日。
アルブレヒトはガルに呼び出され、当座の間へと足を運んだ。
中には見知った顔が二つあった。
エリス・グレイラット。そしてニナ・ファリオン。
剣の聖地でも屈指の実力者たちだ。
だが、それ以上にアルブレヒトの目を引いたのは別の二人だった。
一人は青い髪を持つ女性剣士。
背筋を真っ直ぐ伸ばし、静かに正座している。腰には剣。ただ座っているだけだというのに、一切の隙が見当たらない。
そしてもう一人。
白髪の老婆だった。
小柄な体。皺だらけの顔。一見すればどこにでもいる年老いた女性。
しかし――。
(強い)
アルブレヒトは無意識に目を細めた。
闘気は感じない。殺気もない。
だが、もし今この場で斬りかかれば、自分が斬られる。そんな確信だけがあった。
気付けば視線を向け続けていた。
「そこの坊主」
不意に老婆が笑った。
「さっきからこっちを見過ぎだよ。こんなババアが気になるのかい?」
見抜かれていた。
アルブレヒトは慌てて頭を下げる。
「申し訳ない。あなたのような使い手に会えるとは思っておらず、つい見入ってしまった」
老婆は楽しそうに笑った。
「剣神流らしいねぇ。単純で一途だ」
「あー」
ガルが鼻を鳴らす。
「そいつは剣神流じゃねぇぞ。北神流だ」
「ほう?」
老婆が片眉を上げる。
その横で青髪の女性も僅かに視線を向けた。
ガルは面倒そうに顎をしゃくる。
「北帝だ」
その称号を聞いて、老婆は少し興味を示したようだった。
「北帝がどうして剣神流の総本山なんかにいるんだい?」
アルブレヒトは即答した。
「強くなりたいからです。龍神に勝つために」
場が静まる。
ニナが眉をひそめる。
エリスは腕を組んだまま当然という顔をしている。
老婆はしばらく面白そうに目を細めた。
「……ほう?オルステッドにかい?」
「はい」
七大列強第二位『龍神』オルステッド。この世界で彼の右に出るものはいない、最強の存在。水神である自分ですら、足元にも及ばない。
そんな存在を倒そうというのだから、正気ではない。だが、面白い。
「そりゃいいね。無茶無謀は若者の特権さ」
そしてゆっくり立ち上がる。
「だけどね。あたしは『水神』レイダ・リィア」
その瞬間、空気が変わった。
先ほどまで気さくな老婆だったものが、一瞬で変わる。
「見込みのない奴に構ってるほど、あたしも暇じゃない」
レイダが隣の女性へ視線を向けた。
「まずはうちの弟子とやりな」
青髪の女性が静かに立ち上がる。
水王級剣士。イゾルテ・クルーエル。
「この子を圧倒できるようになってからだね」
「わかった」
即答だった。
一切の迷いも躊躇もない。
当然のように答えたアルブレヒトに、イゾルテの眉がぴくりと動く。
「……」
圧倒する。
それは勝つという意味ではない。
実力差を示してみせろという意味だ。
水王たるイゾルテ相手に。
その条件を聞いてなお、即座に了承した。
自信なのか、傲慢なのか。
あるいは本当にそれだけの実力があるのか。
イゾルテは静かに立ち上がった。
「『北帝』アルブレヒト・グレイラットだ。よろしく頼む」
「……『水王』イゾルテ・クルーエルです。以後、お見知りおきを」
イゾルテのその声音は穏やかだった。
だが、僅かに熱を帯びていた。
アルブレヒトはそんなイゾルテを見て、小さく首を傾げる。なぜか機嫌を損ねたように見えた。
イゾルテは考える。相手は北帝。格上ではあるが、あっさりと倒されてやるわけにはいかない。
道場の中央付近に立ち、向かい合う。
そして、構える2人。
イゾルテは正眼に構える。
アルブレヒトは上段に構えた。
(上段…?)
不審に思うイゾルテ。
北神流が上段に構えるとは珍しい。
(不治瑕北神流か…?だけど問題ない。たとえ北帝が相手だろうと…!)
