激戦の翌日。
パーティーは王城にて行われることとなった。
大規模なパーティーのために用意された広間の一つ。
天井は高く、壁には大きな窓が並んでいる。
その中央には長いテーブルがいくつも並べられ、白い布が敷かれていた。
たった十日で用意できたとは思えないほどの行き届いた会場が、そこにあった。
使用人の一人として現地入りしたアルブレヒトは、ルーデウスと二人で待合室の入り口付近に立ちながら、参列者の顔を眺めた。
待合室と言っても狭いわけではなく、広間へ入る前の控えの場として、軽い立食パーティのような形になっている。
壁際には料理が並べられ、給仕たちが酒を運んでいる。
貴族たちはそれぞれ数人ずつ集まり、料理を摘まみながら言葉を交わしていた。
笑い声、小声で交わされる噂話、政治について語る声、王選の行方を予想する声。
誰がどの派閥についたのか、誰がどちらへ寝返ったのか、誰が次の王になるのか。
そんな会話が、あちこちから聞こえてくる。
表面上は穏やかな社交の場。
だが、その実態は、これから始まる戦いの前哨戦だ。
そんな中、ある貴族が待合室に入ってきた。
ピレモン・ノトス・グレイラット。
歳は三十代中盤。パウロとよく似た顔をしていた。だが、その表情に、パウロの持つ飄々とした自信や余裕のようなものは存在していなかった。空腹の鼠のようにおどおどとした印象を受ける。
リスクを恐れ、安全な方向へ、安全な方向へと逃げるタイプの男。ルーデウスはそう感じた。
彼は長男と護衛を従え、入り口にいるルーデウスとアルブレヒトを忌々しそうな目で見た。
そして、吐き捨てるように言った。
「……ふん、いまさらノトスに戻れるとでも思っているのか?」
「思ってませんが」
「どうだか。本来なら、グレイラットを名乗る事すら許されぬ身であることを心得ておけ」
冷たくあしらうピレモン。
見当違いのことを言われたルーデウスは、困ったような顔を浮かべている。
「貴殿が、ルークの父親だな」
すると突然、アルブレヒトが口を開いた。
「アルブレヒト・グレイラットか。七大列強になったからと、ノトスに擦り寄ろうとでも?ご苦労なことだ」
「そんなことはどうでもいい」
「は? では、なぜ――」
「ルークを見ていろ」
「…? どういうことだ」
ピレモンが眉をひそめる。
「貴殿が思っているより、ルークは成長している」
アルブレヒトの脳裏に、ルークの姿が浮かんだ。
迷い、恐怖し、だがそれでも剣を握り直した姿。
「まだ未熟だが、貴殿よりよっぽど信念がある」
そして、自分が誰の騎士なのかを、もう一度その口で言った姿。
「だから、見ていろ」
「…はっ、何を言うかと思えば、言うに事欠いて意味のわからん挑発か?あの未熟者のどこを見ていろと?」
「今の貴殿にはわからないだろうな」
静かに火花を散らす両者。
「だが、見ていろ」
その声音には、挑発するような響きはなかった。ただ確信だけがあった。
ピレモンはしばらくアルブレヒトを睨む。
「……ふん。時間の無駄だ。失礼する」
そして、そう言って去っていくピレモン。
アルブレヒトもすぐに目線を外し、ルーデウスのもとへと戻っていった。
■
パーティーの招待客が、ぞくぞくと待合室に集まってくる。
その中には、ダリウスの姿もあった。
「ひっ………」
ダリウスは、アルブレヒトとルーデウスの姿を見ると、怯えたように目を逸らした。
すると、脇に控えていた護衛――オーベールが、庇うように前に出て、アルブレヒトたちに近づいていった。
「"お久しぶりです"、アルブレヒト殿」
「…ええ。お久しぶりです、オーベール殿」
互いに、丁寧な挨拶をとる。まるで、昨日まで殺し合っていた者同士とは思えない。
「道中、何度か襲撃を受けたと聞いております。大変でしたな」
「いえ、大したことはありませんでした」
アルブレヒトは淡々と答える。
「………そうですか」
オーベールは、口元だけで笑った。
「卑劣なる手を使う刺客を、鮮やかな手並みにて切り抜けられたとか」
その言葉に、ほんの僅かに空気が張り詰めた。
オーベールの視線がアルブレヒトの目を射抜く。
自分の仲間を殺した男を見る目だった。
だが、恨みを露わにすることはない。
ただ、剣士として。次の戦いを望んでいる。
「次回は、真っ向勝負にて」
一瞬、オーベールの目が鋭くなる。
「ええ」
アルブレヒトも正面から応じた。
昨日の戦いの続きを、再び剣を交えることを。
二人とも理解していた。
そして、そのすぐ後ろには、怯えたダリウスがいる。
アリエルの前に立ちはだかる最大の障害。
その護衛として立つオーベール。
それを迎え撃つアルブレヒト。
必要な役者は、揃った。
やがて、広間の扉が開く。
待合室のざわめきが、一瞬で静まった。
