いつか書き直します…いつか……
アリエルを王にするため、オルステッドにとって都合のいい未来を作るため、ルーデウスは働き始めた。
魔導鎧の修復と改良、アリエル陣営への根回し、日々の鍛錬…
ルーデウスはかなり忙しそうだ。
そしてアルブレヒトだが…特にやることがなかった。
今使える人脈があるわけでもないし、装備は十分整っている。鍛錬は続けているが、今日明日で成果が出るようなものではない。
有り体に言えば、暇だった。
そんなアルブレヒトは、ルーデウスが召喚した守護魔獣、レオを撫でながら、グレイラット家の庭で昼下がりを過ごしていた。
「よしよしよし…」
「わふ〜ん」
レオは腹を空へ向け、いわゆるヘソ天の姿勢で寝転がっている。
銀色の毛並みは陽光を受けて淡く輝いていた。
約二メートルにも及ぶ巨体。愛玩動物にしてはかなり大きい。
「よしよし……」
「わふふ……わふ〜ん」
アルブレヒトの手が腹を撫でるたび、レオは気持ちよさそうに尻尾を振る。
そんな巨体にもかかわらず、レオはすっかりグレイラット家に馴染んでいた。
ルーデウスは聖獣様じゃん…とか言ってたような気もするが、すぐに素知らぬ顔をして受け入れたので大丈夫だろう。多分。
「あー、お兄ちゃんが一人でレオ撫でてるー!ずるいー!」
「ずるくない。家族として当然の行為だ」
「私も撫でるー!」
アイシャが加わり、二人でレオを撫で回す。
レオは更に喜びの声を上げ続ける。
そんな二人と一匹を、縁側からゼニスとパウロ、リーリャ、パウロに抱かれたルーシーが見ていた。
「アイシャ!仕事は終わったのですか?」
「終わりましたー、今は休憩時間でーす」
「まったく…」
「はは、いいじゃないか。二人も楽しそうだし」
アイシャをたしなめるリーリャを、パウロが軽くなだめる。
ゼニスもそんな様子をぼんやりと眺めていた。
表情は乏しい。だが、その瞳にはどこか穏やかなものがあった。
「るーしーも、るーしーも!」
ルーシーは自分も自分も、と言わんばかりに手を伸ばす。
「お、ルーシーたんも撫でたいんでしゅか〜?おじいちゃんと一緒に撫でにいきまちょうね〜!」
途端に顔をだらしなくするパウロ。
楽しそうにレオへと近づく。
「そりゃそりゃそりゃ〜!」
「れおー!かわいいねぇ、かわいいねぇ」
「わふふ!わふふーん!」
一気に4人に増えた撫でる手に、歓喜の鳴き声をあげるレオ。とても嬉しそうだ。
「よしよしよし……ん、そろそろ時間か」
すると、何か思い出したかのように、撫でるのをやめて立ち上がるアルブレヒト。
「どうしたの、お兄ちゃん?」
「うむ、今日はみんなにとっておきのものを見せようと思ってな。アイシャ、悪いがみんなを呼び出しておいてくれるか」
「いいけど…」
自信満々のアルブレヒト。
そんな姿を見て、困惑するアイシャたち。
「アル、何を…?」
「任せてください、父様、母様。すごいのを見せます」
「うーん、なんか嫌な予感が…」
ふふふ、と笑うアルブレヒト。
ゼニスは、じーっとアルブレヒトを見つめる。
パウロはなんだか、ろくなことにならない気がしていた。
■
雪道を歩く。
シャリーアを離れるほど、人の気配は少なくなっていく。街の喧騒は遠ざかり、代わりに聞こえてくるのは風が木々を揺らす音だけだった。
白い雪が一面を覆っている。
踏みしめるたび、足元から小さな音が返ってくる。
吐いた息が白くなった。
アルブレヒトは一人、森の奥へと進んでいく。
やがて、木々の隙間から、巨大な岩壁が見えてきた。
その麓。雪の積もった洞窟がある。
アルブレヒトは足を止めた。
「…………」
洞窟の奥から、低い呼吸音が聞こえる。
