オルステッドから手紙が届いた。
簡素な内容だった。
指定した場所へ、一人で来い。
それだけ。だが、その短い一文を見ただけで、ルーデウスの背筋には冷たいものが走った。
龍神オルステッド。
かつて、自分が何もできないまま叩き潰された相手。
魔導鎧を身に纏い、持てる力のすべてをぶつけてもなお、まるで歯が立たなかった。
そんな相手に呼び出されたのだ。
緊張するなというほうが無理だった。
「…………」
ルーデウスは鏡の前に立っていた。
服を確認する。
皺はない。
髪を確認する。
……少し寝癖がある。
「……ちゃんとしておいたほうがいいよな」
櫛で髪を整える。
「いや、待て。オルステッド…様って髪型とか気にするのか? いやでも、第一印象って大事だし……」
髪を撫でつける。
そして、もう一度鏡を見る。
「…………よし」
何がよしなのかは自分でも分からない。
ただ、これから会う相手は文字通り自分の生殺与奪を握っている。ならば、せめて失礼のない格好をしておくべきだ。
その様子を、少し離れた場所から、二つの人影が見つめていた。
一つは、赤い髪。
エリス。
もう一つは、灰色の髪。
アルブレヒト。
「…………」
「…………」
二人とも黙っている。
やがて、エリスが小声で口を開いた。
「……あれ、何してるの?」
「わからん」
「なんで髪なんかいじってるの?」
「わからん」
二人はしばらくルーデウスを眺めた。
「……大丈夫かしら」
「兄さんだから、たぶん大丈夫だ」
「たぶん?」
「たぶん」
そんなやり取りをしているうちに、ルーデウスは準備を終えた。
「よし……行くか」
ルーデウスは小さく息を吐き、指定された小屋へ向かった。
――龍神との対面へ。
■
小屋の周辺には、異様な雰囲気が漂っていた。
怯みつつも、扉を開ける。
「…………」
中にはオルステッド。ただ座っているだけだというのに、その存在感は凄まじい。
ルーデウスの身体が無意識に強張る。
「来たか」
「はい!ルーデウス・グレイラット!参りました!」
努めて平静を装いながら、ルーデウスは頭を下げる。
「お呼びいただき、ありがとうございます」
「…………」
オルステッドはルーデウスを見る。あまりの目つきの悪さに、睨んでいるようにも見える。
しばしの沈黙。
ルーデウスは内心で必死に自分を落ち着かせていた。
怖い。
めちゃくちゃ怖い。
だが、今の自分には守らなければならない家族がいる。
だから、やるしかない。
龍神の配下になろうとも。
犬になろうとも。
家族を守れるなら、それでいい。
「大勢の仲間を連れてくると思ったが……三人だけか」
「え?」
ルーデウスが振り返る。
その言葉を合図にするように、小屋の外から二つの気配が近づいてきた。
「アルブレヒト・グレイラット!エリス・グレイラット!入ってくるが良い!」
扉が勢いよく開けられる。
「…兄さんを一人で呼び出して、どういうつもりだ」
玉葱のような白銀の鎧。アルブレヒトが入ってくる。
その声には、はっきりと警戒が滲んでいた。
「オルステッド!ルーデウスに手を出したら、私が叩き斬るわよ!」
赤い髪を揺らしながら、エリスが姿を現す。
腰の剣に手を添え、鋭い視線を向ける。
「そのつもりはない」
「信用できないわね!」
「だろうな」
エリスがオルステッドを睨みつける。
アルブレヒトもまた、オルステッドから視線を逸らさない。
かつて、自分たちを圧倒した男。
配下になったとはいえ、それだけで警戒を解けるほどアルブレヒトは楽観的ではなかった。
小屋に緊張が走る。
エリスはいつでも剣を抜けるように構え。
アルブレヒトは静かに立ち。
オルステッドは、そんな二人を黙って見ている。
しばらくの沈黙。
その口火を切ったのは、意外にもオルステッドだった。