誰もがそちらを見る。
これより始まるのは、ただの宴ではない。
王を決めるための戦い。
その幕が、今、上がろうとしていた。
■
パーティーが始まる。
貴族たちは順番に部屋へと入り、決められた席へと座っていく。
アルブレヒトたちは壁際、護衛達の立ち並ぶ場所にてそれを見ていた。
会場に貴族が入りきったのを見て、上座に立っていたアリエルが、一歩前へと出た。
「本日、お忙しい中、お集まり頂きありがとうございます」
主催のアリエルが開幕の挨拶をとる。
国王陛下の病状から始まり、国内情勢、留学中に抱いていた祖国への想いを述べる。
そして、前座が終わり、攻勢が始まった。
「さて、本日、皆様にお集まり頂いたのは他でもありません。二人ほど、皆様に紹介したい方がいるのです」
現れたのは、綺麗に着飾った一人の美しい女性。
彼女はゆっくりと会場を渡り、アリエルの隣に立った。
その顔を見て、ダリウスが目を見開く。
「パープルホース家次女、トリスティーナ嬢です」
会場がざわめく。
行方不明だったはずの少女。
死んだと聞かされていた少女。
トリスは貴族令嬢としての完璧な所作で一礼し、ダリウスの罪を語り始めた。
家に裏切られ、ダリウスに買われ、奴隷のように扱われたこと。
フィットア領消滅事件の裏で殺されかけたこと。
盗賊団に売られ、親分の慰み者にされこと。
そして、アリエルに救われたこと。
盗賊であることを隠すなど、多少の脚色はある。
だが、ここにいる者たちが欲しいのは真実だけではない。
人を裁くための、物語だ。
「さて…これは驚きました」
アリエルが前へ出る。
「ダリウス様。まさかあなたが権力を振りかざし、貴族の子女を誘拐し、あまつさえ性奴隷として扱うなど……」
そこでアリエルの口調は突如として苛烈になった。
ダリウスを糾弾する、叩きつけるような口調へと変化する。
「しかも、それが政の要たる上級大臣の手において為されたなどと!このアスラ王国において、あってはならぬ悪事!何か弁明はあらんや!」
ダリウスは、ふんと鼻息を一つふいた。
ゆっくりと立ち上がる。
「本日のアリエル様は、ずいぶんとお戯れがすぎるようだ」
ダリウスは古狸のような目をそのまま、トリスへと向けた。
「そのようなどこの馬の骨ともわからぬ女を連れてきて、パープルホース家の子女を騙らせるとは。
いや、このダリウス。そうした噂の耐えぬ男ではありますが、面と向かってそのような嘘を付かれたのは初めてでございます」
ダリウスはカラカラと笑いながら、周囲を見渡した。
トリスが偽物であると、周りに同意を求めんが如き所作で。
「ダリウス様は、今のお話が、狂言であると?」
「然り。逆に問わせて頂きますが、アリエル様。そのトリスティーナ殿が、本当にパープルホース家の子女であると、証明できる物はありますかな?」
「トリスティーナ」
そこでトリスが指輪を取り出した。
美しい紫水晶の馬彫物。
パープルホース家の証。
「なるほど。確かにパープルホース家の子女……と、言いたいところですが」
ダリウスは笑った。
「先日、王都で捕らえられた盗賊団の中から、トリスティーナ嬢の遺体が発見されております」
さらに、遺体には家族しか知らない、胸元の三日月形の痣があったという。
もちろん、嘘だ。
だが、それを証明する術はない。
「フレイタス・パープルホース殿、あなたも確認されましたな?」
いやらしい笑みを浮かべ、ダリウスはパープルホース家当主、フレイタスへ迫った。
「この女は偽物だと、そう宣言していただけぬか?この戯言を終わらせるためにも」
青い顔をするフレイタス。
アリエルは全く表情を変えず、ただ微笑をたたえていた。
緊迫した空気が会場内を流れる。
「わ、我が娘は……」
フレイタスはゆっくりと口を開いた。
「我が娘は、ダリウス上級大臣により、奪われました……」
「…!?フレイタス殿!なにを!?」
「そちらにいるのは、間違いなく我が娘、トリスティーナでございます!アリエル様、我が娘を攫い、監禁して辱めたダリウス上級大臣に裁きを!」
ダリウスが立ち上がる。
「馬鹿を言うなフレイタス!貴様は持っているはずだ!身元確認のために印を押した証文を!」
「……ダリウス様。そのようなものは、存在致しませぬ」
「……っ!!」
アリエルは、笑い続けている。
ずっと、薄く、薄く笑っている。
パープルホース家はすでに、アリエルに寝返っていたのだ。
情に訴えかけたのか、策略で落としたのかは定かではないが、ダリウスはもうアリエルの掌の上だった。
「さて、ダリウス上級大臣。貴族の子女を誘拐し、監禁し、辱める。いかに王国の重鎮といえど、罪は罪。あなたは法により裁かれることでしょう」
ダリウスの顔が歪む。周囲を必死に見回すが、誰も目を合わせない。