大地そのものが唸っているような音。
普通の人間なら、それだけで足を止めるだろう。
だが、アルブレヒトにとっては聞き慣れた音だった。
「ヘルカイト」
返事はない。
「いるんだろ?」
しばらくして。
洞窟の奥で、何かが動いた。
雪が崩れる。巨大な影がゆっくりと姿を現す。
赤い鱗。巨大な翼。鋭い爪。
そして、長い旅を共にした、灼熱の瞳。
「…………」
ヘルカイトはアルブレヒトを見下ろした。
「元気にしてるか?」
アルブレヒトはその巨大な鼻先へ手を伸ばす。
撫でる。
硬い鱗。
それでも、以前よりずっと触れやすくなった気がした。
「話がある」
ヘルカイトの目が僅かに細くなる。
アルブレヒトは手を下ろした。
「俺は今、家族と暮らしている」
ヘルカイトは黙って聞いている。
「父様と母様がいる。兄さんも、妹たちも。そして、その家族を守るために俺は戦うと決めた」
「だから、ヘルカイトにも来てほしい。守護魔獣として」
ヘルカイトの目が僅かに動いた。
アルブレヒトは続ける。
沈黙。
やがて。
地面に文字が浮かんだ。
"嫌だ"
「……そうか」
アルブレヒトは怒らなかった。
ただ、少しだけ困ったように眉を下げる。
「理由を聞いてもいいか?」
ヘルカイトはそっぽを向いた。
「まあ、嫌なものは嫌だよな」
アルブレヒトは周囲を見る。
雪に覆われた森。
人の気配はない。
静かだ。
確かに、ヘルカイトが暮らすには悪くない場所かもしれない。
「だけど、一人だ」
ヘルカイトの瞳が僅かに揺れた。
「赤竜山脈にいた時、俺はずっとお前の傍にいた。眠る時も、戦う時も、食事をする時も、ずっと一緒だった」
ヘルカイトは何も言わない。
「だが今の俺は、家に帰れば家族がいる。お前だけが、ここに残っている」
橙色のろう石が淡く光った。
しばらくして。
地面に文字が浮かぶ。
"寂しくなんかない"
アルブレヒトは少し笑った。
「そうか。なら、俺が寂しいから来てくれ」
ヘルカイトが振り向いた。
「俺は、お前と一緒に暮らしたい」
今度は、長い沈黙があった。
ヘルカイトはアルブレヒトを見る。
アルブレヒトも、ただ静かに見返す。
やがて、ヘルカイトは大きく息を吐いた。
橙色の光が地面を走る。
浮かび上がった文字は――
"仕方がない"
「……ありがとう」
アルブレヒトは、心から嬉しそうに笑った。
ヘルカイトはそんな彼を見て、ふい、と顔を背ける。
まるで、礼を言われるようなことではない、とでも言うように。
「では、行こう。みんなに紹介したい」
ヘルカイトは思う。
この騎士は――アルブレヒトは変わった。
自分と二人きりでいた時とは違う、柔らかな雰囲気がある。
彼を変えたものはなんなのだろうか。それが、家族なのだろうか。
自分にはわからない。だが、その家族というものを、少し確かめてやってもいい。
そのくらいには、付き合いが長いのだから。
ヘルカイトが立ち上がる。
その巨体だけで、周囲の雪が崩れ落ちた。
翼を広げる。
白い雪景色の中で、赤い竜の姿だけが異様なほど鮮烈だった。
■
アルブレヒトは急いで家へと戻った。
雪を踏みしめながら、いつもより少しだけ早い足取りで歩く。
今日は家族にヘルカイトを紹介する。
そう思うと、自然と足が速くなっていた。
家の庭には、すでに家族全員が集まっている。
パウロ、ゼニス、リーリャ、ルーデウス、シルフィ、エリス、ロキシー、ノルン、アイシャ。そしてルーシー。
何が始まるのか分からないまま呼び出された者たちは、皆それぞれに不思議そうな顔をしている。
「どうしたの、アルくん?みんなを呼び出して…」
シルフィが不思議そうに尋ねる。
「少々お待ちください。すぐに来ます」
