玉葱騎士、六面世界に立つ   作:神聖龍 エモーショナル・ハードコア

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第5話 義姉?と妹たち

 

 時は過ぎ、アルブレヒトは7歳、ノルンとアイシャは3歳になった。ルーデウスがグレイラット家を離れ、少し静かになる…と思いきや、元気な末の姉妹たちにより、グレイラット邸は賑やかで心地よい騒がしさに包まれていた。

 

 ある日の昼、庭の片隅に敷かれた布の上で、アルブレヒト、ノルンとアイシャ、そしてシルフィは輪になって座っていた。

 ノルンとアイシャは木の実や小石を並べ、真剣な顔で何やら話し合っている。

 

「じゃあ、ノルン姉がおかあさんね」

「うん!ノルン、おかあさん!」

 

 いつもは喧嘩しがちだが、珍しく仲良くしている2人の様子を見て、顔を見合わせて薄く微笑むアルブレヒトとシルフィ。

 

「おにいちゃんはおとうさん!」

 

 二人の声が重なる。

 

「わかった」

 

 アルブレヒトは小さく頷いた。

 

「じゃあ、アイシャは?」

「アイシャは、むすめ!」

 

 アイシャは胸を張る。3歳にしては随分と達者だ。

 最後に、2人の視線がシルフィに向いた。

 

「あ、ボクは?」

「えっと……」

 

 アイシャが少し考えてから言った。

 

「ペット!」

「わんわん!」

 

 ノルンが両手を上げる。

 シルフィは一瞬だけ目を瞬かせたが、すぐに小さく笑った。

 

「うん。いいよ。ペットで」

 

 アルブレヒトはその様子を見て、眉をひそめた。

 

「……ちょっと待て」

「え?」

「どうしたの?」

 

 ノルンとアイシャが同時に首を傾げる。

 

「シルフィさんは、年上だ」

「うん」

「それに未来の義姉をペット役にするのは、おかしい」

「あ、義姉!?そんな、まだ早いよ…って、そうじゃなくて……大丈夫だよ。ボク、別に気にしないし、ボクがそうしたいんだ」

 

 アルブレヒトはその言い方に、少しだけ引っかかる。

 

「そういう問題では…」

「アルくん、いいよ」

 

 シルフィは柔らかい声で言った。

 

「ノルンちゃんとアイシャちゃんが楽しければ、それで」

 

 その言葉を聞いて、アルブレヒトは一度口を閉ざす。

 少し考えてから、ぽん、と手を叩いた。

 

「わかった」

 

 そして、唐突に立ち上がる。

 

「役を交代しよう」

「え?」

「俺がペット役をやる」

「……え?」

 

 一瞬、場が静まる。

 

「アルくんが?」

「おとうさんなのに?」

「構わない」

 

 アルブレヒトは真顔だった。

 

「おままごとは遊びだ。役は固定じゃない」

 

 そう言って、地面にしゃがみこむ。

 

「ほら」

 

 四つん這いになる。

 

「わん」

 

 ノルンとアイシャが目を丸くした。

 

「……いいの?」「いいの?」

「いい」

 

 アルブレヒトは短く答えた。

 

「さ、飼い主は誰だ?」

 

 一瞬の沈黙のあと。

 

「ノルン!」「アイシャ!」

 

 二人が競うように前に出る。

 

「じゃあ、両方だ」

 

 アイシャが少し考えてから、小さく言った。

 

「……お、おて」

 

 アルブレヒトは迷いなく手を差し出す。

 

「わん」

「……!」

 

 アイシャが目を輝かせる。

 

「おて!もういっかい!」

「わん」

 

 二人は大喜びだ。

 その横で、シルフィは少し離れた場所からその光景を見ていた。何か言おうとして、でも言葉が出ず、ただ静かに笑っている。

 

「シルフィさんも」

 

 アルブレヒトが顔だけこちらに向ける。

 

「一緒にやりますか?」

「……え?」

「見てるだけじゃなくて」

「ええ、いや、そんな…」

 

 シルフィは少し戸惑ったあと、ゆっくりと首を振った。

 