「だが、アルブレヒト、お前を省いたのは申し訳なかった」
「こちらにも事情があってな。ルーデウス一人相手のほうが話が進みやすいと思ったが、間違いだった。すまない」
そう言って軽く頭を下げるオルステッド。
「………?」
アルブレヒトは固まった。
思わず、オルステッドの顔を見る。
これまで、自分にとってオルステッドは完全な敵だった。
圧倒的な力を持つ、恐ろしい存在。
その男が。今、自分に頭を下げている。
挑発でも皮肉でもなく、純粋な謝意で。
どう返せばいいのか分からず、アルブレヒトは困惑したまま答えた。
「……い、いや。兄さんが無事なら、それでいい」
その言葉を聞いたオルステッドは、ほんの僅かに目を細める。
おかしい。アルブレヒトの反応に違和感があった。自分がここまで近くにいるというのに、目の前の青年にはほとんど恐怖や嫌悪の色がない。
ルーデウスと同じなのか。
もしかすると、アルブレヒトにも、自分の呪いが効いていないのではないか。そう思った。
「…………」
だが、エリスは相変わらず警戒を解いていない。
「エリス…」
ルーデウスがエリスに近づき、困ったように声をかける。
幾らか言葉を交わすと、最初は怪訝な顔をしていたエリスも、次第に表情を緩めていった。
「……わかったわ!」
そう言って、エリスはルーデウスの右隣に座る。
どうやら、ルーデウスの言葉に納得したらしい。単純である。
アルブレヒトも、その反対側に腰を下ろした。
「失礼しました」
「構わん」
「どうにも、エリスとアルはまだオルステッド様の事が信用できないようで…でも、呪いでは仕方がありませんよね」
その瞬間、オルステッドの目が鋭く光った。
「俺の呪いについては、どこで聞いた?」
「……ヒトガミです。オルステッド様は、いくつかの呪いに身を犯されていると」
アルブレヒトの視線も変わる。
「呪い……」
小さく呟く。
自分もまた、呪いを抱えている。
それがどれほど厄介で、どれほど人を苦しめるものなのか。アルブレヒトは知っている。
だからこそ、これまで敵だった男が、どのような呪いを背負っているのか。それが少しだけ気になった。
もちろん、それで信用したわけではないが、同じく呪いを抱えるものとして興味が湧いた。
「そうか。…だがまずは、約束を果たそう。お前の家族を守る方法を教える」
それから、長い話が始まった。
家族を守る守護魔獣を召喚する話、オルステッドとヒトガミの因縁、オルステッドの呪い、ラプラス因子、龍神の転生法、転移事件について――
ルーデウスは矢継ぎ早に質問をし、オルステッドがそれに答える。いつの間にか時は流れ、夕暮れとなっていた。
アルブレヒトは何か俺も質問をしたほうがいいのだろうか、と思っていたが、全然思いつかないので黙っていた。
「なるほど、ありがとうございます。…っと、俺ばっかり質問してるな、アル、何か質問はあるか?」
「……………いや、兄さんがもうしてくれたから、大丈夫です」
本当は何も思いつかないだけなのだが、恥ずかしくて誤魔化した。
「そっか。ならいいんだ」
ちらり、とルーデウスはアルブレヒトの顔色を伺いつつ、懐から本を取り出した。
「……一応、俺は未来の情報を得ているのですが」
「なに?」
「ええと、こちらをご覧ください」
ルーデウスはそう言って、ある日記をオルステッドに渡した。
オルステッドは日記を開いて数ページほどパラパラと読んだ。
「この、記述についてだが…」
「あ!すみません!ちょっと、ちょっとここでは中身について話すのはご勘弁いただきたく…」
「……わかった。まあ、かなり長い上に字も汚い。時間をかけて読んでから、改めて話を聞こう」
「あ、はい、すみません…」
「じゃあ、今日のところは出直して、また明日参ります」