「来る?…ああ、前言ってた守護魔獣のことか?」
ルーデウスが思い出したように口を開いた。
「はい、その通りです」
「でももうレオがいるし、十分なんじゃないのか?」
「いえ、今から呼ぶ守護魔獣はレオより強いんです。任せてください」
「くぅ〜ん」
レオが、なんとなく心外そうに鳴いた。
「説得するのに少し時間はかかりましたが、あいつもわかってくれました」
「せ、説得って…?」
ルーデウスの顔が引きつる。なんだかとてつもなく嫌な予感がしていた。
「少々気難しいやつでして。でも大丈夫です」
きりっ、とした顔で太鼓判を押すアルブレヒト。
そして懐から取り出した橙色のろう石を握る。
少しすると、遠くから影が近づいてくる。
最初は、小さな影だった。
それが、見る見るうちに大きくなっていく。
空を飛んでいる。
赤い。
「……え?」
シルフィの声が漏れた。
「あれは……」
リーリャも空を見上げる。
影はさらに近づく。
そして、風が巻き起こった。
「うわっ!」
庭の雪が一斉に舞い上がる。
木々が揺れる。
窓ががたがたと鳴った。
「ちょ、おいおいおい!」
パウロが思わず後ずさる。
巨大な影が、グレイラット家の庭へと降り立った。
轟音。
雪が暴風に巻き上げられ、視界を白く染める。
そして、その向こうから姿を表したのは――
一対の雄大な翼、巨大な体躯、鋭い爪と牙、赤い硬質な鱗、灼熱の瞳。
「赤竜…!?」
ルーデウスが驚愕して目を見開く。
「嘘…!?」
「うわぁー……」
ノルンとアイシャは思わず一歩下がった。
シルフィに抱かれているルーシーは、何が起こっているかわからないようできょとんとしている。
「…………な、あ…」
ロキシーに至っては、完全に固まっていた。
「かっこいいわね!」
エリスだけが動じず、目を輝かせていた。
灼熱の瞳が、人間たちを静かに見下ろしていた。
逃げもしない。威嚇もしない。
ただ、値踏みしている。
「……アル?」
ルーデウスが恐る恐るアルブレヒトを見る。
「紹介します、ヘルカイトです」
アルブレヒトは当然のように答えた。
赤竜は何も言わない。
だが、ふん、と鼻息を鳴らしただけでエリス以外の全員がびくりと肩を震わせた。
「今日から我が家の守護魔獣です」
「アル、アル。ちょっと話をしようか」
ルーデウスがアルブレヒトの肩を掴む。
「なんで?なんで、赤竜?」
「なぜ…と言われても。兄さんも会ったことがありますよね?」
「私も覚えてるわ!」
エリスが嬉しそうに手を挙げる。
「こいつ、かっこいいわ!」
「エリス、ちょっと静かにしてて…」
「なんでよ!」
疲れたようにエリスをなだめるルーデウス。
「あのなアル、俺もヘルカイトのことは覚えてるけど、いきなり赤竜って…」
「ダメでしたか?」
「ダメ、じゃないんだけど……いやダメか?わ、わからん……」
ぐおお、と唸り声をあげながら頭を抱えるルーデウス。
実際、赤竜が守護魔獣として家を守ってくれるならかなり安心できる。しかし、それにしても赤竜とはスケールがでかすぎる。流石のルーデウスも現実を受け止めきれず、混乱のさなかにいた。
「ヘルカイトはこれまでずっと旅を共にしてきたのですが、場所の都合上遠くの森などで一人でいさせることが多く、寂しい思いをさせてしまっていました。そこで今回守護魔獣が必要ということで、家族も守れるし、ヘルカイトの居場所もできるし、ちょうどいいと思ったんですが…ダメですか?」
「いやいやいや…さ、流石に竜は…でも守護魔獣としては申し分ないし…?」
"だから、寂しくなんてない"
「ん、そうだったな、すまんすまん」
ぽんぽんと巨体を撫でるアルブレヒト。ヘルカイトは、黙ってそれを受け入れていた。
