激戦の翌日。
パーティーは王城にて行われることとなった。
大規模なパーティーのために用意された広間の一つ。
天井は高く、壁には大きな窓が並んでいる。
その中央には長いテーブルがいくつも並べられ、白い布が敷かれていた。
たった十日で用意できたとは思えないほどに行き届いた会場が、そこにあった。
使用人の一人として現地入りしたアルブレヒトはルーデウスと二人で待合室の入り口付近に立ちながら、参列者の顔を眺めた。
待合室と言っても狭いわけではなく、広間へ入る前の控えの場として、軽い立食パーティのような形になっている。
壁際には料理が並べられ、給仕たちが酒を運んでいる。
貴族たちはそれぞれ数人ずつ集まり、料理を摘まみながら言葉を交わしていた。
笑い声、小声で交わされる噂話、政治について語る声、王選の行方を予想する声。
誰がどの派閥についたのか、誰がどちらへ寝返ったのか、誰が次の王になるのか。
そんな会話が、あちこちから聞こえてくる。
そんな中、ある貴族が待合室に入ってきた。
ピレモン・ノトス・グレイラット。
歳は三十代中盤。パウロとよく似た顔をしていた。だが、その表情に、パウロの持つ飄々とした自信や余裕のようなものは存在していなかった。空腹の鼠のようにおどおどとした印象を受ける。
リスクを恐れ、安全な方向へ、安全な方向へと逃げるタイプの男。ルーデウスはそう感じた。
彼は長男と護衛を従え、入り口にいるルーデウスとアルブレヒトを忌々しそうな目で見た。
そして、吐き捨てるように言った。
「……ふん、いまさらノトスに戻れるとでも思っているのか?」
「思ってませんが」
「どうだか。本来なら、グレイラットを名乗る事すら許されぬ身であることを心得ておけ」
冷たくあしらうピレモン。
見当違いのことを言われたルーデウスは、困ったような顔を浮かべている。
「貴殿が、ルークの父親だな」
すると突然、アルブレヒトが口を開いた。
「アルブレヒト・グレイラットか。七大列強になったからと、ノトスに擦り寄ろうとでも?ご苦労なことだ」
「そんなことはどうでもいい」
「は? では、なぜ――」
「ルークを見ていろ」
「…? どういうことだ」
ピレモンが眉をひそめる。
「貴殿が思っているより、ルークは成長している」
アルブレヒトの脳裏に、ルークの姿が浮かんだ。
迷い、恐怖し、だがそれでも剣を握り直した姿。
「まだ未熟だが、貴殿よりよっぽど信念がある」
そして、自分が誰の騎士なのかを宣言した姿。
「だから、見ていろ」
「…はっ、何を言うかと思えば、言うに事欠いて意味のわからん挑発か?あの未熟者のどこを見ていろと?」
「今の貴殿にはわからないだろうな」
静かに火花を散らす両者。
「だが、見ていろ」
その声音には挑発するような響きはなかった。ただ確信だけがあった。
ピレモンはしばらくアルブレヒトを睨む。
「……ふん。時間の無駄だ。失礼する」
そして、そう言って去っていくピレモン。
アルブレヒトもすぐに目線を外し、ルーデウスのもとへと戻っていった。
■
パーティーの招待客が、ぞくぞくと待合室に集まってくる。
その中には、ダリウスの姿もあった。
「ひっ………」
ダリウスは、アルブレヒトとルーデウスの姿を見ると、怯えたように目を逸らした。
すると、脇に控えていた護衛――オーベールが、庇うように前に出て、アルブレヒトたちに近づいていった。
「
「…ええ。お久しぶりです、オーベール殿」
互いに、丁寧な挨拶をとる。まるで、昨日まで殺し合っていた者同士とは思えない。
「道中、何度か襲撃を受けたと聞いております。大変でしたな」
「いえ、大したことはありませんでした」
アルブレヒトは淡々と答える。
「………そうですか」
オーベールは、口元だけで笑った。
「卑劣なる手を使う刺客を、鮮やかな手並みにて切り抜けられたとか」
その言葉に、ほんの僅かに空気が張り詰めた。
オーベールの視線がアルブレヒトの目を射抜く。
自分の仲間を殺した男を見る目だった。
だが、恨みを露わにすることはない。