誰も助けようとしない。
そう思われた、その時。
「――ずいぶんと、騒がしいパーティーだ」
第一王子、グラーヴェルが現れた。
■
グラーヴェル・ザフィン・アスラ。
金髪に顎髭を蓄えた、実務的な男。
アスラ王国第一王子であり、今回の王選で最も有力視されていた男だ。
グラーヴェルはゆっくりと歩み寄り、アリエルの目の前に立った。
「アリエル。父上がご病気の時に、こんな騒ぎを起こして、どうするつもりだ?」
「騒ぎとは……私はただ、貴族の名誉を守ったに過ぎません」
「時と場合を考えろと言っているのだ」
かぶりを振るグラーヴェル。
「父上が倒れた今、ダリウス上級大臣の手腕はアスラ王国にとって無くてはならぬものだ」
「例えそうであろうと、罪は罪です」
「例え罪だとしても、上級貴族であるダリウスと、中級貴族であるパープルホース。国の大事においてどちらを取るかなど、言わずともわかることだろう」
王族らしい、あからさまに人に優劣をつける物言い。
本来ならば批判もされそうなものだが、貴族の世界ではそれが正しかった。
「ええ、もちろん。ですが兄上、繰り返しますが、罪は罪。これを裁かなくては、国は立ち行きませぬ」
「……なるほど、これでは平行線だな」
グラーヴェルはやれやれとばかりに頭を振り、周囲を見渡した。
「我ら二人では結論が出ないようだ。こういう場で決断をしてくれる、ダリウス上級大臣も渦中……となれば」
そしてグラーヴェルは、貴族たちに問いかけた。
「慣例に従い、多数決にて決めようではないか。せっかくこの場には、この国の重鎮のほとんどが勢揃いしているのだから。
決めようではないか、私とアリエル、どちらが正しいのかを」
貴族たちが息を呑む。
これは、ただの多数決ではない。
アリエルにつくか。
グラーヴェルにつくか。
それを決める意思表示となる。
しかし、ダリウスを失っても、グラーヴェル派はまだ強大だ。四大地方領主、ノトス、ボレアス。それ以外にも、上級貴族たちの何人もが、グラーヴェルについている。数だけを見れば、勝負は明らかだった。
「そうですね。兄上」
アリエルは落ち着き払って微笑む。
「ですが、その前に。もう一人、皆様にご紹介したい者がいます」
アリエルが指を鳴らす。
次の瞬間、城の一角から、巨大な火柱が上がった。
中級火魔術、フレイムピラー。
炎が弾ける。
その瞬間、巨大な影の輪郭が、はっきりと浮かび上がった。
空に浮かぶ巨大な建造物。幾つもの塔。巨大な城壁。複雑に組み合わされた構造。
そして、その中心にそびえる、巨大な城。
それは、城塞だった。だが、ただの城塞ではない。そして、大地に建てられたものでもない。夜空そのものを大地として、巨大な城塞が、宙に浮かんでいた。
「なっ……!」
「お、おお…!」
そこには、空中城塞ケイオスブレイカーがあった。
畏れおののく貴族たちを尻目に、みるみるうちにケイオスブレイカーは迫り、王城の真上に停止した。
「まさか……おいでになるのか……」
「そんな、いや、しかし……」
ざわめく貴族たちは、先ほどの緊張を吹き飛ばした興奮の面持ちで、窓の外を見ている。
アリエルの従者エルモアが、下座の扉の前へと立った。
やがて、足音が聞こえる。
コツコツという音は、一人分のもの。
だが、護衛の中には、気配が一人分ではないと察する者もいた。
十三人。
気配の数に気づいたものは、震えた。
伝承の通りである、と。
足音は、扉の前で止まった。
「おいでになりました」
エルモアの言葉に、何人かが息を飲んだ。
そうして、扉は開けられた。
ざわりと、場の空気が変わった。
「………!」
白いマント、銀髪、金色の瞳。
十二のしもべを従えた王が、悠然と会場へ入ってきた。
「本日は招待に預かり、恐悦至極。アリエル・アネモイ・アスラよ。……少し遅れてしまったか?」
「いいえ、主役は遅れて登場するものでございます」
アリエルは満面の笑みを浮かべる。
ペルギウスを見上げ、呆然とするグラーヴェル。
「皆様、ご紹介しましょう。
『魔神殺しの三英雄』の一人。
『甲龍王』ペルギウス・ドーラ様でございます」
ペルギウスは頭を下げず、視線だけで周囲を睥睨した。
全ての貴族たちが、慌てて立ち上がり、膝を折って頭を垂れた。
「ペルギウス・ドーラである」
名前を名乗っただけ。だが、それだけで圧倒される王気があった。
ペルギウスに、アスラ王国の政治を決める権限などない。
それでも、その場にいる誰もが彼に逆らえなかった。
まるで、この場で最も高位にいるのが彼であるかのように。
「さて、皆の者。顔を上げよ。
今宵は我も招かれたにすぎん。一時ながらも共に席次を並べる仲だ。そう畏まる必要は無い」
その言葉に、貴族たちは戸惑いながらも席へ戻っていく。