それを見て腕を組んで考えるルーデウス。
彼らの間に信頼関係があるのはなんとなくわかった。しかし、だからといって赤竜とは…
「おいアル…話はわかったが、本当に大丈夫なのか?」
パウロがアルブレヒトに近づき、口を開く。
「守護魔獣って言っても、本当に守ってくれるのか?家族に危害が及ぶことになるんじゃ…」
「それは問題ありません。ヘルカイトも丸くなりました。今は大丈夫ですよ」
「それ昔は危なかったってことだよな!?」
叫ぶパウロをじー……と見つめるヘルカイト。
冷や汗を浮かべるパウロ。
「……俺、食われたりしないよな?」
「大丈夫です。今のところは」
「今のところは!?」
「冗談です」
「洒落になってないからな!?」
そんな中、ゼニスがふらふら近寄る。
「ゼニスさま!」
「母さん!」
止めようとするリーリャとノルン。
だが、ゼニスは器用に二人の手をすり抜け、ヘルカイトの目の前に立つ。
巨大な赤竜と、小さなゼニス。
体格差はあまりにも大きい。
ヘルカイトが少し首を下げる。
ゼニスは、その目をじっと見つめた。
「…………」
「…………」
しばしの沈黙。
そして、ゼニスは唐突にすっ、と手を伸ばした。
巨大な鼻先に触れ、撫でる。
ヘルカイトは動かなかった。ただ少しだけ目を細める。
逃げない。怒らない。
少し嫌そうにしながらも、その手を受け入れていた。
アルブレヒトが小さく笑う。
「気に入ったようです」
「マジで!?」
「お母さん、すごい……」
驚くパウロ。ノルンも目を丸くする。
ゼニスは相変わらず何も言わない。
ただ鼻先を、ゆっくりと撫で続けていた。
ヘルカイトも、それを黙って受け入れている。
「…ヘルカイトが、みんなを傷つけることはありませんよ。こいつ、結構いい奴なので」
「るーしーもなでる!」
続いて、ルーシーがヘルカイトに手を伸ばす。
「ルーシー、危ないよ!めっ!」
「シルフィさん、大丈夫です。触らせてあげてくれませんか」
「えっ、でも……」
「……俺のことが信頼できないのはわかります。俺はシルフィさんのことを傷つけてしまった……」
「えっ?いやいやアルくんのことは信じてるよ!?あんなの全然気にしてないから!」
もう傷も残ってないんだから!とルーシーを抱きながら器用に腕をまくるシルフィ。その腕には傷跡一つなかった。
「…ありがとうございます。でも、俺を信じてくれていると言うなら、ヘルカイトのことも信用してほしいんです」
「ヘルカイトは本当にいい奴なんです。俺が独りでいる間も、ずっと側にいてくれました。俺を守ってくれました。信頼できる相手です」
ヘルカイトが、僅かに視線を動かした。
アルブレヒトを見る。そして、ふい、と顔を逸らした。
まるで、褒められるのは嫌だと言わんばかりに。
「どうか、お願いします」
そういって、頭を深く下げるアルブレヒト。
「う、うーん…でも……」
それでも悩むシルフィ。当然だ。大切な愛娘を万が一にも危険にさらすわけにはいかない。
そんな中、恐る恐るヘルカイトに近づく者がいた。
「そーっと、そーっと…」
アイシャだった。
ぴたり、と鼻先に触れる。
ヘルカイトはゼニスの時と同じく、黙って受け入れている。
「…わー!すごいすごい!ほら、ノルン姉も!」
「わ、私も!?」
「アル兄が大丈夫って言ってるんだから、大丈夫だよ!ほらほら!」
そう言って手を引き、ノルンをヘルカイトに近づけるアイシャ。
ノルンは少々怯みつつも、手を伸ばす。
今度は、ヘルカイトから頭を出した。
「ひゃっ…!」
突然感じた竜の体温に、思わず声を上げるノルン。
「い、意外とあったかい…」
目の前にある赤い鱗。