こうして、その日の話は一度お開きとなった。
ルーデウスたちは小屋を出る。アルブレヒトとエリスも、その後に続いた。
扉が閉まるその直前、ルーデウスが振り返った。
小屋の中では、オルステッドが一人。
手元の日記を、静かに見つめていた。
何を考えているのか。
ルーデウスには、分からなかった。
そして三人は、家へと帰っていった。
■
帰り道。
夕暮れが道を照らす。
少し先をエリスが歩き、その後ろをルーデウスとアルブレヒトが連れ添って歩く。
しばらく、誰も口を開かなかった。
オルステッドとの話は長かった。
ヒトガミのこと。
転移事件のこと。
ラプラス因子のこと。
そして――自分たちが、この世界に生まれた経緯。
考えることが多すぎて、誰もすぐには言葉を出せなかった。
そんな中、アルブレヒトが口を開く。
「兄さん。転生者、という話ですが…」
「………ああ」
エリスをチラチラと見ながら、話したくなさそうにしているルーデウス。そんな彼を見て、アルブレヒトも少しだけ困った顔をする。
「…ルーデウスは、ルーデウスよね?」
前を歩いていたエリスが振り返る。
珍しく、不安そうな顔だった。
「ああ。俺は俺だよ。ラプラスの因子とやらが混じってるらしいけど、別の誰かじゃない。アルだってそうだ」
オルステッドは、もともとの歴史のなかにルーデウス・グレイラットとアルブレヒト・グレイラットという人物はいなかった、と言った。おそらく、死産だった赤子に魂が滑り込んで転生したのだろう、とも。
「アル、俺たちはもともとは産まれなかった命かもしれないけど、今生きて一緒にいる。それを大事にしよう」
「…そうですね。俺も、誰かの人生を奪ったわけではないと聞いてほっとしました」
ずっと心のどこかで気になっていた。自分は、誰かの人生を奪って生きているのではないかと。本来生きるはずだった誰かを押し退けて、自分がこの身体を使っているのではないか。
だが、そうではないらしい。本当に良かった。
「あとさ、その、前世のことだけど。今話すのはやめにしないか?ちょっと心の準備が…」
「……俺も、ここで話すには長すぎて。またの機会に話しましょう」
二人とも、過去には思うところがあり、ここでは話そうとはしなかった。
「……前世って何よ」
だが、放って置かれたエリスが立ち止まり、腕を組んでルーデウスを見る。
「ああ、ごめん。…でも、今までと何も変わらないよ。俺は俺のままだ」
「ふぅん」
正直、エリスは話を深く理解できたわけではなかった。
転生者。前世。ラプラス因子。
どれもよく分からない。
けれど、ルーデウスがルーデウスであることだけは分かる。
これまで一緒に過ごしてきた時間。
剣を一緒に学んだこと。
魔大陸で旅をしたこと。
喧嘩したこと。
笑いあったこと。
そして、今こうして隣を歩いていること。
それが嘘になるわけではない。
だから、ルーデウスがそう言うのなら、それでいい。
「シルフィとロキシーには、内緒にしといてほしい?」
「できれば。なるべく俺から話したい」
そう返すと、エリスは少し考えてから手を差し出した。
「じゃあ、手を繋いで」
「――うん」
ルーデウスは自然とその手を取った。
何度も剣を振り、皮が擦りむけ、剣タコができ、ややごつごつとした手。
その手は暖かかった。力強く、確かな感触があった。
「これでいい?」
「うん」
エリスは小さく笑った。
「じゃあ、今まで通りね」
「……ああ」
ルーデウスも笑う。
前世が何だったとしても。
どんな秘密を抱えていたとしても。
今ここにいるルーデウスは、ルーデウスだ。
それだけでいい。
「……」
アルブレヒトは、そんな二人を少し離れたところから見て、嬉しそうに笑う。
兄が笑っている。
エリスも笑っている。