その様子を眺めていたペルギウスが、ふと口を開いた。
「おや」
視線の先には、空席が三つ。
上座から並んで、三つ。
立っているのは三人。
アリエル、グラーヴェル、ペルギウス。
「おお、これは困った。空席が3つ。
さて、アリエル・アネモイ・アスラよ。
グラーヴェル・ザフィン・アスラよ。
我は、どこに座ればよろしいか」
「……!」
グラーヴェルの顔が強張る。
アリエルはこのためにペルギウスを呼んだのだ。このために場を整えたのだ。そう直感する。
だが、ここに至ってはもうグラーウェルは何もできない。
「それは…もちろん……最上位の席へと、お座りください」
ただ、項垂れるように頭を下げた。
ペルギウスに席を譲る必要はない。
ペルギウスに王を決める力などない。
だが、どうしても譲ってしまう。彼の一挙一投足で、貴族たちがうろたえる。第一王子のグラーウェルですら、動揺を隠せなかった。
平常のままでいるのはアリエルだけ。
「いいや。我はすでにこの国を長く離れすぎた。次代の王の席を奪うわけにはゆくまい」
ペルギウスはアリエルの背を押した。
次代の王と言いながら、アリエルの背中を。
「アリエルよ。その席には貴様が座れ。我は隣に座らせていただくとしよう」
その時、この場にいる誰もが理解した。
アリエルは、勝ったのだと。
次代の王は、アリエルに決まったのだと。
■
パーティ会場には、沈黙が流れていた。
誰もが息を呑んでいた。アスラ王国、その新しい王の誕生に。
もう誰もアリエルを邪魔する者はいない。
ダリウスもグラーウェルも、もう打つ手はない。
だが、しかし――
「ペルギウス様!」
控えていたシルヴァリルが声をあげる。
それと同時に、天井のシャンデリアが落ちてきた。いや、それだけではない。人影が一つ、共にあった。
「やれやれ、夢のお告げはこういう事かい……」
真下にあり、破壊されたテーブルの中心に立つその影は小さかった。
白い髪に、肌には深いしわが刻まれている。
老齢の女性だ。手には黄金の剣が握られている。
「ほれ、ダリウス。助けにきてやったよ」
水神、レイダ・リィア。
奥義『剥奪剣界』を唯一使いこなす剣士。水神流における最強。
決戦が、始まる。
■
光が奔る。
脇に控えていたペルギウスの配下、『光輝』のアルマンフィが、光速でレイダの背後を取る。
そして、すぐに両断され、光の粒子となって消滅した。
次に動いたのも、ペルギウスの配下『波動』のトロフィモス。
彼は手をレイダに向けて、何かを放とうとした。
だが、レイダが一瞬、剣を傾けただけで、トロフィモスは真っ二つになった。
彼もまた、光の粒子となって消滅する。
「誰も動くんじゃないよ。こうなりたくなかったらね」
『剥奪剣界』。範囲内で動いたものに反応して、すべてを切り捨てる結界。
――動けない。
誰も、動けない。
呼吸すら、意識しなければならなかった。
吸う。吐く。
それだけの動作が、命懸けになる。
指一本動かせない。衣服の裾すら、揺らせない。
誰かの額から、一筋の汗が落ちようとした。
「……っ」
それを見た瞬間、誰もが息を呑んだ。
汗の雫が落ちる。それだけで斬られる。
そんな恐れがあった。
汗を拭うこともできない。
顔を動かすこともできない。
ただ、その雫が落ちるのを見ているしかない。
ぽたり。雫が落ちる。
場は、完全にレイダが支配していた。
「……動く奴ぁいないようだね。それじゃ、オーベール」
「な、なんですかな……?」
「アリエルとペルギウスと……あと泥沼とアルブレヒトだね。さっさとそいつらの首を刎ねちまいな」
冷たく言い放つレイダ。
アルブレヒトとは一時期手ずから教えた関係ではあったが、剣を持ち対面した以上、レイダに一切の容赦はなかった。
「そ、某がか?」
「そうだよ。他に誰がやるんだい?」
「しかし……」
オーベールはそこで、ちらりとエリスとアルブレヒトの方を見た。
特に、アルブレヒトと目が合う。オーベールの目には強い迷いが見えた。
レイダはそれを横目で見て、据わった目のままチッ、と舌打ちをした。
「相手にエリスとアルブレヒトがいたのがいけなかったんだねぇ。森での襲撃にしても、夜道での襲撃にしても、半端な事やりやがって。あんたみたいな卑怯者でも、弟子や友人の前だと剣士っぽく振る舞っちまう」
レイダは苛立ちのまま罵り続ける。
「あんた、なんのために高い金もらって雇われてんだい?北帝って箔で金だけ取って、兄弟弟子を三人も失って。それで雇い主が死ぬのを指くわえて見てるためかい?」
「……」
「あんたぁ、もっと汚いはずだろう?」
「……そうであるな」
オーベールが動いた。
剣を抜き、アリエルのいる方向へと向かって、歩き出した。
「……なっ! これは!」