「ボ、ボクはいいよ」

「遠慮しないでください。しょせん遊びです」

「あそびー!」

「あそびあそびー!」

 

 楽しそうにノルンとアイシャが追随する。

 

「…じゃ、じゃあ、失礼します」

 

 おずおずと手を差し出すシルフィ。

 

「わん」

「わっ……」

 

 ためらいなくお手をするアルブレヒト。

 

「おにいちゃん!私も!もういっかい!」

「ノルン姉ばっかずるい!私も!」

「大丈夫だ。俺は逃げない。わん」

 

 その様子を見て、不思議と笑い出すシルフィ。

 きっと、喧嘩しがちな2人と、自分に気を遣ってこんなことをしてくれたのだ。少し無愛想なところがあるが、こういう優しいところはルディにそっくりだな、とシルフィは思った。

 

「ありがとうね、アルくん」

「…いえ、兄様の弟として、そして2人の兄として当然のことです」

 

 真剣な顔の四つんばいのアルブレヒト。その上にはノルンとアイシャが乗っており、髪を手綱のように引かれて歩き回っていた。今度は馬らしい。

 

「いけー!おにいちゃん号ー!」

「あははは!いけー!」

「ひひーん」

「あはは…ほどほどにね」

 

 こうして、暖かな昼は楽しげに過ぎていった。

 

 

 

 

 

 

 またある日、ゼニスの発案で家族みんなでピクニックに行くことになった。

 道中、ノルンはパウロに、アイシャはリーリャにくっついていたが、林を抜け、小高い丘に着くと、2人は目を光らせ飛び出していった。

 

「きゃー!」

「あははは!おにいちゃんも来てー!」

「わかった」

 

 アイシャに呼ばれ、走り出すアルブレヒト。

 

「アイシャ!はしたないですよ!」

「まあまあ、いいじゃない、せっかくのピクニックなんだから」

「奥様…ですが…」

「2人はまだ3歳なんだから、遊ばせてる方が健全よ。ほらリーリャもせっかくなんだからリラックスして?」

 

 リーリャの肩をぽんぽん、と叩くゼニス。

 

「奥様…わかりました。今日はあまり厳しくしないようにします」

「あ、今日だけなのか…」

 

 パウロがお弁当や飲み物が詰まった大きな籠を担ぎながら呆れる。ゼニスも苦笑しつつ、3人でおしゃべりを始めた。

 

 アルブレヒトは走り回る2人を追いかけたり、おままごとに付き合ったり、拙い魔術で水球を作ったりして、ノルンとアイシャを楽しませていた。それはもうあまりにも喜んでくれるので、アルブレヒトが調子に乗って魔術を使いすぎて疲れてしまうほどに。

 

「…少し、休憩させてくれ」

「えー!」

「しかたないよ、ノルン姉。2人で遊ぼ!」

「…! うん!」

 

 のそのそと離れるアルブレヒトを尻目に、2人で遊び始めるノルンとアイシャ。珍しく2人で並んで遊んでいるのを見て、パウロは小さく目を細める。

 

「……今日は手出ししないほうがよさそうだな」 「ええ。アルのおかげかしらね?最近は仲良くなれたみたい」

 

 そうして大人たちは、あえて声をかけなかった。

 

 その判断が、ほんの少しだけ甘かったことに気づいたのは――

 アルブレヒトだった。

 

「……?」

 

 木陰で休んでいたアルブレヒトは、顔を上げた。

 さっきまで見えていたノルンとアイシャの姿が、どこにもない。

 

「ノルン? アイシャ?」

 

 返事はない。

 胸の奥が、ひやりと冷えた。

 

(まずい)

 

 アルブレヒトは、周囲の草を踏み分け、2人が遊んでいた方向へと走り出した。

 

 

 

 

 

 

 ノルンとアイシャは、森の中で立ち尽くしていた。

 

「……ねえ、アイシャ」

「な、なに…?」

「ここ、どこ?」

「わ、わかんないよ…」

 

 さっきまで探検をしていたはずなのに、気づけば見慣れない木々に囲まれている。

 戻ろうとした道も、もう分からない。

 

 2人の胸中は不安と焦燥で支配される。

 おかあさん、おとうさん、どこ? 見つかったら怒られちゃう。早く帰らないと。でも、どうやって帰ればいいの?