そこから伝わってくる、じんわりとした熱。
「だろう?一緒に寝ると暖かいんだ」
「へ、へー…」
へっぴり腰ながら、ヘルカイトを撫でるノルン。
「シルフィ姉も!ルーシーも撫でたいって言ってるよ!」
「う、うーん…ノルンちゃんとアイシャちゃんが大丈夫なら、大丈夫、かな?」
そう言って、ゆっくりと近づくシルフィ。
ルーシーが嬉しそうに手を伸ばす。
ヘルカイトは動かない。
ただ、ルーシーをじっと見つめていた。
その視線に、シルフィの足が一瞬止まる。
「…………」
赤い瞳。巨大な牙。鋭い爪。
どう見ても、人間が気軽に触れていい生き物ではない。
それでも、アルブレヒトが言った。
「大丈夫です。こいつは、俺たちの味方です」
その声には、一切の迷いがなかった。
シルフィはアルブレヒトを見る。
そして、小さく息を吐いた。
「……じゃあ、少しだけね」
ルーシーの小さい手を支え、ヘルカイトの鼻先へそっと近づける。
そして、ルーシーの指先が、赤竜の鼻に触れた。
「…………」
ヘルカイトは動かなかった。
ルーシーが嬉しそうに笑う。
「あー!」
その声に、ヘルカイトは目を細めた。
そして、ほんの僅かに鼻先をルーシーの手へ押しつけた。
「…………!本当に、大丈夫なんだ」
シルフィの目が丸くなる。
「はい!」
アルブレヒトは嬉しそうに笑った。
「ロキシー先生もどうぞ」
「え、私ですか…!?いやまあ赤竜とこんな距離で会えるのは貴重な機会ではありますが…」
「ロキシー姉、ルーシーが大丈夫なんだよ?怯えることないって!」
アイシャがロキシーの背を押し、ヘルカイトに近づける。
「わわわ、ちょっと待ってください…!」
心の準備が…!と言いながら近づくロキシー。ヘルカイトを目の前にし、たらり、と一筋の汗を流す。
「…………!」
ロキシーは怯みながらも、ゆっくりと手を伸ばす。
「…………」
ヘルカイトは、いい加減飽きたな、と言わんばかりの顔で少し乱暴に頭を寄せた。
「ひゃあぁ!」
驚いて声を上げるロキシー。
「あはは!ロキシー姉、すごい声!」
「ちょ、ちょっとびっくりしただけです!む、むむむ…」
恐る恐るヘルカイトを撫でるロキシー。
はぁ、とため息をつきながら、ヘルカイトはそれを受け入れていた。
「わふ、わふわふわふ!」
すると、レオが待ってましたと言わんばかりに吠える。
どうやら、ヘルカイトに話しかけているようだ。
応じるように、ヘルカイトも喉を鳴らす。
「わふふ、わふ、わんわん!」
「グルル……」
しばらく二匹は鳴き声を交わす。内容は誰にもわからないが、少しするとレオは納得したように吠えた。
「わおん!」
「グルゥ……」
ヘルカイトは呆れたようにため息をつくが、おとなしく翼を畳み、座り込んだ。
「レオも、納得したみたいですね」
残るは、ルーデウスとパウロ、そしてリーリャ。
「どうですか、兄さん、父様、リーリャ。ヘルカイトのことを認めてやってはくれませんか」
「うーん…俺はシルフィたちが納得してるならいいと思うけど…」
実際、ルーデウスもまだ完全に平静を取り戻したわけではない。
庭に赤竜がいる。それだけで十分に異常な光景だ。
だが、ヘルカイトが家族に危害を加えるつもりがないことは、もう分かっている。
何より、アルブレヒトがあれほど信頼している相手なのだ。自分も信頼してみようと思えた。
「私も、ルーデウス様やゼニス様が納得しているのなら……」
リーリャも小さく頷く。
だが、その視線はパウロへ向いた。
「ですが……パウロ様が」
「……俺は、反対だ」
短い言葉だった。
庭の空気が、僅かに張り詰める。
「父様、食べられると言ったのは冗談ですよ」