その時、城の警備をしていた者達が、部屋に突入してきた。
鎧姿の騎士たち。
「け、剣を捨て……!」
「動くんじゃないよ!」
レイダの一喝は、騎士を止めさせた。
しかし、その中に一人、忠告を聞かずに数歩、前に出る者があった。
その人物は、重圧の中で数歩歩き、兜を取り去った。
兜の下から現れたのは、水王イゾルテ・クルーエル。
「お師匠様、なぜ、これは、一体、どういう…?」
「ああ、イゾルテかい……」
「このような場で奥義を使うなんて……!」
「はいはい、説明してあげるよ。本日この場にて行われるのは、水神レイダと北帝オーベールの凶行さね」
「凶……行?」
イゾルテが眉をひそめ、レイダが言葉を続ける。
「二人は共謀し……そうさね、王竜王国にでも雇われてたって事にしようかね。莫大な金に目がくらみ、王国の要人を暗殺しようとしたのさ。
アリエルと、他何名かを惨殺した所で、たまたま居合わせた見習い騎士のあんたに斬られる。イゾルテ・クルーエルは英雄となり、水神流は存続する……」
レイダはハッと笑って、第一王子の方を見た。
「うん、いい筋書きじゃあないか。物書きにでもなればよかったねぇ……そういう方向で頼むよ、グラーヴェルの坊や」
「何を馬鹿なことを言ってるんですか、お師匠様……っ!」
イゾルテは一歩踏みだそうとして、脚を止める。
レイダの殺気が、イゾルテを止めたのだ。
「……はやくやりな、オーベール」
「……」
「なんだい、北神流の地位が下がるとか考えてんのかい?ふざけんじゃないよ、あんたの不手際の尻拭いをしてやってんだ。今更尻込みするんじゃないよ、覚悟を決めな」
オーベールは唇を噛み、拳を強く握った。
そして剣を持ち直し、アリエルに向き直る。
だが、剣が震えている。躊躇しているのだ。
しかし、オーベールもいつまでも迷ってはいないだろう。アリエルに凶刃が振り下ろされるのは、遠くない未来だった。
レイダたち以外の、誰もが動けない。
「………」
アルブレヒト、以外は。
「やめろ、アル…!死ぬぞ…!」
アルブレヒトが動こうとする気配を察知し、必死に止めるルーデウス。
「大丈――」
「蘇るから大丈夫、なんて言ったら絶対許さないぞ。お前だって無限に生き返れるわけじゃないだろ……」
アルブレヒトの言葉を遮るルーデウスの声は、震えていた。
「大丈夫です」
「だから――!」
ルーデウスは思わず声を荒らげる。
だが、アルブレヒトは動じない。
振り返ったその顔は、いつもと変わらなかった。
冷静で。静かで。
そして、決意だけが、はっきりと宿っている。
「策があります」
「……!」
「少し賭けにはなりますが、うまくいけば一度も死なずに剥奪剣界を突破できます」
「…本当、なのか?」
「本当です」
ルーデウスはアルブレヒトを見る。
その瞳に迷いはなかった。
「…………」
「このままだとアリエル王女も、兄さんも死んでしまう。危険でもやるしかないんです」
「だけど……」
「俺を、信じてください」
顔を歪め、しばらく考えて、大きくため息をつくルーデウス。ルーデウスは知っていた。こういう時の弟は絶対に譲らないと。
「……あー、もう。なんだかんだ、毎回言いくるめられてる気がしてきた。…わかったよ、好きにやれ」
ルーデウスは苦笑する。
それでも、その顔には心配が消えていない。
「でも、絶対死ぬんじゃないぞ」
「はい」
そして、アルブレヒトは一歩、踏み出した。
「―――あたしは、忠告したよ」
黄金の剣が煌めく。
アルブレヒトの胴が、鎧ごと裂かれる。
血が噴き出し、臓腑がこぼれ出そうになる。
"しかし、両断はされない"。
「―――ッ!?」
驚愕するレイダ。
確実に胴を真っ二つにしたはずだった。しかし、なぜか皮一枚アルブレヒトは耐えている。
「――――!!」
"奇跡"惜別の涙。致命傷であっても、命を踏みとどまらせる奇跡。パーティが始まる前、念のためにかけておいた奇跡だ。
しかし、ほんの瞬きほどの時間しか稼げない。すぐに二の太刀がくる。
それでも、ほんの一瞬で十分だった。
黄金の剣閃が奔る。
それより先に、アルブレヒトはストームルーラーを抜いていた。
嵐と、剣がぶつかり合う。
大きな音が響く。
「――チッ!」
何度も、黄金が煌めく。
そのたびに、嵐とぶつかり合い、相殺される。
そして、アルブレヒトはゆっくりと歩き出した。
「計画変更だ!オーベール、ダリウスを連れて逃げな!」
レイダの判断は早かった。
「な、なぜダリウスを?グラーウェル殿下ではなく…?」
「ま、あたしみたいな婆でも、恩を忘れないってことさね」
オーベールは戸惑いながらも、ダリウスを連れて逃げる。
そして、アルブレヒトが、レイダに迫る。
最初に負った傷も、片手に持った聖鈴で治癒した。