 そんな考えが泡沫のように浮かんでは消え、不安を加速させていった。

 

 その時だった。

 草むらが、大きく揺れた。

 低く、湿った唸り声。

 

「……ひっ!」

 

 魔物だった。

 この辺りには出ないはずの、狼のような小型だが凶暴なはぐれ魔物。

 2人は足が震えて動かない。

 

「あ、あ、うぅぅっ…」

 

 泣いて叫び声を挙げようとするが、恐怖で声が引きつる。ぶるぶる震えながら、ぽろぽろと涙だけが落ちる。

 

 逃げなきゃ。

 ――けれど、体が言うことを聞かなかった。

 

 獲物を前によだれを垂らす魔物。

 今にも襲いかかろうとした、次の瞬間。

 

 

「――離れろ!!」

 

 

 聞き覚えのある声と同時に、風を切る音が走った。

 アルブレヒトだった。

 木の枝を蹴り、魔物の注意を一身に引きつけるように飛び出し、そのまま拳を振るう。

 

 完全な一撃ではなかったが、魔物は怯み、距離を取った。

 

「ノルン、アイシャ! 後ろに下がれ!」

「ウゥ…グルルルッ!!!」

 

 直前で邪魔をされた魔物は、怒って歯をむき出しにする。

 

「お、おにいちゃん…」

「大丈夫だ。俺が来た」

 

 震える2人はアルブレヒトの背を見つめる。小さいはずのその背中が、頼もしく、大きく見えた。

 

「俺が、守る」

「ウガァァァ!!」

 

 襲いかかる魔物。

 アルブレヒトはそれに合わせ、ハイキックを叩き込む。

 みしり、という重い音ともに、吹き飛ばされる魔物。

 地面に叩きつけられた魔物は、よろよろと立ち上がり鳴き声をあげながら逃げていった。

 

 

 森に、静けさが戻る。

 

 

「……大丈夫か?」

 

 アルブレヒトは、2人の前にしゃがみ込み、視線を合わせた。

 

「う、うわぁぁぁあん!!!」

「ご、ごわがっだぁぁ!!」

 

 泣き始める2人。アルブレヒトは2人が泣き止むまで、じっと待っていた。

 

 

 

 

「あのね、ひっく…ノルン姉がね、探検に行こうって、言ったの。それでね、森に探検に行ったんだけど、と、途中で道がわ、わがんなくなっちゃっで…こわかっだ…」

 

 おぼつかないながらも説明するアイシャ。ノルンは唇を噛み締めて俯いていた。

 

「そうか、怖かったな。よく頑張ったな」

 

 2人の頭を撫でるアルブレヒト。

 

「でも、でも私…」

「失敗してもいいんだ、アイシャ」

 

 その一言に、アイシャが顔を上げる。

 

「完璧じゃなくていい。ちょっと間違えたかもしれないが、そんなこと気にするな。人は失敗するものだ」

 

 アイシャの目が、わずかに揺れた。

 

「……でも、私、怒られてばっかりで…できて当たり前、って……」

 

 アルブレヒトは、はっきりとした声で続けた。

 

「アイシャは、よく頑張ってる。大丈夫だ」

 

 その言葉に、アイシャの肩から力が抜け、小さく息を吸った。

 次に、アルブレヒトはノルンの方を見た。

 ノルンは俯いたまま、小さく震えている。

 

「ノルン」

 

 呼ばれて、びくりと肩が跳ねる。

 

「怖い中、アイシャを守ろうと一生懸命、頑張ってくれたんだな。さすがお姉ちゃんだ。ありがとう」

 

 ノルンは驚いたように顔を上げた。

 

「……わたし、何もできなかった。こわくて……」

 

 アルブレヒトは、優しく続ける。

 

「たしかに、今回は失敗したかもしれないな。…これからも失敗することはあると思う」

「でも、頑張ることはやめないでほしい」

 

 ノルンの目に、涙が溜まる。

 

「何事にも努力して一生懸命になれるのは、誰にも負けない、ノルンのいいところだ」

 