ただ、剣士として。次の戦いを望んでいる。
「次回は、真っ向勝負にて」
一瞬、オーベールの目が鋭くなる。
「ええ」
アルブレヒトも正面から応じた。
昨日の戦いの続きを、再び剣を交えることを、二人とも理解していた。
必要な役者は揃った。
やがて、広間の扉が開く。
待合室のざわめきが一瞬で静まった。
誰もがそちらを見る。
これより始まるのは、ただの宴ではない。
王を決めるための戦い。
その幕が今、上がろうとしていた。
■
パーティーが始まる。
貴族たちは順番に部屋へと入り、決められた席へと座っていく。
アルブレヒトたちは壁際、護衛達の立ち並ぶ場所にてそれを見ていた。
会場に貴族が入りきったのを見て、上座に立っていたアリエルが、一歩前へと出た。
「本日、お忙しい中、お集まり頂きありがとうございます」
主催のアリエルが開幕の挨拶をとる。
国王陛下の病状から始まり、国内情勢、留学中に抱いていた祖国への想いを述べる。
そして、前座が終わり、攻勢が始まった。
「さて、本日、皆様にお集まり頂いたのは他でもありません。二人ほど、皆様に紹介したい方がいるのです」
現れたのは、綺麗に着飾った一人の美しい女性。
彼女はゆっくりと会場を渡り、アリエルの隣に立った。
その顔を見て、ダリウスが目を見開く。
「パープルホース家次女、トリスティーナ嬢です」
会場がざわめく。
行方不明だったはずの少女。
死んだと聞かされていた少女。
トリスは貴族令嬢としての完璧な所作で一礼し、ダリウスの罪を語り始めた。
家に裏切られ、ダリウスに買われ、奴隷のように扱われたこと。
フィットア領消滅事件の裏で殺されかけたこと。
盗賊団に売られ、親分の慰み者にされこと。
そして、アリエルに救われたこと。
盗賊であることを隠すなど、多少の脚色はある。
だが、ここにいる者たちが欲しいのは真実だけではない。
人を裁くための、物語だ。
「さて…これは驚きました」
アリエルが前へ出る。
「ダリウス様。まさかあなたが権力を振りかざし、貴族の子女を誘拐し、あまつさえ性奴隷として扱うなど……」
そこでアリエルの口調は突如として苛烈になった。
ダリウスを糾弾する、叩きつけるような口調へと変化する。
「しかも、それが政の要たる上級大臣の手において為されたなどと!このアスラ王国において、あってはならぬ悪事!何か弁明はあらんや!」
ダリウスは、ふんと鼻息を一つふいた。
ゆっくりと立ち上がる。
「本日のアリエル様は、ずいぶんとお戯れがすぎるようだ」
ダリウスは古狸のような目をそのまま、トリスへと向けた。
「そのようなどこの馬の骨ともわからぬ女を連れてきて、パープルホース家の子女を騙らせるとは。
いや、このダリウス。そうした噂の耐えぬ男ではありますが、面と向かってそのような嘘を付かれたのは初めてでございます」
ダリウスはカラカラと笑いながら、周囲を見渡した。
トリスが偽物であると、周りに同意を求めんが如き所作で。
「ダリウス様は、今のお話が、狂言であると?」
「然り。逆に問わせて頂きますが、アリエル様。そのトリスティーナ殿が、本当にパープルホース家の子女であると、証明できる物はありますかな?」
「トリスティーナ」
そこでトリスが指輪を取り出した。
美しい紫水晶の馬彫物。
パープルホース家の証。
「なるほど。確かにパープルホース家の子女……と、言いたいところですが」
ダリウスは笑った。
「先日、王都で捕らえられた盗賊団の中から、トリスティーナ嬢の遺体が発見されております」
さらに、遺体には家族しか知らない、胸元の三日月形の痣があったという。
もちろん、嘘だ。
だが、それを証明する術はない。
「フレイタス・パープルホース殿、あなたも確認されましたな?」
いやらしい笑みを浮かべ、ダリウスはパープルホース家当主、フレイタスへ迫った。
「この女は偽物だと、そう宣言していただけぬか?この戯言を終わらせるためにも」
青い顔をするフレイタス。
アリエルは全く表情を変えず、ただ微笑をたたえていた。