ゆっくりと、ゆっくりとレイダに近づく。
一歩。また一歩。
ゆっくりと。
「……っ」
レイダの剣が閃く。
黄金の軌跡が、幾重にも走った。
一歩踏み込めば斬られる。
腕を動かせば斬られる。
息をすることさえ躊躇われるほどの剣界。
それでも、アルブレヒトは止まらない。
轟々と吹き荒れる嵐が、その身を包んでいる。
レイダの剣閃が迫る。
無数の斬撃が、あらゆる方向からアルブレヒトへ襲いかかる。
だが、そのすべてが、嵐に阻まれた。
黄金の剣閃が風に弾かれる。
弾かれ、砕ける。そのたびに、黄金の火花が宙に散った。
風の中で、黄金が弾ける。
ひとつ。またひとつ。
アルブレヒトが一歩進むたび、その光が増えていく。
まるで、荒れ狂う嵐の中で、黄金の花が次々と咲いているようだった。
アルブレヒトは歩く。
一歩。また一歩。
レイダとの距離が、少しずつ縮まっていく。
「…………」
レイダの目が細くなる。
剣閃がさらに速くなる。
だが、それでも止められない。
アルブレヒトは、ただ前を見る。
剣を構え、嵐を纏い、ゆっくりと。
恩人へ向かって歩いていく。
ふと、アルブレヒトの脳裏に、遠い日の光景が浮かんだ。
剣の聖地で過ごした、あの日々。
それは冬が終わり、春が近づいていた日だった。
いつものようにレイダから修行を受けていた中、金の花びらが風に流され、アルブレヒトたちの前を舞った。
『…アルブレヒト、ちょっと修行を中断するよ』
『…?どうかしましたか?』
『ちょっと、お花見でもしようかと思ってね』
そう言って悪戯っぽく笑うレイダ。
レイダに連れられて行った先には、黄金の花畑があった。
『見事なもんさね。どうだい?たまには修行も忘れて、ゆっくりお花見でもしようじゃないか』
『…お断りします。俺に花を愛でている時間はありません』
その時は、そう言って去ってしまった。
今思えば、どうして断ってしまったのだろうか。
どうして、今になって思い出してしまったのか。
後悔ばかりだ。
もっと言葉を重ねればよかった。
もっと時間を共にすればよかった。
いや、結局剣を交えることになるのなら、そんなことはしなくてよかったのかもしれない。だが、そう思おうとしても、今はただただ無性にむなしかった。
本当に彼女には世話になった。
だが、ここで彼女を見逃すわけにはいかない。
家族のため、血で汚れる覚悟はもうできている。
しかし――
ついにレイダの眼の前に立つアルブレヒト。
剥奪剣界は解除され、火花が散ることもない。
「強く、なったねえ…」
感慨深そうにつぶやくレイダ。
「…レイダ殿。剣を引く気はありませんか」
「ないね。ダリウスを殺させる気はない」
言葉少なに否定するレイダ。
「……………そうですか」
本当に悲しそうに、残念そうに目を伏せるアルブレヒト。
しかし、それは一瞬だけで、すぐに向き直る。
「では」
「ああ」
一歩、踏み込む。
ストームルーラーが、レイダの胸を貫いた。
心臓を、一突き。
首は落とさない。死体はなるべく綺麗にしたかった。それがアルブレヒトの唯一の慈悲だった。
びくり、と一瞬身体が震え、レイダの身体から力が失われていく。
レイダは、薄く笑みを浮かべながら、死んでいった。
「お、おばあちゃん!!!」
イゾルテの絶叫が響く。
優しく、死体から剣を抜くアルブレヒト。そのままレイダを抱える。
「おばあちゃん!おばあちゃあん!」
イゾルテが駆け寄り、レイダの亡骸を奪うように抱きしめた。
亡骸に縋りつき、泣き続けるイゾルテ。
「うああああ!!ああああ!!」
アルブレヒトは、それから目を逸らさなかった。
自分がやったことだ。自分が産んだ悲劇だ。せめて、向き合うのが礼儀だと思った。
ふと、テーブルに供えられている花が視界に入る。剣の聖地で見た、黄金の花だった。
アルブレヒトは無言でその花を取ると、レイダの亡骸の傍に静かに置き、去っていった。
「兄さん、行きましょう。オーベール殿たちを追わないと」
「…………ああ、わかった」
ルーデウスは何か言いたげにしていたが、状況がそれを許さない。
オーベールは、ダリウスは逃げたままだ。
ダリウスが死なない限り、この戦いは終わらない。
■
ダリウスとオーベールを追う。
エリス、ギレーヌ、ルーデウスと共に、アルブレヒトは廊下を駆けていた。
「こっちだ!」
先頭を走るギレーヌが叫ぶ。
鋭い嗅覚が、逃げた二人の残した気配を追っている。
王宮の廊下を、四人の足音が駆け抜けていく。
絨毯を踏み、角を曲がり、さらに奥へ。
「……見えた!」
ダリウスたちが逃げてからしばらく経っていたはずだが、あっさりと追いつく。
ダリウスはその太りきった巨体をオーベールに抱えられ、ぜぇぜぇと息を吐きながら廊下を歩いていた。