 ぽろり、と涙が落ちた。

 

「じゃあ、2人とも帰ろう」

 

 2人が小さく頷き、アルブレヒトと手を繋ぐ。そのまま3人は、森を抜け出ていった。

 

 

 

 

「ノルン!アイシャ!アル!!」

 

 ゼニスは駆け寄り、3人を力いっぱい抱き締めた。辺りは日が落ち始め、夕暮れ時であった。

 

「ごめんなさい、私が目を離したばっかりに……」

 

 声が震えている。抱きしめる腕が、ほんの少しだけ強すぎた。

 

「もごごご……」

 

 何か言おうとするアルブレヒトだが、顔が胸に埋まり、言葉にならない。

 

「おいおいゼニス、気持ちは分かるが離してやれ。アルが窒息しちまう」

「あ、ご、ごめんなさい!」

 

 ぱっと離れる。 その目尻は赤くなっていた。

 ゼニスはしゃがみ込み、3人の顔を順に確かめる。頬を撫で、手を握り、怪我がないか確認する。

 

「どこも、痛くない?」

「う、うん……」

「だいじょぶ……」

 

 ノルンとアイシャは小さく頷いたが、アルブレヒトの服の裾にぎゅっと掴まったままだった。

 パウロが一歩前に出る。

 

「で、アル。何があった?」

 

 アルブレヒトは一瞬だけ、妹たちを見る。視線がぶつかる。怯えた目。

 そして、迷いなく前を向いた。

 

「俺が探検に行こうと言い出し、2人を連れ出しました。帰り道が分からなくなり、こんな時間になってしまいました。申し訳ありません」

 

 驚いた顔でアルブレヒトを見上げるノルンとアイシャ。

 ノルンの唇が、かすかに震えた。アイシャは何か言いかけて、ぐっと飲み込む。

 

「ふーん……そうか。本当にお前が言い出したのか?」

 

 パウロの目は、わずかに細められている。 試すような視線。

 パウロはノルンとアイシャの顔も順に見る。

 何も言わないが、だいたいの察しはついていた。

 

「はい」

 

 一切の淀みがない。

 リーリャが一歩出る。

 

「アルブレヒトさま。庇うのはおやめください。アイシャが何か――」

「違います。俺のせいです」

 

 言い切る声は静かで、強い。

 ゼニスが、ふっと息を吐いた。

 

「リーリャ。今日はあまり厳しくしないようにします、じゃないの?」

「それは……」

 

 言葉に詰まるリーリャ。アイシャは、俯いたまま、アルの袖を握る力を強めた。

 パウロが腕を組み、鼻を鳴らす。

 

「うし。わかった。今回はアルが悪いってことにしよう」

「はい。申し訳ありませんでした」

「許す。そのかわり――明日の鍛錬は2倍だ!」

「はい!」

 

 即答。

 ノルンが、はっと顔を上げた。アイシャも、ぎゅっと唇を噛む。

 

「……ちがうの」

 

 小さな声。

 全員の視線がアイシャに向く。

 

「アル兄じゃ、ないの……」

 

 震えながら、続ける。

 

「わたしと、ノルン姉が……」

 

 ノルンも、ぽつりと呟く。

 

「わたしが、言い出したの……」

 

 一瞬の沈黙。

 アルブレヒトは、ゆっくり首を振った。

 

「2人とも、今日はよく頑張った」

 

 それだけ言って、妹たちの頭を撫でる。

 パウロはその様子を見て、ふっと息を漏らした。

 

「……いい子ね、本当に」

 

 ゼニスが呟く。

 パウロは照れくさそうに視線を逸らす。

 

「……あいつ、誰に似たんだか」

 

 だがその声は、どこか誇らしげだった。

 アルブレヒトは、2人の小さな手を取る。

 

「帰ろう」

 

 ノルンとアイシャは、小さく頷く。

 歩き出すその背を、ゼニスはじっと見つめていた。

 ほんの一瞬だけ、“守られている”はずの7歳の背中が、あまりにも大きく見えたからだ。

 

 森の木々が、静かに揺れる。

 その日、誰も口には出さなかったが――

 3人は少しだけ、家族になった。





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