それだけで、十分だった。
「……さて、帰りましょうか」
「そうね」
「そうだな」
三人は並んで歩き始める。
夕暮れの道を。
家へ帰るために。
――今は、それだけでよかった。
■
翌日、オルステッドのところへ向かうルーデウスとアルブレヒト。
先日は一人で呼び出されたルーデウスだったが、再び手紙が届き、アルブレヒトを連れて二人で来るようにとのお達しだった。
「……ん?」
小屋の近くまで来たところで、ルーデウスが足を止める。
何かがおかしい。
昨日まではなかったはずのものが、地面に転がっている。
「……ザノバ?」
そこには、ザノバがいた。
彼は、3メートルほどもある金属の塊にもたれかかるように、うつぶせに倒れていた。
「ザノバ!?」
二人が慌てて駆け寄る。
「おい、ザノバ! 大丈夫か!?」
「ザノバ!」
肩を揺さぶる。
反応はない。
しかし、呼吸はしている。
「……気絶しているだけみたいです」
アルブレヒトが確認する。
「よかった……」
胸を撫で下ろしたその時、小屋の中からオルステッドが姿を現した。
「来たか」
「あ、はい。参りました」
オルステッドは二人を一瞥する。
そして、地面に倒れているザノバへ視線を向けた。
「…オルステッド、これはどういうことだ」
アルブレヒトが警戒しつつ、尋ねる。
「眠らせた」
「なぜだ」
「ルーデウスが使っていた鎧を、回収しに来たからだ」
「……ああ!」
ルーデウスは、そこでようやく理解した。
ザノバの傍らには、壊れた魔導鎧が置かれている。
おそらく、魔導鎧を守りながらここまで来たのだ。
「最後はこの鎧だけは渡さぬ、師匠と先生に届けなければ、と言ってここまで這いつくばってきたぞ。好かれているな、お前たちは」
「ザノバぁ!」
思わずザノバのもとに駆け寄り、抱き締めるルーデウス。おいおいと泣きながら治癒魔術をかける。
アルブレヒトも静かにザノバを見る。
自分たちがいなくなった後も、ザノバは魔導鎧を守っていた。そして、ルーデウスへ届けるために、一人でここまで来た。
ザノバの肩にそっと手を置くアルブレヒト。
「……ありがとう。ザノバ」
返事はない。
だが、その言葉は、きっと届いているような気がした。
「少しすれば目を覚ます。それより中に入れ、昨日の話の続きをする」
オルステッドが淡々と言う。
アルブレヒトはザノバに上着をかけ、ルーデウスは魔術で屋根を作ってから、小屋へと入った。
■
「さて、早速だが本題に入るぞ」
懐から日記を取り出し、テーブルの上に置くオルステッド。
「なかなか興味深い内容だったが…それよりまず、お前たちが今までにヒトガミとどんな会話をしたのか、それを洗いざらい、話してもらおう」
「はい、喜んで!」
「…わかった」
元気よく返すルーデウスに、淡々と返すアルブレヒト。二人はこれまでヒトガミから受けた「お告げ」を、一つずつ話し始めた。
どんな時に現れたのか、何を言われたのか、その助言に従った結果、何が起きたのか。
アルブレヒトも、自分が受けた言葉について話す。
オルステッドは話を遮らず、黙って聞いていた。
そして、二人の話を聞き終えたオルステッドは、静かに目を伏せた。
「……なるほど」
「分かるんですか?」
「ある程度はな」
オルステッドが語った。
ヒトガミは、ルーデウスを利用して何度も歴史を変えていた。
ルーデウスに助言を与え、その結果として起きる出来事を利用し、自分にとって都合のいい未来へと、少しずつ歴史を動かしていた。
「つまり…俺は、ずっとヒトガミに誘導されていたってことですか」
「そういうことだ」
「……」
ルーデウスは黙り込む。
これまでの出来事が、頭の中で繋がっていく。
あの時の助言も、あの時の選択も、自分では正しいと思っていた行動も。
