玉葱騎士、六面世界に立つ   作:神聖龍 エモーショナル・ハードコア

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第4話 誕生日と、父

 

 その日はいつもと変わらない1日だった。少なくとも自分にとっては。

 

 なぜか両親がソワソワしていたり、リーリャが忙しそうにしていたりしたが、あまり気にしなかった。

 

 だからこそ、夜になってから大いに驚いた。

 

「「「「5歳の誕生日、おめでとう!!」」」」

 

 夕飯の時間になったので、勉強を終えて居間に降りると、その言葉と共に家族たちが出迎えてくれた。

 

 ゼニスはやけに明るく、パウロは無駄に声が大きい。ルーデウスはどこか得意げな顔で腕を組んでいる。リーリャも控えめながら拍手している。

 

 少し考える。

 誕生日。五歳。

 そうだった。今日は自分の、アルブレヒト・グレイラットの誕生日だ。

 

「ありがとうございます」

 

 そう返すと、家族たちがうれしそうに笑い出す。

 

「めでたい! とんでもなくめでたい!」

「父様、声が大きすぎます」 

 

 ルーデウスが呆れたように言う。

 

「うるせえ! 弟の誕生日だぞ!」

 

 テーブルの上には立派な料理が並び、簡素ながらも明らかに特別な空気があった。

 ケーキまで用意されている。

 

「座って、アル!今日はあなたが主役よ」

 

 ゼニスは終始にこにこしている。

 

 誕生日の宴は終始和やかに、楽しそうに進んだ。

 パウロが見事な剣舞を見せたり、ルーデウスが魔術で芸をしたり、ゼニスに撫で回されたり、服の襟がぐちゃぐちゃだったのでリーリャに直されたり。

 

「それじゃ、お楽しみのプレゼントの時間だ!」

 

 最初に差し出されたのは、パウロからだった。

 長い布に包まれた、ずしりと重いもの。

 

「ほら、開けてみろ」

 

 包みを解いた瞬間、息を呑む。

 そこにあったのは剣だった。

 子供用ではない。刃も落とされていない、れっきとした真剣。

 

「……剣?」

「そうだ」

 

 パウロは真面目な顔で頷く。

 

「これを今すぐ使えって話じゃない」

 

 そう言ってから、少し言葉を選ぶように続けた。

 

「だがな、アル。剣は、人を傷つける道具でもあり、人を守る道具でもある」

 

「お前は…変な子だ」

「力もあるし、妙に落ち着いてる」

 

 自然に剣の柄を握る。不思議と手に馴染んだ。

 

「その剣は、いずれ使うことになるだろう」

「でもな」

 

 パウロは、アルブレヒトの目をまっすぐ見た。

 

「持つなら、軽い気持ちで持つな」

「人を守るために振るう剣の重さを、忘れるな」

 

「……はい」

 

 

 次はゼニスだった。

 小さな木箱を、両手で丁寧に差し出す。

 

「これはね、秘密の贈り物」

 

 中には、靄のかかった真珠の指輪とそれを通している細いチェーンネックレス。

 

「首にかけて指輪を握ると、あなたが少しだけ、目立たなくなるマジックアイテムなの」

「あなたはよく目立ってしまいそうだし、隠れるのも苦手だから…そのための贈り物」

 

 それは剣とは正反対の贈り物だった。

 戦うためではなく、生き延びるための道具。5歳の子供には似つかわしくないかもしれないが、母の愛と心配を強く感じた。

 

「……ありがとう」

 

 最後に、リーリャが一歩下がりながら包みを差し出す。

 

「ささやかですが」

 

 中には、丁寧に縫われた手袋。

 

「剣を持つ時、手を守れます」

 

 テーブルの上には、剣、首飾り、手袋。

 戦う力、隠れる術、そして支える手。

 

「誕生日って、こんなに良いものなんですね」

 

 ふと言葉が口からこぼれた。

 