走ることすらできない。オーベールがいなければ、とうにその場にへたり込んでいただろう。
「………!」
オーベールは鋭い視線で後ろを振り返ると、ダリウスの首根っこを掴み、近くの部屋へと逃げ込んだ。
すぐにアルブレヒトたちもその部屋に駆け込む。
扉を蹴り開ける。
部屋には、へたり込んだダリウスと、剣を抜いたオーベールが待っていた。
「……く、くっ!」
ダリウスはへたり込みつつ、ルーデウスとアルブレヒトを睨みつけた。
「こ、こんな馬鹿な事があってたまるか。こんな、こんなのはおかしい」
「しかしなぁダリウス殿。長い人生では、こうした事もありましょう。今は腹を据え、窮地を脱するべく頭を使うべきかと思いますが?」
喚くダリウスに、返事をするオーベール。
しかし、ダリウスは真っ赤な顔で反論する。
「儂は神の言う通りにしたのだ!その儂が追い詰められるなど、あってはならん!」
「……やれやれ、信心深いことですが……ならせめて、今は息を整えつつ、某の勝利を祈っていただけませんかねぇ」
軽口。
いつものオーベールらしい声音。
だが、その目だけは笑っていなかった。
「『北帝』オーベール・コルベット」
アルブレヒトがストームルーラーを中段に構え、エリスが剣を抜き大上段に、ギレーヌが居合の構えを取った。
それぞれの殺気が、狭い室内へ満ちていく。
「『嵐神』アルブレヒト・グレイラット」
「『剣王』エリス・グレイラット」
「同じく『剣王』ギレーヌ・デドルディア」
その時、ダリウスが跳ねるようにエリスを指さした。
「その赤毛! ボレアスか! 貴様、ボレアス・グレイラットの者だな!」
露骨に顔をしかめるエリス。
「……もう違うわ」
「儂は、儂はボレアスには十分な便宜を計ってやったぞ!」
ダリウスはエリスの言葉など聞かず、唾を飛ばしながら喚き続ける。
「フィットア領消滅の際にも、金を出してやった!」
必死に自分の功績を示すダリウス。
「私には関係ないわ!」
だが、エリスは斬って捨てた。
「ジ、ジェイムズも助けてやった!」
ジェイムズ。現在のボレアスの当主、エリスの伯父のことだ。
「貴族たちの総攻撃で潰されかかっていたボレアスを立てなおしてやったのも儂だぞ!その甲斐あって、フィットア領の復興も順調に進んでおる!」
ルーデウスが呆れたように口を開く。
「王都に来る途中で見てきましたが、フィットア領はまだ全然復興が進んでいないようですが」
「聞いたふうな口を利くな若造!ボレアスが完全に潰されていれば、今頃はほかの領主共がフィットア領を切り売りし、今よりもっと荒んでおったわ!」
それは一面では事実だった。
しかし、ダリウスは決定的な失敗をしている。
「それなら、サウロスの爺さんも助けてくれればよかったのに……」
思わずルーデウスがぽつり、と呟くとダリウスの顔色は劇的に変わる。
「サウロス!?馬鹿を言うな、あんな現実の見えていない猪武者に何ができる!後先考えずにフィットア領復興にボレアスの全財産を使おうとした男に!」
「……」
「儂は、その事で泣きついてきたジェイムズを助けてやった!強引に事を進めるサウロスを亡き者とし、ジェイムズが当主となれるように手引もしてやった!ボレアスの家が未だに存続しておるのは、フィットア領が未だに存在しておるのは、すべて儂の手によるものだ!だから助けてくれ!見逃してくれるだけでいい!」
唾を飛ばして喚き散らすダリウス。致命的な失言をしたともわからずに。
「つまり、あんたはサウロスお祖父様の仇ってわけね」
「なるほど、そういう事か」
エリスの言葉に、ギレーヌが頷いて、獣のように歯をむき出しにして剣を構える。
「ならば、斬る」
「ひっ」
ダリウスが短く悲鳴を上げ、オーベールが深々とため息をついた。
「交渉決裂ですなぁ」
剣を構え直すオーベール。
真正面から、アルブレヒトたちと向き合う。
「思えば、真剣勝負は三度目ですな。これほどまでに戦うことになるとは思いませんでした」
「…それは、オーベール殿がいつも逃げるからでしょう」
「ははは!確かにそうですな!」
カラカラと笑うオーベール。
そして、笑みを消す。
「……ですが、今度は逃げませぬ」
声が落ちる。
その声音には、先ほどまでの軽さがなかった。
「いざ、尋常に」
アルブレヒトたちは腰を深くし、構える。
オーベールも剣を握り、構える。
戦いは、荒々しく始まった。
「ガアアァァァァ!」
「ウラアアァァァ!」
全力で踏み込むエリスとギレーヌ。
しかし、その足元にはすでに罠が仕掛けられていた。
床に敷かれた赤い絨毯。その上に、紛れるように置かれている赤い玉。
「あっ!」
「むっ!?」
破裂音を響かせ、粘着性の高い液体が二人の足の裏を絨毯へと縫い付けた。
北神流奇抜派『赤墨』という技だ。