その裏で、ヒトガミが手を引いていた。
「じゃあ……アルは?」
ルーデウスがアルブレヒトを見る。
「ヒトガミは、アルのことをどうしていたんです?」
「……」
オルステッドもアルブレヒトを見る。
「それについては、まだわからない」
「わからない?」
「ああ。アルブレヒトについては、お前ほど明確な意図が見えない」
「……」
「だが、一つだけ推測できることがある。ヒトガミは、アルブレヒトとルーデウスをできるだけ合流させたくなかったのだろう」
アルブレヒトの眉が僅かに動く。
「……俺と兄さんを?」
「ああ」
ルーデウスが思い出したように口を挟む。
「そういえば……ヒトガミは、アルの未来は見えにくいって言ってました」
「それが事実かどうかはわからんが、その可能性はある」
「お前たちは、強い運命を持っている」
オルステッドは二人を見比べる。
「ルーデウスは、歴史を大きく変える鍵になっている。そこへ、お前という不確定要素まで加われば…ヒトガミにとっては、都合が悪い」
「…なるほど」
アルブレヒトが呟く。
これまで、自分がヒトガミにどう見られているのかなど考えたこともなかった。
だが、もしヒトガミが自分を不確定要素として見ていたのなら、自分の存在そのものが邪魔だったということになる。
「だから、俺には兄さんと比べて妙にお告げが少なかったのか」
「そうかもしれない」
オルステッドは頷く。
「少なくとも、お前を自由に動かしておくことは、ヒトガミにとって望ましいことではなかったはずだ」
「……」
アルブレヒトは少し考える。
自分が生きているだけで歴史を変える可能性がある。
それが本当ならば、自分は知らないうちに何度も何かを変えてきたのかもしれない。
「……なら」
アルブレヒトは顔を上げた。
「俺たちが、その不確定要素を利用すればいい」
「そういうことだ」
オルステッドは頷く。
「ともあれ、これまで変化してきた歴史の先には、奴にとって都合のいい未来があるということはわかる」
「ならば、こちらも歴史を変える必要がある」
オルステッドは、テーブルの上の日記へ視線を落とす。
「奴が望む未来を、そのまま進ませるわけにはいかない。ゆえに、お前たちは歴史を俺にとって都合のいい未来が起きるように、変化させろ」
「――わかりました」
ルーデウスが、強く、深く頷く。
「…?……わかった」
その様子を見て少し訝しんだが、続けてアルブレヒトも頷いた。
「さしあたっては、直近の未来を変える。アスラ王国第二王女、アリエル・アネモイ・アスラを、アスラ王国の王とする」
そして、説明を始めるオルステッド。アリエルを王にするためには、三人の人物の力が必要らしい。
デリック・レッドバット、エリス・ボレアス・グレイラット、トリスティーナ・パープルホース。特にトリスティーナは敵であるダリウス・シルバ・ガニウス上級大臣を失脚させるために重要なパーツらしい。
しかしデリックは死亡し、エリスはルーデウスの妻となり、トリスティーナは行方不明…と思いきや、ルーデウスの日記によると、盗賊トリスとして生きている可能性があるらしい。
「トリスティーナがいればダリウスを失脚させられる。奴さえいなくなれば、あとはどうにでもなるだろう。もし、失脚に失敗するようであれば……お前たちのどちらかが殺せ」
「えっ………」
ルーデウスの顔が固まる。
覚悟を決めて、身を投じたつもりだった。
家族を守る。ヒトガミを倒す。
そのためなら、どんなことでもするつもりだった。
だが、実際に人を殺せと言われると、話は違った。
人を殺す。
それが、これほど簡単に口にされるものなのか。
「なら、俺がやる」
その様子を見たアルブレヒトは、即座に口を開く。
「あ、アル……」