緊迫した空気が会場内を流れる。
「わ、我が娘は……」
フレイタスはゆっくりと口を開いた。
「我が娘は、ダリウス上級大臣により、奪われました……」
「…!?フレイタス殿!なにを!?」
「そちらにいるのは、間違いなく我が娘、トリスティーナでございます!アリエル様、我が娘を攫い、監禁して辱めたダリウス上級大臣に裁きを!」
ダリウスが立ち上がる。
「馬鹿を言うなフレイタス!貴様は持っているはずだ!身元確認のために印を押した証文を!」
「……ダリウス様。そのようなものは、存在致しませぬ」
「……っ!!」
アリエルは、笑い続けている。
ずっと、薄く、薄く笑っている。
パープルホース家はすでにアリエルに寝返っていたのだ。
情に訴えかけたのか、策略で落としたのかは定かではないが、ダリウスはもうアリエルの掌の上だった。
「さて、ダリウス上級大臣。貴族の子女を誘拐し、監禁し、辱める。いかに王国の重鎮といえど、罪は罪。あなたは法により裁かれることでしょう」
ダリウスの顔が歪む。周囲を必死に見回すが、誰も目を合わせない。
誰も助けようとしない。
そう思われた、その時。
「――ずいぶんと、騒がしいパーティーだ」
第一王子、グラーヴェルが現れた。
■
グラーヴェル・ザフィン・アスラ。
金髪に顎髭を蓄えた、実務的な男。
アスラ王国第一王子であり、今回の王選で最も有力視されていた男だ。
グラーヴェルはゆっくりと歩み寄り、アリエルの目の前に立った。
「アリエル。父上がご病気の時に、こんな騒ぎを起こして、どうするつもりだ?」
「騒ぎとは……私はただ、貴族の名誉を守ったに過ぎません」
「時と場合を考えろと言っているのだ」
かぶりを振るグラーヴェル。
「父上が倒れた今、ダリウス上級大臣の手腕はアスラ王国にとって無くてはならぬものだ」
「例えそうであろうと、罪は罪です」
「例え罪だとしても、上級貴族であるダリウスと、中級貴族であるパープルホース。国の大事においてどちらを取るかなど、言わずともわかることだろう」
王族らしい、あからさまに人に優劣をつける物言い。
本来ならば批判もされそうなものだが、貴族の世界ではそれが正しかった。
「ええ、もちろん。ですが兄上、繰り返しますが、罪は罪。これを裁かなくては、国は立ち行きませぬ」
「……なるほど、これでは平行線だな」
グラーヴェルはやれやれとばかりに頭を振り、周囲を見渡した。
「我ら二人では結論が出ないようだ。こういう場で決断をしてくれる、ダリウス上級大臣も渦中……となれば」
そしてグラーヴェルは、貴族たちに問いかけた。
「慣例に従い、多数決にて決めようではないか。せっかくこの場には、この国の重鎮のほとんどが勢揃いしているのだから。
決めようではないか、私とアリエル、どちらが正しいのかを」
貴族たちが息を呑む。
これは、ただの多数決ではない。
アリエルにつくか。
グラーヴェルにつくか。
それを決める意思表示となる。
しかし、ダリウスを失っても、グラーヴェル派はまだ強大だ。四大地方領主、ノトス、ボレアス。それ以外にも、上級貴族たちの何人もがグラーヴェルについている。数だけを見れば、勝負は明らかだった。
「そうですね。兄上」
アリエルは落ち着き払って微笑む。
「ですが、その前に。もう一人、皆様にご紹介したい者がいます」
アリエルが指を鳴らす。
次の瞬間、城の一角から、巨大な火柱が上がった。
中級火魔術、フレイムピラー。
炎が弾ける。
その瞬間、巨大な影の輪郭がはっきりと浮かび上がった。
空に浮かぶ巨大な建造物。幾つもの塔。巨大な城壁。複雑に組み合わされた構造。
そして、その中心にそびえる、巨大な城。
それは、城塞だった。だが、ただの城塞ではない。そして、大地に建てられたものでもない。夜空そのものを大地として、巨大な城塞が、宙に浮かんでいた。
「なっ……!」
「お、おお…!」
そこには、空中城塞ケイオスブレイカーがあった。
畏れおののく貴族たちを尻目にあっという間にケイオスブレイカーは迫り、王城の真上に停止した。