「『水流』!」
ルーデウスは水魔術で二人の足元を洗い流す。赤墨は水に弱い。オルステッドに事前に聞いていた通りだった。
しかし、隙をついてオーベールは二人の間をすり抜け、ルーデウスに迫る。
それを庇うようにアルブレヒトが立つ。
オーベールは止まらない。
両手の二本の剣を振り下ろし、襲いかかる。
アルブレヒトはストームルーラーを横に構え、受け止める。
すると、オーベールは剣を空中に捨て、上体を倒しつつ、腰にのこった一刀に手を伸ばした。
北神流奇抜派奥義『朧十文字』。相手が防御したところを、腰の剣を倒れこみながら抜刀し、横一線に斬りつける技。
初見ではまず対応できないだろうが、しかしこの技も既にオルステッドによって割れている。ストームルーラーから右手を離し、一閃を受け止めるように滑り込ませる。
渾身の闘気が込められたオーベールの刃は、手甲を切り裂き、肉へと届く。しかしそこで終わりだ。骨を断つには至らず、剣は止まる。
「ふっ!!」
左手も手放し、全力で拳を振り抜くアルブレヒト。オーベールは回避も防御も間に合わない。拳を受け、吹き飛ばされる。
「がはっ……!」
あまりにも、大きな隙。
ダリウスを守るものは、もういなくなった。
「ま、待て!やめ――」
ギレーヌは一切容赦なく、剣を振るった。
いとも簡単に、ダリウスの首が落ちる。
ダリウスは死んだ。
「かっ、かはっ……」
全力で殴られたオーベールは、まだダメージが抜けきっていないようで、苦しそうに声を上げている。
「は、はあ……やはり、無理でしたか……」
諦めたように、天井を見上げるオーベール。
「……兄さん、オーベール殿のことは、俺に任せてくれませんか」
「……ああ。わかった」
ルーデウスがエリスとギレーヌへ視線を向ける。
二人も何も言わず、後ろへ下がった。
アルブレヒトは、一人オーベールへ歩み寄る。
足音が響く。
一歩。また一歩。
オーベールは動かない。
逃げようとも、戦おうともしない。
「オーベール殿。終わりです」
「ふ、ふふ。そうですな」
掠れた笑みを浮かべるオーベール。それは、守るべき依頼主を守れなかった自嘲によるものに見えた。
「まさか、ここまで何もできないとは。北帝の称号も、返上しなければいけませんかなあ…」
アルブレヒトが口を開く。
「…引いてください。もうあなたを殺す理由はない」
「そうですかな?某は何度もあなたたちの邪魔をしました。十分殺す理由にはなるのでは?」
「それでもです」
二度も襲われた。その遺恨がないわけではない。だが、ダリウスは死んだ。もう戦う理由はない。
「……ウィ・ターも、ナクルも、ガドも、某のせいで死にました。某だけが、生き残るわけには――」
俯くオーベール。握った拳が震える。
「本当に、らしくないですね」
それを見て、ため息をつくアルブレヒト。
「ウィ・ターも、ナックルガードの双子も、殺したのは俺です。あなたが気に病む必要はない。むしろ、剣士の死を過度に悼むのは冒涜だ」
オーベールが目を伏せる。しばらく何も言わない。
「それに、いつものあなたなら、何としてでも命を拾おうとするのではないですか?」
オーベールの肩が僅かに揺れた。
「……………そうかも、しれませんな」
小さな笑み。
それは、ほんの少しだけ、いつものオーベールらしい笑みだった。
「どうしてもあの三人のことが気になるなら、俺を殺しに来ればいい。いつでも相手になります」
あまりに苛烈な発言。
だが、それが戦士としてのアルブレヒトの励ましだった。
「仇討ち、ですか」
「ええ。だからそれまでは、生きていてください」
「……………そう、ですか」
オーベールは目を閉じた。
大きく息を吸う。肺に空気を入れる。ゆっくりと吐き出す。
そして、壁に手をつきながら、立ち上がった。
まだ足元はふらついているが、それでも自分の足で立った。
アルブレヒトを見つめる。
「……困りましたね。借りができてしまいました」
「借りなどではありません」
アルブレヒトは首を横に振る。
「……俺も、これ以上、恩人や友人を斬りたくないだけです」
「……甘いですな」
皮肉げに笑みを作るオーベール。
「だが、あなたらしい」
アルブレヒトは何も答えなかった。
足元に落ちていたオーベールの剣を拾い上げる。
そして、その柄をオーベールへ向けて差し出した。
「……また、会いましょう。今度は、敵としてではなく」
「…………」
オーベールはしばらく剣を見つめていた。
やがて、ゆっくりと手を伸ばし、剣を受け取る。
「ええ」
その声には。
先ほどまでの諦めはなかった。
「では、またいつか」
「はい」
オーベールは背を向ける。
ふらつきながらも、一歩ずつ歩いていく。
その背中を、アルブレヒトは黙って見送った。