「大丈夫です。兄さんが手を汚す必要はない」
優しく微笑むアルブレヒト。
「い、いや。アルばかりに任せるわけには…」
「いいんです。それに経験がないと、ここぞという時に躊躇してしまうこともあります。万が一のことを考えれば、俺がやるのが一番合理的です」
ルーデウスはアルブレヒトを見る。
その顔には、迷いがない。
あまりにも自然だった。
まるで、自分の命を差し出すことも、人の命を奪うことも。
必要ならば当然だと考えているように。
「……それでも、ダメだ。お前にこれ以上抱え込ませるわけにはいかない。今までずっとそうだっただろ」
思わず、任せそうになった。責任から逃げそうになった。
だがそれではダメだ。これまでずっと辛い思いをさせていたアルブレヒトに、さらに重荷を背負わせるわけにはいかない。そうルーデウスは思った。
「お前は、いつも自分がやればいいって顔をする。今回だってそうだ…俺だって、やるよ」
ルーデウスはアルブレヒトを見る。
「必要なら、俺も人を殺す。だから、一人で背負おうとするな」
「……兄さん」
しばらく二人は見つめ合った。
そして、アルブレヒトが、小さく頷いた。
「……わかりました」
オルステッドはそんな二人を黙って見ていた。
それから、話を先へ進める。
「それと、第二王子ハルファウスについてだが――」
ルーデウスがすぐに口を挟んだ。
「その第二王子は大丈夫なんですか?」
「問題ない。奴が王になる可能性は限りなく低い」
オルステッドは即答する。
「でも、万が一ということもありますよね?」
「問題ない。もし失敗したら、次回はうまくやる」
オルステッドは少しも表情を変えずに答えた。
「…次回?次の一手ってことですか?」
「………ああ、そうだ」
「アリエル様はどうなるんですか?」
「死ぬだろうな」
ルーデウスは絶句する。
あまりにも投げやりというか、やり直しができるゲームをやっているような態度。
「やめましょうよ、そういう刹那的なのは。ヒトガミがほくそ笑みますよ」
そう言うと、オルステッドが憤怒の形相になる。
びくり、と肩を震わせるルーデウスだったが、それでも続ける。
「これから、もしかすると失敗が続くかもしれません。結果として、最終的な勝敗すら左右するかもしれない」
自分の肩には、家族の命がかかっている。特にアリエルが死ねば、シルフィも巻き込まれるかもしれない。
家族のために、引くわけにはいかなかった。
「一回一回を大切にしていきましょう。すべての勝負で、油断なく勝ちにいきましょう」
「…無論だ」
オルステッドは、しっかりと頷く。
それから、アリエルを王にするための流れや、第二王子への対策への話となる。またルーデウスの装備や、
「これが守護魔獣の召喚魔法陣だ。魔力を込めながら、家族を守る存在をイメージしろ。それに応じた者が召喚できるはずだ」
「おお…」
受け渡された召喚魔法陣のスクロールを見て、興味深そうに眺めるルーデウス。
これで家族を守れる。そう思えば、自然と期待が膨らんだ。
「守護魔獣…」
しかし、隣でアルブレヒトが何やら考え込んでいた。
「兄さん、守護魔獣なら俺にも任せてください。すごいのを呼びます」
「え?ま、まあ更に呼んでくれるなら嬉しいけど、あてはあるのか?」
「あります。みんなにも紹介します」
ふんすふんす、と鼻を鳴らして自慢気にするアルブレヒト。
「ああ、そう…?」
ルーデウスは首を傾げる。
いったい、何を召喚するつもりなのだろう。
オルステッドも、僅かに眉を動かした。
「……そうか」
それ以上は何も言わなかった。
こうして、龍神との長い話し合いは、ひとまず終わった。
だが、この時のアルブレヒトの言葉が、後にグレイラット家へ新たな騒動をもたらすことになるとは――まだ、誰も知らなかった。