イゾルデの考えていることは正しかった。
余程の実力差がない限り、正面切っての一対一なら水神流に敵うものはない。多少級位の差があろうと、その相性は簡単には覆らない。
だが――
「始め!」
その声と同時に、
音を置き去りにする。
光すらも置き去りにする。
光が追いつかない真っ暗闇の世界で、剣が奔る。
イゾルテは反応できない。
気づいた時には、木剣がイゾルテの首に添えられていた。
「…………………は?」
間抜けな声がイゾルテの喉から漏れる。
剣神流奥義、光の太刀。
それを、アルブレヒトは繰り出した。
あまりの出来事に、イゾルテは呆然としていた。
「まだやるか?」
「………っ!」
その意識をアルブレヒトの声が戻す。
屈辱に顔を赤くするイゾルテ。
光の太刀。剣の聖地で鍛錬を積んでいる、ということで、北神流であれど繰り出してくるのを想定していないわけではなかった。
だが、あまりにも研ぎ澄まされすぎていた。想定の何十倍も鋭く、速く、極められていた。
本来、剣神流――光の太刀相手であれば、後の先を取れる水神流のほうが圧倒的に有利である。だが、それでも負けた。
「………参り、ましたっ」
そう言うのが精一杯だった。
「おー…お前、光の太刀いつ覚えた?誰も教えてねえよな?」
ガルが呑気に聞く。
「
イゾルテが信じられないものを見るようにアルブレヒトを見る。
誰にも教えられず、見ただけであれほどの光の太刀を?あの一撃は剣帝級のものだった。それを…見真似で?
「へぇ。やっぱお前は面白いな…」
にやり、と笑うガル。
「水神殿。いかがでしょうか」
「…いいだろう。一手、指南してあげるよ」
イゾルテは決して弱くない。水王として恥ずかしくない実力を備えた、立派な水神流剣士だ。
それを、何もさせずに圧倒した。
しかも自分の流派の技ではなく、見様見真似の他流の技で。
久しぶりに心が踊った。
とうに干からびたと思っていた剣士としての魂に火がつく。
「長生きはするもんだねぇ…」
水神、レイダ・リィア。
その老骨に、熱が宿った。
■
レイダ・リィアは、齢60を超えた老婆である。
全盛期はとうに過ぎ、今このときも老い衰え続けている、過去の存在だ。
だが、彼女は未だ水神の称号を冠している。
それは何故か。
何故誰も、老骨であるレイダに敵わないのか。
三十年以上、何故レイダは水神のままであり続けられたのか。
その秘密は1つの奥義にある。
『剥奪剣界』
水神流、6つ目の幻の奥義。
彼女以外に使える者はいない、最強の奥義。
究極の後の先。水神流の理念の具現。
未だ、その奥義を破ったものは、いない。
■
道場の中央近くに立ち、睨み合う両名。
北帝、アルブレヒト・グレイラット。
水神、レイダ・リィア。
お互いに構えず、じっと睨み合う。
アルブレヒトは考える。
水神流。その頂点に座する水神が相手では、付け焼き刃の光の太刀は通用しない。
ならば、究極の後の先に対してどう対応するか。
こちらも、究極の"嵐"を使えばいい。
いつかシャンドルに言われたことを思い出す。
『君も、他の追随を許さない圧倒的な力を持たなければいけない』
それがこれだ。
ストームルーラー。
前世の父、ジークバルトから受け継いだ絶対の力。
この力は水神流だろうと受けられない。逸らしきれない。
北神すら押しつぶしかけたこの力なら、水神相手でも十分に対抗できる。
ガルが楽しげに口を開こうとする。
「じゃあ――」
始まる。
アルブレヒトは全身に力を巡らせる。
嵐を起こす。
大地を砕き、全てを呑み込む暴力。
ストームルーラー。
神に届くための切り札。
「――始め!!」
火蓋が切られた。
――それと同時に、アルブレヒトは敗北した。
「―――――」
喉元に添えられた剣。
ちょうど、少し前の状況と逆だった。
アルブレヒトの喉元に、レイダの木剣があった。
また、シャンドルの言葉を思い出す。
『神の域にいる者は、他の追随を許さない圧倒的な力を持っている』
『
アルブレヒトはようやく理解した。
踏み込んだから斬られたのではない。
力を込めた瞬間に斬られた。
動こうとした。それだけで終わった。