「そういう話じゃねえ。俺には家族を守る義務がある。……最近はルディに任せがちだが」
「俺は、家族を守るためなら何でもする」
パウロの目には、父親として、祖父としての覚悟があった。
「だから聞く。お前にとって、アルはなんだ?」
「アルが守ろうとしているものを、本当に理解しているのか?」
もし、ヘルカイトと戦うことになれば。パウロは敵わないだろう。それだけではない。これからヒトガミという敵と相対するにあたって、パウロは家族を守るには力不足だ。
「アルは、命懸けで俺たちを守ろうとしている」
「お前は、アルが守ろうとしているものを、同じように守れるのか?」
だが、だからといって引くわけにはいかない。
それでも、それでもパウロは父親なのだ。祖父なのだ。
ヘルカイトの目の色が変わる。
疲れて不貞腐れたような目から、面白いものを見るような目に。
敵わないと知っていて立ち向かうその姿に、弱くても引かないその姿に、ある者の面影を見たのかもしれない。
この日初めて、ヘルカイトの口元が笑うように歪められた。
地面が橙色に光り、文字が浮かび上がる。
――"我が友が、そう望むなら"
パウロは、その言葉をじっと見つめた。
パウロはヘルカイトのことを知らない。だが、アルブレヒトと深い信頼関係にあるのはこの短い間でも分かった。
「……その言葉に、嘘はないか」
――"無論。我らの、友情にかけて"
短い言葉だった。
しかし、その言葉には覚悟があった。
アルブレヒトと共に生きてきた時間が、積み重ねてきた絆が詰まっていた。
「……そうか」
やがて、ヘルカイトへ視線を戻す。
赤い瞳と、再び視線が交わった。
そこに敵意はなかった。
あるのは、ただ一つ。
揺るがない意思だった。
「………わかった。お前を、認める」
その言葉に、張り詰めていた緊張がほどける。
ヘルカイトも、満足そうに口元を小さく歪めた。
「よかった……」
ほっと息を吐くアルブレヒト。
これでようやく、家族にヘルカイトを受け入れてもらった。ヘルカイトの居場所ができた。
アルブレヒトの顔を見て、パウロは小さく息を吐いた。
こいつは、本当にヘルカイトを大切にしている。
そして、ヘルカイトもまた、アルブレヒトを大切にしている。
ならば、もう十分だった。
「アル」
「はい?」
「……大事にしろよ」
「……?」
アルブレヒトが首を傾げる。
何を言われたのか分からないらしい。
パウロは苦笑した。
「友達をだよ」
「…………」
アルブレヒトはヘルカイトを見る。
ヘルカイトもまた、静かにこちらを見ている。
「……はい」
アルブレヒトは小さく笑った。
その笑顔を見て、パウロもまた笑う。
こうして。
赤竜ヘルカイトは、グレイラット家の一員となった。
赤竜の傍らで、庭に小さな笑い声が広がっていく。
家族が少しずつ、その巨体に触れていく。
ゼニスが鼻先を撫で。
アイシャが頭を撫で。
ノルンが恐る恐る鱗に触れ。
ルーシーが嬉しそうに手を伸ばす。
シルフィも、その隣で微笑んでいる。
ロキシーはまだ少し腰が引けていた。
リーリャとルーデウスも、恐る恐る触れに来る。
パウロもぽんぽんと頭を撫でていた。
エリスは最初から最後まで楽しそうだった。
そして、アルブレヒトはそんな光景を静かに眺めていた。
赤竜が自分の帰る場所を得た。
それが、何より嬉しかった。
……ちなみに、この後シャリーアに近づいたヘルカイトのせいで討伐に駆り出された冒険者たちと一悶着あったのだが、ルーデウス必死の口八丁とアルブレヒトの七大列強としての権威を使ってなんとかした。
「アル……次からは、ちゃんと事前に相談してくれ………」
「………すみません」