 パウロとルーデウスが笑い、ゼニスとリーリャが微笑む。

 幸せな時間だけが、そこにはあった。

 

 

 

 

 誕生日から少し経ったある日、パウロとアルブレヒトは剣術の模擬戦を行っていた。

 

「……。ふっ…、はっ」

 

 真剣な様子で打ち込むアルブレヒトだが、太刀筋はどこか弱々しかった。その姿に以前見せた嵐のような剣閃は見えなかった。

 それもそのはず、魔術で一度騒動を起こしてから以来、アルブレヒトは剣術の稽古でも意識して力を抑えるようになっていた。

 全力で振るえば、周囲にどう見えるか分からない。異常だと気づかれれば、面倒なことになる。

 

 筋はいい。

 動きも無駄がない。

 

 だがどこか遠慮がちで、踏み込みが浅い。

 それを見て、パウロは首をひねった。

 

「なあアル。お前、あんまりやる気ねえのか?」

 

 木剣を下ろし、問いかける。

 

「……違います」

「そうか?俺はお前があまり本気でないような気がしてる。他にやりたいことがあるならそれをやってもいいんだぞ?なんせ、俺はお前より弱いしな」

 

 意地悪に語りかけるパウロ。

 慌てて口を開くアルブレヒト。

 

「すみません、父様に向かって失礼な態度と言葉でした…」

「ああいやいや、責めてるわけじゃないんだ。…あと、あの件は俺が全面的に悪いしな」

 

 たしかに、と思ったがさすがに口には出さなかった。

 少しの沈黙のあと、パウロが続ける。

 

「で、アルにはやりたいこととかあるのか?」

 

「騎士になりたいです。立派な騎士に」

 

 即答だった。アルブレヒトは自分でも不思議だったが、やりたいこと、と言われてすぐに騎士になりたいと思った。

 

「おお、騎士。騎士かぁ……」

 

 パウロは思う。

 

 騎士。

 俺と同じ騎士。自分は所詮フィリップに地位を用意してもらったなんちゃって下級騎士だが、アルブレヒトなら上級騎士だって簡単だろう。

 アスラ騎士団か、あるいは――と頭をよぎるが、ミリスの騎士団は現実的ではない。

 ならばフィリップに頭を下げ、もう一度世話になるか。

 

(まあ、息子のためなら、いくらでも下げてやるが)

 

 そんな事を考えながら、パウロは笑った。

 

「いい夢だな、アル!でも騎士になるならもっと剣術を頑張らないとな。さあ稽古だ!」

「はい」

 

 

 

 

 またある日、居間でゼニスとリーリャが家事をしている間、アルブレヒトは二人の赤ん坊の面倒を見ていた。ノルンの小さな泣き声が途切れると、今度はアイシャがむずがる。

 赤ん坊の世話は慣れないが、嫌いではない。泣けば抱き、眠れば離す。ただそれだけのことが、なぜか剣を振るより難しい。

 

「アル、少し休んでいいのよ」

「いえ。大丈夫です、母様」

 

 庭の方から、木剣がぶつかる乾いた音が聞こえた。

 ルーデウスとパウロが鍛錬をしているのだろう。いつものことだ。

 

 ——だが。

 

 音が、重い。

 

 打ち合いというより、叩き潰すような響き。

 

 次の瞬間、風を切る音と、魔術の炸裂音が重なった。

 

「……!」

 

 アルブレヒトは顔を上げる。

 ゼニスとリーリャも、同時に庭の方を見た。

 

「父様……?」

 

 声が出た時には、もう体が動いていた。

 庭に飛び出した瞬間、光景が目に飛び込む。

 

 パウロが木剣を振り下ろし、

 ルーデウスが必死に受け止め——崩れた。

 

「父様!!」

 

 叫びに驚いたのか、パウロの剣筋が一瞬だけ鈍った。意識を完全に刈り取るはずだった剣は不完全な形でルーデウスを打ち据え、倒れさせる。

 