『剥奪剣界』
シャンドルの言葉は本当だった。
神の域。そこには理屈を超えた何かがある。
ストームルーラーだろうが、光の太刀だろうが、そんなものを繰り出す以前の問題だった。
届かない。
まだ、自分は届いていない。
「まだやるかい?」
レイダが笑う。
アルブレヒトは木剣を見る。
そして静かに頭を下げた。
「――参りました」
また、前と逆の状況だった。
「さて、弟子の無念は晴らせたかね」
「……師匠」
イゾルデが苦笑する。無念も何もない。
むしろ目の前で、水神流の頂点を見せつけられた。
それだけだった。
レイダはそんな弟子の様子を見て満足そうに頷いた。
そして再びアルブレヒトを見る。
「坊主、龍神を倒したいんだったねぇ」
「はい」
即答だった。
レイダは目を細める。
「なら、まだまだ死ぬほど鍛えなきゃならないね」
「そのつもりです」
迷いのない返答。
それを聞いて、レイダは愉快そうに笑った。
「はっはっはっ。気に入ったよ」
久しぶりだった。
これほど無茶な夢を、当たり前のように口にする若者を見るのは。
「で、もう十分か?アルブレヒト。本題に入りたいんだが」
ガルが口を挟む。
「はい、ありがとうございました」
「もともとエリスのためにレイダを呼んだのに、どうしてここまで話がズレたのかね…」
「おや、鍛えてほしい弟子ってのはこの坊主じゃないのかい?」
「ちげーよ。こいつはついで」
「…申し訳ありません」
頭を下げるアルブレヒト。
「エリス、ニナ。ずいぶん待たせたな」
その言葉に、獰猛な笑みを浮かべるエリス。
ニナも待ちきれないといった様子で立ち上がる。
「でもまあ、さっき言ったのと同じだよ。まずはイゾルテが相手になる。圧倒できるようになったら、あたしが剣を教えてやらないでもない」
「望むところよ…!!」
「はい!!」
二人の返事は重なった。
エリスもニナも、先ほどの戦いを見ていた。
北帝と水神。自分たちがまだ届かない場所。
だからこそ燃える。
一秒でも早く剣を振りたかった。
「…よろしくお願いします。イゾルテ・クルーエルです」
それはイゾルテも同じだった。師匠の前で醜態を晒し、尻拭いも師匠にさせてしまった。一刻も早く鍛錬を積みたかった。不甲斐ない自分を置き去りにしたかった。
「『剣聖』ニナ・ファリオンです。よろしくお願いします!」
「エリス・グレイラット!」
3人の女性剣士は早速木剣を手に取る。
まるで今にも飛びかかりそうな勢いだった。
その様子を見てレイダは肩を竦める。
「若いねぇ」
そして視線をアルブレヒトへ向けた。
「さて坊主、あんたはどうする?次は水神流の技でも見真似するかい?」
「…真似では、限界があります」
アルブレヒトの脳裏には、オルステッドが使っていた水神流の技が浮かんでいた。
使っていた数は多くなかったが、練度はすさまじいものだった。自分が繰り出した渾身の一撃は、ことごとく逸らされ、いなされた。
「水神流を、教えていただきたく」
奴を倒すためには、水神流を極めることも必要だ。
しばし沈黙。
レイダはアルブレヒトを見つめる。
そして、楽しそうに笑った。
「剣神流に北神流。今度は水神流かい。忙しないねぇ」
「必要ですので」
「はっはっはっ!」
レイダは腹を抱えて笑った。
「いいよ」
あまりにもあっさりとした返事だった。
「ただし、うちの流派を舐めるんじゃないよ」
「覚悟はあります」
「なら結構」
レイダは満足そうに頷いた。
「面白くなってきたじゃないか」
エリスたちはすでにイゾルテとの打ち合いを始めていた。
木剣の音が響く。
誰も立ち止まらない。
強くなるために、前へ進むために、剣を振るう。
アルブレヒトは自分の掌を見る。
師匠から北神流の免許皆伝をいただいた。光の太刀も真似できるようになった。
だが、水神には届かなかった。
龍神にはもっとだろう。
まだ足りない。
まだまだ足りない。
だから――
アルブレヒトは木剣を握り直した。
「もう一度、お願いします」
その言葉に、レイダは笑った。
「いいだろう」
剣の聖地に、再び木剣の音が響いた。
神に至る道は、未だ遠かった。