「まさか……おいでになるのか……」
「そんな、いや、しかし……」
ざわめく貴族たちは、先ほどの緊張を吹き飛ばした興奮の面持ちで、窓の外を見ている。
アリエルの従者エルモアが、下座の扉の前へと立った。
やがて足音が聞こえる。
コツコツという音は、一人分のもの。
だが、護衛の中には、気配が一人分ではないと察する者もいた。
十三人。
気配の数に気づいたものは、震えた。
伝承の通りである、と。
足音は、扉の前で止まった。
「おいでになりました」
エルモアの言葉に、何人かが息を飲んだ。
そうして、扉は開けられた。
ざわり、と場の空気が変わった。
「………!」
白いマント、銀髪、金色の瞳。
十二のしもべを従えた王が、悠然と会場へ入ってきた。
「本日は招待に預かり恐悦至極。アリエル・アネモイ・アスラよ。……少し遅れてしまったか?」
「いいえ、主役は遅れて登場するものでございます」
アリエルは満面の笑みを浮かべる。
ペルギウスを見上げ、呆然とするグラーヴェル。
「皆様、ご紹介しましょう。
『魔神殺しの三英雄』の一人。
『甲龍王』ペルギウス・ドーラ様でございます」
ペルギウスは頭を下げず、視線だけで周囲を睥睨した。
全ての貴族たちが、慌てて立ち上がり、膝を折って頭を垂れた。
「ペルギウス・ドーラである」
名前を名乗っただけ。だが、それだけで圧倒される王気があった。
ペルギウスに、アスラ王国の政治を決める権限などない。
それでも、その場にいる誰もが彼に逆らえなかった。
まるで、この場で最も高位にいるのが彼であるかのように。
「さて、皆の者。顔を上げよ。
今宵は我も招かれたにすぎん。一時ながらも共に席次を並べる仲だ。そう畏まる必要は無い」
その言葉に、貴族たちは戸惑いながらも席へ戻っていく。
その様子を眺めていたペルギウスが、ふと口を開いた。
「おや」
視線の先には、空席が三つ。
上座から並んで、三つ。
立っているのは三人。
アリエル、グラーヴェル、ペルギウス。
「おお、これは困った。空席が3つ。
さて、アリエル・アネモイ・アスラよ。
グラーヴェル・ザフィン・アスラよ。
我は、どこに座ればよろしいか」
「……!」
グラーヴェルの顔が強張る。
アリエルはこのためにペルギウスを呼んだのだ。このために場を整えたのだ。そう直感する。
だが、ここに至ってはもうグラーウェルは何もできない。
「それは…もちろん……最上位の席へと、お座りください」
ただ、項垂れるように頭を下げた。
ペルギウスに席を譲る必要はない。
ペルギウスに王を決める力などない。
だが、どうしても譲ってしまう。彼の一挙一投足で、貴族たちがうろたえる。第一王子のグラーウェルですら、動揺を隠せなかった。
平常のままでいるのはアリエルだけ。
「いいや。我はすでにこの国を長く離れすぎた。次代の王の席を奪うわけにはゆくまい」
ペルギウスはアリエルの背を押した。
次代の王と言いながら、アリエルの背中を。
「アリエルよ。その席には貴様が座れ。我は隣に座らせていただくとしよう」
その時、この場にいる誰もが理解した。
アリエルは、勝ったのだと。
次代の王は、アリエルに決まったのだと。
■
パーティ会場には、沈黙が流れていた。
誰もが息を呑んでいた。アスラ王国、その新しい王の誕生に。
もう誰もアリエルを邪魔する者はいない。
ダリウスもグラーウェルも、もう打つ手はない。
だが、しかし――
「ペルギウス様!」
控えていたシルヴァリルが声をあげる。
それと同時に、天井のシャンデリアが落ちてきた。いや、それだけではない。人影が一つ、共にあった。
「やれやれ、夢のお告げはこういう事かい……」
真下にあり、破壊されたテーブルの中心に立つその影は小さかった。
白い髪に、肌には深いしわが刻まれている。
老齢の女性だ。手には黄金の剣が握られている。
「ほれ、ダリウス。助けにきてやったよ」
水神、レイダ・リィア。
奥義『剥奪剣界』を唯一使いこなす剣士。水神流における最強。
決戦が、始まる。