 間に割り込むアルブレヒト。

 ルーデウスが落とした木剣を拾い上げ、兄を守るように背にして立つ。

 

 ルーデウスはまだ意識を保っているようだが、じき気絶してしまうだろう。

 

「ア……ル…?」

「大丈夫。兄さん。あとは任せて」

 

 ルーデウスの視界に最後に入ったのは、自分を守る小さな背中だった。

 

 構えるアルブレヒト。剣を向ける先はパウロではなく、遠巻きに顛末を見ていた獣人の女だった。

 

 アルブレヒトは考える。

 パウロの剣に殺意はなかった。

 何か理由があって剣を振るったのだろう。例えば、この女に強制された、とか。

 

「お、おいアル、これには事情があってだな…」

「パウロ、黙ってろ」

 

 弁明しようとするパウロを女が遮る。

 

「剣を抜く意味を理解しているのか?」

「無論」

 

 短い返答。

 女はわずかに目を細めた。

 

「…そうか。パウロ、木剣をよこせ。同じ条件で戦ってやる」

 

「お前、相手は子供だぞ…」

「今の今までルーデウスに襲いかかっていたお前が言うのか?」

「うっ……」

 

「それに、あたしじゃないとこいつには勝てん」

 

「……わかったよ」

 

 話しても無駄だと感じたパウロが、持っていた木剣を女に投げ渡す。

 

 獣人の女はそのまま受け取り、右手に剣を持って居合の構えを取る。

 アルブレヒトは両手で剣を握って上段で構える。

 

(この女は、強い)

 

 首筋にチリチリとした感覚がする。

 女から立ちのぼる闘気はこれまで見た誰よりも練り上げられている。

 

 力量差は歴然だ。

 相手のほうがはるかに速く、強い。後の先を取ろうにも、真正面からやってそれを許してくれるほど甘くはないだろう。

 

(なら、正面からやらなければいい)

 

 ()()()()()()()()()()()()

 

 アルブレヒトが踏み込む。

 

 同時に、女も動いた。

 アルブレヒトより速く、鋭く。

 

 だが、すぐにその速さは削ぎ取られた。

 

 "緩やかな平和の歩み"

 アルブレヒトが構えるより前に仕込んでいた、相手の歩みを遅くする奇跡。放たれた光に触れると、女の動きはすこぶる鈍くなる。正攻法では確実に先手は取られる。そして先手を取られれば負ける。ならば、無理やり相手を後手にしてしまえばいい。相手との実力差を埋めるための秘策だった。

 

 正々堂々とは言えないが、兄を守るためならどんな手でも使う。

 首を狙って左から切り上げられる剣は、速さを削がれてもなお速い。

 それでも、アルブレヒトの剣の方がわずかに速かった。

 

 頭めがけて全力で木剣を振り下ろす。

 

 

(……!?)

 

 

 直撃。

 だが頭ではない。

 

 女は瞬時に判断し、致命となる頭への攻撃をずらした。

 木剣は左肩を叩き、衝撃が骨に止められる。

 

 伸びきった腕は戻らない。

 

 女の木剣が、アルブレヒトの首を打ち据えた。

 

「がっ……!」

 

 アルブレヒトの視界が跳ね、足元が消える。

 首に走った衝撃よりも先に、頭の中が妙に白くなっていく。次の瞬間、アルブレヒトは前のめりに倒れこみ、気絶した。

 

「アル!」

 

 顛末を見守っていたゼニスが駆け寄る。

 

「ちょっとギレーヌ!アルは関係ないでしょ!?」

「剣を向けてくるのなら子供でも剣士だ。手加減は無礼にあたる」

「はあ、そういえばギレーヌってこういうところあったわね…忘れてたわ…」

 

 治癒魔術を使ってアルブレヒトを治療するゼニス。

 

「アル……もう、無茶するんだから」

 

 治癒魔術の光が消えても、

 ゼニスはしばらく額に手を当てたままだった。

 

 パウロは倒れたアルブレヒトの呼吸を確かめ、

 小さく息を吐いた。

 

「……大丈夫だよな?」

「命に別状はないはずよ」

「ならいいけどよ…で、どうだった?うちのアルは」

 

 ギレーヌに視線を向けるパウロ。

 

「…末恐ろしい子供だ。一歩間違えればあたしが負けていた」

 

 ギレーヌが数歩、前に出た。

 倒れているアルブレヒトの傍まで来るが、触れはしない。

 ただ、値踏みするようにその全身を見下ろした。

 

 ――力。

 ――技。

 ――意思。

 

 どれも十分に兼ね備えている。

 年齢に見合わぬどころか、剣士として完成しすぎていて――恐ろしいほどだ。

 

 ギレーヌは、ふん、と短く鼻を鳴らした。

 

「まだ未熟だが――」

 

 視線がアルブレヒトの手に留まる。気絶してなお、その手には木剣が握られていた。

 

「殺し合いの距離を、もう知っている」

 

「変な術も使っていたな……この子供には北神流が向いているだろう。教えてやれ。」

「げっ、北神流かよ。俺嫌いなんだよな…まあ、アルのためだ。頑張るか…」

 

「――お前は……」

 

 そこまで言いかけて、ギレーヌは口を閉ざした。

 “おかしいとは思わないのか”と、問うのをやめたのだ。

 

 5歳の子供としては異常なほど熟練している。

 天才という言葉だけでは、到底片づけられない。

 

 だが、不思議とパウロたちを見ていると、この子供を受け入れている理由がわかった気がした。

 

 どれほど異様な点があろうと、アルブレヒトは家族を守るために迷いなく立ち向かった。そして、そんな彼を育てたのがパウロとゼニスなのだ。

 

 ――人の親というのは、偉大だ。

 

 自分にはなれる気がしない。

 ギレーヌはそう思った。

 

 

 

 

 目を覚ました瞬間、アルブレヒトは――まず剣を構えた。

 だが次の瞬間、敵の気配がないことに気づく。

 そこは、自室のベッドの上だった。

 

「おー、元気そうだな。剣、手放さなかったから運ぶの大変だったぞ」

 

 ベッドの脇には、パウロが呑気そうに腰掛けている。

 

「…!父様!兄さんは!?」

「あー、あれには事情があってだな…」

 

 一拍置いて、パウロは言葉を選ぶように続けた。

 

「今回の件はシルフィちゃんに関係してる。…お前も、薄々気づいてただろ?」

 

 パウロの口から語られたのは、ルーデウスとシルフィが互いに寄りかかりすぎていたこと。それを不健全だと判断した両親たちが、多少強引でも距離を取らせようとしたことだった。

 

「そうだったんですか…」

「すまん、お前にも説明しとくべきだったな」

「いえ…俺の勘違いです。迷惑をかけて、申し訳ありません」

 

 視線を落とすアルブレヒト。

 

「負けました。完全に」

 

 斬られども、なお斬ればよし。心構えの時点ですでに負けていた。

 真剣であっても、結果は変わらなかっただろう。肩は斬れても、骨に阻まれ致命には至らない。

 対して、相手の剣は確実に首を落とす。

 

「俺は弱い。騎士になるなど、到底…」

「そうか?」

 

 パウロは、いつもの軽い調子で返した。

 

「騎士ってのは、誰かを守るもんだ」

 

 そして、アルブレヒトの肩に手を置く。

 

「ルディを守ろうとしたアルは、立派な騎士になれるさ」

 

 その言葉を聞いた瞬間、胸の奥がじんわりと暖かくなった。

 以前にも、同じ言葉をかけられた気がする。

 その時もきっと、今と同じだった。

 

「ありがとう…ございます」

 

 アルブレヒトの顔には、ほんの少しだが笑みが浮かんでいた。

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